第二章 新たな物語

25話 日常と忍び寄る恐怖


暗殺組織アサシンギルドの事件から2日後のこと、ドタバタと廊下を忙しなく走る音がすると、スパッーンと勢いよく襖が開けられた。

そしてズカズカと義経の部屋を入るなり、義経が眠る掛け布団を思いっきりひっぺ返す。


布団を剥ぎ取られた義経はブチ切れながらも起き上がると「ふざけんなッ!誰だよ俺の眠りを邪魔した奴は!!」と相手の顔を確認すると、そこには義経の兄である義門よしかどが慌てた様子で「義経、今すぐ逃げろッ!」と焦っていた。


義門との久しぶりの再会に義経は驚きながらも「何故、私が逃げないといけないんですか?」と大きなあくびをしながら訊くと、義門は青ざめた様子で「頼朝兄さんが今こっちに向かっているからだよッ!」と言うと、義経は一時停止した。


少しの間が空くと義経は次第に冷や汗をかき始め急いで服を着替え始めた。

義経は頭の中テンパりながらもヤバイ!と連呼しながら急いで逃げる身支度をしていると「何をそんなに急いでいるんだ、義経。」と低い声で話をかける高身長の男性が立っていた。


義門は気まづそうに「久しぶりだね、頼朝兄さん。そ、それじゃあ僕は用があるから失礼するよ。」と逃げるように部屋を出ようとするが、義経が義門の腕を掴むと「義門兄様、久しぶりの兄弟水入らずですよ。もっと話していきませんか?ねぇ、頼朝兄様も義門兄様とお話ししたいですよね?」とニコニコ笑う義経に対し、頼朝は冷たい視線を義門に送ると「別に、俺は義門に用はない。義経、お前に用があるんだ。」と話す頼朝の様子に義門は苦笑いしながら、頑張れ。と小声で言うと、そそくさと小走りで義経の部屋を出て行った。


取り残された義経は目を逸らしながら「頼朝兄様、私に一体何の用ですか?」と警戒しながら訊くと、頼朝は静かに義経の前まで来て、そして優しく義経を抱きしめながら頭を撫で始めた。


「義経、俺と2人の時は、お兄ちゃんと呼べと何度言えばわかるんだ?それから俺がいない間に勝手に魔物討伐とかいう野蛮なイベントに参加した上に暗殺組織アサシンギルドとかいう蛮族の輩がいたと聞いたぞ!俺がどれだけ心配したか義経にわかるか?俺がどれだけお前を手塩にかけて育ててきたか、わかるか!!」



頼朝のしつこいブラコンに嫌悪感を抱きながらも、義経は頼朝の手を払い除け。そして睨みつけると「鬱陶しいんだよ、クソ野郎が。」と言った。

義経の冷たい態度に頼朝は喜びの笑みを浮かべると「その冷たい眼差し、いつ見ても美しい。」と、うっとりし始めた頼朝に義経は露骨に嫌な顔を見せると「いい加減、弟離れしろやクソ兄貴が。大体なんでお前がここに居るんだよ、仕事はどうした仕事は?」と若干呆れながら訊くと頼朝は何故か嬉しそうに「そんなの決まっているだろ。義経を苦しいほど愛おしいからだよ!言わせるな馬鹿!」と愛おしそうに見つめる頼朝に義経は怒りどころか呆れ果てながら「馬鹿はお前だ。」と死んだ魚のような目で言った。



義経は頼朝と距離をとりながら「クソ兄貴ごめん。来てくれたのは凄くありがた迷惑なんだけど。俺、これから兼房の所に行かないといけないんだよ。」と言うと、頼朝は「では俺も一緒に行こう。」と言うが義経は「来なくて大丈夫。」と即答した。

だが頼朝は「いや、兄である俺が必要だろ?」と返すが「何一つ必要じゃない。」と返され、なお引き下がらない頼朝は「でも俺は義経の兄だぞ!」と威張るも「それが何?俺より早く生まれたくらいで威張らないでくれる?」と冷めた表情でいうが頼朝には、その冷めた表情ですら尊い。と口にしながら逆効果のようだった。

