第37話 レオンの苛立ち

◆レオン◆


俺は今、ダンジョンに潜っている。

だが探索は順調とはいえなかった。


「くっ、この野郎がぁ!」


さっきから何度も魔物の群れと遭遇しては戦っていたからだ。

しかも遭遇する場所が悪いせいで、逃げる事もできやしねぇ。


「おいアマリ! お前いい加減な索敵してんじゃねぇぞ!」 


「す、すいませんっ! でもこの魔物達、私が探知した後を狙ったかのようにやってくるんですよ」


「言い訳してんじゃねぇ! 役に立たねぇようならここで囮にして捨ててくぞっ!」


「そ、それだけはご勘弁を!」


 まったく役に立たねぇヤツだ。

 何のために盾役のセイルの代わりに入れてやったと思ってるんだ。

 敵を察知できないスカウトなんざ役立たず以外のなんでもねぇだろ!


「レオン! いい加減にしなさいよ! アマリを攻めてもしょうがないでしょ!」


 ちっ、うるせぇなリシーナの奴。


「戦いの役に立たねぇ奴は黙ってろ! 回復しか能がねぇくせによ!」


「な、なあんですってぇ! 私だって魔物を抑えてアンタが攻撃しやすいようにサポートしてるでしょ!」


「僧侶の攻撃力なんてたかが知れてるだろ! お前の攻撃なんざせいぜい囮にしかならねぇんだからよ!」


「い、言ったわねぇこの馬鹿レオン!」


「テメェ! A級冒険者の俺に馬鹿とはなんだ!」


「お、お二人共喧嘩は後にしてくださいぃ~」


 ◆


「はぁはぁ、やっと倒せた……」


「い、生きてます私達……」


 くそ、この程度の階層の魔物に苦戦するなんざダセェにもほどがある。


「それもこれもカルファの奴が勝手にいなくなったせいだ!」


「突然やるべきことが出来たと言ってパーティを抜けちゃいましたもんねぇ」


 全くだ! カルファの野郎、急にいなくなりやがって! 勝手に辞めたら周りが迷惑するのが分からねぇのか!


「どっちにしろこれ以上はもう無理ね。私の魔力も残り少ないし、ポーションの在庫もほとんどないわ」


「装備もだいぶダメージを受けてますしねぇ。一度町に戻って修理してもらった方が良いですよ」


「戻るだと!? まだ6階だぞ!? 中堅パーティでももっと深く潜るだろ!」


 コイツ等何ヌルい事言ってんだ!?


「そんなこと言っても、どうしようもないでしょ」


「そうですよ。魔法使いなしじゃこれ以上は無理ですよ!」


「これ以上行くっていうのなら、アンタだけで潜りなさい。私達は帰らせてもらうから!」


「くっ……!」


 コイツ等、たいして役に立たねぇくせに調子に乗りやがって!


「わぁったよ! 戻るぞ!」


 俺はリーダーとしてメンバーに帰還を命じる。


「とはいえ、また帰りも魔物がわんさか出てきたらどうしましょう」


「まったくだわ。今まではこんなに魔物が出てくる事は無かったのに」


「そういえば、以前この領地で魔物が大暴れした原因って、前の領主様が領内の魔物を放置しすぎた所為だそうですよ。それをこの町の町長が退治した事で町長さんは準貴族としてこの町周辺を管理する権利を頂いたんだそうです」


「へぇ、そうなんだ」


「もしかしたら、その時に暴れた魔物の一部がこのダンジョンに逃げ込んだのかも。そして落ち着いた魔物が地上に戻る為に上がって来たのかもしれませんよ」


「そう危ないじゃない! 地上に戻ったらギルドに報告しないと!」


「その為には生きて地上に戻らないとですねぇ」


「そうよねぇ」


 下らねぇ事を話しながらリシーナとアマリがため息を吐く。


「馬鹿な事で心配してんじゃねぇよ。俺達にはアレがあるじゃねぇか」


「アレ?」


「おう、あのなんか変な生き物だよ」


「……あっ、果実兵ですか!」


「果実……ああアレ!」


 そう、このダンジョンでだけ使えるサービスとか言う奴だ。

 町を歩き回ってるそいつ等は、ダンジョンの中も歩き回ってて、金か素材と引き換えに地上まで護衛してくれるって話だ。

 まぁ俺はA級冒険者だからそんなモン今まで使った事もなかったけどな。


「背に腹は代えられねぇ。要らねぇ素材を押し付けて地上に戻る手伝いをさせるぞ」


「そうね、そうとなったら果実兵を探さないと!」


「はいっ!」


 ◆


「くそっ! 大損じゃねーか!


