6-4
クロウは納刀し再びカウンターに座り、火酒を注文しなおした。
しばらく男たちの視線を感じたが、すぐにそれも収まった。
ただ一人のものを除いては。
さっきの男が座った椅子に、クロウよりも背の低い男が座った。
ざんばらの使いこまれたモップのような髪に、顔には彫られた三本筋の刺青があった。元罪人である。
刺青の男は、先程までのやり取りなど見ていないかのようにクロウに話しかける。
「大したもんだね。あの荒くれ者のアーカフを黙らせちまいやがった」
「……お前さんも黙りたいかね?」
男はフェッフェッと気の抜けたような笑いを浮かべる。
「怖いねぇ、剣は鞘に収まってるのに喉元がヒリヒリしやがる。……ねえちゃん、アンタかなりの手練れだね」
そう言うものの、微塵も恐怖などは感じていない笑顔だった。
今しがたアーカフという男が味わったよりも、酷い恐怖を味わったことがあるような、そんな余裕が見えた。
クロウが面倒くさそうに言う。
「なあ、今日は静かに飲みたいんだ。邪魔をしないでもらおうか?」
「そりゃあ失礼。アンタの耳じゃあ些細な雑音だってうるさくって仕方ないだろうからね」
隠していたはずの猫耳、今の立ち回りで見られたか。濁った目だが見るものは人並み以上に見ているな。クロウは猫耳を髪で隠し直した。
「ファントム・クロウ、この街に流れてきたってわけか」
「……私に何の用だ?」
男はまた愉快そうにフェッフェッと笑う。
「何の用? そりゃあこっちの台詞だぜ、アンタこそアッシに何の用だい」
「……どういう意味だ?」
「アンタ、ここ数日アッシの事を聞きまわってただろう?」
「……お前さんがタイソンか?」
小男・タイソンはゆっくりと意味深に頷いた。
「女房が探してるぞ」
タイソンがまた愉快そうに笑った。今度の笑顔には瞳に温かみがあった。
「しょうがねぇ女だよ。数日留守にしたくらいで騒ぎやがる」
「そういう言い方をするもんじゃないと思うがね。金を払ってまで探してるんだ。お前さんが心配させ過ぎなんだよ」
タイソンはやはり笑った。今度は眉を吊り上げ憂いを含んで。
どうやら様々なタイプの笑いを駆使して感情を表す男らしい。
「いや、しかたねぇ所があるんだよ。アッシはなまじ裏稼業に通じてるんでね、今でもそいつ等と付き合いがある。足を洗ったって言ってんだが、アイツは信用してくれねぇんだよ」
「足を洗ったのに付き合いがあるんじゃそう思われて当然だ。堅気になるのかどうなのか、女房子供がいるんならはっきりすべきだ」
「世の中そんなに簡単じゃあねぇのさ。自分の持ってるものを活かして生きていかなきゃあならねぇ。ねえちゃんだってその雑種の体を活かしてるだろ? アッシだってそうさ。アッシの裏稼業で培った知識と経験を活かして、お役人の手助けをしてんのよ」
「お前さん、放免なのか?」
タイソンは立てた人差し指をゆっくりと前後に数回揺らした。その通り、と言いたいようだ。
「おてんとさんに恥じない仕事だがね、カミさんは気が気でないんだよ」
「お前さんがた夫婦の問題は私の仕事の範囲外だ。ではミセス・タイソンには私から旦那の無事を伝えておくよ」
「かたじけねぇ。カミさんにはこれを渡しといてくれ」
そう言って、タイソンは懐からハンカチを取り出した。布には、糸で何かが縫い付けてあった。
「分かった……。しかし、放免だったとはな。それを初めに言ってくれていれば人相探しは簡単だったのに。申し訳ないがミセス・タイソンは少々抜けているところがあるんじゃないのかね」
「いやぁ、そりゃあ仕方ねぇってもんだぜねえちゃん」
「なぜだい?」
「女房は目が見えねぇ」
タイソンはとても平べったい、喜怒哀楽いかなる感情も伺わせない笑顔を浮かべた。そのまま夏祭りの露店で並んでいてもおかしくはないくらいの。
「失礼なことを……。すまない、許してくれ」
クロウは急にかしこまったような口調になった。
タイソンはかぶりを振って笑った。声は出ていなかった。
「ねえちゃん、アンタ悪い人じゃなさそうだ」
「さっきのやり取り見たろ? 斬ってきたのは一人や二人じゃあない」
「いいや、わかるさ。血の匂いはするが目は腐っちゃいねぇ。斬ったのはワルだけだろ」
タイソンは懐から酒瓶を取り出してグイっと一飲みした。
「……そんなねえちゃんに不幸が起こるってのは心が痛むってもんだね」
「……どういう意味だ? やっぱり私に用があるのか」
タイソンは静かに笑った。
「それはねえちゃん次第さ」
タイソンはまた酒瓶を持ち上げグイっと一飲みしてから言う。
