第二章 禁忌の少女
14.月夜の少年少女達(前編)
夢を見ていた。
最初は前世のお父さんやお母さんや弟と一緒に遊園地で遊ぶ。
僕もお父さんもお母さんも弟もニコニコ笑って、家族4人でジェットコースターに乗って、その後ソフトクリームを食べた。
暗転。
ラクルス村のお父さんやお母さんと一緒に笑いながらご飯を食べる。
とっても楽しくて、とっても温かい。僕はお母さんに抱きつき、お母さんは僕の頭をなでてくれる。
暗転。
日本の小学校。
病気でもないし、呪いのような力もない僕は、ちょっとテストの点が悪くてクラスメートにからかわれたりしながらも、休み時間にみんなでドッヂボールをする。
僕の投げた球に当たった子は痛がりながらも外野へ。200倍の力を持たない僕の球は相手を怪我させることもない。病気ではないから僕は元気いっぱい校庭を駆け回れる。
暗転。
川原でテルやキドやジラやとサンといっしょに勇者ごっこをする夢。
僕がちょっと強く叩きすぎてサンが泣き出してしまったけど、ジラが励ましてサンもすぐにけろっと笑う。
とっても楽しくて、とっても幸せな時間。
暗転。
――全ては夢だ。
現実の桜勇太は病院から出ることはできず、家族で遊園地に行くことも学校に通うこともできなかった。
現実のパドは操りきれないチートのせいでお母さんに抱きつくことも、友達と勇者ごっこをすることもできなかった。
それはとてもとても幸せな夢。
僕が手に入れたかった夢。
これから手に入れたい夢。
手に入れられないと思っていた夢。
暗転。
4つの場面が僕の視界から徐々に遠ざかっていく。
次の場面では病院で痩せ細った桜勇太の横にパドとして立つ。
その直後、家を壊してしまった赤ん坊の横に桜勇太として立つ。
どれもこれも夢。
現実ではない夢。
だけど。
ラクルス村のお母さんは笑ってくれた。
前世のお母さんは僕が死んだとき悲しんでくれた。
だから。
少なくともお母さんと笑いながら食事をすることは、きっと今後はできるだろう。
夢の中でそこまで考えたとき。
僕は目を覚ました。
---------------
アベックニクスの騒動から2日。
月始祭を終えてまた新たな月が始まる日の夜。
僕は真夜中に目を覚ました。
「夢か……」
僕はポツリとつぶやく。
窓の外はまだ真っ暗。
『夢か』と自分で言ったけど、どんな夢だかはよく覚えていない。
たぶんとっても幸せで、でもとっても
僕のうちには2つ部屋がある。
片方は寝室で、生まれた日に僕が壊してしまったのを村の皆が修復してくれた。
お父さんとお母さんは普段そっちで寝ている。
僕はもう1つの部屋、つまり食事をする部屋で寝る。
家族3人同じ部屋で寝るのが普通なのかもしれないし、実際赤ちゃんの時はそうだったけれども、ここ数年は別の部屋だ。
これは僕が希望したこと。
寝ぼけてお父さんやお母さんに
ちなみにこんな夜中に目を覚ました理由はオシッコをしたくなったから。
桜勇太はオシッコをしたくなって目が覚めるなんてことはなかった。
夜中にオシッコをしなかったのではなく、下半身が完全に麻痺状態だった僕はオムツを穿かされた上で、排尿用の管を使っていたのだ。
少なくとも自分の意志でトイレに行けるのは幸せなことかもしれない。
……もっとも、ラクルス村にあるのはトイレというよりは肥だめなんだけど。
---------------
日本と違ってラクルス村の夜は暗い。
月と星の明かりしかない。
空の星々は地球とは違う星座を形作る。
一方でお月様は地球と同じく1つだけ。今夜は綺麗な満月だ。
村にはいくつか肥だめがある。
実際の所、大きい方はともかく小さい方だったらその辺で済ましてしまうことも多いんだけどね。川原でならそのまま川の水に流してしまうし。