義経はため息を吐くと、ポケットからスマホを取り出し、ある人物へと電話をかけ始めた。



「あ、もしもし。彦星兄様!今大丈夫………。」


通話越しからでも聞こえる男女の吐息と名前を愛おしそうに呼ぶ彦星の声と、それに応えるように喘ぐ女性の声を聞かせれている義経は怒りを抑えながら低い声で「その耳障りな喘ぎ声は織姫さんの声じゃないよね?真昼間から盛ってんじゃねぇぞ。猿以下の早漏クズ野郎が。この事、織姫さんにバラされたくなければ今すぐ俺の部屋に来い。もし来なかった場合は今この場にいる頼朝兄様に有る事無い事言いふらしちゃうから。それと今までの会話は全て録画してるから、バカな彦星でも意味わかるよね?それじゃあ可愛い甥っ子が待っているから逃げんじゃねぇよ。」と吐き捨てると、彦星の返事を待たずに通話を切った。


そして義経は頼朝の方を向くと「頼朝兄様、すみません。俺これから彦星兄様と会う約束があるんですよ。そして金輪際俺の目の前に現れないでください。」と満面の笑みで話した。


頼朝は義経のスマイルにトキメキながらも彦星という名前を聞いた瞬間に、いつもの無表情の顔にすぐ戻った。


「義経、お前のためを思って言うが、あんな下劣とはもう2度と関わるな。あんなクズみたいな奴は源家の恥だ。」


頼朝がそう言うと同時に襖がスパーンッと勢いよく開き、ズカズカと部屋に入って来るなり頼朝の目の前で睨むように「久しぶりだね、頼朝。僕もお前みたいな堅物童貞が甥だと思うと反吐が出るね!」と凄く嫌な表情を見せた。

その言葉に眉をピクリと動かすと、彦星を見下ろすように「嫁がいるというのに、昼間から他の女と盛ることしか脳がないやつには言われたくないな。」と言い返した。


彦星はニッと嫌な笑みを浮かべると「モテたことないからって僕に嫉妬しないでよ。それに義経だって男なんだから、頼朝よりは経験済みかもね!」と、ドヤり始めた。

そんな態度の彦星に呆れながら「そんな訳ないだろ、義経は接吻どころか女子おなごと手を繋いだことがないんだぞ。そうだろ義経。」と話しかける頼朝に義経は、過去に弥生との濃厚なキスを思い出したのか、頼朝から目を逸らしながら「……勿論、ある訳ないだろ。俺はどこぞの洋ドラの主人公キッズみたくキスしまくる相手がいる訳ないじゃないですかー。」と最後少し動揺しながら話す義経に、彦星はニヤニヤ笑いながら「おやおや?その反応は経験済みと捉えていいのかな。」と言う彦星に頼朝は眉毛をピクピクさせた。


「義経、どうなんだ?答えてみろ。」


迫り来る頼朝に後退りする義経は、スマホを2人から見えないように隠しながら、ある人物にヘルプを求めていた。

すると数分もしないうちに襖がスパーンッと勢いよく開くと、物凄い形相で部屋に入ってくる女性の姿があった。


彦星は顔を青ざめながら「お、織姫……何故ここへ?」と怯えた様子で尋ねると、織姫は彦星の胸ぐらを掴むなり「何故?……じゃないわよッ!!アンタらが義くんを寄って集って虐めるからでしょうが!!」と叫びながら頼朝の方を睨みつけた。

頼朝は怪訝そうに「相変わらず嘆かわしいな。ヒス女。」と少し小馬鹿にした。


そんな頼朝の態度に織姫は怒り狂うと思ったのか彦星が頼朝に「頼朝、今すぐ僕の妻に謝るんだ!殺されたくなければ……。」と話すが、頼朝は鼻で笑うと「そんな弱腰だから、ヒス女に尻を引かれるんだろ。男なら女より常に上でなければならない。それができない野郎は玉無しのクソ野郎だ。」と威張るように主張した。


(あー、頼朝は織姫の恐ろしさを知らないんだっけ。ここは彦星に……ダメだあのクソ野郎。フリーズしやがってる。仕方ないここは俺が何とかするか。本当はやりたくないけど。)



