【番外編7】元王宮魔法使いと滅びかけの村
(こりゃあ、ひどいね)
地震(仮)の日から2日目の朝。
ようやくたどり着いたラクルス村は、それはもうひどい有様だった。
そもそも、ラクルス村にたどり着く前から、大木が倒れ、崖が崩れ、地面がひび割れしている様をずいぶん見かけたのだが、村の被害はそんなものではなかった。
多くの家屋が倒れ、人々は気力なく地面に座り込んだり倒れたりしている。
怪我人も多く、布も満足になさそうだ。
水は近くに川があるのでなんとかなっているのだろうが、なによりも屋根のある建物の大半がなくなってしまっている。
雨でも降ったら……いや、そうでなくてもこの時期、日中の温度は怪我人達の体力をどんどん奪うだろう。
(リラを連れてきて正解だったね)
自分1人ではとても手が足りない状況だ。
リラがいっしょでも難しいだろう。
というか、まず何からすべきなのか。
薬師としては怪我人の治療だろうが、薬草には限りがある。魔法での治療に至っては、ブシカといえど4、5人が限度だ。
学術師としてはこの状況の原因を知りたい。魔法使いとしてもだ。
もしも想像通りだとしたら……
――と。
「リラ?」
背後から声をかけてきたのはリラと同い年くらいの少女。
「ほんとだ、リラじゃん」
もう1人、少年が言う。他にも数人の少年少女がバケツを盛ってこっちにやってきた。
バケツの中身は川の水か?
「スーン、ジラ……その、あの時は色々と迷惑をかけて……」
「あー、今はそのことはいいよ。それより早く水を届けなくちゃ。本当は色々話もしたいけどさ、こういう状況だし」
ジラ達はそう言って、駆け出そうとする。
「ちょい待ち」
ブシカは彼らを止める。
「なんだよ、おばあちゃん。悪いけど今は浮浪者に恵みを与える状況じゃないぜ」
「私は薬師のブシカだよ。リラの師匠でもある。浮浪者には用がなくても、薬師には用がある状況じゃないのか?」
その言葉に、少年達は顔を見合わせた。
---------------
村の中央に、特にひどい怪我を負った人々が集められていた。
村長の娘ナーシャや、マリーンらが即席の看護師として働いていたが、当然のことながら彼女たちも医療知識などない。
村長も大けがをし、大人達は復旧作業に追われているらしい。
怪我人をみる中心にいるのはアボカドだった。確かに、ラクルス村の住人よりは知識もあるだろうが、やはり彼も医者や薬師ではない。
「ブシカさん!? 助かります」
アボカドが薬師であるブシカをみて顔を輝かせたのも無理からぬことだ。
「色々聞きたいことはあるが、まずは怪我人の治療が最優先だね。どのくらいいる?」
「重傷なのはここにいる7人ほど、かすり傷ならほぼ全員。それとは別に村長がひどい高熱で。
あとは――パドくんが、未だに目を覚まさなくて……」
重傷だという7人を見るが、あくまでも骨折程度であり、感染症などを併発しなければ命に別状はなさそうだ。
「リラ、アセントの粉を全員に飲ませて。生水は避けて、かならず沸かしたお湯で飲ませるんだよ」
リラに持ってきた薬を処方するように指示。
万能ではないが、だいたいの感染症を抑える薬だ。
「添え木は――大丈夫そうだね。熱がある者もいない。こっちの彼は傷口にヌカチャの軟膏を」
矢継ぎ早にリラに言う。
「はい」
リラは答えて動く。
きちんと指示通りにできるか心配がないわけでもないが、ある程度は任せるしかない。
「次は……」
村長か、それともパドか。
正直にわかには判断できない。
だが。
「アボカド、この騒動、原因はパドかい?」
「それは……」
いいよどむアボカド。
代わりに叫んだのはジラだった。
「違う!! パドのせいじゃない。パドは『闇』から村を護っただけだ」
「『闇』? なんだいそれは?」
「黒い人間みたいなので、指を伸ばして攻撃してきて。パドがやっつけた」
――黒い人間。
リラが見たというモノと同じだろうか。
ジラの言葉をアボカドが補足する。
「地震はパドくんが地面を殴りつけた時に起きました。ジラくんの言うとおり、パド君はお母さんのお腹を刺されて必死に戦ったのも事実だと思いますけど」
――やはり、そうなのか。
200倍の力。
もしも、全力で地面を殴ればこういう被害が起きてもおかしくない。
「村長はどんな様子?」
「右足を骨折しして、かなり熱があるみたいですね」
彼はブシカと同じく老齢だ。
感染症がおきているのかもしれない。
だとしたら、優先して
「リラ、私は村長のところに行ってくる。ここは任せるが、何か問題が起きたらすぐに知らせろ」
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村長の右足は骨折だけでなく、大きな切り傷があり、しかもすでに膿み始めていた。
一応、薬草はまいてあるようだったが、それ以前にこれでは傷が塞がるまい。
(これは魔法が必要だね)
怪我を縫う技術はこの世界にはない。
薬で治る状況ではないし、魔法でまずは傷と骨折を治してしまうのが確実だ。
回復魔法で傷を癒やし、滋養強壮に効く薬を飲ませる。
半ば意識がないので薬を飲ませるのも大変だったが、村長の孫だというジラも協力してくれた。
「ありがとう。ブシカばあちゃん」
ジラが頭を下げる。
「いや、村長には私も世話になっているからね」
いいつつもウンザリする気持ちもある。
(まいったね、こりゃあ大赤字だ)
アボカドもずいぶん薬を提供している様子だったが、この状況では代金を受け取るのは難しいだろう。
自給自足の生活を送っている自分はまだしも、行商人のアボカドは頭を抱えたいだろうなと想像する。
「次はパドを診るよ。村長の治療の続きは彼の意識が戻ってからだ」
---------------
(やっぱり、こういうことかい)
目を冷まさないパド。ブシカは魔力病だと看破した。
急激に大量の魔力を使ったがために、身体が耐えきれなかったのだ。
1ヶ月と同じである。よって治療法も同じ――
――なのだが。
(なんだい、これは?)