今も夜中だから、肥だめまでは行かない。
むしろ夜中に子どもだけで肥だめに近づいたら危険だ。
そんなわけで、家の横に生えている木に向かって用を足す。
――と。
「パド」
「ひっ!?」
唐突に草陰から声をかけられて、僕は思わず出すモノを出しっぱなしでズッコけてしまった。
「しっ、大きな声出すなよ」
声の主はジラ。
「そんなこと言ったって……オシッコが手にかかりましたよ」
というか、ズボンも少し濡れたような。
「いいから、小声で話せ」
ジラの横には女の子がいた。
「その子……あの時の」
アベックニクスに追われていた少女。
昨日、月始祭が終わるころに目を覚ましたらしい。
相当衰弱していたようだが、水と食べ物を口にできたようで、今はもう歩くこともできるみたいだ。
確か、名前はリラ。年齢は12歳だったか。
だけど、それ以上の出自などは発表されなかった。
彼女がこれからどうなるのかもよく分からない。
「パド、頼みがある」
「なんでしょう?」
「リラを助けたい。手伝ってくれ」
「助けたいって言われても……」
唐突すぎて事情が全く分からない。
っていうか、この2人僕がオシッコしに家から出てくるのをずっとここで待っていたのだろうか。
確かに僕はほぼ毎晩夜中にここで用を足しているけど。
「このままだと、リラは殺されちまうんだ」
「……は?」
僕の上げた声は、我ながら間抜けなものだった。
---------------
「つまり、村長はリラを里に帰そうとしているけど、リラはそこに戻ったら殺されるってことですか?」
ジラの説明を簡略化してまとめると、ジラはうんうんと頷く。
「で、ジラはそれは許せないから今のうちに逃がしたいと?」
さらに頷くジラ。
一方、リラは困惑顔。
うーん、なんというか。
「な、だから協力してくれよ、パド」
いや、なんというか。
ツッコミどころか多すぎるというか、むしろツッコミどころしかないというか。
「えっと、まずは1つずつ確認しても良いですか?」
「おう」
「このこと、村長や大人たちは知っているんですか?」
「知るわけないだろ」
……話の流れからしてそうだよなぁ。
「逃がすって、一体どこに逃がすんですか?」
「リラはテルグスの街に行きたいらしい」
「その街はどこにあるんですか?」
「俺は知らないけど、リラは8年前にそこから来たから方向は分かるって」
8年前ってリラは4歳だろ。
仮にそれが本当でも、とてもたどりつけるとは思えない。
少なくとも『街』というのはこの山の中にはない。おそらく山の麓にでもあるのだろうけど、子どもだけ――ましてや衰弱したリラが下山できるほど容易な山道ではないと思う。
詳細な道を知らないなら尚更だ。
「そもそも、里に帰ったら殺されるってどういうことなんですか?」
「……それは……」
口ごもりリラの方を見るジラ。
リラは視線をそらす。
12の女の子が元いた里に戻ったら殺される。
むしろ家出少女の言い訳にしか聞こえない。
しばし沈黙が流れた後、リラはため息交じりに立ち上がった。
「ジラ、やっぱりいいわ。私は1人で行く。迷惑かけてごめん」
そう言って歩き始めるリラ。
その足取りにはふらつきが混じる。
そりゃあそうだ。
衰弱して倒れて丸1日寝込んで、ようやく起き出してから半日も経っていないのだから。
「お、おい、待てよ。1人で下山するなんて無茶だって。また倒れるぞ」
ジラが慌ててリラの手を掴む。どうやら彼もリラの行動が無謀だとは理解しているらしい。
しかし、その一方でリラは無理にでも下山するつもりらしい。
どう考えても自殺行為だ。
大人ならともかく子供だけで山道を歩く時点で危険だし、リラの体力はまだ回復しているようには見えない。
彼女をここまで動かすのは一体何なんだ?
