花嫁戦記3

3-1

 到着した日の夕方近くになってアビザルの輜重隊は活動を始めた。


 それは周辺の監視所や戦略上の拠点へ、荷駄に荷物を積み替えての物資輸送だった。大きな馬車での通行は不向きな場所へ、荷物を馬等の運搬動物や搬送しやすい荷車に積み替え送り届けるのだ。

 前線への拠点全てに大型の荷車が通れる道が整備されている訳では無い。侵攻の為には必要だが、砦が攻め落とされればその道を使って進軍が早まる。守りの硬い砦はそういった通行しやすい地形の側か、それを塞ぐように造られる。だが徒歩や騎乗用の動物なら、自然の要害でもなければ山や森を抜ける事は可能だ。また今現在は何もなくても、誰かがそうしたモノを敷設する可能性は常にある。要所の砦でなくとも数日から数週間に1回程度は「変わりが無い」事を確認するため、監視所や見晴らしの良い場所に拠点を置き、監視と即応のために兵力を常駐させる必要がある。監視所であれば交代要員が物資と共に移動するだけで良いが、規模の大きな常駐拠点は輜重隊が荷駄で荷を運ぶのだ。

 荷物の仕分け、積み込みはすでにコーボルト奴隷によって朝から行われていた。


 砦は昼夜機能を果たす。だが兵士は眠らなくてはならない、その問題点を砦指揮官ベールデナは特異な用兵で解決していた。


 それは大規模なコーボルト奴隷の前線登用だった。


 通常の指揮官から見れば、いくら簡単に数を登用出来るとしても、コーボルト奴隷は薄い紙程度の役割しか果たせない存在だ。たいがいは平均的に使える雑鬼コブリンが兵力として好まれる。後方兵站任務や連絡要員以外でのコーボルト奴隷の戦での存在価値は低い。

 だが月獣ベールデナは違った。コーボルト奴隷の特性を理解した上での前線の地形を考慮した、防衛での効果的な用兵を行っていたのだ。


 コーボルトは夜目が効ない、従って夜間の任務に適さない。月獣ゲットは彼等を夜の任務に着けるのを止め、昼の任務を全てコーボルト奴隷で行い雑鬼、鋭鬼達は休ませた。この方式は物資の搬入などを除いて夜の前線に於いて、照明として灯りを付ける必要性を無くした。

 そして昼間は彼等の長所である「数」を活用し、見張りと警戒任務に注力させたのだ。仮に人の大規模軍勢が押し寄せても、その時点で足止めは行わず一斉に分散し退却する事を指示、誰か一人でも砦に知らせを届ければ充分なのだ。あくまで主力は雑鬼、鋭鬼達で迎え撃つ、砦指揮官ベールデナは初めから不向きな事を彼等奴隷に期待しなかった。


 森林を主体とするこの前線は、ヘムが警戒の隙間を縫って密かに部隊を送り込み奇襲をかける、そうした危険の方が高かった。その点に於いて昼間に数を登用出来き、任務に勤勉なコーボルト奴隷は非常に便利だった。夜は亜人が本領を発揮できる、人は暗闇の行動に向かない。油断は禁物だが状況はこちらに有利なのだ。

 また手先の器用な彼等に単純な罠を広範囲で設置させ、見まわると言った。これまで人的問題で中々出来なかった工夫も実施した。


 だがこれは砦指揮官ベールデナ、いや領主ドゥーム・ダッハの計略の一つに過ぎなかった。


 輜重隊長アビザル馬鹿共コブリンを引き連れ、荷の積み込みや馬の具合を確認すると、砦を出発した。

 馬に乗って先頭を行くアビザル鋭鬼は、砦からいくらも離れないうちに振り返った。物見櫓で隊を見送る人物を見る為だ。そこには部隊に護衛として同行するはずだった「竜の血筋」の女がこちらを見送っていた。


 今朝方、休む前に砦指揮官ベールデナがアリア達の郎党クランを借りたいと直接やって来た。輜重隊の護衛には代わりとして砦のから兵士を付けるという交換条件がそこには含まれており、任務に支障をきたす事もないことから鋭鬼アビザルに拒否する理由は無かった。


 鋭鬼アビザルは櫓の上で手を振る「竜の血筋」の女を見て鼻を鳴らす。

 出会ってからあの、、、あの「奥様」とか言う女には、振り回されている気がする。


 「、、、、」


 耳を疑うような申し出からひと悶着した後に、月獣ゲットの居室へ彼女達が招かれた事から、何等かの依頼を砦指揮官ベールデナから受けた事は想像に難くない。

 内容を想像してみたが、鋭鬼オークは無駄に考えるのを止めて口元をニヤリとさせ、正面に向き直った。

 帰りに聞けばいいだけの話だ。そしてなぜあんな真似をしたのか、その真意を確かめるのもちょうど良いだろう。どんな素振りで何を話すか?あまり複雑に物事を考える事に向かないのは、鋭鬼アビザル自身が解っていた。だが相手の素振りから真実か謀かそう言ったモノを見抜く自身は彼にはあった。


 無事に再会できればの話だが、、、


 身内に漏れては不味い中身、恐らくそんな内容だ。その事は様々な意味で憶測を刺激したが、鋭鬼オークは頭の中からその考えを締めだし目的地へ向かった。

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