28.お前は、絶対に許さないっ!!

 僕は右拳を『闇』の顔面にたたき込む。

『闇』を地面に押し倒し、めり込ませる。

 アベックニクスの時を遙かに超える大きさのクレーターができあがる。


 それでも、『闇』は砕けない。

 ニヤニヤした顔すら絶やさない。

 漆黒の顔に浮かぶ白い歯が浮かべる笑みがむかつく。


 僕はさらに左拳も振り上げ、『闇』の顔面に叩きつける。

 それでも『闇』は笑ったまま。


 違う。

 僕が見たいのはこんなヤツの笑顔じゃないっ!!


「やっと、やっと笑ってくれたんだぞ!! お母さんは、やっとっ!!」


 叫ぶ。

 叫んでさらに拳を繰り出し続ける。

 右拳、左拳、右、左、みぎ、ひだり、みぎ……


 感情の暴発に任せたまま、僕は『闇』の顔面を殴り続けた。

 クレーターがどんどん深く、大きくなっていく。

 もう、地上から5メートルは沈んだか。


 それなのに。

 チートを全て使って殴り続けているのに。


『闇』は笑顔をやめない。

 血の1滴も流さない。

 僕の攻撃の効果があるのかどうかもわからない。


 それがたまらなく、僕の感情を逆なでして。


「お前は、絶対に許さないっ!!」


 叫んだ僕の上半身に何かが巻き付く。

 ――!?


 ――『闇』の指?

 お母さんを貫いた時のように、ヤツの指が伸び、僕の体に巻き付いていた。

 そのまま僕は持ち上げられ、クレーターの外へと投げ飛ばされる。


 ――ちくしょうっ!!


 僕は心の中で毒づきながら、宙に投げ飛ばされた。


 ---------------


 僕が投げ飛ばされた先は、ちょうどテルやジラ達年少組が集まっていた辺りだった。

 皆腰が抜けたのか、その場で膝を突いたり倒れたりしている。


 ――いや、違う。

 腰が抜けたのではなく、立っていられなかったのだ。


 その理由は周囲を見回せば分かる。

 村の中央に開いたクレーター。それを中心に、村の家が倒れ、木が倒れ、たき火が吹き飛んでいた。

 地面も大きくひび割れしており、大人も子どももとても立っていられなかったのだ。


 その原因は――僕、だ。


 僕が感情にまかせたまま、『闇』をチートで殴りつけたから。

 まるで大地震でも起きたかのような被害を村に与えていた。


 テル達が転がる僕を遠巻きにする。


「パド……」


 僕に向けたキドの声には怯えが混じっていて。

 キドだけじゃない。

 テルもスーンも村長もアボカドさんもナーシャさんも、村中の皆が僕を困惑と恐れの入り交じった目で、遠巻きに見ている。


 それは、僕が産まれて7年ずっと恐れていた状況で。

 自分のチートのせいで村の皆から怖がられる、そんな恐ろしい想像が現実になっていて。


「う、うぅ、うぇぇぇぇん」


 サンが泣き出し、スーンがまるで僕からかばうように彼を抱きしめた。


 ――僕は。

 僕はなんてことを。


 お母さんを攻撃されて我を失って。

『闇』がやったより何倍も村に被害を出して。

 よく見てみれば、大人達の中には怪我を負った人もいる。

 もしかすると家の下敷きになった人もいるかもしれない。


 ――それに。


 お父さんとお母さんは!?

 僕が跳びたった時、その場にはお父さんと怪我をしたお母さんがいた。

 その場所の地面を崩したのは僕だ。


 見ると、お母さんを抱きかかえたお父さんが、僕が作った穴からはい出しつつあった。


 ――何をやっているんだ、僕は!?


 後悔に襲われる僕に、ジラが叫ぶ。


「パドッ!! まだだ。アイツっ」


 ジラが上空を指さす。

 上空1メートルほどの場所には『闇』が浮かんでいて、指を構えていた。


 ――まずいっ!!


『闇』の指が再び伸びる。

 今度の狙いは僕か。


 避けられるか!?

 いや、そもそも避けたら他の子達が危ない。


 ――だったらっ!!

 ――こうなったら仕方がない。


 あの日、ブシカさんに禁じられたけど。

 今は他に手がない。


 僕は魔法を――ルシフからもらった結界魔法を発動した。


 ---------------


 僕と、ジラ達を黒いバリアーが覆う。

 さすがの『闇』の指も、この結界魔法を貫く力はないらしくはじかれる。

 だが、闇は10本の指を振り回し、僕の作り出した漆黒の結界を叩き続ける。

 結界を叩かれるたびに、意識が遠のきそうになる。


 ブシカさんは言っていた。

 僕の体内には溢れるほどの魔力があるけれども、1度にたくさんの魔力を使えば身体の方が持たないと。

 闇の攻撃は苛烈で、油断したらすぐに結界を破られてしまいそうだ。

 叩かれるたびに僕は結界魔法へ送る魔力を高め、それ故にどんどん辛くなっていく。


 あの時、崖から飛び降りた直後のように、意識が飛びそうになる。


 ――ダメだ、今気絶するわけにはいかない。


 僕の後ろにはテルやジラ達がいる。

 結界魔法が破られたら、僕だけでなく彼らもお母さんと同じ目に遭うかもしれない。


 だけど、どうしたらいい?

 結界魔法を使えるうちは防御できるけど、こっちから攻撃できない。

 このままじゃいつか……そう遠くない間に、僕の魔力か体力か精神力が尽きる。


 そもそも、僕の拳はヤツには通じなかった。

 ダメージがあったのかすら怪しい。

 僕にはアイツを倒す方法がない。


 逃げようにも、結界魔法を張ったままでは動けない。

 結界を解いたらたぶん犠牲者が出る。


 この状態はこうちやくではなく、僕が追い詰められているんだ。


「くそぉっ!! どうしろっていうんだよぉっ!!」


 僕の叫び。

 それに答えるかのように。


『また、ボクの助けがほしいのかい、お兄ちゃん?』


 僕の頭の中に響いたのは、ルシフの声だった。


「ルシフ!?」

『助けてほしいんだろう、お兄ちゃん。だったらそう言いなよ。ボクが助けてあげるから』


 ルシフの甘く、ねっとりとした声。


 ブシカさんは言った。

 頼るべき相手を間違えてはいけないと。

 そして、ルシフは頼ってはいけない相手だ。


 ――だけど。


 じゃあ、他に誰を頼れというのか。

 村の大人達に『闇』と対抗する力なんてない。行商人のアボカドさんも同じだ。

 あるいはブシカさんなら何かアイツに対抗するすべを知っているかもしれないけど、今、この場にいない。


 今、僕が頼れるのは――


「わかった」


 僕はルシフに答える。


『うん? 何が分かったのかな、お兄ちゃん?』


 ルシフはうれしそうに言う。


「助けてくれよ。今すぐ」

『OKっ!!』


 ルシフがそう言うと、僕の意識はあの漆黒の世界へと再び迷い込んだのだった。

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