33.任せたよ!!

 僕が目覚めてから2日後。

 今日、僕とお母さんが村から追放されることになった。


 リラ、ブシカさん、それにお母さんと一緒に、僕は7年暮らしたラクルス村の入り口にいた。

 村は壊滅状態。だけど皆少しずつ気力を取り戻していた。

 簡易的な建物は少しずつ出来上がってきている。

 畑も無事だった作物をなんとか来年につなげようとしている。

 僕が壊してしまった村は、まだ死んではいないとここから見れば分かる。


 そして、僕らが村を出るとなって、村の皆が集まってきてくれた。


 僕のそばにはキドやテルやサンがやってくる。


「パド、その、なんて言ったらいいか分からないけど、元気でな」

「うん、キドも、これから大変だと思うけど」


 キドは僕の手を握り、僕も軽く握り返す。

 痛みを感じさせないで済む程度に力を加減できたみたいだ。


「パドぉ、行っちゃうのぉ? どこにぃ?」


 ほとんど半泣き状態のサン。


「サン、キドやジラを助けてあげてね」

「……うん」


 泣き声交じりに頷くサン。

 そんな僕らに、テルが言う。


「しかし、そのジラはどこにいっちまったんだ?」


 そう、ジラは、何故かここにいない。

 昨日のことで気まずいと思ったのかもしれないけど。


 でも、ちゃんとお別れ言いたかったな。


 そんなことを話していると、今度は大人達が僕に声をかけてくれる。


「パド、負けるんじゃないよ」

「元気でな」

「俺はお前が村を護ってくれたと思っているから」

「村長もひどい人だよ。こんな幼い子や今のサーラを追い出すなんて」

「パド、お母さんをしっかり護るんだよ」


 ……もちろん、全員が全員じゃない。

 中には露骨にとっとと出て行けという顔をしている人もいるし、そもそもジラ以外にもこの場にいない人もいる。


 そして。

 最後にお父さんが僕に近づく。


「パド、駄目なお父さんでごめんな」

「そんな、そんなことありません。あるわけないよ。お父さんはダメなんかじゃないよ。僕はお父さんとお母さんの子どもに産まれて良かった」


 途中から、敬語じゃなくなっていた。

 お父さんと腹を割って話せる最後の時間だから。


 桜勇太として産まれて、パドとして転生して良かった。

 お父さんと話ができて良かった。

 お母さんと笑い合えて良かった。

 キドやテルやジラやサンと友達になれて良かった。

 リラと出会えて良かった。


 良いことだらけだった。

 前世のお母さんを泣かせてしまった僕が、こんなに幸せになって良かったのかと思うほどに。


「パド!」

「お父さん!」


 僕らは抱き合う。

 それだけで、もう言葉はいらない。


 病気を気にせず、チートを操れるようになった僕は、こうやってお父さんと抱き合えた。

 それだけで、僕はもう幸せだ。


 ――しばしそうして。


「パド、そろそろ行くよ」


 ブシカさんが僕に言う。


「はい」


 僕は元気よく――もしかすると空元気かもしれないけど、元気よく――答えて。

 涙まみれの顔に笑顔を浮かべて歩き始めた。


 こうして送り出される僕は、きっと、とてもとても幸せなんだと思うから。


 ---------------


 しばし歩いたところで。


「待てよ!!」


 ハァハァ息を切らせながら追いかけてきたのはジラだった。


「ジラ?」

「俺、考えた。

 考えて、考えて、考えて、それで決めた」


 一体、何を……?


