3話:異世界料理

「それでね。このお兄さんが描かれたコインが『銅貨』で

 お姉さんが描かれたコインが『銀貨』

 そして王様が描かれたコインが『金貨』なんだよ。

 勉強してた時にロッテが見せてくれて、それを私がまだ持ってたことにさっき気付いて、閃いたのです。

 これさえあれば、美味しそうなものをいっぱい買えると!」


 綿毛のような少女、モニカは顔を輝かせて得意げに自分の考えを説明した。

 

 ハルトも最初は天真爛漫でマイペースな彼女に振り回されてはいたが、ある程度の順応を見せ、

モニカの話に相槌を打ちながら、異世界への見識を深めていた。


 ………ただし、異世界への知識を話すモニカ事態に多少問題があり、疑問に思っていた答えを完璧に得られたという自信はなかった。

 というのも、モニカの年齢は十五才ほどだとハルトは思っていたのだが、話す内容的にもっと幼いのではないかと思ってきたのだ。

 

 種族的な違いで、見た目は人間、中身は違った!ということもあるだろう。

 またはどこかのお姫様がお忍びで街に遊びに出かけているという線もある。

 ハルト的にはそちらの線を押したい。

 なぜか? 理由は簡単。

 そちらの方がロマンがあるからだ。


 そんな、箱庭お姫様であるかもしれない少女に魔法の話を再度聞く。


「繰り返すけど、魔法の使い方は分からないんだよなモニカ?

 大体の人は生まれた時から自然と覚えていくと」


「うん、さっきも言った通り世界の9割の人は魔法を使える………って。ロッテが言ってたよ

 大なり小なり何かの属性が自然と使える――とか、なんとか」


「………………そうか」


 モニカの言葉を聞きハルトは苦い顔をする。


 魔法の取得はハルトの中で最優先課題であったが、『自然と』覚えると言うのなら

 強引に覚えると言うことは難しいだろう。

 どうやら、自分は魔法を使えない一割の中にめでたく仲間入りらしい。

 これだけ魔法と言う文化が浸透している世界でそれは痛すぎる損失と思えた。

 

 自然と肩を落とすハルトに気が付くとモニカは慌てて言葉を続ける。


「で、でも、私も使えないから安心して!

 ――そうだ! 今、私も魔法の練習しているからハルトも一緒に勉強しようよっ!」


 モニカは名案とばかりに手を叩き微笑む。

 

「………えっ。いいのか?」


「うんうん! ずっと一人でやってたから一緒に練習してくれる人が居ると嬉しい!」


「その提案は俺もすごく魅力的に思えるのだけど………。

 えっと、魔法は先天的なものじゃないのか?

 練習すれば覚えれる?」


「――えっと、それは………。

 私はちょっと特殊なケース? らしくて………。

 でも、こう、練習すれば何かの拍子でぶわぁっ! と使えるようになる………。かも」


「………そ、そうか。うん、ぶわぁっと使えるようになれればいいな」


「う、うん………きっと使えるようになる………よ?」


 モニカのフォローも後半は自信なさげに変わり効果は半減する。

 『魔法の練習』という言葉に期待した分、ガッカリ具合も倍だ。


 気落ちしたハルトを見て、あたふたとモニカは慌ててフォローを入れるが、

 男のロマンであり、さらには就職に必要な必須免許の権利をはく奪されたハルトに効果は薄い。


 そんなガックリと肩が落ちているハルトの腕をモニカは引っ張ると、


「――そ、そんなことより美味しいものを食べようよ

 私はアレが食べたいと、さっきからずっと思っていたのです!」


 ――と、屋台の一つを指差して目を輝かせた。


 それにつられて、ハルトも屋台を見てみると、高温の油で揚げられた丸いパンみたいなものが作られていた。

 該当するものをあげるとするなら、揚げドーナツ的なものだろうか

 確かに美味しそうではある。


 ――だが。


「いや、俺はいいかな。モニカだけ食べておいで」


 ハルトはやんわりと断るが、それにきょとんとした目でモニカは返してくる。


「えぇー、一緒に食べようよ。すごく美味しそうだよ。

 うん! アレはモニカは美味しいものだと断言できます」


「いや、いいよ、いいよ。俺はお腹すいてないからね」


 ――否。ハルトの身体は空腹を訴えている。


「ううん、アレは晩御飯を食べれなくなっても食べる価値があるとモニカは思ってます

 ねぇ、ハルトも食べようよー」


「――晩御飯はきちんと食べないと駄目だと俺は思うなー

 間食を理由にするならなおさらだ」


 ――否。ハルトもすごく食べたい。


 料理好きなハルトが初めての異世界料理を食べれる機会を逃すはずがない。

 だが、ハルトにも男の意地が合った。


(――このままだと、女の子にだけ金銭を払わせる。ただの『紐』になってしまう!)


 ハルトの父親も、女に貢がせる男はクズだ。

 逆に男が女に貢ぐのは愛情のしるしだ。

 

 だから、女に逃げられても泣くなよ! 息子よ!

と涙を垂れ流しながら言っていた気がする。


 そう、これは男の意地なのだ。


「ねぇねぇ、本当にお腹すいてない?

 あんなに美味しそうなのに食べないなんて後で後悔しちゃうよ?

