第24話 教師+狂犬=障害
倒しても倒しても沸いて出てくる
「くそがあああ!!」
「わしの力を使ったらどうじゃ? 何匹おろうとすべて無に帰せるぞ? いい加減意地など張らずに使ったらどうじゃ? ん? ん?」
「うるせえ! てめえ少しは空気読みやがれ!!」
死に物狂いで暴れる凌我の横で、ひょいひょいと霊獣の攻撃をさばきながら自身の力の使用をおすすめしてくる迷惑なセールスマン……もとい、最強のツキモノ、
文字通り血反吐を吐きながら霊獣相手に立ち回っている凌我の横で、ころころと楽しそうに笑いながらアピールをすることのなんとうざったいことか。
「……お主は、あの小童の裏切りをどう考えておる?」
先ほどまで明るい声音で話していた神無が、急に声のトーンを下げた。それほど大事な質問ということだろう。
戦闘真っ最中のこの場では、さすがに落ち着いて答えるだなんてことはできない。できるだけ脳内をフラットにすることを心掛けながら、凌我は口を開いた。
「さあな、よく分からねえ。今もまだ裏切られたなんて信じたかねえが……あいつにゃあいつなりの考えがあるってこった。だがそんなもん関係ねえ、やるこたぁ一つだけ。嘘だろうと偽りだろうと、あいつは俺を師匠と呼んで、俺はあいつを弟子だと認めた。弟子が道間違えたっつうんなら、ぶん殴って連れ戻すのが師匠だろ」
「……くはは」
凌我の回答を真剣に聞いていた神無は、彼が全てを言い終わると同時に小さく笑った。
そして、今なお増えている霊獣を相手取る凌我に後ろからそっと近づき、優しくこう告げる。
「喜べ凌我。お主がそこまで気負う必要はない。あの小童は佐藤悠一ではないのじゃから」
「……は?」
その発言に、霊獣相手に打ち出していた左フックの軌道がずれ空を切る。
大慌てで打ち漏らした霊獣を殴って消し去ると、若干声を上ずらせながら神無に尋ねる。
「お、おまっ、そりゃどういうこった!?」
「言った通りじゃ。体こそ佐藤悠一本人のものじゃが、あやつの体を操り、こんな下らぬ事件を起こしたのは佐藤悠一ではない」
「悠一の体なのに悠一じゃない……?」
「そうじゃ。霊獣を操るなど霊獣にしか出来ん。……あやつは霊獣に憑依されておる」
殴り倒した霊獣が目の前で風に乗って塵へと変わる。……こいつらが、悠一を?
「この前の公園ので事件の際、強力な個体……おぬしらで言うところの『れべるふぉー』とやらがいたんじゃろうな。身体ともに憔悴しきったあの小童は恐らくその時憑依された」
「ま、待てよ! 霊獣が人に憑依する? んなこと聞いたことねえぞ!」
「お主が聞いたことがないだけじゃろう。それに、お主はツキモノが似たことをできるとその身をもって思い知らされているはずじゃ」
「……ああ、確かに。そう言われりゃそうだ。霊獣がツキモノの残滓なら……それが出来ねえ理由はねえな」
会話ができるのは神無が常識外れの存在だから、と説明されたことはある。だから、人の体を乗っ取る力についても凌我は『そういうもの』として気にしたことがなかった。
これは神無のみの力ではなく、ツキモノに標準装備された能力なのかもしれない。それなら残滓である霊獣にその力が宿る可能性だって充分ある。
常識がずっと常識である保証などどこにもない。世界は日々変わるもので、それについていけない人間から置いていかれてしまう。
新しく作られる常識に早く順応できる柔軟な発想こそが、新しい強さへの道を切り開くのに必要なものなのだ。
「そして、霊獣に憑依されたあの小童の狙いがあの小娘であるならば……その目的もおのずと分かるものよ」
「より強いものに……ってことか。ちっ、そりゃ厄介だ」
「そこで今回ご紹介するのがこちら。神無ちゃん。なんとこのツキモノに体を預けるだけでいとも簡単に敵を一掃することが――」
「使わねえっつってんだろ」
変わっていく世界に置いていかれないために、自分も新しくしていく必要がある。
それでもなお、変えたくないものがある。時代に置いていかれようと、強さへの道を塞ぐ障害になろうと、絶対に貫くと決めた意地がある。
「お前の力は使わねえ。俺は、俺の力であいつらを助ける」
「この期に及んでそんなつまらん意地を張るでない! わしとお主が協力して加減すれば惨事は起こらんはずじゃ! 大人しくわしの力を使え!」
「い・や・だ!」
「ええい、であれば無理やり奪うまでよ! さすがに今回は空気を読もうと貴様への邪魔をしないでおったが、こうなれば邪魔しまっくてやるわ!」
「ガキかてめえは! 大人しくしてろ!」
しかしそこは有言実行の神無。
命を削る戦いで、宿主の戦闘力を下げるという暴挙を、本気で行った!
