5-11

「アンチャン、いい顔してるね。そりゃあいい手が来たってことかな」

 と、言いながらモロゾフがカードを交換する。


 ロランはどうでしょうねぇ、と意味深な含み笑いを返す。

 ハッタリにも見えなくはない良い演技にクロウは感心する。


「次は俺からレイズするぜ、10ギルだ」


「コール。で、さらにレイズで10ギル」

 ロランは自信満々にレイズする。


 だがそんなロランに物怖じせずに、モロゾフも自信ありげに「……コール」と応える。

 クロウの耳は、ロランが息を飲んだのを聞いた。


「さらに、さっきアンタからもらった10ギルをレイズしよう。で、これでリミットだ」


 ロランの背中が戸惑い自分に意見を聞こうとしているのが分かった。

 クロウは、もちろんコールだと言いたかったが、何かまずい予感がした。


「……コール」


 再度お互いに手札を出し合った。

 ロランは盤石のフルハウス。一方のモロゾフは……。


「残念だったな、ジャックのフォーカードだ」


 モロゾフの手元にはワイルドカード一枚を含むフォーカードが成立していた。


「そんな……。」


「アンチャン、中々いいツキしてんじゃないか。だが、今晩は俺がもっとバカヅキしてたってことだよ」


 憎たらしいほどに緩慢な動きでモロゾフは硬貨を手元に引き寄せる。歯をむき出しにして笑うせいでより一層、馬づらに拍車がかかっていた。


「どうする? もっと遊ぶかい?」


「そうだね、一勝くらいはしないと帰れないさ」


「男だねぇ。女の手前、強がんなくたっていいんだぜ?」


「そんなことないさ」

 ロランは余裕を見せてクイッと杯を口に運んだ。額には汗が浮かんでいた。


 クロウは酒場で悪ぶった男のフリをするのに気持ちよくなってしまっているロランに半ば呆れていた。

 ――とはいえ、あと一回くらい勝負してくれるとこちらとしても助かるのだが。


 再びモロゾフはオーバーハンドシャッフルでカードを切り始めた。


 クロウはそれを注意深く、目が猫目になるほどに観察しあることに気付いた。

 クロウは静かにゆっくりと、左足の親指と人差し指で、テーブルに立てかけていた刀の鞘を掴んだ。

 モロゾフは手馴れた素早い動きで、カードをこすらせる音をわざとらしく立てる。

 クロウは左足の指で押さえた刀を左の逆手で抜刀した。

 刀が虚空を滑り、モロゾフの喉元で停止する。


「動くな」


 クロウの一瞬の抜刀で、モロゾフどころか周囲の人間の空気も冷えて固まった。


「動くなと言っているだろう。カードにかけた指も、一切動かすな」


 モロゾフの親指は、カードの束の真ん中を分けるように割って入っていた。


「おいおい、テメェ何すんだっ」

 最初に絡んできた酔っぱらいが言った。


 クロウは鼻で笑うと、モロゾフの手からカードを奪い取った。

 親指で分けられていたカードの束をそれぞれ見る。

「……これ、半分ばかりに絵札とワイルドカードがぎっしり揃っているな?」


「それが何だよ、偶然だろ?」


「偶然ときたかい。そこまでウブじゃないぞ。お前さん、高速でシャッフルするふりをして下半分と上半分を分けていたな? そしてその後のリフルシャッフルで、交互に自分のところに絵札とワイルドカードが来るようにしてな」


「言いがかりだ!」

 酔っぱらいは酔いがさめたように声を張り上げた。

 

「だいたい、そっちが用意したカードをそっちがシャッフルするってのもおかしな話だ。最初からめることが目的か」


「何だとっ」


 クロウたちを取り囲んでいるのは全員が単なる町人でズブの素人だった。

 仮に持っていたとしてもナイフか短剣、クロウならば二呼吸で全員斬れる。

 だがそうはいっても、ヘルメス侯の膝下で厄介事を起こすわけにはいかなかった。


 クロウが言う。

「随分と威勢がいいが、これは違法賭博じゃあないのかね?」


「チクろうってのか? やってみやがれっ」


「ほう、口裏を合わせるつもりかい? だがね、丸耳とトンガリ耳、どちらを役人は信用するかな?」


 クロウの脅しにためらう男たち。

 沈黙している両者の間にロランが金貨の詰まった巾着きんちゃく袋を置いた。ズチャッと重量感のある音が響いた。


「まぁまぁ皆さん、せっかく楽しく飲んでるのに険悪なのはやめましょう。クロウもだよ、剣をしまってくれ。ねぇおにいさん、白けさせてすみませんでした。ぼくからの景気づけに、ここにある金貨すべて使ってもう一勝負と行きませんか? 貴方がたは、ポーカーで使った全額を支払っていただくだけで十分です」


