第54話 日常へ

 三人で無事に裏面うらめんの外に出ることができたとは言え、今いる場所は観覧車の一番上、そのゴンドラの中。窓の外を見下ろすと、ショッピングモールの屋上はすでに灯りが消えて真っ暗だ。確かに結構な時間を裏面の中で過ごしたため、運良く営業時間が終わった時――観覧車が動いていない時に戻れたのだろう。良かったには良かったけど、一体これからどうすれば、という気持ちもある。


「無事に出れたけど――どうしよっか」

「観覧車動いてねえしな。まあ朝になれば誰か来るっしょ!」

「ここで一晩過ごすしかないですかね……」


 気楽なタスクはいいとして、ユーリも環境に順応している。

 さっきまでの死ぬ一歩手前のような戦いを思い出すと、宙ぶらりんのゴンドラの中で一晩過ごすくらいは確かに問題ない。また父さんと母さんにお説教を食らうんだろうと思っていると、急にゴンドラががくんと揺れた。


「な、なんだ?」

「これ……観覧車が動いてます・・・・・


 警備の人なんかが、乗っている俺たちに気付いてくれたのかと思って下を見るが、やはり屋上のスペースは真っ暗なままだ。何故観覧車が動き出したのか、と不審に思う気持ちはあるけど、ゴンドラはゆっくりとを描きながら、地上へと向かっていく。


「下に着いたね。とりあえず出よっか」

「一体なんだってんだよ、もしかして警備員かなんかに見つかっちまったかな」

「外に出れば分かるだろ。開けるぞ――」


 ひとまず外に出ようとゴンドラの扉に手をかけると、それより先に外から扉が開けられ、意外な人物が姿を見せた。

 意外というか――母さんだ。


「よしくん〜〜! こんな時間に観覧車になんか乗ってちゃダメよ〜〜。ショッピングモールの方に迷惑でしょう〜〜!」

「か、母さん……なんでこんな所に……」

「随分遅いのによしくんもユーリちゃんも帰ってこないでしょう〜〜? だからこのG――」

「いや、ごめん。大丈夫。出さなくて、大丈夫だから」


 母さんがごそごそとポケットから何かを取り出そうとするのを止めた。

 そう言えば俺は母さんに位置情報を捕捉されたままだった。すでにタスクにもバレている――というか俺も知らなかったので仕方ないが、三人共に母さんがどういう人間か分かっているが、あえて恥を晒す必要もない。


「それより、ショッピングモールの人は?」

「いないわよ〜〜? 母さんだけよ〜〜」

「え、じゃあ何で観覧車が……?」

「そんなことどうでもいいじゃない〜〜。さあ、もう遅いんだから皆帰るわよ〜〜」

「どうでもいいって――ちょっと、母さん待ってよ!」


 観覧車を離れ、さっさと帰路につこうとする母さんを追う。

 後ろからももの静かなタスクとユーリがついてくるけど、どんな目で見られているのかが気になる。というか、怖い。


「……ギイチんとこのおばさん、マジでないな」

「行動力がすごいですよね」


 後ろから俺に向けるでもない二人の声が聞こえたけど、聞こえていないフリをしておこうと思った。屋上の部分から、ショッピングモールの中に入るが暗い。建物全体が営業を終了してるんだろう。尚更、母さんがどうやって入ってきたんだと思うけど、素知らぬ顔の母さんはさっさと建物内の従業員用のようなエレベータを使って、外に出ようとする。


 もはや問いただすことに意味はないと思い、黙ってついていくことにした。


 ショッピングモール近くに停めていた車に乗り、近所でタスクを降ろした後、俺たちも家へと戻った。


「ふー、しかし疲れたなあ」

「お疲れ様です。今日は大変でしたらね」

「何が大変だったのよ〜〜、こんな遅くまで遊んで大変も何もないでしょう〜〜」


 家についてリビングの方に向かう間、こちらを向かずに声をかけてくる母さんに、少し嫌な予感がした。これはまた説教――もとい家族会議だろうか。

 リビングに入ると、一人テーブルで紅茶を飲んでいる父さんがいた。


「むっ、義一ヨシカズ。遅いぞ」

「父さん、ただいま――って、父さんなんか汗かいてない……?」

「むっ。そ、そんなことはないぞ。へ、部屋がちょっと暑いのかな」


 一人家にいたはずの父さんだが、額が汗ばんでいる。というか、顔の横に垂れてきているほど汗をかいている。指摘をすると珍しく狼狽ろうばいしているような様子を見せるが、まあどうでもいいだろう。無事に家に帰ってこれたという実感がようやく湧いてきて、ほっと胸を撫で下ろすような気持ちだ。


「まあまあ、二人ともお風呂に入っちゃいなさい〜〜。一日外に出てたんだから汗かいてるでしょう〜〜」

「えっ、母さん――会議は?」

「そんなのいいわよ〜〜、お風呂入って今夜はもう寝ましょう〜〜」

「私は後で大丈夫です。ヨシカズくん、お先にどうぞ」

「あっ、うん。じゃあそうするよ」


 意外にも母さんからは説教も話し合いもなかった。なんというか今日は全体的にだけど、言われるがままに風呂に入ろうと思った。リビングを出ようとする俺に、後ろから母さんが声をかけてくる。


「よしくん、ユーリちゃんと一緒にいないとダメよ〜〜」


 母さんがかけてきた言葉は意味がよく分からない。疲れていたので、ああとだけ返して風呂場に向かうと、トイレにでも行くのだろうか、父さんもリビングから出てくる。


義一ヨシカズ。母さんの言葉は分かりづらい時があるが、今のは『いつもユーリの側にいて守ってやれ』という意味だ。分かったな」

「う、うん」


 俺が頷き返すのを確認して、よしと言うように父さんはトイレに向かっていった。なんだか家の中の妙な雰囲気を感じながらも、風呂に入る。


 湯船の中で、今日起きた色々なことを思い返していた。

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