「本当にやるやつがいるか!」
一気に体の自由が利かなくなる。先ほどまで比較的簡単に避けられていた霊獣の爪や牙が、すべて紙一重で皮膚をかすめていく。
「てめえがなにしようと、ぜってえ使わねえからな!」
ツキモノがツキモノなら宿主も宿主。意地を張るのをやめようとせず、自身にブレーキをかけたまま霊獣を迎え撃つ。
……だが、制限をかけられたまま戦うことが、どれだけ絶望的か分からないほど凌我は馬鹿ではない。
霊獣を殴り伸ばしきった腕を戻す前に、違う霊獣が飛び込んでくる。先ほどまでなら対処できたが、自由に体を動かせない今の状態では迎撃が出来ず深々と腹を切り裂かれた。
さすがというべきか、この状況であってもギリギリのところで致命傷は避けていた。それでも深手に変わりはなく、傷口からは血が止まることなく流れ出ている。
「つまらん意地を張っておるからじゃ! いいからわしに体を貸せ!」
「かはっ……ぐっ……ぜってえ貸さねえ……俺は俺の力であいつらを……」
「凌我! いい加減に――」
神無が本気で怒鳴ろうと口を開くが、それよりも早く霊獣が凌我に向けて飛びかかる。
凌我は避けようとするも、傷つき果てた彼の体は言うことを聞かない。
「凌我!」
間に合わない。
迫る爪に体が追い付かない凌我も、それを横から見る神無も二人がそれを察する。
察するが……どちらも、意地を張るのを絶対にやめなかった。
スローで見える世界で、ゆっくりゆっくりと爪が体へ近づいていく。隙だらけの体に鋭い一撃が入り、霊獣の爪が凌我の心臓を引き裂く。
そんな未来を迎える一瞬前に。
「
気の抜ける掛け声とともに、凌我に爪を伸ばしていた霊獣がより鋭い爪によって切り裂かれた。
切り裂かれた霊獣はその一匹にとどまらない。凌我の周囲にいた数体が、さらにその周りの数十体が一気に体を切り裂かれ空気に溶け消えていく。
長さ一メートルほどにまで伸びた爪。その間合いに居たすべての霊獣がわずか数秒でその姿を消した。
「グッドタイミングだぜ……
「東雲じゃなくて先生でしょ、お姉ちゃんでも可」
この戦場でなおその軽さを失わないその女性は、凌我たちD組の担任、東雲。
またの名を『狂犬』。
「このあたりの敵は私が殲滅しちゃうから、凌我はそこで休んでな。あ、神無ちゃん、凌我の見といてね」
あくまでも軽い調子でさらりと勝利宣言をしながら、東雲は周囲の敵をどんどん蹴散らしていく。
たったの一振りで何匹もの霊獣が爪の餌食となり消えていく。恐るべきはその正確さ。
狂犬のように荒々しく、けれどその一撃は霊獣を一体も逃さないよう緻密に計算されている。
相反する二つの要素を合わせることで美しさすら感じさせる戦い方は、絶対に口にしないが凌我の憧れでもあった。
「
ただしネーミングセンスは除く。
「……そういやあんた、なんでこんなとこに……」
「防壁シャッターが降りちゃって校内に入れなくなってたからね。私はそのとき凌我を探して校舎の外に出ちゃって戻れなくなってたから……。まあ校内の子と端末で連絡は取れるし、それほど絶望的ってわけでもないんだけどね」
「……今、校内に千聖はいるのか」
「千聖ちゃん? 多分いると思うけど……どうして?」
傷だらけだというのに、相変わらずのタフさで凌我は無理やり立ち上がる。口元には……いつも通りの野性味あふれる笑みが浮かべられていた。
「どうして『ここに』来たのかって聞いたのに、あんたは『学校に入れないから』って返した。……質問と答えが噛み合ってねえ」
この状況で笑う理由を察した東雲が少しだけ表情を歪ませる。
よく分かっていない神無が間の抜けた顔で見守る中、よろめきながら第二演習場に向かって歩き出した。
「あんたにゃここに来た理由を言いたくないわけがあるってこった。その上、学校にゃ入れねえと釘をさしてきた」
「ああもう、この子はなんでこんな無駄なとこだけ頭が回るかなぁ……」
「必要なとこだけ回ってんだよ」
ゆらゆらと不安定なまま凌我は少しずつ進んでいく。向かう先は第二演習場の裏口だ。
