プロローグ

1.死んだらガングロおねーさんが現れて神様だと名乗った

 そこは真っ白な世界だった。

 いきなり変な情景描写でゴメン。

 だけど、ほかに表現しようがないんだ。

 地面も真っ白、空も真っ白。とにかく真っ白。

 病室の壁や布団のシーツも白かったけど、あれはウソの白さなんだなと思うくらい真っ白。

 ここの白さはなにひとつ混じりっけがない。

 立っている僕の足下を見ても影すらない。


 ……うん? 

 僕、地面に立っている?

 生まれたときから下半身麻痺で、お医者さんは一生立ち上がるどころか座ることすらできないだろうって言っていたのに。

 ついでにいえば、生まれてから11年間僕を苦しめていた内臓の痛みも感じない。


 ふむ、いったいこれはどうしたことだろう。

 ちょっと、ここに来る前のことを思い出してみよう。


 ---------------


 僕が産まれたとき、医学が発達していない世の中なら数時間で死んでいてもおかしくない状態だった。

 下半身麻痺と極度の抵抗力不足という身体からだで生まれた僕は、物心ついたときから病室の外に出たことがない。

 厳密には何度か手術や検査のためにほかの部屋に行ったことはあるけど、常にベッドごと看護師さんに運ばれたし、ベッドは細菌やウィルスが寄りつかないように厚いビニールで覆われていた。


 苦しみ抜いて迎えた、11歳の誕生日。

 僕はこれまでにないほどの胸の痛みを感じた。

 そりゃあ、もう、ものすごい。

『痛くて気絶しそうだけど、痛すぎて気絶できない』という矛盾した表現を使いたくなるほどのスゴさだった。

 ベット脇にぶら下がっているナースコールのボタンを押せたのは我ながら奇跡だと思う。


 しばらくして、看護師さんやお医者さんがやってきて、いろいろなんか叫んだりしていて、点滴に薬を追加したりとか、さらに注射を何本も打たれたりとかしたけど、はっきりいってよく覚えていない。

 すぐに意識がなくなった。

 たぶん、注射か点滴に麻酔でも入っていたんだろう。

 

 そして気がつくと、この真っ白な世界にいたってわけだ。


 ---------------


 この状態で考えられる可能性は2つかな。


 実はまだ目を覚ましていないという夢オチ。

 もう1つは、ついに死んでしまって、ここはあの世だっていうこと。


 うん、どっちも十分に可能性があるな。

 むしろ、病室で感じた苦しみを考えると、死んじゃった可能性の方が高いかな?

 まあ、それならそれでいいか。

 どうせ僕は一生病室から出られないし、お母さんやお父さんにとっても負担にしかならない息子だ。

 2人とも、今頃はこれで病弱な息子の世話から解放されて入院費もかからなくなったってホッとしているかもね。

 面会したことはないけど、僕には健康で元気な弟もいるらしいし、家族3人で暮らしていくことだろう。


 もし死んじゃったのだとすると、ここはあの世ってこと?

 あの世ってこんなに真っ白なのかな?

 閻魔様にも天使にも鬼にも会ってないけど、ここが天国? それとも地獄?

 他の死んだ人の魂とかは見当たらないなぁ。


 などと思っていると、いきなり目の前にセーラ服姿のおねーさんが現れた。

 歩いてきたとか、飛んできたとか、そういうんじゃない。

 瞬間移動としか言いようがない現れ方。


 僕は驚いてその場に尻餅をついた。

 だって、あんまり突然だったんだもん。

 何の脈絡もなく、文字通り、いきなり目の前に現れたんだよ。

 でもって、顔が黒い。

 ……黒人さんかな?

 しかも、ピアスをしている。耳だけでなくて鼻や口元にも!


「あー、ゆータンひどい、女の人を見ていきなり倒れるなんて、チョベリバみたいなぁ」


 っていうか、ゆータンってなんだ?


「ほら、君、さくら勇太ゆうたくんでしょ? だからゆータン」


 勝手に変なあだ名をつけないでほしい。

 っていうか、なんで僕の名前を知っている?

 そもそも、おねーさん何者よ?


「私? 私は神様なのだー。チョースゴイでしょっ。あ、ちなみに姿は自由に変えられるけど、この顔はお化粧だから。ガングロファッションなのよね」


 か、神様?

 ガ、ガングロ?

 ガングロってよく分からないけど、10年以上前に流行ったってテレビで言っていたヤツ?

 いや、どーみても、勘違いした女子高生としか思えないんだけど……

 少なくとも、とても神様には見えない。


「えー、ゆータンヒドイぃー」


 目をウルウルさせるおねーさん(自称神様)。

 っていうか、今気づいたけど、僕、声を出していないのに会話が成立しているのな。


「そりゃあ、あたし神様だもーん、チョベリグーな能力いっぱいもっているのだー。どうだ、スゴイっしょ?」


 まあ、確かにいろいろな意味でスゴイけどね。

 ってことは、僕は死んじゃったの?


