-Episode.0-
第一話 幼馴染
「お前最近あの若いの、可愛がってるな?」
「元々モルタヴィアの貴族の子らしいな。剣の筋が良くて鍛え甲斐があるぞ」
ジルベール国王ルークと近衛兵である翡翠騎士団長ウュリア・シルヴィアがだべっているのは、金色の魔道士と謳われるリーヴ・アープがかつて居室として使っていた部屋である。永い戦争が終わり、リーヴが自宅に戻ったことで主を失ったこじんまりとした居室は、今は小さな書斎として三英雄のさぼりの拠点として活用されている。
本日の実にどうでもいい議題は、この頃ウュリアが目をかけている騎士見習いの少年のことである。
「その……、彼女の世話係に推したのもお前だろう」
ルークが視線を泳がせながら言えば、ウュリアはため息をついて、
「彼女ってなあ……お前いつになったら妻って言えるようになるんだ?」
結婚してからもう一年以上経つのに、未だに王妃を妻と呼べない王に呆れ返るのだ。
お互いに敵国の王族同士だと知らずに出会い、ルーク・ジルベールはモルタヴィア王女ロゼーヌに一目惚れした。言葉も交わさず跪いて一輪の花を捧げた。
そして──決戦の日、モルタヴィア王宮に攻め入ったルークたちはモルタヴィア王を討った。その際にモルタヴィア王の意志によりルークとロゼーヌは結婚することとなった。
一目惚れした少女の実父を討ち、政略結婚したことがルークの心に影を落とし続けている。それなのにルークのロゼーヌへの想いは色褪せることはなく、しかし負い目が想いを空回りさせ続けているのだ。
「そんなこと言ったって……」
うじうじし始めたルークに面倒くさい気配を察知したウュリアは、さっくりと話題を切り替えた。
「あいつは騎士団長になれると思う」
「騎士団長を継がせるつもりで育ててるのか」
「そのつもりだ」
頷いたウュリアに、ルークが不思議そうな顔をする。
「そういうのって自分の子供に期待するものじゃないのか?」
「リグルはまだ一歳にもなってないだろう」
あまりに気が早いルークに苦笑するしかない。ウュリアと王妹ベルティーナの間に生まれた元気な男の子は、シルヴィアの黒髪を継いでいた。だがまだ幼すぎて剣の資質があるかどうかも解らない。
「それにリグルは騎士団長というか……翡翠騎士にはしたくないな……」
「それは大変だから我が子には継がせたくない……?」
「いや、そうじゃなくて……」
幾許か口ごもってから、ウュリアは腕組みして天井を見上げた。
「翡翠騎士は近衛兵だからな。王もそうだが王妃にも近く仕える。妃殿下はリグルの顔も見たくないんじゃないか」
やや沈んだ声にルークがはっと顔を上げ、それからうつむいて「すまん」と頭を下げた。
「前から言ってるだろ。王が臣下にそう簡単に頭を下げるな」
「じゃあ幼馴染として謝る」
「そもそもお前が謝る必要がない」
「だが……」
それでも何かを言いかけるルークを手で制して、
「ファリウス王を討ったのは戦争なんだから当たり前だろ。たまたま一騎打ちの機会があったってだけだ。それでモルタヴィアの恨みを買うことくらいは覚悟の上さ。俺を恨んでるのは妃殿下だけじゃないだろうし、戦争なんてそんなもんだ」
捨てられた子犬のような顔をする王の背中をぽんと叩く。
モルタヴィア王宮に討ち入った際、ファリウス王とウュリアの一騎打ちとなった。病床に伏していたファリウス王に勝てる見込みなどあるはずもなく、王の剣士としての誇りを立てる形でウュリアが決闘をした。そして難なくウュリアが勝った。ただ、その決闘の末に落としたファリウス王の首が、駆けつけたロゼーヌの足下に転がった。