 それにモニカは一人より二人で食べた方が美味しいと思うのです

 だからね。一緒に食べよう食べよう食べよう――」


 男の意地があるからこそ、ハルトは苦悶の表情で耐えねばならない。

 

 モニカの甘い言葉に耐え、甘いパンを揚げる際のじゅわっと言う心地よい音を耐え、

甘く香ばしい匂いが漂って来るのにも耐え、通行人が美味しそうに揚げドーナツっぽいものに齧り付くのを見るのも耐えるのだ


 耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ――


 強固な意志ですべての誘惑を断ち切る。

 お腹を押さえる右腕に力を籠め、必死に身体の警報を鳴らさないようにする。


 頑なにその場から動かないハルト。

 そんなハルトを見てモニカは頬を膨らませると、ハルトの腕を両腕で掴み、


「――えいっ!」


 と渾身の力で引っ張った。


「――あ」

 

 それに伴い右腕がお腹から離れると、それまで押さえていた欲求を伝えるために、

ハルトの身体は最大の警報を鳴らす。


 それはもう、隣のモニカが十分気付くほどの音を鳴らした――


 一瞬だけ二人の間に沈黙が走る。

 しかし、すぐにモニカは花が咲いたような満面の笑顔を見せると、


「――いっぱい買って来るね!!!」


 と屋台に向けて真珠色の髪をなびかせながら飛び出した。


 赤面したハルトにその後ろ姿を止める勇気はなかった………。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「モニカ様、ご馳走様でした」


「いえいえ、お些末様でした」


 屋台が並び立つ道から立ち去り、ハルトはモニカに向かって手を合わせ深く感謝を述べる。


 ――結局、あれからというものの。

 ハルトはモニカの好意(と空腹)に負け『紐』に成り下がっていた。


 金貨一枚で屋台の料理のほとんどが食べられ、なおかつ、お釣りが付くほどだったので、遠慮なしに目に付くものを食べ歩いたのだ。

 腹八分どころか、腹十割強である。

 

 そんな、パンパンになったお腹をさすりながら二人は会話を弾ませる。


「美味しかったね! どれもこれも美味しかったけど――ハルトは何が一番美味しかった?」


「そうだなぁ………。

 印象に残ってるのはワイバーンの肉かな、見た目的にも味的にも」


 モニカの言葉にハルトは一番インパクトがあったものを答える。

 

 ワイバーンの肉はその名の通りスライスされた肉である。

 元の世界のケバブのようにこんがりと焼いた肉のかたまりを棒に差しており、欲しい量を言うことで店員が包丁で程よいサイズにスライスして渡してくれる。


 ――これだけ聞くと普通の料理だが、


「見た目………紫だもんなぁ………」


 ワイバーンの肉の断面は紫色だった。


 毒々しい紫と赤の肉の断面は食欲を激しく減らし、最初はおそるおそると言った様子で食べたものの――


「………正直、予想以上に美味しかった」


 料理好きなハルトも文句なしの美味さだった。


 程良くかみごたえのある肉質に、噛めば噛むほど味がしみ出してくる肉は、

濃厚な脂が舌にとろけて、結構なボリュームがあるはずなのに次へ次へと食べたくなる魔性の味だった。


 ハルトもモニカも無言で二皿を平らげたほどである。


 しみじみと感慨にふけるハルトにモニカもうんうんと同意する。


「ワイバーンのお肉かぁ………美味しかったねぇ………」


「最初は見た目にすごく戸惑ったけどな………。

 モニカはどの屋台の料理が美味しかった?」


「――うーん、と。私はねー」


 ハルトの言葉にモニカは真剣な表情を浮かべると、あれも美味しかったし、あれも、あれも………。と目を閉じて真剣に考える。

 じっくりと、時間を掛けモニカは、


「全部美味しかったかな!」


 と、言い切ると、幸せいっぱいの笑顔を向けた。

 そんな素直で真っ直ぐすぎる感想にハルトの口元も自然と上がってくる。


「そっか、全部美味しかったか」


「うん、全部美味しかった――あっ、でもね、私の中で一番に輝いているのは、あの、一番最初に食べたやつ!」


「あー、あの、揚げドーナツみたいなヤツ………。

 油で揚げた甘いやつね」


 思い出すのは、最初に食べた甘いお菓子だ。

 確かに美味しかったのは美味しかったのだが、そんなに印象に残るものだっただろうか?


 首をかしげるハルトに対して、モニカは両手を合わせキラキラした青い目で覗き込むと、


「――だって、あれはハルトと初めて一緒に食べたものだから

 思い出の分だけ、美味しさも一味違うよ!」


 幸せいっぱいの顔で迷いなく言葉を伝えた。


 ――言葉に詰まる。


 心構えもなく、突然言われたモニカの言葉にハルトは硬直することでしか答えれない。

 ふわふわの髪を揺らし、ハルトを下から見上げ「どうしたの?」

というモニカの言葉に頭は最適な答えを出すことが出来ない。

 

 ――突然そんなことを言うなんて卑怯だ。


 こそばゆい感覚が全身に駆け廻り、頬は熱を帯び真っ赤になるのを慌てて空を見上げ隠しながら、ハルトは心の底から声を発した。



「――本当に、異世界人はハイスペックすぎて、卑怯だ………」


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