聖夜に還る輝星 エピローグ 2

綾部 響

エピローグ ―聖し、この夜―

 柔らかな光に包まれて、まるでエリスを抱きかかえる様にして、ユウキが空から降りてくる。その姿は、見様によっては天使が聖女を降臨させるかの如き光景だった。

 そしてユウキの足元には、ノクトやメイファーを始めとした勇者達、そしてその聖霊たちが集い、皆エリス達に視線を向けていた。

 そのどれもが……優しく柔らかい……。


(あ―あ……エリス……。君にこの光景を見せてあげたかったよ)


 ユウキはそれを見て、心の中でそんな事を考えていた。

 今日、今夜は、エリスにとってつらい事の多い夜となってしまった。それでも、ノクト達の向ける視線を見れば、その辛さや痛みも少しは和らいだろうに……と思わずにはいられなかったのだ。


「エリスは、気を失っているのか?」


 地上へと降り立ったユウキは、そっとエリスを地面へ寝かせる。それを確認して、ノクトが声を掛けたのだ。

 

「うん……。ちょ―――っと、疲れただけだよ」


 そんな彼女に、ユウキははにかんだ笑顔を返しながらそう答えた。


「そうか……。彼女には礼を言わなければならないな。それにユウキ様、あなたにも」


 そう言葉を返すノクトの表情は、その視線までもが優しい。ユウキはそれを見て、今夜の……一連の事件が終結した事を理解した。


「すぐに目を覚ますよ。その時に改めて言ってあげなよ」


 ノクトに、これほど殊勝な態度をとられれば、如何にユウキと言えども照れてしまうのだろう。彼は両手を頭の後ろに回すと、くるりと背を向けてそう返答した。


「しかし……先程の“奇跡”も、やはりあなたとエリスの力なのですか?」


 目の前で起こった出来事とは言え、即座に理解して納得するなど出来ないのだろう、ノクトはごく自然にそう質問した。それは先日、王城で執り行われた問答とは違う、詰問でも何でもない純然たる疑問だった。


「そうだよ。もっとも、まで出来るなんて、俺もビックリだけどね」


 再びクルリと振り返ったユウキは、すでに元のユウキに戻っており、如何にもお道化たと言った仕草でそう返した。それをみたノクトは全てを了承したのか、フッと小さく息を吐いて、その口元に笑みを浮かべた。


「ノクト様―――。あれは―……ひょっとするとシモーヌ様では―ありませんか―――?」


 相も変わらず間の伸びた言葉を発して、メイファーが遠くを見る様に目を眇めてそう口にした。全員の視線がそちらへと向き、その方向からやって来る一人の勇者を見止めたのだった。

 周囲は未だ深闇であり、光などは殆どない。それにも拘らず、こちらへとやって来る姿が見えるのは……その者の身体が自ら発光していたからに他ならない。

 そしてその光の主は、紛う事無きシモーヌ=ステファンその人であった。


「……ノクト様」


 フワリフワリと舞うように、宙を飛ぶように駆けてきたシモーヌは、ノクトの眼前へと降り立つと彼女の名前を呼んだ。その瞳は確りとノクトを見据えており、普段の彼女からは想像もできない上に、固い決意を秘めていると伺わせたのだった。


「どうしたのだ、シモーヌ? あなたにはカクヨ村にて待機する様、申し伝えてあったはずだが?」


 先程までの和んだ雰囲気もあって、ノクトの言葉にはそれ程の険を孕んでいない。それでも彼女の言葉は重く、周囲の者がビクリと体を震わす程であった。


「……ノクト様に……お願い合って参りました」


 だがシモーヌはそれに臆することなく、自身の要望をハッキリとした口調で告げたのだった。普段の彼女ではありえない事なのだが、すでに勇者化を果たしているシモーヌは、通常よりも確りとした口調で話す事が出来る。そしてそれ以前に、彼女の中に在る“決意”がその口を開かせているのだろう。


「ノクト様達の居られる所から、清浄な光が発せられたのを視ました。そしてその時に、こちらで起こった事の一部分を把握するに至ったのです。それを感じた私は居ても立ってもいられなくなって、命令に背く事となってもこの場に参じる決意をしたのです」


 ノクトの視線に先を促されたシモーヌは、ゆっくりと……それでいて凛とした口調で自身の考えを述べて行く。

 ノクトは既に、彼女が何を言おうとしているのか理解していたが、途中で口を挟まずにシモーヌが話し終えるのを、目を瞑り待った。


「……こちらで……多くの犠牲者が出たのですね? その中に、勇者も含まれているのではありませんか?」


「……そうだ」


 シモーヌの、どこか確信めいた指摘に、ノクトは僅かの間も置く事無く即答した。もっとも、今この場でその事実を隠したとしても、翌日には知れてしまうのだ。そんな嘘を吐く意味も無いのである。