ロゼーヌは最愛の父を目の前で討たれたのだ。その仇に嫁ぐのはどんな思いだっただろうかと考えると、ルークはいてもたってもいられない。だが同時に避けられないことであることも理解している。
ウュリアの言うことは正論だ。それはそれとして、感情はまた別の話であり、だからこそルークは沈黙するしかない。
「……」
「これからはお前がちゃんと国を統治してくれれば混乱も収まるし、戦争も起きやしないさ」
「ああ……」
「あとはあれだ。妃殿下の絶対的な味方が欲しいな」
「……俺はそこには入れない訳だな……」
ルークが寂しそうに笑った。
ロゼーヌはジルベール王宮で完全に孤立している。封じの塔に軟禁している旧モルタヴィアの王族はロゼーヌを売国奴と罵ったし、ジルベール内では王妃という立場だけに表立って口にする者はいないが、心の底では敵国の王女という認識のままである。まして夫である国王と自分を守護するはずの翡翠騎士は最愛の実父の仇なのだ。敵だらけのこの王宮では、部屋の外に出ようという気にすらならないであろう。
「俺もリーヴもだ、安心しろ。翡翠騎士は近衛兵だが個人に仕える訳じゃない。敗国の姫が少しでも安心して過ごすためにも、妃殿下個人に忠誠を誓う騎士が必要だと思ってる。それは俺じゃ駄目なんだ」
ウュリアもリーヴも、ロゼーヌ個人に対して思うところがある訳ではない。王妃という立場を除外しても、ルークの想い人であるのなら守りたいと思う。だがそれを良しとする王妃ではないことも解っているのだ。
「ああ……本当にどうしようもない……」
ルークが両手で顔を覆い、ため息をつく。
「ため息ついてる場合じゃないだろ。うちもリーヴももう子供が一歳になるっていうのに、お前はどうなんだよ」
追い打ちをかけてくるウュリアの言葉に、ルークがますますうなだれる。
「うう……」
「半べそをかくな気持ち悪い。うちが目の敵にされてるの、お前のせいもあると思うぞ」
「分かってて言ってるだろう……」
ロゼーヌはシルヴィア夫妻を徹底的に嫌っていた。婚姻の儀式当日、ロゼーヌに声をかけたベルティーナに花束を叩きつけたのをウュリアは鮮明に覚えている。
ベルティーナはロゼーヌと同い年で、王の妹と娘との違いはあったが同じ王族であり、戦に勝った国と負けた国とで扱いが顕著に違うというとても解りやすい例であった。勝利国であるジルベールの王族ベルティーナは恋愛結婚をし、男児に恵まれしあわせな家庭を築いている。一方敗国であるモルタヴィアの王族ロゼーヌは、政略結婚で夫には冷遇され、王宮の奥深い部屋でひとり、世継ぎはまだかという周囲の無言の圧力に耐えている。
ロゼーヌにとってシルヴィア夫妻は、親の仇であると同時に常に比較され続ける対象なのだ。
ルークが言葉もなく深いため息をつくのとほぼ同時に、ドアがノックされリーヴ・アープが入ってきた。
「ここにいたのか。おっさんふたりが顔を付き合わせて何してるんだ」
「おっさん言うな」
「俺たちが兄弟ならリーヴは長兄だろ。弟をつかまえておっさん呼ばわりはない」
「お前らみたいな愚弟はいらん」
「リーヴ、お前までか……ひどい」
「半べそをかくな気持ち悪い」
「お前ら国王に対してずいぶん言ってくれるじゃないか」
ルークが反論してみれば、
「ルーク王に対してはちゃんと忠誠を誓っているし尊敬もしている。だが私人としてのルーク、お前は駄目だ」
リーヴにばっさりと切り捨てられる。
「おお、言い切った」
「お前もだ」
「はいすみません」
茶々を入れたウュリアもばっさり切り捨てて、リーヴはひとつ咳払いをして真剣な顔でルークに向き直る。
「私が心から忠誠を誓う英雄王ルークに進言する。早く世継ぎを作れ」
