第二章 光と闇

141.突き進め!

 エインゼルの森林から王都――いや、元王都まで僕らは再び飛んでいた。

 かつて、ピッケの口の中で死にそうな思いをしながら進んだ行程。

 リラの背の乗り心地は、少なくともピッケの口の中よりは快適だ。

 もっとも、『闇』や『闇の鳥』に常に襲われながらでなければだが。


 龍族と共に王都へと飛ぶリラと僕。

『闇』や『闇の鳥』達はひっきりなしに襲いかかってくる。

 それを龍族の浄化の炎が焼き、僕がアル様の大剣で切り落とす。


 ――この『闇』達も、かつて人だったんだよな。


 襲いかかる『闇』を斬りながら、考えまいとしても考えてしまう事実。

 リリィやテミアール王妃を斬っておきながら、今更だと思うかもしれないが、エインゼルの森林を発ってからすでに100体近い『闇』を倒している。

 元人族だったり、元エルフだったり、元獣人だったり、元ドワーフだったりする『闇』を僕は何体も斬り殺しているのだ。


 ――考えるな。やれることをやるんだ。


 バラヌが、ジラが、アル様が、レイクさんが、稔が、リラがそうしてきたように。

 僕もやれることをやる。


『闇』の背丈は様々で、中には子ども型や赤子型といえるようなヤツもいた。

 それらが、元子どもや元赤ん坊だという想像も頭の隅に追いやり、僕はひたすらリラの背中の上で大剣を振り回す。


 ここでやられるわけにはいかない。

 僕が『闇』に殺されて、僕自身が『闇』と墜ちればそれで全ては終わりだ。

 かつてルシフが狙ったように、200倍の力と魔力を持った『闇』となった僕は世界を滅ぼすことだろう。


 ――だからっ。


「うおぉぉぉぉ」


 雄叫びを上げて、襲いかかって来た『闇』をまた一体斬り捨てる。


 幸い、今のところ龍族に犠牲者は出ていない。

 龍族の闇――『闇の龍』はもっと元王都に近づかなければ現れないという。

 そこにたたずむ『闇の女王』を護っているのだ。


「パド、あれっ!!」


『闇』を倒しながら元王都へと突き進む僕らの眼前に、『闇の女王』が見え始めた。


「あれが、『闇の女王』……」


 恐れを交えて呟くリラ。


「ああ、でかいな」


 まだまだ遠くに存在する『闇の女王』

 デウスからの知識として、高さが700メートルはあると聞いていたが、上手くイメージできていなかった。

 日本の東京スカイツリーよりもデカイともデウスは言っていたが、そもそも僕はスカイツリーなんて見たことないしね。


「そうだ、あれが『闇の女王』だ」


 いつの間にやら僕らと並行して飛んでいた龍の長が言う。


「我らは必ずや、そなたらを『闇の女王』まで送り届けよう」


 この戦いにはほとんど全ての龍族が参加している。

 周囲の龍族が、まるで僕らの壁になるかのような陣形をとる。


「どういうつもりですか?」

「ここからは『闇の龍』が現れる。そうなればこちらにも犠牲が出るであろう。犠牲者もまた『闇の龍』となる。ならば我らがそなたらを『闇の女王』まで届けるもっとも確実な方法は、そなたらを中心に陣を組むこと」


 龍の長はそう言ってのけた。

 事実、龍族達は僕らを中心に集まってくる。


「でもそれじゃあ……」


 龍族を犠牲にして僕らが突き進むことになる。

 そう続けようとした僕に、龍の長は言う。


「我らは犠牲を覚悟した。そなたらは如何に?」


 ――くそ。


「わかってる。覚悟はできているよっ!!」


 僕はまだ甘かった。

 僕が死ぬ覚悟ならばとっくにできていた。

 だけど、今僕が覚悟しなければならないのは、誰かを犠牲にしてでも自分が生き残って『闇の女王』に……いや、そこから通じる場所いる根源にたどり着くことだ。


 ――他人を犠牲にする覚悟。


 そんな重い物を僕は背負わなければならない。

 それが僕の選んだ道だ。


「絶対に、僕は『闇』の根源を絶ちます」


 僕は叫んで、また大剣を振るった。


 ---------------


 そこからの戦いは、さらに過酷を極めた。


『闇の龍』が現れ、僕らの周囲の龍族に襲いかかる。

 龍族の浄化の炎と、『闇の龍』の漆黒の炎がぶつかる。

 龍族の中にも犠牲者が出て、その犠牲者が『闇の龍』と化す。

『闇の龍』と化した仲間を他の龍族の浄化の炎が焼く。


 龍族達の命を賭けた行為により、僕やリラに襲いかかってくる『闇』達の数は減った。

 だが。


「リラ、大丈夫?」

「ええ、まだいけるわ」


 リラの息切れもひどい。

 無理もない。彼女が龍の因子に目覚めてから、まだ間がない。

 龍族の長からは子龍が長い間飛ぶのは難しいと指摘されたし、獣人のリーダーから目覚めたばかり因子の酷使は命に関わると警告された。

 さらに言えば、リラの背で僕はアル様の大剣を振るい続けているのだ。

 大剣と僕の重量が、彼女に大きな負担になっている。


 それでも、リラは僕を乗せて飛ぶことを選んでくれた。

 そして、今も命がけで飛んでくれている。


 僕はリラの同行を拒否しなかった。

 もちろん彼女のことが心配じゃないわけではない。

 でも、情けない話だけど、リラが一緒でなければとても耐えられないと思ったのだ。


 戦力的な話だけじゃない。僕は精神的にもリラに依存していた。

 ラクルス村で出会って、お師匠様の元で同じく修行して、共に旅をして、次元の狭間や日本でもずっと一緒だったリラ。

 僕は彼女と離れたくなかった。離れて戦いたくなかった。


「大丈夫、たとえ私だけになっても、あなたを『闇の女王』の元へ連れて行くから」


 リラはそう言って、目の前に現れた『闇』に向けて浄化の炎を吐いた。

 

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