義経は織姫の前に出ると「織姫姉様!僕なら大丈夫ですよ!それに頼朝兄様も本心ではありませんし!そうでしょう?頼朝兄様!」と言いながら頼朝に察しろという視線を送ると頼朝は鼻で笑うように「無論、俺は本音でしか言えない男だ。本心以外ないだろ。女は男よりも下だ。この事に関しては事実以外ないだろ。」と言い切った。



義経は手に顔を当てると(この頼朝アホ言いやがった……しかもこれ全世界のフェミを敵にしたぞこの男。よーし、俺はもう止めたからな……それじゃあ、逃げるか。)と気付かれないように息を殺しながらその場から離れると、今まで黙って聞いていた織姫が、壁をドゴッと物凄い音を立てながら破壊すると、鬼の形相の顔つきで頼朝に「もういっぺん言ってみろ。女がなんだって?」と人の顔をしていなかった。


(待って、俺の部屋が破壊されたんだが……この部屋ってそんなに耐久性なかったっけ?)


義経が1人悲しんでいるのをよそに、頼朝は呆れた顔で「暴力で相手を威圧しようなんて、野蛮と同類だな。俺と正々堂々と戦いたければ、部屋ではなく外でなら受けるが。勿論、剣術でだ。」と言った。


(頼朝コイツ、自分の得意分野で勝とうとしている。正直、剣術に関しては俺よりも上だから、全く剣とは無縁の織姫には不利だぞ。そしてやる事がせこい!)



義経は彦星に耳打ちするように「なぁ、俺らだけでも逃げない?」と言うと彦星は首を大きく縦に振りながら「賛成、僕もこんな変な喧嘩に巻き込まれたくないしね。というより元はと言えば義経が元凶だからね。そこ忘れないでよ。」とニコニコ笑う彦星に腹パンを喰らわすと、静かに部屋を退室する2人。

そんな2人の目の前に兼房が現れた。



「か、兼房……なんでよりによってお前がここに来るんだよ……。」



義経が引き攣った顔で言うと、兼房は義経を見下ろしながら「私がここに来ては何かご不都合でもあるのですか?若様。」と訊かれると義経は目を逸らしながら、いや、別に。と返事をした。

兼房は、左様ですか。とだけ言うと、頼朝と織姫の2人の間に割って入っていく。



「失礼ながら頼朝様。今はこんなくだらない喧嘩をしている場合ではないのでは?確か、源義仲みなもとの よしなかについての行方が新たに情報を得たと聞きましたが、早急に奈良へ行かなくて、よろしいのですか?」



兼房がそう話すと、頼朝は渋い顔をしながら「致し方ない。今回の件はお預けとしとく。だが、次会う時は女だろうが容赦はしない。」と睨みつけると、去り際に義経の方を向き「義経、俺たちの大切な時間を愚民どもに邪魔されたが、次会う時は2人だけで、とごか出かけような。」と歯に噛みながら笑うと、義経は笑顔で「いいからさっさと消え失せろ。それと織姫姉様を傷つけたら、僕、頼朝兄様のこと嫌いになっちゃうから。」と返した。


そんな辛辣な態度でも頼朝は顔をニヤけながら嬉しそうに「義経の冷めた態度。なんて尊いんだッ!」と、義経限定のドMを発症させていた。

そんな頼朝の姿に彦星と織姫は冷めた目で、あ、これ関わっちゃいけないタイプだ。と思うのであった。


そして嵐が過ぎ去るように頼朝が去った後。

織姫は義経を優しく抱きしめると「義くん大丈夫だった?あの変態が次来たら私が絶対に義くんを守ってあげるね。できれば関わりたくないけど。」と最後引き気味に言うと、義経は織姫に甘えるように「そんなのダメだよ!もし織姫姉様に何かあったら、僕嫌だよ!」と涙目になりながら演技してみせた。

そんな義経の演技に騙された織姫は嬉しそうに「あー、もう!義くん可愛い!このままお持ち帰りしたくらい可愛いわ!」と義経の頬をスリスリし始めた。


「えへへ、織姫姉様にならお持ち帰りされても僕はいいよ。」


そんな義経の演技力に彦星は「ちょっと義経!織姫は僕の妻だぞ!」と少し妬くと、義経はニッと嫌な笑みを浮かべた。


「そういえば織姫姉様。彦星兄様に助っ人として電話をした時に、電話越しから女性のいやらしい声が聞こえたんだよ。なんか、そことかイクとか言ってたけど、どう言う意味なんだろうねー。彦星兄様も僕もイキそうって言ってたけど、これからどこに逝くんだろうねー。僕まだ子供だからよくわからないやー。」



