第8話 言葉の真実と失敗

 世界樹の葉の汁を飲み目覚めたエルフの少女を、その少女の両親が心配そうに抱いて見守っていた。

 同じく、GPの力を彼女に使った俺自身も心配だったので見守っていた。


 エルフの少女は、暫くぼんやりと中空を見つめてから、介抱するように抱いていた両親に目を向け


「お、おか…あ…さん、おと…う…さん」


 と呟いた。


 今、お母さんとお父さんと言ったか?


 拙い発音だが、おそらく目覚めて最初に目に入った両親を言葉にしたのだろう。


 彼女から求められた、言葉を喋りたいという祈りは叶える事が出来たか?


 ステータスも健康となっているが本当に大丈夫なのか不安なので、ちゃんと喋れる様になってるかのテストついでに聞いてみるか。


「エルフの少女よ、目が覚めたようだな。

 体に変調はないか?

 それと、言葉を話せるようになったか?

 どうだ?」


 俺がそう尋ねてみると、少女ははっとこちらを見て


「は……はい。

 頭が……少し、重……い? 鈍い? 感じ、です。

 言葉も、喋れる、みたい……です」


 と、エルフの少女はつっかえながら、ゆっくりと答えた。


 流石に、すぐさま流暢に喋るのは無理か。


 それに、頭が重い感じがするか……

 強制的に言葉の知識を記憶させたからか?


 あの意識を失って倒れたのも、膨大な知識や認識を一気に覚えさせた所為かもしれないな。


 だが、しっかりと言葉で受け答え出来ているのが聞けて、俺は嬉しかった。


「そうか、それならば良い。

 少しすれば頭が重く感じるのは治るだろう」


 たぶんその内治るだろ程度の考えだったが、少女を安心させる為にそう言うと。


「そう……なの…ですか。

 分かり…ました」


 そう言い、彼女は両親の手を借りて立ち上がり


「あり…がとう…」


 と、エルフの少女は、頭を下げながらお礼を言ったのだった。


 うんうん、ちゃんとお辞儀してお礼も言えるなんて良い娘じゃないか――ん?


 あれ?


 頭を下げてお辞儀をしただと?


「今、お前はお辞儀をしたな?

 何故、お辞儀をした?」


 彼女は今、知りもしないはずの、日本などで多用される作法のお辞儀をした。


 相手に感謝や謝罪などを表すためにする仕草、挨拶する時に使うものだが。

 ともかく、それをこのエルフの少女は行ったのだ。


 それを疑問に思い問うたのだが、その彼女は困惑した表情で固まってしまった。


「どうした?

 分からないか?」


「わかり……ません。

 なんとなく……体…が、動いた」


 ふむ、これはもしかして……いや、少し経過観察が必要だな。


「そうか、今は頭が混乱しているのだろう。

 まだ言葉の知識を手に入れて間もないのだしな。

 今日は安静にしていなさい」


 そう告げると彼女は「はい」答えたのだった。



 それから暫らく、エルフの少女と彼女の両親達を観察する事にした。


 年端も行かない少女をずっと監視してると、なんかストーカーになった気分だが、気になる事があるのだから仕方ない。


 見ていると、言葉の知識を与えたエルフの少女は、やはり周りの者達から少し浮いていた。


 皆の食事風景は、普通なら野性味あふれる感じで行われる。

 柑橘類の皮をそのまま剥かずに食し、リンゴなども芯も残さずに食べたりする。


 だが、件のエルフの少女だけは、皮が剥き易い果物の皮は剥き、食べにくい部位が有る場合は残していた。


 他にも行動の端々が他の者とは違う雰囲気が有る。

 そして情緒面でも変化が現れたのか、両親や兄弟だと思われる者の近く以外では、他の異性を避けている様だ。


 うーん……


 言葉を喋れる様になる前から見ていたわけではないので確信は持てないが、これは言葉の知識以外に、一般常識的な知識も習得してしまっているのかもしれない。


 この事は彼女にとって良い事なのか、それとも悪い事なのか……


 彼女の身に、今後何か問題が起きたり、皆から排斥される様な事が有ったら、俺が助けるか保護するかを考えておかなければ。


 さすがに少女自身の望んだ事だから自業自得だろとは言えない。


 知識を与えたのは俺であるし、与え方を間違ったのかもしれない。


 それに、彼女が言葉を知り、話してみたいと願った原因も、おそらく不用意に彼らに接触した俺のせいなのだ。


 色々と、自分の今までの軽率な行動を反省していると。


「大樹…様、贈り物?…捧げ物、です。」


 いつの間にかエルフの少女が此方にやって来ていて、手に持っていた白い石を頭上に掲げながら声を掛けられ、少しびっくりした。


「う、うむ。

 ありがたく受け取ろう」


 そう答え、彼女の掲げていた石を念じて受け取る。


 ついでに、何か他に起きてないか聞いておくか。


「エルフの少女よ。

 1日経ってみて、体調などに変化はあったか?」


「えっと……頭が…重く感じていた…のは治り…ました。

 けど……」


「ふむ?けど、どうしたのだ?」


「はい、声…じゃなくて、言葉を言うと、体から力?が、抜ける感じが…します」


 言葉を話すと体から力が抜ける?


