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 父親の七十六代目は、大いに喜んだ。

「初代様は〝女護が島〟とやらへ女道修行の旅に出たそうな。尼孫星が別名〝女護が星〟と言われていることは、あたしも知っているよ。ああ、ご先祖と同じ旅に、お前が出てくれることになって、嬉しいよ!」

 河馬のような丸顔に満面の笑みを浮かべ、ニコニコしている。脇に控えていた省吾の肩を、思い切りどんと叩いた。

「省吾! さすが、大番頭のお前だ。あたしは、つくづく感心したよ! それで、どう手筈をするつもりなんだえ?」

 省吾は微かに頷き、説明を始めた。

「へい。尼孫星には定期便がなく、年に何度か近くを立ち寄る船に冷凍精子を積み込み、尼孫星の衛星軌道で向こうの連絡船シャトルに受け取らせる規約になっております。とはいえ、特別の学術調査の例外が御座いまして、それには尼孫星への立ち入り調査隊が入星することになっております。坊っちゃんは、その調査隊の特別隊員という名目で加わる手筈になっております」

「成る程、成る程」と父親は納得している。

 省吾はイッパチを振り返った。

「坊っちゃんのお供には、このイッパチをと、考えております。イッパチは杏萄絽偉童で御座いますから、忠実そのもので御座います。何か危険があっても、イッパチなら上手く処理してくれるのではないか、と期待しておりますが……」

 省吾の指名に、イッパチは目を丸くした。

 が、すぐ首を縦にする。

「よござんす! このイッパチ、一命を持ちまして、若旦那のために働く覚悟で御座いますぞ! 若旦那!」

 世之介に向かい合い、どんと自分の胸を叩いた。

「何があろうと、このイッパチを頼りにしておくんなせえ! さあ、若旦那! 若旦那の女道修行の門出だ。ここは目出度く、一本締めで……」

「およしよ」と世之介は首を振った。

「そんなに浮かれていちゃ、また省吾に叱られるよ」

 イッパチは恐る恐る省吾を見上げる。省吾は苦く笑っている。

「良いでしょう。若旦那の門出に、一本締めでも何でも致しましょう!」

 イッパチは愁眉を開いた。

 さっと両手を伸ばし、叫ぶ。

「それでは、若旦那の門出を祝して、一本締めを執り行います!」

 父親と省吾は、笑いながら構えた。

 イッパチは気合を入れる。

「よーい……お手を拝借!」

 しゃんっ、と一同の一本締め。

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