 短く答えたノクトは、今夜この場で起こった出来事を簡潔にシモーヌへと説明した。シモーヌはノクトの言葉を、目を閉じて噛みしめる様に聞いていたのだった。


「……そうですか」


 ノクトの話が終わったと理解したシモーヌは、小さくそう言葉を洩らした。キュッと唇を引き結び、その姿は何かを堪えている様にも伺えた。


「それで、あなたの要望と言うのは何だろうか?」


 何かに深く思い至っているシモーヌに、ノクトが静かに語りかけた。そこには厳しさも含まれてはいたが、どこか諦念ていねん染みた物も混ざり込んでいる。


「はい……すでに“魔の者”として浄化されてしまった女性達には叶いませんが、せめてここで命を落としたと言う勇者たちの『蘇生』を許可して頂きたいのです」


 再び瞼を開けたシモーヌは、先程よりも強い光を持つ眼差しでノクトを見た。それを確りと受け止めたノクトは、小揺るぎともせずシモーヌを見つめ返した。


「それを私が認めると思いますか、シモーヌ?」


 口を開いたノクトの問いに、シモーヌは沈黙を持って答える。


「あなたの……あなたにしか使えない『蘇生』と言う魔法の特性は……あなたも良くご存知だと思いますが?」


「知っています」


 ノクトの続けた問い掛けにシモーヌは、今度はハッキリと声に出して答えた。

 

「あなたの身体は、あなたが使う『蘇生』に耐えられない。厳密には、『蘇生』に必要な魔力量が、あなたには絶対的に不足しています。それを無理に使えば、あなたは良くて昏睡状態に……もしもの時は、命を失う事となるのですよ?」


 ノクトの声音には、先程のような厳しさ等すでに含まれていなかった。そこには、何とか思い直して貰おうとする心情が見え隠れしている。


「戦場で兵士が命を落とす……。悲しく辛い事だが、それもまた仕方の無い事なのだ。あなたの力を以てしても、命を落とした者全てを救えはしないし、一人を生かすのでさえ至難なのだ。それを知っていて、あなたの希望を容認する……出来るとお思いですか?」


 ノクトの言う事はいちいちもっともで、その事に対して誰からも反論を受けなかった。いや、誰も反論出来ないと言う方が正しいだろうか。

 正論であるのも然る事ながら、ノクトが司令官であると言う事を考えれば、彼女がその様な論法を用いるのも仕方の無い事だと言える。国の、軍の、兵の利益を優先して考えなければならない立場であり、そこには情や甘えの介在する余地など無いのだ。


「普段ならば……出来ないでしょう。私も平素ならば、この様な事は申しません」


 あっさりとノクトの話を肯定したシモーヌに、周囲は僅かに驚いた様な視線を投げ掛けた。てっきり必死に反論するものだと、その場の誰もが思ったからだ。それ程に彼女から感じられる決意は揺ぎ無いものに思われていた。


「ですが……今夜、この刻ならば、普段よりも遥かに強い力を出す事が出来るとしているのです」


 しかし、それはやや早計な判断だった様だ。即座に言葉を繋げたシモーヌは、全く疑いの無い表情でノクトを見つめてそう言ったのだった。

 シモーヌの言葉が、「思う」や「考えている」ならば、ノクトにも彼女を思い留まらせる算段があった。だが、「確信している」と言い切ってしまわれては、シモーヌの言葉を頭ごなしに否定する事など出来ない。

 今この場で、ノクトには無理やりにでもシモーヌを思い留まらせる事は出来る。高圧的に命令すれば、大人であるシモーヌも考えを改めてくれるだろう。

 それでもそんなやり方は、後にを残す事をノクトは知っていた。

 そしてそのやり方を以てしても彼女を……シモーヌを押し留める事が敵わないと言う事も……。


「その確信に至った理由を教えて貰えないか?」


 半ば諦観ていかんの域に至っているノクトではあったが、それでもその理由を聞かずにはいられなかった。彼女を此処まで突き動かす動機を、彼女は知りたいと思ったのだ。


「今、この地には、先程エリスの使った魔法の余韻が多く残されています。彼女の奇跡を取り込み、それを土台とする事で私の魔法を更に高みへと押し上げる事が出来ます。それに……」


