0-2

 手下が女をジロジロと確認しながら言う。

「……ほう、中々の上玉じゃねぇか。いいぜ、お前は特別招待してやる。ただ、客じゃなくて客を取るほうだがな」


 女はそれにクスリと笑った。

 生娘のような瑞々みずみずしい微笑ではなく、たるの中で熟成されたような独特の深みのある笑いだった。

「……もっと気が利いたこと言えないのか? 前口上だぞ?」


「あん?」


 女が体ごと少し後ろに振り向いた。

 はりつけにされた保安官を見たように手下には見えた。

 そして次に手下の方を振り向いた瞬間、女の左手には抜き身の刀が握られ先端が手下に向けられていた。

 手下の目には、手品のごとく刀身が突然現れたように見えた。


 女は既に構えていた。

 外套まんとに隠れた左手で――

 左の腰に差してあった刀の柄を――

 人差し指と中指で猛禽類もうきんるいが爪を立てる様な掴みで挟んで握り――

 振り向くと思わせ腰を引いて抜刀し――

 右手で柄を包み込むように添えて――

 刀を男に突き立てていたのだ。


 “陰陽流 陰式 独ノ剣 奇手不意打ち抜き ―幻影―”


 女は間合いに入った時点で既に構えていた。

 抜刀していた。

 そして……突き刺していた。


「……え?」


 何の遠慮もなく、心臓が一突きで貫かれていた。

 しかし男は自分の危機的な状況よりも、髪にまぎれていた女の耳が猫のような獣耳であることを確認しながら息絶えていった。


「エイサー、どうした?」

 様子がおかしかったので別の手下が声をかける。彼らからは、抜刀も突き刺したことも背中越しで見えなかった。


 女は刀を抜くと、必要最低限の動作で納刀した。

 手下が倒れるが、周囲の人間の目には突然彼が倒れた様に映っていた。

 男たちは何が起こっているのか分からず顔を見合わせる。


――どうした、来ないのか?


 女がそう言ったその刹那、彼らは理解した。

 この女が雇われた用心棒で、自分たちの敵であるということに。


「このアマァ!」

 武器を手にした三人が、絶叫しながら襲いかかった。


 女は手下の一人が振り下ろした片手剣を左足を引いて避けた。

 そして避けた動きの勢いを利用して抜刀し、男の胴を切り上げた。

 濡れた布を石に叩きつけたような、鋭く不快な音が響いた。

 次の男も片手剣で女に斬りかかった。

 下段に構えていた女は、振り下ろされた相手の手首を切り上げた。男の手首が三分の二ほど切断される。

 男はブラブラと垂れ下がる自分の手首の先を見ながら悲鳴を上げた。

 三人目の男はバスタードソード※を振り回してきた。

(※片手・両手の両方で使える剣)

 女は素早く間合いを詰め腕を交差させ相手の手首を受け止める。

 その状態のまま刀を下に向け、前後に足を開いてしゃがみ込みながら刀を男の足の甲に突き立てた。

 男は足と地面を縫い付けられ、苦痛で悶絶しひざまずく。

 女は足から刀を抜くと同時に、近くなった男の喉を斬り上げた。


 四人が斬られてようやく男達に危機感が現れた。この女は手練だ、と。

 彼らは女を取り囲みじわじわと追い詰めようと試みる。だが、女は円陣が狭まる前に一人の男に駆け寄った。

 どうして自分? と、駆け寄られた男は焦ってとっさに両手剣で突きを放った。

 女は駆け寄る途中、体を回転させながら近づき突きの狙いを外させ、その回転の勢いで男の胴を右薙ぎで斬り裂いた。

 女は斬った男を走り抜け、背後にあった建物のドアを蹴破り中に飛び込んでいった。


「逃がすなぁ!」

 男たちは女の後を追い建物の中になだれ込んだ。


 女が飛び込んだ建物は空家だった。しかも雨戸の閉じられているため室内は暗く、男たちはすぐに目が慣れなかった。


「くそっどこ行った?」

「見えねぇぞ!」


 その暗闇の中、男たちが唯一目に出来たのは金色に光る女の瞳だった。


「いた……ぎゃあぁ!」

「どこだ? うぐぅ!」


 そしてその光が見えたと思った者は尽く女に斬られていった。恐ろしく夜目の効く女らしい。


 暗闇が不利だと悟った男の一人が、雨戸を叩き割り室内に光を呼び込んだ。辛うじて室内の様子がわかるようになった。

 女の姿を確認した男達は一斉に襲いかかろうとする。


「殺してやっ……あれ?」

 

