7-4

 骨董品屋を出て教えられた西の廃倉庫へと近づいていくと、店主の言うように東方民族の露店が目につくようになってきた。

 そこはこの土地の人間たちが古くから店を開いているような場所ではなかった。

 港の使われなくなった一角の路に、勝手にテントを張ったり絨毯を引いたりして営業している、モグリの露店であふれかえっている場所だった。

 場所なき場所や道なき道を、咎められない限り利用するのが彼ら東方民族のたくましさだった。

 とらえようによっては、それが面の皮の厚さにも見えてしまうのが彼らが疎まれる理由なのだろう。

 露店の前には珍しい乾物や、絨毯、貴金属類が並んでいた。

 掘り出し物もありそうだが、大半がまがい物のぼったくりの可能性もありそうだった。

 東方民族の商人や買い物客が異国の言葉でやり取りをしているものの、互いの商品には目もくれないからだ。


 クロウは顔を東方民族の女性がやるように布で隠し、露店の群れを歩いていく。

 買い物をせずに聞き込みばかりでは怪しまれるので、茶葉や香辛料といった食材を適当に包んでもらうことにした。


「おジョウさんウンがイイね。キョウはとっておきのチャバがあるよ」

 そう言うと露店の店主は金属製の筒を取り出した。


「それは何かしら?」

 と、クロウが尋ねる。


「リザードマンの。ずっとヒガシのほう。あそこのチャバだよ」


 店主は筒の蓋を開け、中の茶葉の香りをクロウに嗅がせた。


 バッタもんだった。

 この国どころか大陸のずっと東にある、リザードマンの国で好まれているお茶の茶葉は、発酵させてはいけないため保存が難しいのである。

 この国へ着くころには鮮やかな緑色は金属の瓶で包もうが変色してしまう。

 ここまで色を保っているということは、産地を偽っていると考えて間違いなかった。


「まぁ珍しい。では一掴み分包んでいただけるかしら?」

 何より、クロウは修業時代にリザードマンの国にいたので、そのお茶の味も香りも今でも鮮明に覚えていた。

 だが、町娘がそれを知っているはずがない。

 店主もそうタカをくくっているだろうから、クロウはウブな娘らしくそれを疑いもしないふりをしながら購入した。


「ところで、この間エルフの方からおいしいお茶をごちそうになったのだけれど、ここにはエルフも来たりするのかしら?」


「エルフ? あ~チョットナニイッテルカワカラナイ」


 ――そうきたか……。


 クロウは仕方なくそう、と微笑むとまた露店の間を歩いて行った。

 ふとクロウの視界の端に見覚えのある男の姿が入った。

 それは先日、クロウを襲った東方民族の一人だった。

 この王国の人間からすれば、同じような帽子に白のロングローブ姿の彼らの見分けることは難しい。

 しかし、クロウはそれよりも個人の区別のつかないリザードマンの国で四年以上過ごしている。人を見分けるのは人並み以上に得意だった。

 サマンサが代わりにくれたものの、男が視界に入っただけでクロウの産毛は逆立った。


 後をつけてみると、男はこのマーケットでは馴染みが多いということが分かった。

 幾人かと雑談を交わし、たまに戯れに品物をいじったり果物をつかみ取り齧ったりしていた。

 その様から伺えるのは、男は商人の類ではないということだった。やや迷惑がっている人間もいる。

 だが、男の振る舞いに対して誰も強く出られないのは、男がただのチンピラではないということだろう。

 厄介なの後ろ盾、もしくはケツ持ちにしている可能性があった。


 クロウは男の後を尾行し続けた。

 完全なアウェーなので露骨には追えないが、足取りからいずれは西の廃倉庫に向かうことは間違いなかった。

 クロウは人ごみに紛れて、時折男を気にしながら尾行を続けた。

 しばらくすると案の定、男はより海に近い場所にある、三軒並ぶ内の真ん中の廃倉庫へと入っていった。

 三階建ての煉瓦造りの建物だった。窓は小窓があるがそれも割れたまま、見た感じは廃墟同然であり、一見すると人の気配もない。

 建物から漂ってくる傷んだ青果の臭いは、倉庫として使用されていた頃の名残りだろう。

