55.決意の時
僕らが『闇』達に襲われてから、1日が経った。
僕とリラはお師匠様のお墓の前で膝を抱えて座っていた。
お師匠様のお墓は簡素なものだ。
この世界では土葬が一般的。遺体を埋めて、少し大きな石を目印みたいに置いただけだ。
それでも、この世界の教会のトップである教皇が無償で弔ってくれたのだから、ありがたいというべきなのだろう。
――いつまでもこうしているわけにはいかない。
それは分かっていても僕らは動けなかった。
アル王女や教皇達は、お師匠様の小屋にいる。
半壊したが雨風くらいは避けられる。僕が3ヶ月かけて作った小屋も利用しているようだ。
僕たちは、決断しなくてはいけない。
このままここでお母さんも含めて3人で暮らしていくか、それとも……
僕の中で、答えは決まっていた。
ただ、踏ん切りがつかないだけだ。
誰かに一押し、自分の背中を押してほしい。
でも、それをしてくれるお師匠様はもういない。
お父さんはここにはいないし、今のお母さんにも無理だ。
だから、自分で立ち上がらなくちゃいけない。
――それは分かっているんだけど。
「お師匠様……」
リラが呟く。
もう何度目か分からないつぶやき。
冷静に考えてみれば、僕やリラがお師匠様と一緒にいた時間は長くない。
リラは4ヶ月、僕は3ヶ月。
レイクさんやラミサルさんの方が、お師匠様に師事した時間は長いのだと思う。
鬼ババアだとも思った。
ひたすら山を走らせて何の意味があるんだとも。
だけど、このあいだ分かった。
お師匠様は僕らに、生きる力を与えようとしてくれていたのだと。
それが分かったときには、もうお師匠様は逝ってしまった。
僕は、僕らは生きなければいけない。
お師匠様が、前世の両親が、今の両親が、リラの両親が、村長が、ジラやテルやキドが。
色々な形で僕らに生きろといってくれていたと、今なら分かるから。
だけど。
だけどさ。
力が入らないんだよ。
立ち上がりたくても、悲しみに押しつぶされて。
駄目だと分かっていても後悔と自己嫌悪が襲ってきて。
立たなくちゃいけないと思っても、どうしても動けないんだよ。
「お師匠様……」
僕はリラと同じように呟いたのだった。
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お師匠様の墓の前で座り込んでいる僕らに、背後から声がかかった。
「パドくん、リラちゃん、やっとみつけた」
言われて初めて気がついて、僕らは振り返った。
そこには行商人アボカドさんがいた。
アボカドさんはこの付近の村々を回るだけでなく、お師匠様の薬を買うこともある。お師匠様だって日用品を購入する必要もある。
「どうも」
「こんにちは」
言った僕とリラの声は、思った以上に重苦しかった。
「いやー、参ったよ。小屋に行ったらなんか偉そうな人たちがいっぱいいてさぁ。ブシカさんはどこですかって尋ねたら、ここに行けっていわれて……
……えっと、何があったの?」
さて、どうするか。
説明するのは簡単……でもないけど、不可能じゃない。
だが、どこまで話すべきか。
「……お師匠様は、亡くなりました」
僕が迷っている間に、リラが答えた。
それで、アボカドさんも、僕らの前にある小さな墓に気がついたらしい。
「そうか、だとしたら、これは君たちに直接渡すべきだろうね」
彼がそう言って取り出したのは2通の手紙。
1通は僕宛、もう1通はリラ宛。
――誰からだろう?
受け取ると、僕への手紙の差出人の名前はジラだった。
リラへの手紙はまた別の人からみたいだけど、ともあれ僕は手紙を開いた。
――汚い字だなぁ。
おまけに、スペルミスもいくつかある。
だけど、それはジラ自身が書いた手紙だという証拠だ。
3ヶ月前までは、僕もジラも手紙を読めなかった。
この3ヶ月で、僕はお師匠様から、ジラは村長から文字をを教わった。
僕は手紙を読む。
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パドへ。
村の復旧は順調だ。
じいちゃんや怪我をした人たちも回復している。
あと何年かしたら、お前とリラを迎え入れられるようにしてみせる。
だから、ガンバレ。
リラにもよろしくな。
===================
短い手紙だけど、なんどもスペルを間違えて書き直しされていて、きっとこれだけ書くにも苦労したんだろうなと分かる。
――そっか、ジラも頑張っているんだ。
そのあと、僕らは手紙を交換した。
お互い、何故か自然にそうした。
リラへの手紙はバウトという獣人からのものだった。
――リラが生きていると獣人達にばれたのか?
その事実に、僕は一瞬戦慄する。
だが、リラに促され、中身を読んでホッと息をつく。
===================
リラへ。
私達があなたにしたことを許してくれとは言わない。
あなた達が崖の下に落ちた時、大きな魔法を使ったことを知っている。
心配しなくても、里の他の連中はあなたが死んだと思っている。
だから、きっと助かったのだろうと信じ、人族の商人とコンタクトを取った。
彼はあなたが生きているか答えず、私はこの手紙を書いて無理矢理預けた。
今更何を言うかと思うだろうが、私はあなたに生きてほしい。
私の大切な、妹のようなリラに。
===================
僕らが手紙を読み終わった後、アボカドさんは言った。
「ジラくんは頑張っているよ。村長さんがまだ本調子ではないのに、村の復旧のめどがたってきたのは、彼の力だ。
一体何があったのかってくらいに、昼間はナーシャさんと一緒に復旧活動の指揮を執って、夜は村長から文字や計算の指南を受けている」
ジラ。
彼は僕との最後の約束を守ろうとしているんだ。
「バウトさんは僕はよく知らないけどね。リラちゃんのことを本当に心配していたよ。
獣人との話は聞いていたから、最初は警戒もしたけどね。商人のカンだけど、彼女の言葉は本心だと思う」
リラへの手紙の方はそれなりにリスクのあるものだったが、彼の判断は多分正しいのだろう。
あの時、僕は獣人達の目を上手くごまかしたつもりだったが、バウトという獣人は気づいていたのだ。その上で見逃してくれた。
――よし。
僕は立ち上がる。
最後の一押しは、ジラがしてくれた。
「パド?」
「決めたよ、僕は生きる。そして、アル王女に協力してお母さんを元に戻す。その上で、ラクルス村に帰る」
僕の決意。
僕がそう決めた。
「そっか。じゃあ、私も準備しないとね」
「リラも立ち上がる」
「え?」
「何意外そうな顔しているのよ。私も一緒に行くに決まっているでしょう」
「でも……」
僕の都合にリラを巻き込んでしまっていいのだろうか。
「ここに1人残っても仕方がないし。他の獣人にいつ襲われるかって心配もあるし。
それに、お師匠様は言った。私は人族と獣人をつなぐ存在だって。だったら、人族のトップと親しくなっておくのも悪くないでしょ」
そう言われれば、頷くしかない。
僕らはアル王女達の待つ小屋へと歩き出す。
いくら僕らが決意しても、アル王女が受け入れてくれるとは思えない。
そもそも信託のことを考えれば、教皇達がどう動くのかという問題もある。
だが、勝算がないわけじゃない
もし、僕らにもう用がないというならアル王女達はとっとといなくなっているだろうし、僕の命を奪おうと本気で考えているなら、教皇は別の動きをしているだろう。
「え、王女、ええ!? どういうこと!?」
後ろでアボカドさんが何やら驚嘆している。
うん、王女とか彼の前で言ったのは失敗だったかな。
えっと、ま、無視しておこう。うん。
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