46.それぞれの戦い(1)アラブシ・カ・ミランテ
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(一人称・ブシカ視点)
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『闇』の襲来を前にして、
「どうしましょう、お師匠様」
全く。どうしてこの子はこういう場面で判断を他人任せにするかね。
私が指示して全員を動かすか?
そうしたとしても犠牲者0で乗り切れるかは微妙な状況なのだし。
だが、それではアル殿下はパドの必要性を認めないだろう。
アル殿下に認められなければ、この戦いを乗り切ったとして、教会がパド抹殺を企てる可能性が残る。
ここは、パドの有用性をアル殿下や教皇に見せつけなければならない。
だから、私は心を鬼にして言った。
「少しは自分の頭で考える癖をつけな、この馬鹿弟子がっ」
私の言葉に、パドは驚きと困惑の表情を浮かべ、しかしすぐに真剣な表情になった。
この子は誰かに頼る癖があるが、頼れないとなれば自分で判断する思考力は持っている。
ならば、師匠として自分で考える癖をつけさせようじゃないか。
「えっと、『闇』に有効な攻撃を持っているのは僕とお師匠様と枢機卿さんだけです。でも、結界を張っていたら攻撃できません。
なので、まず、お師匠様にタイミング見計らって結界を解いてもらいます。
その時、僕が『闇』をぶんなぐって押さえ込みます。できれば使いたくないけど、いざとなったら漆黒の刃の魔法もありますし、ラクルス村の時とは違って、人のいない方に吹っ飛ばすつもりです」
なかなかちゃんと考えられるじゃないか。何故最初からそうしないんだかね。
「それと、キラーリアさんのことが気になります。回復魔法が使える教皇さんとレイクさんでそちらに行ってほしいんですけど、アル王女のお力で運べますか?」
「ふん、まあいいだろう。敵に後ろを見せるのは癪だが、剣が通じない相手では私にはどうにもならん」
この王女様も中々状況分析力はあるのかもね。
最初は脳筋かと思ったが、存外冷静だよ。
「ただ、問題は結界魔法を解いた瞬間です。まず間違いなく攻撃が来ます。
なので、お師匠様と枢機卿さんになんとかそれを防いでほしいんです。僕がヤツをぶん殴るまでの数秒でいいので」
しかしラミサルは困惑しているようだ。
「そう言われましても、どうしたらいいか……」
この子は能力はあるのに応用力がないね。20年前からそうだった。
成長していないなと言いたいが、その成長を促すべきだったのは当時師匠だった私か。
いずれにせよ、この様子じゃラミサルは役に立たないね。
「あんたは教皇の護衛に徹しな。パドの要求は私がなんとかするよ」
「はい。ありがとうございます。師匠」
そうかい。ラミサル。アンタはまだ私を師匠と呼んでくれるのかい。
パドはさらに続ける。
「リラはお母さんをお願い」
「まかせて。っていっても、私に何ができるか分からないけど」
パド、中々いいじゃないか。
2、3甘いところはあるが、それなりにちゃんと状況が見えている。
「……ってかんじで、どうでしょうか、お師匠様?」
「概ね最善手だろうね。
ただし、
私の言葉にレイクが慌てる。
「ええ、どうしてですか!?」
「保険だよ。一応あんたも結界魔法は使えるだろ。それに、アル殿下の力でも3人運ぶのは大変だろう」
「……わかりましたよ。アラブシ先生に逆らうとろくなことがありませんからね」
ブツブツ言うレイク。
「それじゃあ、みんな構えな。5つ数えたら結界を解くよっ!!」
その言葉に、アル殿下が教皇と枢機卿の首根っこを掴み、パドが跳び上がる構えを見せる。
リラとレイクは……まあ、あれでも一応構えているのだろう。ほとんど役に立つとは思えない姿だが。
「5、4、3、2、行くよ!!」
私は結界を解く。
『闇』の10本の指がうねりをもって私たちを襲う。
パドが『闇』に跳びかかる。
ラクルス村にいた頃は跳び上がるだけで、他人を巻き込むほどの大きな穴を作っていたそうだが、今はそこまでではない。少なくとも私たちが巻き込まれはしなかった。
毎日鍛えたかいがあったね。
同時に、アル殿下が教皇とラミサルの首根っこを掴んだままキラーリアの方へと走る。
リラはパドの母親をかばうように立ち、レイクは……うん、震えているだけだ。まあこの2人には特に何も期待していない。
「はぁっ!!」
私は小さな浄化の光を斉射、襲いかかってきた9本の指は迎撃する。
残りの1本は!?