「俺は村長になる。村長になって、村を発展させる。そうしたら、お前とリラを迎え入れる。もちろん、サーラさんも。

 誰にも文句なんて言わせない。じいちゃんにも、獣人達にも。

『闇』なんてぶったおせるようになるくらい、この村を立派にしてみせる」


 ジラはそこで1度言葉を止め、僕とリラの手を握った。


「今の俺にはお前達を助けられない。でも、いつかお前達を助けられるくらい立派な村長になってみせる。

 ……だから。その時は絶対に帰ってこい。

 分かったな?」


 ジラはそう言って、僕とリラの手をぎゅっと握った。


「うん。ジラ、村のことは任せたよっ!!」

「おうっ。俺に任せとけ!! お前達が戻ってくるときにはびっくりするくらい立派な村にしてみせるぜ」

「はは、期待しておくよ。勇者様」

「おうよっ!!」


 ジラは胸を張った。


 ---------------


 ジラと別れ、ブシカさんの小屋へと向かう。

 途中の休憩時間、僕は2人に話しかけた。


「1つ考えたことがあるんです」

「なんだい?」


 問いかけるブシカさんに、僕は言う。


「『闇』についてです。あれは一体何だったのか」

「ほう、どう思うんだい?」

「あれはもしかして、ルシフが送り込んだんじゃないかって」


 突飛なようでいて、それが1番しっくりくる考察に感じた。

 これまで2回、ルシフは僕にとってものすごく都合の良いタイミングで現れ、魔法と選択肢を提示してきた。

 ブシカさんの言うとおり、その選択肢はむしろ僕の行動を縛るためのものだったと思う。


 だけど、同時に思う。

 30日の間に、こうも立て続けに命の危険を感じるような事件が起きるものかと。


 獣人達については、確かにリラを追って来たのだろう。


 ならば『闇』は?

『闇』はお母さんをまず狙った。

 でも、なぜ?


 そう考えると、僕を追い詰めるためだったのではないかと思えてしまう。

 じゃあ、僕を追い詰めたかったのは誰か。


 決まっている。

 僕に魔法の契約をさせたがっていた存在――ルシフだ。


 ルシフはこう言った。


『このままだったら、『闇』はお母さんだけでなく、パドくんのお父さんも、友達も、村の皆全員殺しちゃうよ』


 今思えば、自分が『闇』を操っていると言っているようなものではないか。

 ルシフが何故僕と魔法の契約をしたがったのかはわからない。

 僕の家族の命や片手が目的ではないだろう。たぶん、ヤツの目的はそのさらに先にあるはずだ。

 それが何かはいまのところさっぱりわからない。

 だが、その第一段階として僕と魔法の契約をする必要があって、だからヤツは僕を追い詰めるために『闇』を送り込んだのではないか。


 確か、前世の言葉ならマッチポンプってヤツだ。

 自分で問題を起こして、解決してやるから利益をよこせというあくどい手法。

 いかにもルシフがやりそうなことだ。


 そこまで話すと、ブシカさんは「ふんっ」と笑った。


「ようやく気がついたいか。少しは物事を考えられるようになったようだね。

 あと半日経ってもそこに考えが至らなかったら、ぶっ叩いていたところだよ」


 ――ぶっ叩く?

 さすがに顔を引きつらせる僕に、リラが囁く。


「パド、お師匠様は本気で叩くから。手紙、むしろ抑え気味の表現だから」


 うわぁぁ。

 いや、いまはそこはおいておこう。


「それで、何が言いたいのかというと、このまま僕が2人のところに行ったら……」

「今度は私たちに迷惑がかかるかもしれないと?」

「はい」


 ルシフが次に何をしてくるかは分からない。

 また『闇』を送り込んでくるかもしれないし、もっと別の悪意を向けてくるかもしれない。

 それにブシカさんやリラを巻き込んでしまって良いのだろうか。


「正直、やっかいごとはごめんだけどね。とはいえ、いまお前を放り出す気にはなれないね。

 ルシフとやらが望んでいるのは、あるいは世界規模のことかもしれない。

 私も、リラも、この大陸中の人間が無関係ではいられれないような。

 ならば、今、お前を追い出すよりも、手元に置いて今後の趨勢を観察すべきだと、私は思う。

 そして、お前はこれから力だけでなく魔力の制御も学ぶべきだ。そのためには魔法使いの弟子となるのが1番いい。

 だが、この地方には他人を指導できるような魔法使いなどほぼいない。例外がいるとしたら私だけだろう」


 なるほど。


「わかりました。じゃあ、これからよろしくお願いします」


 僕が頭を下げると、ブシカさんはやれやれと首を振った。


「まったく、この年になって再び弟子を2人も取ることになるとはね。ま、しごきがいがありそうな子ども達だから、せいぜい楽しむか」


 そういって、クッククと笑うブシカさんの笑顔を見るうちに、何故か僕の背中に嫌な汗が流れたのだった。

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