少なくとも単なる家出ではなさそうだ。
あるいは、本当に里に戻されたら命がないなのか?
だとしたら、さすがに放っておくわけにもいかないか。
このままだとリラ1人で村から出て行くか、あるいはジラと2人出て行くか、どっちにしても途中で行き倒れるのが目に見えている。
誰か大人を呼んでくるべきなのかもしれないが、もしも里に戻されたらリラが殺されるというのが本当だとしたら……
「とりあえず、事情をもう少し詳しく教えてはもらえませんか? どうしてリラが殺されるなんていう話になるんですか?」
僕はそう言うしかなかった。
「それは……」
相変わらず口ごもるジラ。
どうやらリラに気をつかっているらしい。
勝手に話しても良いのか迷っている表情だ。
それに対して、リラは僕に事情を話すつもりはないらしく、1人で村から去ろうとしている。
ほとんど自殺としか思えない行動を見せつけながら。
――正直、腹が立ってきた。
「リラ。事情くらいは話してください。いや、話すべきです」
自分の口から出てきた声が、思いの外冷たい口調だったことに驚く。
「あんたには関係ないでしょう?」
「いいえ、関係があります」
「どうしてよ? 私は単なるよそ者よ」
どうやら本気で言っているらしい。
僕の中に怒りがわいてくる。
いくらなんでも身勝手すぎるだろ。
「アベックニクスはあなたを追ってきました。いや、もしかしたらアベックニクスがやってきたこと自体は偶然かもしれませんが、どちらにしてもあなたを助けるために、僕らの友達も怪我をしています」
「それはっ……」
「その責任をリラに取れとは言いません。ですが、今、村を出て下山するのは自殺行為でしょう。自殺行為を見逃したら、僕やジラはあなたを殺したのと同じことになります。おそらく一生良心の呵責に苦しむでしょう」
「…………」
リラの顔が歪む。その顔は今にも泣き出しそうだ。
ああ、もう、自分で言っていて自分に腹が立つ。
まるで僕が彼女を虐めているみたいじゃないか。
だけど。
7歳の体に18歳の魂を持つ僕。
自殺行為に走るの12歳の少女。
それを助けようとする9歳の幼なじみ。
中途半端に話を聞かされたからには、このまま放っておくわけにはいかないだろう。
だから、僕は言葉を続けるしかない。
「リラ、あなたは僕やジラに、人を殺してしまったかもしれないという悩みを一生持ち続けろっていうんですか?」
我ながら残酷な言葉を投げかけていると思う。
前世のお母さんを泣かした僕がどの口で言うんだという話だ。
だが、それでも僕には他に言葉が思いつかなかった。
「チビのガキんちょのくせにっ」
「その年下の子供に、一生辛い思いをさせるのかと言っているんです」
言いながら自己嫌悪。
ジラはともかく、僕の魂は彼女より年上だ。
僕自身隠し事をしたまま、彼女に真実を話せと迫っている。
それでも、このまま放ってはおけなかった。
リラは涙を浮かべながらその場にうずくまる。
「だって……だって、しょうがないじゃない。私は生まれながらの禁忌の子なんだから」
「禁忌の子?」
尋ね返す僕に、リラは泣き顔のまま言う。
「私は、獣人と人族のハーフなの。生まれてはいけない子なのよ」
そう言いながらリラはシャツの裾をまくり上げる。
女の子が突然シャツを脱ぎかけるのを目の前にして、思わず目をそらしそうになり――すぐに気がつく。
彼女のお腹には僕ら人族とは違う、鱗のようなモノが存在していることに。
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神から呪いを受けた僕と、呪われた出自の少女リラ。
世界から疎まれる僕らが、やがて勇者と呼ばれるようになるまでの長い長い物語。
その最初の夜だった。
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