 だが、前の住人が夜逃げするように出て行ったその室内は家具が多く、さらに柱が入り組んでいた。剣を振ろうにも引っかかり、上手いこと切り込むことができなかった。


「くそっ抜けな……あがぁ!」


 その一方で、女は刀を逆手に持ち変え間合いを縮め、懐に潜り込み近い間合いから男達の体を次々に切り裂いていった。


 懐に入られた男の一人が、鍔迫つばぜりり合いから体当たりで女を突き飛ばした。

 飛ばされた女は室内の長テーブルの上でゴロゴロとでんぐり返りをうって、長テーブルの向かい側に落ちていった。

 女を追うため男が長テーブルに乗ると、女は自分の眼前のテーブルの足を切断した。

 長テーブルは滑り台のように傾き不安定になり、男は女と同じように長テーブルの上を転がっていった。

 女は転がっている男の胴をすれ違いざまに左薙ぎで斬り裂いた。


 別の男たちが雨戸を全て打ち破ったので、女の室内の有利がなくなる。女は雨戸を破って外に飛び出していった。


 外に着地して壁沿いにいる女を、室内の男の一人が壁越しに背後からロングソードで突き刺そうと壁に剣を突き立てた。

 女の獣耳がピクリと動く。

 男が剣で壁を貫いた。

 女は体を回転させ壁越しの攻撃を避けた。

 再度男が壁に剣を突き通す。

 女はスウェーバックでそれを避けた。

 男が最後に壁越しにぶった切ろうとフルスイングで薙いだ。

 女は前後開脚で体を地面に這わせて攻撃を避けた。そして逆に刀を突き立て壁越しに男の股間を刺し通す。

 壁越しに男の悶絶する声が聞こえた。


 刀を壁に突き刺している女に、外で待機していた四人の男たちが一斉に襲い掛かる。

 女は急いで刀を壁から抜き、壁沿いに男たちから逃げながらひさしの柱を切り落とした。

 後を追ってきた男たちの頭上に庇の屋根やすだれが落ち、視界が悪くなった。そこを女が冷静に、確実に急所に刀を突き立てて通りすがっていった。


 ここまでくると手下の中には逃げ腰になりろくに構えも取れない者が出てきていた。

 しかし、女はそれでも容赦なくそんな男にも襲いかかる。及び腰で構える男のロングソードを器用にで叩き落として刀を男に突き刺した。

 突き刺している隙に別の男が斬りかかってくると、女は突き刺した男を盾にした。仲間を盾にされて男はうろたえる。

 女は息絶え絶えの男に再び刀を突き刺し、その挑んできた男もろとも刀を突き立た。二人の男は串刺しになった。

 女は刀を抜いて、さらに二人同時に抜き胴で切り抜けた。


 いきり立って剣を振りかざす者に対しては避けと攻撃が一体になった体さばきで後の先を取り、用心深くに剣を振るう者に対しては精密な動きで指を切り落として先を取る。

 次々に倒される仲間を見て完全に男たちは戦意を無くしていた。


 ポールは部下に目配せをするものの、誰ひとりとして女に挑みかかろうとしない。


 痺れを切らしたポールがと後ろに控えていた大男に詰め寄った。

「おい、お前! 大金を払ってんだぞ? 少しは働け!」


「スミスよ。俺は女とは戦わん……。」

 と、その大男は表情のとぼしい顔でポールに告げた。

 

 黒々と茂った黒髪にびっしりと密度の濃いい眉毛を蓄えた男だった。

 黒い外套まんとに黒い軽鎧、黒いズボンを着用し、声すらも黒々しかった。その巨躯きょくはオークとすら力比べができそうなほどだ。


「言っとる場合か? 見てみろ! ほとんどやられたぞ!」


 大男は気乗りしないように首を振って前に歩み出た。

 大男は長物の先端から布を取り去る。穂先には銀色の戦斧せんぷが装着されていた。

「名を聞こう……。」

 大男が柄の先端を地面に突き刺して言った。


 女は広場の隅にあった焚き火の残り火の所へと歩いて行き、冷えた手を温め始めた。

「そういう場合は自分から名乗るのが礼儀だろう?」と、顔を向けるが視線は焚きに遣ったたままで言う。


「……ウヌが今目にしているもの、それが我が名だ」


 女は周囲を見渡す。打ち倒された死体の山があった。

「……給料泥棒?」


「……私の名前はハルバード……。」

 無表情で大男が言う。


「ハルバード? それはお前さんが持ってる得物(武器)の名前だろう?」


「そう、ワシがこの槍斧で戦うさまを見た者たちが、自然と畏敬の念を込めて言うようになったのだ……ハルバードと」


「なるほど、得物をバスタードソードにしなかったのは正解だね。行く先々で言われるわけだからな“くそったれバスタード”と」

 女はようやく大男を見た。

「何より、“雑種バスタード”じゃあ私と被る」


「……貴様の名は?」


「お前さんと似たようなもんさ。お前さんが最期に見るもの、それが私の名だ」


「……面白い女よ」

 淡々と大男が言う。


「よく言われる」

 女が形だけで微笑んだ。

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