「アンタ、他の兄弟と面識は?」
「……兄弟はいない」
タイソンは肩をすくめて笑う。
「言い方を変えよう。他の雑種と連絡は取り合っているかい?」
「……いいや。なぁまどろっこしいのはやめてくれないか? 単刀直入に頼む」
「そうかい。アッシは放免としてある事件を追ってる。ここの領内や隣のヘルメス、その他にも広い範囲で雑種が次々殺られてんだよ」
「たまたまじゃないのかね?」
「たまたま変死体で見つかるってか? 下手人の凶器が分からねぇ。といっても簡単に魔法だ法術だと片付けもできねぇ。そんな仏さんが立て続けに出てきてやがる。偶然って言うには共通点があり過ぎるぜ」
「……なるほど。で、私にどうしろと?」
「どうもしねぇ、というより言うことがねぇ。せめて気をつけなせぇってことよ。下手人はよほどの手練れか暗殺者だ」
「というと?」
「どいつも争った形跡がないのよ。いきなりやられてやがる。雑種ってぇのは手練れが多いと聞く。雑種特有のものかは知らんが、ねえちゃんみてぇに並はずれた使い手が多いと。にもかかわらず、木の芽を摘むみてぇに簡単にやられてんのさ」
「凶器がわからないというが、死体の傷からせめてどういったものか分かるだろう? 切り傷打ち身、何が残ってる?」
タイソンは困ったように笑って首を振った。
「体にごっそりと爆発したような穴が開いてやがる。場所を問わずな」
「爆発か……。」
「火薬って線が濃厚だが、そんな悠長に火薬まかれて爆発するまでじっとしてるなんてぇ馬鹿な話があるかい?」
「魔法は? 魔道具があれば、その土地のマナに関係なく同じ術を使える」
「その線もありだ。別の仲間を走らせて魔道具の職人をあたらせてる。その場合は手掛かりが出るのも時間の問題だが、それじゃあ簡単に足がつきすぎる。そんなことができる職人は数が限られてるんだからな。もっとも、それくらい迂闊な奴ならこっちも助かるんだがね」
「他に、何か手がかりが必要か……。」
「手掛かりになるかどうかはわかんねぇが、落雷みてぇな音を聞いたって話しがでてるぜ」
「落雷?」
クロウのグラスをつかむ手が止まった。
「覚えが?」
「先月、依頼の最中にゴブリン襲われた。そのゴブリン達の頭が火を噴く錠前を使ってたんだ。耳が聞こえなくなるくらいの轟音を出す武器だったよ」
タイソンは初めて笑顔ではない表情を見せた。
「ねえちゃん、詳しく教えてくんねぇか」
「私の連れが言うには、転生者がこの世界に持ち込んだ武器だということだ。マナ(体外の気)もオド(体内の気)も技術も力も要らない、人間の子供でもオークを倒せるんだとか。見た感じだと飛び道具だろう。落雷のような轟音と共に何かを発射するんだ」
「ほう、どう結びつくかはわからねぇが、何だか繋がりがありそうだ」
「……いや、だがそれは今回の事件とは関係ないかもしれない」
「どうしてだい?」
「ゴブリン達は私の連れを狙ってたんだ。その連れは雑種じゃない」
タイソンはつまらなさそうに酒を飲んだ。
「ちなみに、そのゴブリンにはどこで襲われたんだ」
「ヘルメス領さ。一番最初に奴らに出くわしたのはラクタリスという寒村だった」
「ヘルメスか……。ヘルメスといやあ最近ずいぶん賑やかだな」
「というと?」
「何だ、ねえちゃん知らねぇのか。あそこの領主の一人娘がここひと月ばかし行方不明なのよ」
「そのことか、それくらいは知ってる」
――そうか、あれからロランは帰ってないのか。
タバサには大事ないようなことを言ったクロウだったが、ひと月も音沙汰がないとなるとさすがに心配になった。
ゴブリンを雇ったのが何者なのかがまだ分かっていないというのも気がかりだった。
「それだけじゃねぇ。屋敷に迎えてた客人の老賢者はおっ死んじまうわ、かと思えば寝たきりでもう目が醒めねぇって言われてた次男坊が目が覚ますわ、葬式に祝い事、全部がいっぺんに来たような忙しささぁ」
「……何だと?」
クロウは席を立ち、店主に勘定を告げた。
「行くのかい?」
と、タイソンが言う。
「ああ……。」
あまりにも妙だった。
別々に起こったことならば気にはならない。
しかし、一度に起こったとなると、何かしらの異変を感じざるを得なかった。
「そうかい。もしアッシにヘルメスで用があるならマルコムって男の店にいくといい。タイミングが良ければ会えるだろうよ。何かつかんだら教えてくれ。もちろんタダってわけじゃねぇ」
「覚えとくよ」
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