「むう、おぬしらが何の話をしておるのか分からん! わしにも分かるよう話さぬか!」
「簡単な話だろォが。俺を学校に入れたくねえあいつが、『校舎に入れないから』って理由でここに来たんだ。っつーことは?」
「……校舎内でなにかがあって、さらにここに入り口があるということじゃな!」
神無がそう叫ぶと、東雲はあからさまに嫌そうな顔をする。東雲のそのリアクションは凌我の予想が正解だと語っている。
「……校舎内に大量の霊獣が侵入してるの。第二演習場には凌我の予想通り、学校の地下へ繋がる緊急時用の避難路があるからここに来た。……でも、行かせると思う?」
「あんたの許可なんざなくったって俺は行く、行かなきゃならねえ。あいつを止めるのは俺じゃなきゃならねえんだよ」
「……待って。凌我、今回の事件を誰が起こしたか知ってるの!?」
凌我の一言に東雲が反応する。それもそのはず、今回の事件は誰が何の目的で起こしたものなのか教師側では全く把握が出来ていないのだから。
それを凌我は知っている。それもおそらく、その目的まで。
「犯人は悠一……の体に憑依したっつう霊獣だ」
「憑依? 霊獣にそんな力があるだなんて――」
「その下りはさっきやったわ! お主もわしのことを知っとるんじゃから少しは察せ!」
「……そういえば、どこぞの機密指定対象は宿主の体を奪ってたね……」
ざくざくと霊獣を切り裂くだけの単純作業を繰り返す傍ら、東雲は凌我の横に立つ青白いツキモノを見つめる。そういえばそんなやつも居たなぁ的な遠い目で神無を見ながらも、集中だけは決して切らさない。
たとえ『若作りしている喧しいババア』と凌我に思われていても彼女はプロだ。その証拠に、凌我を一瞬で止められるように彼が技の射程範囲内から出ないよう距離を測りながら戦っている。
「悠一の中にいる霊獣は千聖の体を狙ってやがる……!」
「だから、自分じゃなきゃダメだと?」
「ああ。……弱さを認めるってことは、弱くていい免罪符じゃねえ。そう知ってんのに逃げ続けた俺の弱さが罪の居場所だ。……なら、その贖いは俺にしか許されねえ」
「……しょうがないなぁ」
優しく微笑み、東雲は凌我に背を向ける。凌我もその意を汲んで裏口に行くことだけに集中し――
「獣爪ワンダホー!」
まだギリギリ射程圏内だった凌我の足めがけて、伸ばした爪を高速で振るった。
完全に気を抜いていた凌我は対応ができない。
なぜ、とは思わなかった。
彼にやり通したい贖いがあるように、東雲にも生徒を守り通したいという矜持がある。
意地と意地。ぶつかってしまったのなら、そこに言葉は通じない。
実力行使あるのみだ。
……ただ、東雲には一つ誤算があった。
これは意地と意地の張り合いではない。
「させるか!」
意地と意地と意地の張り合いである!
身動きの取れない凌我へ迫る爪を、神無がその身を盾にして受け止めた。
一瞬の停止、そして障害の乱入により軌道がずれ、東雲の爪は凌我のはるか頭上を通り過ぎていった。
「今じゃ!」
「……ああ!」
呆然としていた凌我に神無が叫ぶ。
それに応えて無理やり走り出す凌我。体当たりで裏口の扉を開けて飛び込むと、そのまま奥へと走っていく。
凌我を狙った隙をついて飛び込んできた霊獣の対処で、東雲は二撃目を打ち込めない。そのせいで彼女はみすみす凌我の進行を許すことになってしまった。
近づいてきていた霊獣を切り裂き体勢を立て直し、すぐさま裏口の前に立つと番人のように霊獣の前に立ちはだかった。
「放置するわけにもいかないし、ぜーんぶ倒してから追うしかないかー。まったくもう……面倒だなー」
唸り声を上げる霊獣を冷めた目で見下ろしながら、言葉が通じないことを知りながらそれでも目の前の獣に宣言する。
「ここで大人しくしてくれるなら、全員見逃してあげるよー。でもー、襲ってくるって言うならー……ぶっ殺しちゃうゾ」
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