 あの後、何度も魔物の群れと遭遇した俺達は、魔力もポーションもすっからかんになり、危うい所であの生き物に救われた。

 だがポーションと帰還の代金でその日の稼ぎのほとんどを取られただけでなく、その後の帰りは一匹の魔物にすら遭遇しなかったんだ。


「おい! 魔物と遭遇しなかったんだから素材返せよ!」


「!!」


しかしそいつは何の役にも立たなかったにも関わらず、代金を返す事はしなかった。

ただ『規則』と書かれた板をつかざすばかりで、しまいには仲間を呼んで武器を突きつけてきやがった。


「ちっ、ついてねぇ」


 仕方ないので残った僅かな素材の買取を頼みにギルドに向かう。


 ◆


「おい、暴言野郎だぜ」


「アイツまだこの町に居たのか」


「あんだけ町長を馬鹿にしたくせに」


 ギルドに入ると、ヒソヒソを声が聞こえてくる。


「ああっ!? 何か用かテメェ等!」


「「「……」」」


 だが俺が睨むと途端に静かになる。

 ちっ、クズ共が。


「おい、買取だ!」


 俺は素材を査定テーブルに置くと買取を頼む。


「ぷっ、A級パーティがあれっぽっちかよ」


「しかもアレ、上層の魔物の素材じゃん。C級でももっとましな素材を持ち帰ってくるぜ」


「っ!!」


 振り返って睨むと、ピタリと声が止む。

 クズ共が!


「おい、俺が頼んだメンバ―募集はどうなってる」


「えっ、あ、はい。B級以上の魔法使い募集の件ですね。それでしたら……」


 カルファがパーティから抜けたあと、俺は新しいメンバー募集をギルドに依頼した。

 通常パーティメンバーの募集は冒険者が自分で行うもんだが、ギルドに委託する事も出来る。

 特に俺のようなA級冒険者だとアマリの様な実力の足りないやつが群がってくるもんだ。

 だからギルドに実力のある冒険者をふるいにかけてもらうのが上級冒険者のメンバー募集の基本だ。

 あとは見込みのある奴を見習いとして育てる事もあるが、そんな面倒な事に俺の貴重な時間を使う気はねぇ。


 だがメンバーに関してはもうちょっと考えた方が良いな。。

 俺は仲間達をちらりと横目で見ながら考える。

 リシーナは所詮俺のおまけでA級入りしただけに過ぎねぇし、アマリに至っては俺がA級だからとすり寄って来ただけだ。

 コイツ等がたいして役に立たないのは今日の探索ではっきりした。

ここらでメンバー全員を俺に相応しい実力者にするべきだろう。


「ええと……レオンさんの募集はっと」


 職員ののそのそとした動きに苛立ちながら待っていると、ようやく書類を見つけたらしく一枚の紙を取り出す。


「ありませんね。0人です」


「はぁっ!?」


 0人だと!? ありえねぇ!」


「おいおい、冗談だろ!? 俺はA級冒険者だぞ!」


「そういわれましても、事実ですので」


 ありえねぇ! 誰も居ないだと!?


「俺と同じA級とは言わねぇまでもB級ならいるだろ!?」


 普通に考えればダンジョンのある町にB級冒険者が居ない筈がねぇ。

 パーティに所属する冒険者でもA級が募集してるとなれば、すぐに仲間を捨てて募集してくるはずだ。

 にもかかわらず一人もいないだと!?


