30.漆黒の刃で闇を斬れ!!
今回も漆黒の世界にいた間の時間経過はなかった。
僕が元の世界に戻ると、『闇』があいからわず、結界魔法を破ろうとし続けていた。
僕は左手首を見てゾッとなる。
ルシフへの対価として捧げた僕の左手はそこにはなかった。
分かっていたことだが、それでも実際にこうして目の当たりにすると、精神的にきつい。
――違う。
今考えるべきはそのことじゃない。
せっかく左手を失ってまで手にした魔法。
これを使ってお母さんを助け、『闇』を倒す。
「テルっ、これから結界を解く。あいつは先に僕を狙う。テルは皆を連れて逃げて」
僕は振り向かずに叫ぶ。
「お前はどうするんだ?」
「僕は、アイツを倒す」
「……わかった」
テルは素直に頷いてくれた。
素直じゃなかったのはジラ。
「でも、パド……」
何かを言いたそうなジラに、テルが言う。
「ジラ、俺達は邪魔なんだ」
「……っ。わかったよっ!!」
ごめんね。ジラ。
「さあ。結界を解くよ」
僕は叫んで、結界魔法を解く。
『闇』の10本の指が僕に向かう。
よし、他の皆のことはとりあえず後回しにしてくれた。
「刃よっ!!」
僕は叫ぶ。
切り落とされた左手の代わりに、漆黒の刃が現れる。
これが、左手の対価としてルシフにもらった魔法の1つ。
『闇』をも切り裂く漆黒の刃。
僕の振り回した刃は『闇』の指を切り落とす。
痛覚を持たないのか、『闇』に苦痛の表情はない。
だが、戸惑いはあったのだろう。
『闇』はいったん僕から距離を取った。
その間に、テルはジラ達と共に逃げる。
逃げる方向は水汲みをしている川原の方。
ラクルス村では何かあったら川原に逃げることになっている。
川原なら最低でも水はある。
水があれば人は3日は生きられる。
水がない方向に逃げたら、1日で体力は半減だ。
――このまま追撃を……いや、違う。
まずやるべきは。
僕は漆黒の刃を1度消し、お母さんとお父さんの方へ跳ぶ。
「パド、お前……」
何か言いたげなお父さん。
前世や
「説明は後でします。まずはお母さんの怪我を」
僕はそう言って、残った右手をお母さんのお腹に当てる。
お母さんのお腹に漆黒の魔力が
ルシフがくれたもう1つの魔法。
瀕死の重傷を治癒する魔法だ。
言い換えれば、死んでしまってからでは遅い。
こちらは1回限定らしい。ルシフ曰く『ボクは回復魔法が苦手なんだよ』だそうだが、本当か嘘かは知らない。
「お母さんの傷は治しました。お父さん、お母さんを連れて逃げてください」
「パド、だが……」
「僕はアイツを倒します」
「しかし、その左手はどうしたんだ?」
「それも、後で話します」
僕はそう言って、再び闇に向き直った。
---------------
『闇』は再び両手の指を伸ばし、僕に向かって振るう。
先ほど切断した効果はすでにない。
何度斬っても指は伸ばせるというのか。
やっかいすぎる。
一方、僕の漆黒の刃の長さはせいぜい1メートル。
相手は鞭か槍で、僕は刀みたいな間合いだ。
接近しなければ勝機はないだろう。
結界魔法を張ったまま動ければ良いのだが、あれは動くことができない。
「刃よ!!」
僕は叫び、再び左腕に漆黒の刃を出現させる。
次々と襲いかかる『闇』の指を斬り捨て、『闇』に接近する。
僕は剣術なんて習ったことがない。
だから、どちらかといえば刃を振り回して走ったという表現が正しいのかもしれない。
それでも漆黒の刃の威力はすさまじく、『闇』の指に当たるだけで、どんどん指を切り落とせる。
一方、『闇』の動きは案外鈍い。
もしも上空に再び逃げられたら、僕の魔法を当てるのは難しい。
だが、現実には闇は地上にとどまったまま、ひたすら指を振り回している。
――案外、コイツも戦い慣れていない?
あくまでも直感だが、そんな感じがする。
そうでなければ、僕が隣接することは不可能だっただろう。
いずれにせよ、僕は『闇』のすぐそばまでやってきた。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
叫んで僕は漆黒の刃を振り上げる。
アベックニクスやオオカミもどきとは違う。
人の姿をして、嫌みったらしいとはいえ笑みまで浮かべる存在。
あるいは自我や感情を持っているかもしれない『闇』
その相手に、僕は斬りかかる。
人型の存在を殺すことに躊躇や嫌悪感がないわけではない。
だが。
それでも。
お母さんを傷付け、僕の暮らしを壊し、これから村人を殺そうとしているコイツだけはっ!!
「消え去れぇぇぇ!!」
叫んで僕は漆黒の刃を振り下ろした。
『闇』の身体が真っ二つに割れ、倒れ、そして跡形もなく消えた。
死体も血液も影すらも残さず、まるで最初からいなかったかのように。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
僕は刃を消し、その場に膝をつく。
息が荒い。全身が痛い。意識が飛びそう。
魔力を使いすぎた。
ブシカさんの言うとおり、僕の身体はここまで魔法を連発できるほど頑丈ではないのだろう。
やがて、僕は膝だけでなく右手も地面につき、左手も……いや、左手はすでに存在しなかったために、バランスを崩して、体全体が地面に倒れ込んだ。
「パドっ」
誰かの呼び声を聞きながら、僕の意識は消えていったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(以下、三人称)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
永遠に闇が続く世界。
ルシフは相変わらず桜稔の姿のままでその場にいた。
『どういうつもりだ』
『ふん、またキミか』
ルシフは8つの首を持つ化け物に肩をすくめる。
『どういうつもりかと聞いている』
『何が?』
『貴重な駒を無駄にしたではないか』
(貴重な駒、ねぇ)
確かにアレは貴重な駒の1つだが、それを作り出したのはルシフだ。
化け物に批判されるいわれはない。
『無駄じゃないよ。パドくんと契約できたもの』
『だが、家族の命を奪わなければ……』
『だから、焦っちゃ駄目だってば。少しずつ少しずつだよ』
『どう見ても、どんどん信頼を失っているようにしか見えなかったが』
確かにそれはその通りだ。
パドはあきらかにルシフに対して反発していた。
『ま、そうだけどね。必要なのはボクへの信頼じゃない。ボクの魔法への信頼――もっといえば依存だよ』
そう。パドがルシフを信用するかどうかなどどうでもいいことだ。
肝心なのは、ルシフの魔法にパドが頼り切りになること。
結果、次も彼はルシフの助けを求めるだろう。
そうすれば、いずれ彼は間違いなく……
『まあいいだろう。今しばらくはキサマに任せておく』
そう言って、化け物は消えた。
(ふん、犬っころが。いちいちうるさいんだよ)
ルシフはそう毒づき、次の一手を考え始めるのであった。
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