パドの左腕を見て戦慄するブシカ。
彼の左手は、手首から先がなくなっていた。
事故や戦いで切り落とされた傷ではない。
不自然なほどに綺麗に切り取られている。
(パド、あんたまさか……)
気を失ったままのパドに問いかけたい。
(……自分の左手を代償にしたのかい?)
ここに来るまでに、ブシカも大体の経緯を村人達から聞かされていた。
突然襲いかかって来た『闇』にパドの母が殺され賭け、パドは結界魔法や回復魔法で村人や母親を救い、漆黒の刃の魔法で『闇』を倒した。
このうち、結界魔法は崖から落ちたときに使ったものだと思われる。
問題は残りの2つだ。
おそらく、その魔法の代償がこの左手なのだろう。
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パドの家にはもう1人患者がいた。
パドの母、サーラである。
パドの魔法によって一命を取り留めたものの、目を覚ました彼女は普通の状況ではなかった。
記憶と心を失い、ただひたすらに微笑み続けるだけの状態になってしまったのだ。
夫のバズに許可をもらい、サーラの瞳をのぞき込む。
(なんだ、これは!?)
ブシカは戦慄する。
サーラの肉体には闇の魔力とでも形容すべき力が渦巻いていた。
(パド、あんたは一体なにと契約したんだ?)
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その後、村長が目を覚まし、改めて対面した。
「ブシカ殿、ありがとうございます。これで村はギリギリのところで救われるかもしれません」
死者が出なかったのは不幸中の幸いだと村長は言った。
実際、リラに対して『治療するだけ無駄だから安楽死させよう』などという指示を出さないですんだとホッとしている自分がいる。
そういう判断も薬師には時として必要だが、リラにはまだ早い考え方だ。
教え方はスパルタ式だが、弟子の心をないがしろにしているわけではない。
「このお礼は必ず……」
村長はそう言うが。
「できない約束はしない方が良いよ。こっちははなっから期待していないんだからさ」
「しかし……」
「変に約束しちまうと、後々まで尾を引くだろう? 私はまだしも、アボカドは商人だ。そんな約束をされたら取り立てないわけにはいかなくなっちまう」
今のラクルス村は生き残るだけでも大変な状況だ。
夏はまだしもあと4ヶ月もすれば寒気がおとずれ、さらに1ヶ月後には雪が降り始める。
畑も大分壊れていたし、村唯一のかまども破壊されたらしい。
とてもブシカやアボカドに薬代を払うどころではないだろう。
アボカドもブシカもそんなことは分かった上で人々を助けた。
ならば、不可能な約束をするべきではないのだ。
村長もその理屈は分かっているようすだ。
「すみません」
深々と頭を下げた。
「ところで、もう1つ相談が……」
村長はそう言って話し出した。
その話は、ブシカの想定していたことだった。
想定したことではあったが……
「本気で言っているのかい?」
「はい」
「恨まれるよ」
「私はもうすぐ天に召される年齢です。孫に代を譲る前に、恨まれ役は引き受けておくべきだと」
「そうか」
「はい。パドの意識が戻り次第、パドとサーラをこの村から追放します。つきましては、一時的でも良いので、2人を受け入れてはもらえないでしょうか?」
村長はそういって、今度は先ほど以上に丁重に頭を下げた。
(やれやれ。本当に次から次へとやっかいごとが続くね)
ブシカはため息を吐きたいのをぐっとこらえた。
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