義経が意味ありげに話すと、彦星は顔を青ざめながら「ははは……いやー、僕は織姫一筋だよ。不倫なんてする訳ないだろ……。」と涙目になりながら訴えると、織姫は満面の笑みで「私の可愛い甥が嘘をつくはずがないでしょ。彦星さん。その話、詳しく私たちの部屋で訊かせてくれないかしら?」と言いながら彦星の腕を引っ張ると、義経の部屋を退出するのであった。

そして彦星の去り際に義経は笑顔で手を振ると「ご愁傷様でーす。」と声援を送った。



2人が部屋を去ると、義経はどっと疲れが出たのか床に座り込むと「あー、マジでしんどかったー。兼房マジで助かった。最初っから兼房だけ呼べば最小限で済んだのに、裏目に出たー……まあ、面白いもん見れたからいいか。」とぐったりしていると、兼房が「若様、お疲れ様です。それと若様宛に文が届いております。」と言うと懐から可愛らしい手紙を渡された義経は、それを受け取ると「今時手紙とか珍しいな。えっと、誰からだ?……ッゲ!?」と言いながら宛先を見た義経は嫌な顔をしながら「弥生から……なんで急に送ってきたんだ?」と不思議に思いながら手紙の内容を見るとびっしりと赤い文字で弥生の想いが綴られていた。


「兼房、これ呪いの手紙か?これを読んだら3日以内に死ぬとかないよな?」


「若様、それは相手に失礼ではありませんか。」


義経は、うっと言いながら言い返せず結局びっしりと書かれた手紙の内容を全て読み始めた。


「好きとか愛してるとかはさて置き、ただ単に魔物討伐に行けなかったことや、沖田と大阪に行った事に関しての怒りが大半じゃねえか。そして返事を返さないと呪われるとか本当にやりかねそうにないな、あの女!

大体俺が手紙なんざ書かねえよ、めんどくさい。これが魔法学校に出てくる自分の声を録音して喋る手紙だったら別にいいよ。最後どうせ手紙自ら破り捨てるから俺の字も残らない最高のシステムだよな。兼房、この世界にもそう言うのあんの?」


義経がそう言うと兼房は「普通に通話をすれば事は済みますよ。」となんとも普通な返しをした。

義経は呆れた顔で「ファンタジー要素ぶち壊すな。そもそもこの異世界というかパラレルワールドって言ったほうがいいのか?いや、でも間宮稔は存在しない訳だし、やっぱ異世界でいいや。この世界ってミズハが作った世界なんだろ。何でこんなに文明が発達してるんだ?ほぼ俺らのいた世界と変わらないじゃん、ただ違うのは魔法と魔物と種族があるってだけだよな。」と疑問に思ったことを訊くと、兼房は「ミズハ様は若様たちのいた世界を至極気に入られておりました。ですから最初に転生させた者たちは、科学に強い者たちばかりでした。その甲斐もあって今に至るというだけの話ですよ。」と説明をした。


「なるほどな。でも元の世界と違うのは電力とかの源が魔晶石っていうのは凄えと思うぜ。それに車とかも石油を使わず魔晶石だろ。そのおかげで省エネの心配もなく、かつ自然に優しいとか凄いエコだよな。考えた奴、マジで凄えは。って俺、凄えしか言ってねえな。」


「それよりも若様、文の返事はなさらなくてよろしいのですか?」


「あぁ、いいのいいの。こんな手紙破いて捨てとけばいいんだよ。」


義経は手紙を粉々に破り捨て、弥生への返事は返さなかったのであった。

その夜、義経は謎の高熱により3日魘され続けたそうな。



「ゔッ……弥生、もう許して……ゔぅ…苦しい……。」


メールの返信や手紙の返事はちゃんと返しましょう。


「もうゆるじてッ!」

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