第三話 親友

「前から気になってたんだけど」

「何だよ」

 午後からアレクの実家で果実の摘み取りの手伝いをしながら、ディーンは脚立に座るアレクに声をかけた。

「アレクってエリスのこと好きだよね?」

「はっ……?」

 一瞬ハサミを落としかけて、アレクが慌てて取り直す。

「お前、そういうこと気付くんだ……?」

 丁寧にハサミを入れて、果実をディーンに放り投げる。受け取ったディーンが傷つけないように優しく籠の中に入れる。

「どういう意味かな……」

「そういうの興味なさそうだったから驚いた」

「そんなことないけど」

「ほら、お前が剣を習いに行ってるとこに赤毛のおさげがいるだろ」

「ああ、あの子。稽古が終わった後にいつもお茶をくれるよ。優しいよね」

「え、あ、おう……」

 果実を選別しながら曖昧にアレクが頷く。いや、それは優しいとかじゃなくて好意なのだとは気付かないものなのだろうか。

「お茶くれただけか?」

 アレクが赤毛のおさげの少女から聞いた話ではかなり積極的にディーンの気を引こうとしているはずなのだが。

「んー、汗を拭いてくれようとしたんだけど、臭かったら悪いしゴメンって断った」

「……それ、ディーンのこと好きなんじゃねえの?」

 鎌をかけてみれば、

「そう?」

 首を傾げられただけであっさり打ち切りである。

(鈍感なのか、単にあいつが好みじゃないだけなのか、どっちなんだ?)

 他にもありとあらゆる手段を使ったはずなのだが、どれもディーンの印象には残らなかったということか。剣に夢中で異性に興味がないのか、ただ単に好みじゃないからなのかは解らないが、この様子では彼女の泣き言を聞かされるのはそう遠い未来ではなさそうだ。

 小さなため息とともにハサミを入れると、ぽいと果実をディーンに投げる。

「今は僕の話じゃなくて、アレクの話」

「……ちっ」

 意外と流されないなとアレクが舌打ちをする。

「いつから?」

 受け取った果実を大事そうに両手で包んで、脚立の上のアレクを見上げる。ディーンに上目遣いで見つめられ、一瞬言葉に窮して思い返した。

 エリスを泣かす奴をぶっ飛ばしてやりたいと、もっと笑顔を見たいと思うその感情を何と言うのか自覚したのは出会ってしばらくしてからである。だがいつからと問われたら、最初に出会ったとき──言葉を交わす間もなく、出会った瞬間見惚れたあのとき──すでにアレクはエリスに心を捧げていた。

「……最初からぁ?」

「あー……」

「何だよ」

「んん……言おうかどうしようか迷ってたんだけど……」

 何やら口の中でもごもごしているディーンを見て、アレクが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

「何となく察したから黙っててくれ」

「でも後になると傷が深くなるかもしれないけど」

「今全力で傷を抉って塩を塗り込んでるような気がするんだが俺の気のせいか?」

 放られた果実を受け取って静かに籠に入れると、今度はディーンが渋い顔をする。

「あれだろ。エリスはいなくなった幼馴染とやらが好きだって話だろ」

「えっ、何で分かった?」

 本気で驚いた様子のディーンに思わずため息をついてアレクが脚立の上で向き直った。

「あのな。エリスを見てれば分かるだろ。で、お前がわざわざ念を押してエリスの話を振ってきたなら、もうそのこと以外ないっつうの。はぁ……これ以上自分でかさぶたひっぺがして塩塗らなきゃならねえのか俺は」

 不機嫌そうに脚立の上から見下ろされ、ディーンは真っ直ぐアレクを見つめた。

 もし知らないのであれば、早めに知った方が傷が浅くて済むのではないか──そう思ってアレクに伝えようとしたのだが、すでに知っているというのなら──それでもなお、想い続けるというのなら──。

「……で、それに気づいたのはいつ?」

 幼馴染が一家丸ごと失踪したと知ったエリスが号泣したと聞いたあの時、エリスの心がどこにあるのかすぐに悟った。それはアレクが自分の気持ちを自覚するより早く──。

「……最初からぁ?」

 雲ひとつない青空を仰いで自嘲すると、アレクは手に取った果実を放り投げようとして、

「……何でお前がそんな顔するんだよ」

 泣き出しそうなディーンに困惑する。

「だって……、ううん、凄いなと思って」

 最初から知っていて、それでもその想いは手放さないというのか。

「そうかい。嬉しくねえな」

「このままずっと……?」

「俺が聞きてぇよ」

「わぁ……」

 手放すつもりはないらしい。

「その幼馴染とやらが早く帰ってくりゃいいのにな」

「えっ? 恋敵になるのに?」

 ディーンが驚いて顔を上げると、ぽいと果実を放られた。

「目の前にいりゃ、そいつをぶっ飛ばせるだろ。いない相手には勝てねえからな」

 アレクがニヤリと笑う。そう簡単に勝てるとは思わないが、引く気もなければ負けるつもりもない様子に、ディーンも笑った。

「アレクのそういうところ好きだよ」

「そうかい。来世が女だったら惚れてくれ」

 顔を見合わせてひとしきり笑うと、アレクが作業しながら続ける。

「まあ、そいつがこのままずっと帰ってこなくて、エリスが待つのに飽きてくれりゃ楽なんだけどな。多分無理だろうから、あれだ。俺にぶっ飛ばされるために早く帰って来いって思ってる」

 勝ち負けなど関係ない。エリスを泣かせた分だけは、きっちりぶっ飛ばしてやらなければ気が済まない。

「そういうもの?」

「俺はな。で? エリスは俺の気持ちに気付いてないよな?」

「友人くらいには思ってるはずだけど……」

 ディーンの言葉にアレクが大袈裟にため息をついた。

「あー安心した。お前にバレるようじゃエリスにもバレバレかなって心配したぜ」

「それはどういう意味かな……」

「この話はここだけにしといてくれよ」

 唇に人差し指をあてて、しぃと仕草をしてアレクが笑う。

「アレクがそれでいいなら別にいいけど……」

「エリスの気持ちが俺にはないっての、知ってるからなあ。エリスの心の中の幼馴染をぶっ飛ばすまでは、まあ黙っといてくれよ」

「アレク、あのさ」

「おう」

「明日の昼は奢るよ」

「そりゃ楽しみだ」

 笑いながら摘み取るその果実が、季節が巡っても木から落ちず何年も枝についたままであることから、他の国では回青橙と呼ばれていること──その果実のようにアレクの想いが何年も朽ちることなく実り続けることなど──知る由もなかった。


                                    終

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