 そこで言葉を切ったシモーヌは、ゆっくりと真っ暗な夜空へ向けて顔を上げた。真冬の夜の澄んだ中空には、弱々しい、それでもハッキリと見る事の出来る星々が、零れんばかりにまたたいている。


「それに今夜は『奇跡の夜』ですよ? あの魔属達ですらその奇跡にあやかろうとしたほどなのです。私達人属が、その奇跡の恩恵を受ける事が出来ない訳は無いでしょう?」


 そう言いながら、シモーヌは空へと向けていた顔をノクトの方へと戻し、まるで少女の様に悪戯っぽく笑ったのだった。

 最初の説明には説得力もあったが、後半は彼女の願望、要望、希望……そうであったら良いと思う気持ちが多分にミックスされている。流石のノクトも、その理屈には賛同しかねるのだが、当の本人は勢いで押し切ろうとしている事が見え見えであった。

 ただ彼女の……シモーヌの、全てを受け入れたかのような表情を見ていれば、ノクトがどれ程理詰めで説得に当たっても無駄だと言う事が感じ取れていたのだった。


「まさか、最初から死ぬつもりではないだろうな?」


 どの様なロジックを用いても、彼女の持つ信念を揺るがす事は出来ないと悟ったノクトは、質問を変えて問うた。それは彼女から、余りにも「未知の経験に対する恐怖」が感じられなかったからだった。


「はい。勿論」


 その問いに、シモーヌは簡潔にそう答えた。その笑顔と共に齎された返答には、流石のノクトも閉口するしかなかった。


「……シモーヌさん……」


 ここで意識を取り戻したエリスが、不安をありありとその顔に浮かべて彼女へと近づいて行った。話のやり取りは途中から聞く事となったエリスだが、その内容を聞いていれば、シモーヌがどれ程大変な事をしようとしているのかが分かったからである。


「エリスちゃん……」


 エリスの姿を見止めたシモーヌが、ゆっくりと彼女の方へと歩み寄る。いつもの過剰なまでに照れ屋で引っ込み思案なシモーヌはそこに居らず、代わりに柔らかな笑顔でエリスを見つめる大人の女性がそこには居た。それは今朝とは反対に、今度はエリスが赤面して俯いてしまう程だった。


「エリスちゃんが見せてくれた奇跡に、私は心が震えました……。あれ程の奇跡は、恐らく生きている間にもう見る事は出来ないでしょう……。そして、あなたの様な若い女の子があれ程の奇跡を起こすのです。『聖女』等と呼ばれている私に、それが出来ない訳がありません。今日、この夜に、その奇跡を体現して見せます」


 それは願望……。

 それは憧憬……。

 それは希望……。

 あるいは嫉妬……。

 あるいは悔恨……。

 あるいは羨望……。


 そのどれでもあり、そのどれとも違う。今のシモーヌからは、純粋に奇跡を信じて疑っていない想いしかエリスには伝わってこなかった。

 

「それじゃあエリスちゃん……見ててね?」


 言葉を返せないでいるエリスにそう笑いかけ、シモーヌは勇者達の輪から少し離れた所で立ち止まった。そこでゆっくりと目を閉じ、どんどんと集中を高めていった。





(……無茶だと思うけどね……シモーヌ……)


 今まで言葉を挟まずにいた内なる聖霊デロンが、魔法の準備に取り掛かるシモーヌへと話しかけてきた。


(……いつも無理ばかり言って……ゴメンね? それから……今までありがとう)


 現実にある自らの身体は、精神集中に掛かりきりで話す事など出来ない。しかしそんな事は別として、彼女の中に内在する意識はデロンと会話を行っていたのだった。


(……謝るなよ……それから、感謝の言葉も要らない……。まさか……死ぬつもりじゃあないんだろ?)


 暗い目を向けて、ダレンがシモーヌを……その意識体を見つめている。いや、それは最早、睨み付けていると言った方が正しいかもしれない。


(……さっきも言ったけどね……。死ぬつもりはないわ……。でも、奇跡を当てにしてるんだもの……。死なない……とも……言えないかな?)


(死ぬなんて、許さないからなっ!)


 シモーヌの回答を聞いたデロンが、突如声を荒げて反論して来た。今までにそんな事は一度として無く、流石のシモーヌもこれには驚きの色を隠せなかった。


(……わかった。私は……死なないよ……?)


 俯いて体を震わせる聖霊に、シモーヌは正しく聖女に相応しい笑顔でそう答えた。それを受けたデロンは、ゆっくりと顔を上げて彼女を見る。


(……さあ……始めましょ?)


(……ああ……)


 最後の言葉まで笑顔のままだったシモーヌに釣られて、デロンも滅多に見せない笑顔でそう答えたのだった。





 シモーヌの集中が高まるにつれて、彼女の身体から発する魔力光の強さも天井知らずで高まって行く。

 今やその光量は、先程エリスが発した光と同等か、それ以上の輝きとなって周囲を照らしていた。彼女がノクトに説明した事も、強ち願望だけに留まらなかった様であった。


「……すごい光……。こんなの……本当に奇跡だわ……」


 手を翳し、目を細めてシモーヌを見つめるエリスは、誰聞くともなくそう呟いていた。だがその思いは、その場にいる者全員が共通するものだった。


「なんだい、この光……って、ウワオッ!」


「もう……鬱陶しいっ! でも凄い魔力量ね! まさか本当に、二人同時に『蘇生』させる気なの!?」

 

 やや離れた場所で待機していたヘラルドの聖霊エデューンと、カナーンの聖霊シャナクが、シモーヌの発する強烈な魔力光を見てそう感想を溢す。彼等はメイファーに懇願され、本来ならば天界へと還っていてもおかしくない処を、事態が収拾するまでこの場に留まっていたのだった。


「その―まさかです―――。シモーヌ様は―お二方を―生き返らせようと試みておられます―――」


 彼等に説明するメイファーの声音は、どこか期待で高揚している様であった。彼女にさえそうさせる程、シモーヌの魔力は高まり続けているのだ。


「……まさか本当に、やり遂げると言うのかしら?」


「やり遂げて貰わねばならん」


 半信半疑……よりも、やや信じる方へと傾いている聖霊ベルナールの台詞に、ノクトが間髪入れずにそう答えた。

 もっともベルナールには分かっている事が一つ二つ。

 ノクトはそう言っているものの、本心では誰よりも懇願しているだろう事。そして、誰よりも奇跡を願ってやまないと言う事を。


 ―――極大……。


 シモーヌの放つ光は、今やそう言っても過言では無い程に高まっていた。


(……行くわよ、デロン!)


(ああ……! シモーヌ!)


 光り輝くシモーヌの身体が、ゆっくりと宙へ持ち上がって行く。祈る様に胸の前で手を合わせるシモーヌのその姿は、まるで空へと還る天女のそれを思わせた。

 勿論、そのまま昇天してしまう等と言う事は無く、彼女の身体は周囲の廃屋、その屋根程度の高さで留まった。

 そしてシモーヌは、ゆっくりと体を巡らせ薄く瞼を開いた。その眼差しの先には、横たわる二つの……物体。言わずもがなそれは、シーツに覆われたヘラルドとカナーンの亡骸であった。

 比較的損傷の少ないヘラルドの身体に対して、カナーンは見るも無残な姿と化している。黒く炭化した体は以前の面影を僅かも残しておらず、性別すら判別できない程であった。

 

蒼穹そうきゅうの主、蒼天そうてんの住人達、あまねく光の神々よ。その御手を以て、我に奇跡を成さしめよ。瞑目めいもくにある我らが同胞はらから、その魂を呼び戻し、再び畢生ひっせいを成就する機会を与え賜え……」


 二人に掛けられているシーツへと視線を向けて、シモーヌはまるで歌うかのように朗々と呪文を唱えだした。荘厳ささえ感じさせるその呪文を耳に、エリス達は固唾を飲んで彼女を見上げていた。


「……『サンタクルス』……そして『クリスマスの夜』よ……。我に……奇跡をっ! 神聖蘇生サンチダーヂェ・アジヴィーニエッ!」


 呪文の完成と共に、シモーヌはその右掌を二人の方へと向けた。その途端、離れた場所に安置されているヘラルドとカナーンの身体から、シモーヌ同様の光を発しだしたのだ。


「……ク……クゥ……」


 その直後、術を掛けたシモーヌの方が、苦し気な呻き声を上げる。魔法が発動してから僅かの時間しか経っていないにも関わらず、既に彼女の額には玉の汗が浮かんでいた。


(……もう無理だよっ! これ以上は限界だっ!)


 シモーヌの中で、ダレンが彼女に悲鳴を上げる。彼女の浮かべる苦悶の表情を見れば、それがどういった意味を表すのか想像に難くない。


「……ま……まだよ……っ! まだ……まだ―っ!」


 その気迫、その声量に押されて、ダレンは声を出す事が出来なくなった。彼女の元へと顕現して長い時間が経つダレンだが、シモーヌのその様な感情や声を聴くのは初めてだったのだ。


(……分かったよ……もう少し……頑張ろうっ!)


「……ありがとう……」


 そして彼女の気持ちに呼応したのか、ダレンがシモーヌに檄を飛ばし、その言葉にシモーヌも微笑と共に応えた。

 暫時、ヘラルドとカナーンから発せられている光に変化が生じだした。外へと向けてまばゆいていた光は、転じて内へと、二人の身体に吸い込まれる様に明滅を開始したのだ。


 ―――フッ……。


 それと同時に、あれほどシモーヌから発していた光は瞬時に消え去り、彼女はまるで糸が切れたかの如く脱力して落下を開始したのだった。


「シモーヌッ!」


 半ば強制的に融合を解除させられたダレンが、彼女の名を叫んだ。当然の如くその大きさ相当の力しか持たない普通の聖霊に、人一人を抱えるだけの力はない。

 しかし、シモーヌが地面に激突して大怪我を負う……等と言う事は無かった。誰よりも早く彼女の落下点へと駆けつけたノクトが、確りとシモーヌの身体を抱き留めたからだった。


「……大丈夫だ。息はある」


 即座にシモーヌの呼吸を確かめたノクトが、心配そうに彼女の後を追って来たダレンへと向けてそう告げた。それを聞いたダレンが、不安な表情を緩めて大きく脱力する。


「……っぷっは―――っ!」


 一段落ついたかと思いきや、今度は少し離れた場所から、騒々しく息を吐きだす様な声が響き渡った。


「ヘ……ヘラルドさんっ! カナーンさんっ!」


 真っ先に気付いたエリスが、二人の名を立て続けに叫んだ。その場にいる勇者全員が、釣られる様にそちらへと視線をやる。その先には……。

 上半身を起こした、ヘラルドとカナーンの姿があったのだった。


「ヘラルド―――ッ!」


「カナーンッ!」


「エデュー……ぶっ!」


「……シャナク……」


 エリス達に先駆けて飛び出した聖霊エデューンが、勢いを殺す事無くヘラルドの顔面に抱き付いた。それは最早タックルに近く、それを受けたヘラルドは顔面に限りダメージを負っていた。

 対するシャナクはゆっくりとカナーンへと飛びより、僅かに距離を置いて彼女の名を呼ぶに留めていた。彼女にしては珍しく、その顔に掛かった髪を掻き上げる事も無く、目に涙を浮かべてカナーンを見つめていた。


「……成功したようだな」


 少し離れた位置でその光景を見ていたノクトが、シモーヌに目を遣りながらそう独り言ちた。


「見ての通りね……。本当に奇跡を起こしてしまうなんて、彼女は正しく『聖女』なのかしら?」


 その言葉に答えたのは、控える様に彼女へと寄り添うベルナールだった。彼女の表情に驚きや感心は込められていないが、その声音にだけはそれ等の成分が含まれていた。


「……そうだな。そして、聖夜であるこの『クリスマス』が、少なからず奇跡を引き起こしたとも考えられない事は無い」


「……散々な目に合った夜だったけどね」


「まったくだ」


 そう言葉を交わして、ノクトとベルナールは同時に僅かな笑みを浮かべる。

 結果としては、喜んで良い様なものでは無い。魔属の目論見を完全に防いだ訳でも無ければ、犠牲となった女性達ももう戻らない。

 唯一起こった奇跡が、死んだはずである二人の勇者が聖女の力で生き返った……それだけである。

 それでもこれは聖夜の起こした奇跡であると、ノクトを始めとした勇者達は思わずにはいられなかった。

 少なくとも、歓喜に塗れるエデューンとシャナク、エリスや他の勇者たちにとってはそうであって欲しい……。


「……う……ううん……」


 ノクトの腕の中で気を失っていたシモーヌが、僅かに蠢いたかと思うと声を洩らした。後暫くもすれば、彼女も目を覚ますだろう。それを感じ取った聖霊ダレンが、嬉しそうな表情を浮かべて彼女の寝顔を覗き込んでいる。


「……あら……雪だわ……」


「ほう……満天の星の中、雪が降るとはな……」


 聖霊ベルナールと共に空を仰いだノクトが、そう感想を溢した。彼女の言った通り、ノクトの視界には一片の雪雲も浮かんでおらず、見渡す限り宝石の様な星が瞬いている。

 その景色を阻害する事無く、まるで中空から湧いて来るかのように、次々と雪が舞い降りて来ていたのだった。


 了



あとがきまで読んで頂ける方はお進みください。

ここで読了とされる方はありがとうございました。

もし星やメッセージ等を頂けるようなら、本編の方へとお願いしますね。

「聖夜に還る輝星」

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054884341399

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