3
守衛の傀儡人は、ふらふらと頼りない足取りで、工場の通路を歩いていく。床はぴかぴかに磨き上げられ、塵一つ落ちていない清潔さであった。
世之介は番長星に来て以降、こんな清潔な環境は初めてだと感心していた。なにしろ今まで目にした番長星の建物といえば、あちこち乱雑なゴミが堆積し、壁は落書きで埋まっているのが普通であった。
隣を歩く茜は、緊張しているようだ。目をきょときょとと落ち着きなく彷徨わせ、一歩一歩どこかに落とし穴があるかのように、慎重に歩を進めている。
「なんでえ、茜。怖いのか?」
世之介は、わざと大声を上げて声を掛ける。茜はびくっと飛び上がった。
「な、なによう……。脅かさないでよ。こ、怖くなんかないもんね!」
無理矢理どうにか引き攣った笑顔を作るが、唇は強張り、強がっていることは一目瞭然だ。
前方を歩く光右衛門の背中を見詰め、世之介は首を捻った。
「あの爺さん、いったい何を気にしているんだろうな?」
茜は、しげしげと世之介を見上げる。世之介は茜の視線を感じて「何だよ?」と問い掛ける。
茜は、ふっと視線を逸らし、首を振った。
「あんたって、本当に変わったわね。口調も変わったし、性格も別人だわ。最初に会ったときの、あんたとは思えない」
茜に向かい、世之介はぐいっと眉を持ち上げて見せた。
「俺が? 変わった? 俺はちっとも、変わったなんて思っちゃいないが」
茜は大きく頷いた。
「それよ! 自分の変化に全然、気付いていないんだわ! やっぱり〝伝説のガクラン〟のせいだわ……」
「ふむ」と生返事して、世之介は自分の着ている学生服を見下ろした。燃えるような真っ赤な生地は手触りも良く、着ているだけで自信が盛り上がる気分がする。
確かに、自分は変わったようである。
世之介はガクランを身につける以前の自分の気持ちを、思い出そうとしていた。しかしガクランを身につける以前の記憶は模糊として、まるで自分とは思えない。懸命に思い出そうとするが、逆に非常な不安を伴い、苦痛すら感じる。
世之介は、ぶるっと頭を振った。
いいじゃないか! 俺は、俺だ! 別人になったとしても、良い方向に変わったのだから、これでいいんだ……。
前を歩く守衛傀儡人が立ち止まった。
「こちらです」
通路の行き止まりに、一枚の扉があった。全員が立ち止まると、傀儡人は扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
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