私たちではなく、パドの眼前に迫る!!
あの馬鹿弟子、あそこまで真っ正面から突っ込むかね?
「光よ!!」
叫び声と共に、私以外の者が浄化の魔法を発射する。
――今の声はラミサル!?
ラミサルの浄化魔法は、パドに迫った『闇』の指を弾き飛ばす。
ふん、神託の子どもを枢機卿が助けるとは、皮肉な話だね。
パドは『闇』に迫り、右腕を振りかぶって殴りつけた。
『闇』は南へと吹き飛ぶ。あちらの方向には村もない。なかなかいいチョイスだ。
やはり、200倍の魔力を持つパドならば、殴って打撃を与えらるようだね。
いずれにせよ、私は一息つく。
さすがにこの年になって、結界魔法と浄化魔法の連続使用はキツイねぇ。
「お師匠様っ!!」
リラが駆け寄ってくる。
うん、師匠を心配するいい弟子じゃないか。
「パドは大丈夫なのかしら」
なんだい、心配しているのは
「さてね、『闇』自体は一度倒した相手だ、なんとかするんじゃないか」
むしろ、パドがヤツを倒せないなら、勝ち目はない。
私の浄化の魔法は確かに効いていたが、それは怯ませる程度だ。
人間でいえば机の角に足をぶつけたといったところで、致命傷にはほど遠かった。
「それより、不安なのはまず間違いなくもう一回パドに接触してくる相手だね」
ルシフ。
ヤツが何を考えているのか、それは私にも分からない。
だが、『闇』を操っているのが本当にルシフならば、ヤツは再度パドに接触するだろう。
そうでなくても、パドが追い詰められた瞬間を、ヤツが狙う可能性は高い。
いずれにせよ、今は――
そこまで考えたときだった。
私めがけて、草陰から黒影が襲いかかった。
「くっ」
鋭い爪が私の胸を薙ぐ。
とっさに後ろに跳んで距離を取る。
「『闇の獣』!?」
私を襲った存在を見て、リラが叫ぶ。
オオカミを思わせるような四つ足動物。だが、その身体は爪と牙を除いて漆黒に染まっている。
『闇』の獣型。
なるほど『闇の獣』と呼ぶにふさわしい。
「ちっ、伏兵がいたのかい!?」
確かにこちらも多数なのだから、向こうも多数の可能性はあったのだ。
私もヤキが回ったね。当然警戒しておくべきことだった。
ラクルス村をたった一体の『闇』が襲ったと聞かされていたので、何故か今回も単独と思いこんじまっていた。
「レイクっ!! リラとパドの母親を結界で包め!!」
私は叫ぶ。
「ですが、アラブシ先生は!?」
私のところまで、レイクからは少し距離がある。
あの子の魔力ではここまで結界を広げるのは困難だろう。
「私はコイツを倒す」
どの道、結界の中に閉じこもったのではジリ貧なのだから。
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どのくらい浄化の魔法を当てただろうか。
幸いだったのは、『闇の獣』がまさに獣の動きだったことだ。
攻撃は極めて直線的。爪と牙さえ避ければ問題ない。
だが、それでもかすり傷は負っている。
なにより、このアラブシ・カ・ミランテといえど、これ以上は魔力が持たない。
私はあくまでも常識の範囲内の天才だ。200倍の魔力を持っているわけではないのだ。
それでも。
私が残り少ない魔力で放った浄化の魔法で、ついに『闇の獣』は消滅した。
「お師匠様!!」
リラが駆け寄ってくる。
「アラブシ先生、ご無事ですか!?」
さすがに今度は2人とも私を心配してくれるらしい。
ありがたいことだね。
リラが私に抱きつく。
「まあ、なんとかね。さすがにこれ以上敵が現れたら……」
言いかけ、私はそこで言葉を止める。
「どうしたんですか、お師匠様?」
リラは怪訝そうな顔。
だが、かまっていられる状況ではない。
「参ったね。まだそんなにいたんかい」
森の奥から、数十体の『闇の獣』が姿を現した。
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