「ロラン……。」


 騙し取られた分もこれから賭ける分も、貴族のロランにとってははした金なのだが、それにしても随分と余裕のある振る舞いだった。好意を向けられるのが当然で、そしてその好意の糸の束を手繰り寄せているかのような。


「おお、いいぜ。でもよぉ何で勝負するってんだ? カードはアンタのツレがヒステリックを起こしちまう」

 酔っ払っているのが演技だったのか、男がしらふの状態が言う。


「五本指で帰りたかったら口をつぐむことだ、お兄さん」

 クロウは刀の鞘を指で優しく撫でた。


「何だとぉ?」


「もうクロウ。じゃあ簡単なのにしましょう。そうですねぇ……。」

 ロランは店内を見渡した。何かを見つけると顔をテーブルの真ん中に寄せ、「じゃあこうしましょう」

 と、悪巧みをする子供のような顔をした。

「あのピアノを弾いている男性、彼にこれからぼくがこの火酒を口に含んで吹きかけます。で、そんなことをされた彼は、その後一体どういう行動に出るかを賭けませんか?」


 クロウを含め、皆が皆、訳のわからないといった顔をした。


「そんなの決まってんじゃねぇか。アンタ知らないだろうがね、奴はピアノなんか弾いちゃあいるが、ああ見えて血の気が多いんだ。そんなことやったら、その綺麗な顔が煮崩れたカボチャみてぇになっちまうぞ?」


「じゃあ、ぼくは酒を吹きかけた後に彼と上機嫌に握手をする、ということに賭けます」


「ばかなっ」

 男たちの一人が誰ともなく言った。


「どうです? 乗りますか?」


「当たり前だ、そんなの卵を床に落としたらどうなるかってくらい目に見えてらぁ」


 ロランは自信ありげに火酒を持ってピアニストの所へ行き、彼の前に立った。

 ロランは男に何かを伝えた後、火酒を口に含むとグラスをピアニストに渡した。

 そして、数歩後ろ下がってから男に向かって口に含んだ酒を吹き出した。


「あちゃ~」

 と、酔っぱらいが言う。

 クロウも何を馬鹿なことを、と呆れてロランを見ていた。


 だが、酒を浴びたピアニストは上機嫌に笑って首を振った。

 それどころかロランと握手を交わし、そして指をさして何かを念押しした。隣の女も大笑いをしている。

 クロウたちは呆気にとられていた。

 ロランが戻ってテーブルにつくと、男たちは口々に信じられんと呟いた。


「では、約束通り……。」

 ロランはそう言って、悠々とテーブルの上の金を総取りした。


「何が起こったんだ?」

 男たちは訳も分からず顔を見合わせた。


 男たちに何をしたのか問われる前にロランが立ち上がった。

「店主、今日はぼくのおごりです! ここに来ているお客さんのお代は全てぼくが持ちますよ!」

 ロランが戦利品を掲げながらそう声を上げると、男たちは賭けの負けも忘れて色めきだった。


 騒いで飲み始めた男たちをよそに、クロウはロランに小声で話しかける。

「いったいどうやったんだ?」


 ロランはクロウに顔を近づけて言う。

「簡単だよ。ピアニストとも賭けをしたんだ。ぼくが三歩下がった距離から一滴も零さず口に含んだ火酒をグラスに戻せるかどうかっていうね。出来なかったら20ギルを支払うって約束だった。さて、彼には支払わないとね。ぼくの負けだから」

 そう言ってロランはピアノストのところへ負け分を支払いにいった。


 ロランを見ながら、クロウは体中ムズ痒い笑いが起こるのを抑えて火酒を飲んだ。

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