「うん、11歳になった誕生日の翌日に残念ながらゆータンは死んじゃったよ。南無阿弥陀仏」


 南無阿弥陀仏って……神様が仏様に祈るなよ……

 あれ? ツッコもうとしたけど声が出ないぞ。


「あはっ! ツッコまれちゃった。てへ♪

 あ、今のゆータンは魂だけの存在だから、下界で人間がやるような声帯を震わせて空気の振動で声を届けるとかできないよ。そもそもここって空気ないし」


 声が出せないのか。

 まあ、しょうがない。

 心で思えば伝わるみたいだし。


「そそ、細かいこと気にしちゃ、長生きできないよん」


 11歳になったばかりで死んだけどね。

 で、ここは天国? それとも地獄?


「うーん、どっちでもないよー。ここは神様と人の魂が謁見――話をするための仮想空間……みたいな?」


『みたいな』っていいかげんだなぁ。


「うん、部長にもよくそう言われる」


 いるのかよっ、神様にも部長!?


「うん、むかつくセクハラ親父だよ。あたしのお尻さわろうとするんだよ。ぶん殴ってやりたい」


 なんか、もうツッコむ気にもなれない。

 あー、でも、これ夢じゃないなぁ。

 僕の脳みそはこんなに変な神様を想像できない。僕が想像もできないものは、たぶん夢には出てこないだろう。


「おー、理知的だねー。11歳とは思えない」


 両手を打ち合わせて拍手してみせるおねーさん。

 拍手しても音がしないのは、空気がないから?


「そーだよ、やっぱり、ゆータンは頭いいね。学校に通っていなかったのに」


 体調が少し良かったとき、テレビを見たり本を読んだりすることはできたからね。

 ……まあ、それも半年前に体調が悪化してからは1日1時間までって言われちゃったけど。


 っていうか、さ。

 神様っていっているけど、女の神様って女神様っていう方が正しくない?


「あー、それって男女差別よぉ。スチュワーデスをキャビンアテンダントっていう時代なんだから、神様も女性だけ別の呼び方するのやめてくれない?」


 ……ごめんなさい。

 なんか理不尽な怒られ方をしたような気がするけど……あ、この考えも読まれちゃうのか。


「まーね。それにしても、ゆータン冷静だね。自分が死んだなんて言われたら、普通の人間はもっと悲しむもんだと思っていたけど」


 ま、大人になる前に死ぬだろうっていうのは僕にだって想像できたからね。

 お父さんやお母さんや弟もそう思っていただろうしさ。


 で、おねーさんが僕を天国に連れて行ってくれるの?


「えー、そんなの無理だよー」


 なんで?

 僕、地獄行き?

 悪いことした覚えなんて無いけど!?

 まあ、良いこともしていないけど。

 あ、ひょっとして親より先に死ぬのは最大の罪とかそういう話?


「うーん、そうじゃないけど……存在しないところに連れて行くのは無理だし」


 存在しない?


「天国とか地獄なんて、人間が勝手に考えたものだからねー。実際には死んだ生物の魂は、しばらくすると消滅するよ」


 そっかぁ。

 じゃあ、僕ももうすぐ消えてなくなるんだ。


「このままだとそーだね」


 なんか、笑っちゃうな。


「うをぉ!? 自分が死んだのに笑っちゃうとは、これいかに? もしかして、ゆータン、その年でマゾだったりするの?」


 いや、それは意味がわからないけど。


 だってさ、生まれてからずっと、自分の足で立ったこともないし、身体はずっと痛みや苦しみや感じていたからね。

 こんなふうに、元気に相手にツッコミをいれつつ話すなんて夢のまた夢でさ。

 それどころか座ることすら出来なかったんだよ。


 それなのに、死んでもうすぐ魂が消滅するってときになって、初めて立ち上がって苦しくない時間を過ごせるなんてさ。

 笑うしかないじゃん。


「おー、前向きなようでいて後向きなナイス発言だね♪」


 で、僕の魂は後どれくらいで消滅するの?


「うーん、ゆータンの場合、あと30分くらいかな。このままならね」


 30分かぁ。

 いろいろ思うところはあるけど……


 ……うん?

 なんか、おねーさんの言い方気になるな。

 ってさっきから言っているけど、それって……


「ご名答、を与えようと思って、あたしはここにゆータンの魂を呼び寄せたんだよ」


 このままじゃない選択肢?

 つまり、生き返らせてくれる?


「うーん、それは無理。さすがのあたしもザオ○クとかつかえないから」


 僧侶に負けるなよ、神様……


「でも、ゆータンの魂を『転生』させることならできるよ」

 

 転生……


「ようするに生まれ変わりだね」


 おねーさんはそう言って、ニッコリ笑った。

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