「お前まで……」
「私人としてのお前がいつまでもぐずぐずしているから王としてのお前に直訴している。早く王妃を解放して差し上げろ」
ロゼーヌは王妃という立場でありながら、このジルベール国内に居場所がない。世継ぎさえ産めばロゼーヌは肩身の狭い思いをせずに済むのだ。
以前はリーヴの妻サウィンが時々ロゼーヌに花を届けたりしていたが、サウィンも男児を産んだため余計な心労をかけないようにと足が遠のいている。王宮内で息抜きのお茶をする相手もいないはずだ。
「王が世継ぎを作るのも仕事の内だ。なるべく早急に頼む」
「いいぞ、もっと言ってやれ」
「そうだな、ウュリアの手の早さを見習え」
「……とばっちり食らうとは思わなかった」
リーヴとウュリアのやり合いを眺めながらもルークの表情は沈んでいく。
「言われなくても解っては……いるんだ」
はっきりしないルークに、今度はリーヴがため息をつく。
「元々一目惚れした相手だろう。何が嫌なんだ」
「嫌な訳じゃ……むぶっ」
背後からウュリアに口元を押さえられ、ルークが言葉を失った。ふがふがと暴れてはみるものの、力ではウュリアにかなわない。
「こいつ変に拗らせてるんだよ。敗国の姫を娶って世継ぎを作ること自体に罪悪感感じてて、それは無理矢理するのと同じなんじゃないのかとかなんとか」
「は・な・せ! 解ってるんじゃないか!」
憤慨するルークを眺めながらリーヴが腕組みをして首を傾げる。
「政略結婚だからな、そういうものだろう。モルタヴィア国内でも王族と貴族とかの政略結婚もあったようだし、王女なんだからその覚悟くらいあるだろう。お前がさっさと覚悟を決めてくれれば済む話じゃないのか」
ルークの気持ちを理解しながら誰一人助け船を出してくれない状況にいよいよ泣きたい気持ちになるが、ウュリアが面倒くさい気配を察知して速やかに話題を切り替えた。
「そうだリーヴ、何か用があったんじゃないのか」
「ああ、ウュリア。お前が目をかけてるあの騎士見習いの少年……ラス……?」
「ラスフィール・アルシオーネ」
「そう、ラスフィールだ。なかなかやるな」
「ほう?」
ウュリアがやや身を乗り出した。
「サウィンが焼き菓子を作ったんでな。匿名で王妃に届けるよう侍女に渡したんだが、部屋にいたラスフィールが二人の目の前でつまみ食いしたらしい」
「それで?」
「美味しい、と言ったそうだ」
「天才か」
沈みかけていたルークも顔を上げた。
「なかなかやるな」
「お前の計画通りなんじゃないか?」
楽しそうににやりとしたウュリアにリーヴが問いかける。そのことについて詳細を話したことは一度もない。
「気付いてたのか」
「何となくな。まだ若いが一端の騎士のようだぞ」
「なあリーヴ。お前、それを試したんじゃないのか?」
ウュリアの問いに意地悪く「さあな」と笑うと、リーヴは手荷物から甘い香りがするものを取り出した。
「で、これが若き騎士が毒味をしてくれた菓子な訳だが、お茶にでもするか?」
「お、いいね。お茶は?」
「サウィンが用意してくれたのを持ってきた」
「いつも香りのいいお茶だよな」
「最近自分で花や果実を配合するのに凝っていてな。どうせなら庭に出よう。めそめそしてないで行くぞルーク」
「あーもう、なんでおっさん三人でお茶しなきゃならんのか……」
「何か言ったか?」
「いや、別に」
「じゃあ行こうか」
どうせなら彼女とお茶でもできたらいいのに、というルークの声にならない呟きを残して、三人の幼馴染たちは部屋を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます