第13話 「異世界勧誘の前日」 【※シリアルのみ】

 少女は神の卵だった。


 孵化ふかする条件を満たせず、腐りかけていた。ガラクタ部屋で。


 手遅れな卵達を、安らかに昇華させるための安眠ボックス。

 それに入れられ充分な時間が経った後、古くなったという理由で、箱はガラクタ置き場に積まれていた。

 中身を確認されないまま。

 それから少女は長いことそこに放置されていた。


 そんなある日、その部屋を、偶然にも地位の高い神がおとずれた。

 そしてその卵の波動を感じ取る。


「おーい、こんな所で何してるにゃ?」


 その神は破壊神ドカボン。異形をまとった神であった。

 ドカボンは箱を手に取ると、蓋を開け、中身を確認する。


「……」


 少女にはもう言葉を話す機能がなかった。

 体はほつれ、下半身も透けている。


「聞いてるにゃあか?」


 しかしそんな体になってもなお、少女は自分の物語を書き続けていた。


 孵化のために。


 そこにはもう信念も恐怖も、絶望も希望もない。

 ただ惰性に、自分が足掻いてきた行為を、それが報われることがなかろうと続けていた。それだけ思考する機能も欠落していたせいであったが。


「…『言葉つづりの才』はあるにゃあね。

 それに『音色』と『速読』…『お絵描き』?

 …ふんふん、書いてる物語にはどれも吟遊詩人が出てくるにゃ。

 それがお前のルーツか?」


「……」


 少女は応えない。黙々と書いている。


「…もってあと数日にゃ……」


 今から物語をどう書こうと、孵化には間に合わない。


 ドカボンはそれをじっと見て思案する。

 今から安眠ボックスに入れても、よい夢を見て昇華を待つことはできないだろう。

 そして特別に余生を過ごさせるにも、欠落している部分が多すぎる。


「………」


 遅い筆の運びを見て思う。

 この卵に必要なのは、最後まで神になる機会を与えることではないか。

 だがこのままでは到底孵化することはない。

 また、孵化させたとしても人格に難ありで、死神に処分される可能性が高かった。

 欠落した人間性を確保しつつ、神になる機会を与える。

 そんなこと、いくら地位の高い神であろうと、


(…考えてたあれ・・、やってみるかにゃ)


 どうやら心当たりがあるようだ。


 こんこんと卵をノックする。

 するとさすがに少女もビックリして、顔を上げてこちらを見る。

 あちらからしたらごわんごわんと世界が揺れる一大事だった。


「にゃ、書いてる最中失礼します」


「………」


 しかし目を見開いている以外に、少女の反応はない。


「にゃ、うちの記録係になって頂けませんか」


「………」


 少女に反応はない。


「……」


 とりあえず申請書を送ってみる。


「………」


 目の前に現れたウィンドウを見て、目をぱちぱちさせる少女。


「………」


 その文面をざあっと目が追っていく。


「……」


「………」


「…にゃ、もしよろしければ ―――― 」


 そしてすぐに『承認されました』と機械的なお知らせが返ってきた。


「……」


 卵を覗き込む。

 こっちをじっと見上げているのは、変わらない。

 しかし少女の瞳には、精気が戻り出していた。

 同時に、自分の現状を思い出したのか、恐怖の表情が張り付いている。


「…期限は一週間にゃ」


 少女はこくこくと頷く。

 やっと反応が返ってきた。


「それは『異世界勧誘』を試せる時間であって、お前の寿命はもっと短いかもしれない。

 それでもいいにゃ?」


 頷く。


「できるだけ心当たりがある精霊のいる世界を選ぶにゃ。

 気に入られて、加護を与えてくれるなら、そこの土地神として頑張るにゃあよ。悪神に墜ちたら、うちが殺しにいかないといけないにゃ。勘弁な。

 それと世界神は諦めるにゃ」


 こくこくと頷く。

 そして何か走り書くと、それをドカボンに見せる。

 そこには、ありがとうございます、と書かれていた。


「構わん。

 異世界への体は、知り合いの死神に頼んで調達するにゃ。

 今のお前じゃ歩いたりしゃべったりできないけど、相手に会うのに見栄えは大事だからにゃ。

 とりあえず立て替えておくけど、後から利子付けて、自分で支払うにゃあよ」


 少女は涙を流しながら頷く。


(…泣く程の感情は残ってるにゃあか。

 人格の方はあまり気にしなくていいかもにゃ)


「…あ! そういえばお前の名前は?」


 急いで走り書き、それを掲げる。


「…ナナセ、にゃあか。

 うちは破壊神ドカボン。

 とりあえず一週間、よろしくな!」


 ナナセはこくこくと頷くと、また急いで走り書き、それを掲げる。

 そこには、よろしくお願いします、ドカボン様!、と書かれていた。


「にゃ」


 そしてドカボンはナナセを連れ、何か色々入った袋を背負いながら、ガラクタ部屋を後にする。


 その次の日、2人の神は、ヤス、それからトウジと、出会うのだった。

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