第52話 祭壇の上の箱

 広間の、石の床に転がるゴーレムの頭。

 巨大な岩石にしか見えないそれは、顔の面を下にしているため、生きているのか死んでいるのか分からない。


「やった、のか……?」


 また動き出す可能性があるので、少し距離を取って様子を見ていた俺たちだが、首を無くした胴体が動く気配はない。倒した、と考えても問題なさそうだ。


「ひっくり返してみようぜ」

「お、おいタスク。危ないぞ」

「平気だって、結構待ったし。それにギイチだって能力――装填チャージ使い切ったんだろ? もしまだ生きてるんだったら俺のハンマーで頭砕いてやるよ」


 タスクが転がるゴーレムの頭部に歩み寄り、足で蹴って転がそうとする。確かにタスクの言う通り、どちらにしろ早めに確認した方がいいかも知れない。何度か蹴りを入れて、その重い岩・・・はゆっくりと転がり、表面が見えた。


「死んでるん……だよな?」

「そう見えるね……」


 さっきまで赤い光を灯していた両の目は、今では窪みが二つあるだけで光を失っている。間違いなく、倒したんだ。


「勝った、ってことか。いやー、現実味がねえなあ」

「そう言うなって、これでダメだったら俺たち終わり・・・だったんだぜ?」

「にしても、デタラメな奴だったからなあ」


 敵の沈黙を確認し、ようやく勝利を実感する。口ではそう言ったが確かに実感があまりない。もう装填チャージも使い切っているのでギリギリの勝利だったけど、まさかこんな規格外な敵を倒せるとは内心思っていなかったのかも知れない。


 見回すと、広間――ボスの間はいたる所で石の床がめくれ上がるなど、滅茶苦茶だ。


「まあ、倒せたんだ。喜ぼうじゃないか! 諸君! ――って、いてて……」


 タスクはおどけて見せるが背中が痛むのか、手を後ろに回して抑えている。


「無理すんなよ、タスク。あそうだ、ユーリの能力で治るんじゃ?」

「そうですね。タスクくん、背中向けて貰えますか?」

「えっ何なに? 能力って――そういやさっきもそんなこと言ってたな」


 タスクには説明していなかったが、実際に見た方が早いだろう。背中を向けてくるタスクに、ユーリが手を添えながら能力を使う。


「――復帰リバート

「おっ、何だこれ……おおおおおお、何これどうなってるの?」


 さっき俺も味わった感触だが、まるで自分の体の傷を負った部分に何かが這い回るような感覚。気持ちのいいものではない。タスクも何が起きているのか、という表情だ。


「痛く――ない。すげえ、回復能力? え、どういうこと? ユーリちゃん、そんな能力持ってなかったっしょ?」

「それが……」

「さっきの戦闘中、突然発現したらしいんだ。それも、二つ・・も」

「能力が二つも――――」


 質問に答えづらそうな表情をユーリが見せたので、フォローに入った俺の言葉に、タスクも唖然とした顔を返してくる。能力が突然発現するなんて、あり得ない・・・・・ことだ。タスクの反応も分かる。


「マジかよ、ユーリちゃんすげーじゃん! え、何? 才能ってこと?」

「いや、分からないけど……そーいうことでいいよ」


 タスクがアホで良かった。

 あれこれ説明を求められても答えなんか持っていない。質問されたユーリも、どこかほっとした表情をしている。


「まあ、詳しいことは後で話すとして……ひとまず報酬を取って――『扉』はこの部屋にはないみたいだな……」


 改めて見回すが、この部屋にも外に出るための『扉』のようなものはない。一本道でここまで進んできて、見落としたなんてこともないだろう。強いて言えば、部屋の奥にある石の祭壇のような所に、報酬の箱のようなものが見えるが、やはり『扉』はない。

 一体どうなっているんだ、ここは。ボスを倒すことが外に出るための条件とでも言うんだろうか。


「そーだな、出ることばっか気にしてて報酬のことすっかり忘れてた。多分、あそこ・・・だよな? 行こうぜ」

「うん」


 祭壇の方を示すタスクに続いて、そちらに向かっていく。短い階段を上がって祭壇に上がると、いつもの報酬が入っている箱、そしてその横に横に長い大きな箱があった。


 その箱には見覚えがある。

 俺が初めて入った、俺の部屋に出現した裏面うらめん、その最奥で見たものと同じものだ。まさか、という考えが頭に浮かんでくる。


「報酬はこっちとして、この箱は何だろ? 変な裏面だったし、報酬が二つとか?」

「いや、それはないだろ」

「じゃあ何だよ。もしかして――罠とか?」


 それもないだろう、と思った。

 意識を失ったユーリが入っていた箱・・・・・・・・・・。それと同じ見た目をしたこの箱は、入っているのは恐らく――


「……とにかく開けてみよう」

「え、そっち先に開けるの?」

「ユーリ、いいな・・・?」

「はい……」


 横で黙っていたユーリも、俺の確認に首を縦に振る。何かを察しているのか、その表情は何と表現していいのか分からない、複雑な感情をはらんでいるようだ。


「じゃあ――開けるぞ」


 前に進み出て、箱に手をかける。

 タスクも俺とユーリの雰囲気を察したのか黙ってそれを見ている。


 ゆっくりと箱の蓋を開く。

 棺のような箱の中には人――ユーリと同じ顔、同じ姿形をした女の子が目を閉じて眠るようにして横たわっていた。

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