「ちっ、B級程度ですら一人も居ねぇなんて程度が低すぎだろこのギルド!」


「ちょっ、レオン! なんて事言うのよ!」


「さ、さすがにそれは不味いですよレオンさん」


 リシーナ達が俺に謝れと言ってくるが、事実を事実と言って何が悪いってんだ。


「本当の事だろ。デカい町ならB級の魔法使いくらいいくらでもいんだろうが」


「はっ、お前なんかと組みたがるヤツが居るかよ暴言野郎」


 と、俺達の口論にまた誰かが口をはさんできやがった。


「おい、言いたい事があるならこっちに来て言いやがれ!」


「「「……」」」


「ちっ、クズ共が」


 顔を見せる勇気もねぇとはよ。所詮セイルの野郎にしっぽを振るような腰抜け冒険者共かよ。


「……もうウンザリだわ」


「あ? なんだって?」


 リシーナがボソリと何かを言ったらしく、俺は聞き直す。


「もうウンザリって言ったのよ! アンタとはもうやってられないわ!」


「やってられなかったらなんだってんだよ。パーティを抜けるつもりか?」


「その通りよ! もうアンタのお守はウンザリ! 行く先々で喧嘩を売って誰が謝る羽目になってると思うのよ!」


「ああ? 知るかよ。そんなのお前が勝手にやってる事だろ」


「だったらこっちも勝手にやらせてもらうわよ! 行くわよアマリ! これ以上コイツと一緒に居たら私達まで同じクズだと思われるわよ!」


「ああっ!? 誰がクズだとテメェ!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよリシーナさーん!」


 急に怒り出したリシーナはドカドカを足を慣らしながらギルドから出ていく。

そしてその後ろを慌ててアマリがついて行った。


「ははっ、遂に仲間にも見捨てられたぜアイツ」


「うるせぇ! 文句あるなら出てこいつってんだろ! 相手になるぞオラァ!」


 俺は剣を抜くと声のした方向に向かって突きつける。


「ちょっ!? ギルド内での暴力沙汰は困りますよ! たとえA級冒険者だとしても、ギルドのルールを守らないなら降格、最悪追放ですよ!」


「くっ!」


 さすがに追放は不味い。

 俺は仕方なく剣を治めると、職員に言う。


「メンバー募集の追加だ。僧侶とスカウトも探せ! B級以上でだ!」


 ◆


 ギルドを出た俺は、装備の修理と消耗品の補充の為に店に向かった。


 だがそこで俺は予想外の対応を受ける事になる。


「悪いけど武具の手入れは予約が詰まっていてね。一か月後で良いなら受けるよ」


「遅ぇよ! 俺の仕事を先にしてくれ!」


「そりゃあ無理だ。順番は守らないとな」


「俺はA級冒険者だぞ! 俺の武器を整備すれば店の宣伝にもなる!」


 実際、A級冒険者に懇意にされている店は人気が出る。

 田舎の町ならC級程度でも一流店扱いだ。


「駄目だ。職人は信用が命。いい加減な仕事は出来んよ。それにアンタの武器、とてもじゃないが職人に敬意を払っているとは思えないね。正直アンタにこの武器は荷が勝ちすぎてないかい? もっと自分に合った武器を選ぶことをお勧めするよ」


 この武器は王都で買った一流店の武器だぞ!

 貴族御用達の店で、平民はA級冒険者でなけりゃ入る事の出来ない最高級品を扱っているんだぞ!

 それを扱わせてやろうとしたってのに、なんて言い草だ!

スマンがコレは予約分でな」


「っ!! 二度とこねぇよ!」


 俺は気を取り直して消耗品の補充に向かう。

 だがそこでもありえない対応を受ける事になった。


「材料が足りなくてなぁ。ポーションも毒消しも5割増しになるよ」


「五割増しだぁ!? ボリ過ぎだろう!?」


 余りの暴利に怒鳴るが、店主は柳に風と言った風情でこう言いやがった。


「この町は冒険者がひっきりなしでやってくるからねぇ。仕入れても仕入れても足りないんだよ。ああそうだ。アンタ薬草採取しないかい? 直接ウチに仕入れてくれるなら、定価で作ってあげるよ」


「薬草採取なんざ新人の仕事じゃねぇか!」


 くそっ、ポーションすらまともに仕入れることが出来ないとか、商売下手にもほどがあるだろ!


 あまりにも上手くいかない事に苛ついた俺は、飯を食いに店に入る。

 だがそこですら俺は水をかけられることとなった。


「あーごめんなさいねぇ。これから団体の客が来るから別の店に行ってちょうだい」


「すまんねぇ。もう食材がきれちまったんだ。今注文を受けた分の料理はもう出せねぇよ」


 どこもかしこも狙ったように入店を拒否しやがる。

 仕方ねぇから宿に戻る事にする。大した料理じゃねぇが、一応あそこでも飯は食えるからな。

 そう思って宿に戻った俺だったが、そこで待っていた女将はこう言った。


「悪いけど、宿を出て行ってもらえるかい?」


「はぁっ 何でだよ!?」


 突然の横暴な発言に文句を言うと、女将がこれ見よがしにため息を吐く。


「アンタの部屋から下品な男の笑い声や怒鳴り声が響いて煩いって苦情があってねぇ」


「あの程度冒険者なら普通だろ!」


 つーかだれが下品な男だ!


「複数の部屋から苦情があったのさ。それにウチはそれなりに金払いの良い客を相手する宿なんだよ。アンタと他の客全部じゃどっちを優先するかは考えるまでもないだろ?」


「俺の仲間も泊ってるだろうが!」


 まぁリシーナ達はパーティから抜けちまったが、そんな事女将は知らないだろうからな。


「ああ、アンタの元お仲間は出ていったよ。アンタにはついて行けないだってさ」


「何だと!?」


 まさかリシーナ達がそこまで早く動いているとは思わず、俺は面喰ってしまう。

 アイツ等本当に俺から離れるつもりか!? 俺はA級冒険者だぞ!?


「さあさあ、さっさと荷物を纏めて出て言ってくんな。グズグズするなら果実兵さん達を呼んで無理やり追い出して貰うよ!」


 そう言うと女将はドアを開けてあの生き物に声をかけようとする。


「くっ! A級冒険者を追い出した事、後悔するぞ!」


 こうして、俺は店に入れないどころか、宿からも追い出されてしまったのだった。

 くそっ、一体何が起きてるんだ!?

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