75.伝説の勇者の真実
龍族の
「さて、お前達に問おう。この大陸には元来、龍族、エルフ、ドワーフ、獣人の4つの種族がいた。そこに人族が転移してきた。
この前提から導かれる、勇者という存在の真の姿はいかなるものか?」
そんなことを言われてもわからない。
周囲を見回すと、エルフの長はこの問いの答えを知っているのか微笑んでいる。
アル様は黙想し、レイクさんは顔を青くしている。
リラは首をひねって考察している様子だ。バラヌは……まあ、たぶんよく分かっていない。
そして僕は……
……考える。
お師匠様の言葉通りに、思考を大切にする。
500年前の歴史。
本来は存在しなかった人族が転移してきた。
魔物などこの大陸にはいなかった。
だが、人族の伝説では、勇者が魔物を退治して、人がこの大地に住めるようになったとされている。
単純におかしい。
存在しない魔物を退治するなんてできるわけがない。
龍族の長やエルフの長の表情を見るに、すでに十分なヒントはもらっているのだろう。
もしかすると、レイクさんも龍族の長が何を言いたいのか理解しているのかもしれない。だから、あの表情なのだ。
――ヒント。
そうだ、そもそも、この話はどこから始まった?
龍族の長が人族を嫌う理由。残酷な発想を容易に行うから。
その説明のための歴史の真実。
もしも人族が大航海時代のヨーロッパ人だとしたら。
「……まさか。勇者伝説の魔物って……」
僕は1つの結論にたどり着き、しかしそれ以上を口にすることができなかった。
もし、その通りだとしたら全てが終わりかねない。
アル様の提案どころじゃない。リラやバラヌとせっかくできた信頼関係も無に帰しかねない。
それくらい、恐ろしい想像。
だから、僕は口にできない。
レイクさんと同じように顔を青ざめるのみだ。
「なるほど、な」
アル様は深くため息をつきながら頷いた。
「魔物とは、現地に住んでいた異種族のことなのだな」
そう。
単純な話だ。
この地にいたのは、龍族、エルフ、ドワーフ、獣人。
そこに新たに現れたのが人族。
当時人族は――ヨーロッパ人達はこの地の他の種族を見てどう感じたか。
獣の因子を持つ獣人。
ドラゴンの姿に変身する龍族。
植物を操るエルフ。
未だ僕も会ったことがないが、地底に住むというドワーフ。
自分たちとは全く違う種族。
彼らの文化や宗教観と相容れない存在。
彼らはそれを魔物と呼んだのだ。
この世界に転移してきた人族は、原住民である他種族を追いやった。
人族とは、500年前この大陸に――いや、この世界に現れた侵略者だったのだ。
「厳密に言えば、人族にも我ら龍族や、それが庇護するエルフを滅ぼす力は無かった。ドワーフも地中に住むが故に人族とそこまで戦う必要は生じなかった。小競り合いはあったが。
問題は……」
龍族の長の言葉を、リラが引き継ぐ。
「獣人」
人族と同じように大地に住み、人族が追いやることができる相手。
「リラ、獣人の里では500年前のことはどう伝えられていた?」
僕がリラに聞くと、リラは顔を背けて答える。
「それは……ほとんど何も。その代わり、人族は恐ろしい存在だ、里の外に出て関わってはいけないと子ども達に言い聞かせていたわ」
なんてこった。
地球の人々がこの世界の侵略者だっただなんて。
獣人にとって人族との契りが禁忌になるわけである。
「獣人達は歴史を伝えるという文化が薄いのであろう。彼らは文字を持たないからな」
そして、文字を持つ人族は……
その先は龍族の長が解説する。
「人族は500年の間に歴史を書き換えた。世代を超えるごとに、王となったキダンを勇者として称え、自らが打ち破ったのは獣人ではなく魔物だと伝えるようになった」
歴史を書き換えるなんて本当にできるのか。
僕には分からない。
だけど、この世界にはビデオはない。
伝えるのは口伝と文字がほとんど。それも文字を読める人も少ないのだ。
500年。
世代にして5~10世代。
地球でも、新しい資料が見つかるたびに戦国時代の話なんて次々くつがえっていくとテレビで言っていた。
まして、人族全体の意思として歴史を書き換えようとしたというのなら。
そんな昔の真実なんて分かりようがないのかもしれない。
あるいは歴史を紐解いて真実を見つけたとしても、多くの人々が信奉している勇者伝説に否を唱えられるわけがない。
「あなたたちは、その歴史の書き換えに否といわなかったのですか?」
リラが龍族の長に尋ねる。
「好ましいと思ってはいないが、我らに実害があるわけでもない。今となっては証明する手段もほとんど無い」
そうだろうな。
話を聞く限り、龍族は500年以上生きるみたいだけど、人族やドワーフ、獣人のこの世界での寿命は50年程度。長くても100歳程度までしか生きない。
「もっとも、ドワーフの長達は真実を記録しているようだがな」
「それは……」
「彼らは500年前に人族と盟約したのだよ。人族が異界より持ち込んだある技術を封印する代わりに、歴史の書き換えを黙認すると。今となっては人族の王すら知らない盟約だ」
「ある技術?」
「詳細は教えんが、異界の武器だ」
それで僕はなんとなく理解する。
この世界にはなく、地球の大航海時代にはあった武器。
決まっている。
おそらくは『銃』だ。
あるいは、もう少し広く、火薬の武器利用技術かもしれない。
もし、人族が――ヨーロッパ人達が銃を持っていたとしたら、確かに獣人達を追い詰めることも可能だったかもしれない。
「それが、歴史の真実、か。レイク、お前はこのことを知っていたな?」
アル様の言葉に、僕らの視線がレイクさんに集まる。
レイクさんは顔を背ける。
「おかしいとは思っていたのだ。龍族と交渉するといっても、そんな材料はレイクにはないはずだ。にもかかわらず、お前は私をここに連れてきた。
そして、もしも諸侯連立が政権を取ったらエルフや龍族とも戦争をするという。あまりにも勝ち目のない戦いだ。
にもかかわらず、何故そう断言できるのか」
――まさか。
「諸侯連立は、500年前の武器を手に入れるつもりなのだろう。その事実こそが、レイクが龍族と交渉する切り札だった。違うか?」
レイクさんは青ざめた顔のままだった。
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