 間から雑草が伸び放題になっている、正面玄関へと続く石畳を歩きながらクロウは耳を澄ませ人の気配を探る。

 ……両隣の倉庫には全く人の気配がしない。

 男が入っていった真ん中の倉庫は……一階には五人もいない。

 二階に一番人がいるようで微かに話し声がする。

 三階は……耳だけでは探れない。


 クロウは周囲を確認してから一旦建物から離れた。買い物を続けながらも、遠巻きに倉庫を確認する。

 その間、人間の出入りは全くなかった。元々、人の出入りのない建物らしい。

 クロウは倉庫の裏口へまわり、建物に侵入した。

 見張りはいなかった。

 人手がないということか、それとも必要がないということだろうか。


 無鉄砲ではあるが、未踏のダンジョンに挑むほどで危険はなかった。

 ダンジョンの暗闇で生きる魔物や魔獣に比べれば、獣耳に神経を集中させたクロウにとって、街で生きる人間の気配は酒場での乱痴気騒ぎほどにやかましかった。

 クロウは体を打ち捨てられた梱包用の木箱に隠しながら廊下を進んでいく。用心深い動く木箱の陰のネズミすらも感づかれないように。

 男が二人廊下の向こうから歩いてくる気配がした。

 クロウは廊下脇の部屋に入った。

 音をほとんど立てずに跳び上がり、部屋の隅と天井との間の角に体を張り付かせ息をひそめやり過ごした。

 ロランが以前クロウのことを猫だと言ったが、クロウはその気になればそれ以上のことだってできた。


 男たちは東方民族たちの言葉で何やら話していた。

 どちらかが愚痴を言い、どちらかがなだめているような会話だ。

 男たちが部屋の前を通り過ぎたのを確認してから、クロウは音を立てずに天井から飛び降りた。


 つきあたりの大部屋に入ると、作業用の長机の上に各種の香辛料の詰まった麻袋が並べてあった。元々は流通した品を捌くための場所だったのだろう。

 まだ新しいことから察するに、置き去りに捨てられたものではなかった。ここを新しく自分のアジトにしている者たちが持ち込んだものだ。

 その香辛料の横には不用心にも札束の山があった。

 交易であげた金をここで管理しているのだろうか。それにしては違和感があった。

 無造作に置かれているということもそうだが、行商人として生きている東方民族が持つ金にしてはのだ。

 まだ一度しか折り目がないどころか、折り目すらないものもある。

 クロウはその紙幣の一枚を手に取った。

 

 ちょうどその時、建物に誰かが新しく侵入する気配がした。

 正面玄関から複数。

 五人以下。

 ――裏口から出るか。


 だが裏口からも誰かが入ってきた。こちらも五人以下、正面からよりも少ない。


 ――まさか。


 建物に侵入した者も、元々この建物にいた者もまっすぐにこの部屋へと向かってきていた。

 あまり意味はないと思ったが、クロウはオークが入れそうなほどに大きな木箱の山に身を隠し息を潜めた。

 この部屋へ向かう途中の部屋を、男たちが荷物をひっくり返して人を探す気配がした。

 誰かが侵入したことが分かり切った上での行動だった。一体どこでばれたのだろうか。

 男たちがこの部屋に入った音がした。

 だがこの部屋が本命だということもあり、男たちは用心深く、物には触らずに口々に何かを言い合っていた。


 部屋の中にある気配は7人。

 やれない数ではない。あくまで、機先を制すれば。

 クロウは影の中で刀に手をかけ、いつでも抜刀の準備ができるようにした。

 だが男たちはそれ以上深入りせずに、その場で動かずに何かを待っているようだった。

 しばらくすると男の声がした。


「出てきなさい。私はアナタがいるのは分かっています」

 その声はやや訛っていたが明瞭に澄んでいて、しっかりとクロウの耳に届いた。


 何の感情もなく、乾燥している声だった。

 しかし、一度ひとたび気が向けば旅人の命を奪い去る、砂漠の風のような獰猛さをもその声は併せ待っていた。


 クロウは大箱の陰から体を出した。

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