 どういう事だ?

 慣れない事をしているから、疲れるのか?


 今も言葉を話したから、疲れを感じてるか体力が減ってるかもしれない。

 ステータスを確認してみるか。


 名前:   性別:女 年齢:14 種族:エルフ

 SID:178 Lv:15 状態:健康 

 HP:69 SP:24 MP:68/85

 STR:11 DEF:12 VIT:13 DEX:17

 AGI:16 INT:57 MND:28 LUK:18

 技能:神語10


 んん? HPじゃなくてMPが減ってる?


 状態は健康となっているので大丈夫だと思うのが……


 前に見た時は彼女が突然倒れてしまったので、焦りで注意深く見ていなかったが、技能の神語が上がっているか?

 それに、Lvも10くらい増えてる?


 うーん、Lvとステータスの上昇は悪い事では無いと思うしほっとこう。


 問題は何故MPが減るのかだ。


 解決法は直ぐには思いつかないが、対処法なら何とかなる……はずだ。


 彼女が倒れた時に、彼女の両親が飲ませてた世界樹の葉の汁。

 あの葉を食べさせるかすればMPも回復すると思う。


 両親が飲ませてたのだし、彼女も知ってのかもしれんが、一応は伝えておくか。


「その抜けた様に感じる力は、この私の葉を摂取すれば回復するはずだ。

 試してみなさい」


 そう告げるとエルフの少女は「はい」と答え、近くに落ちていた大きな葉を拾って一口食べた。


 彼女のステータスを頭の中に開きながら見ていると、彼女が葉を咀嚼してごくんと飲み込んだとたん、MPが回復していくのが分かった。

 これでMP、たぶん魔力か何かの力だと思うが、それを回復するための方法は確保できたな。


 さて、次に解決すべきは、言葉を話すとMPが減るという現象だ。


 俺自身は喋っても力が抜ける様な感じはしないんだが……


 というか、今の俺のステータスってどうなってるんだ?

 有るのか?


 と思ったら頭の中にステータスが浮かんでくる感じがした。


 名前:世界樹 年齢:1452 種:世界樹

 Lv:1452

 HP:2909 SP:2 MP:5810

 STR:1 DEF:2905 VIT:1 DEX:1

 AGI:1 INT:2905 MND:2905

 状態:神体(+憑依) 技能:環境改変(+神技)


 ……え?

 なにこのステータス……


 これが今、俺の体になってる世界樹のステータスなの?


 アンバランスというか極端と言うか……

 1年で1Lv上がっているのだろうか?

 てか樹齢じゃないんだ。まぁどうでもいいか。


 それにMPが5810て、これは使ってても減る感覚がしないわけだ。


 一応、自分でも喋ってMPが減るのかだけでも確認しておくか。


「どうだ?減った力は回復したか?」


 ついでにエルフの少女の感じてる感覚を確認すると、彼女は両手で持った世界樹の葉をシャクシャク食べながらうなずいた。


 なんかリスみたいで可愛いなこいつ……


 おっとそうじゃない、自分自身の確認が優先だ。

 慌てて確認すると、MPが5減って5805になっていた。


 やはり、今まで話していた時も減っていたのか。

 と考えていたら、すぐさま満タンまで回復した。


 LvやMPに関係するステータスが高いせいか、この程度の消費じゃすぐに回復してしまうのか。

 なるほどね。


 この言葉を喋ると魔力が消費するという現象は何なんだ?


 考えられるのは、言葉を発するのに魔力を使ってるという事なのだが、それは体が世界樹になっていて発声器官の無い俺なら理解できる。

 魔力の様な不思議パワーを使って今まで喋っていたのだろう。


 だが、普通に声を出せるエルフの少女まで同じように減るのはおかしい。


 いや――そもそも、この言葉自体が今までおかしかったのだ。


 今まで、何故か俺の喋る言語が皆に通じていた。

 言葉を持たず知りもしなかった彼らにだ。


 降臨した直後は混乱もあり、そんな所まで気が回っていなかったが、今は落ち着いた事もあり、多少は皆の事を観察できた。

 その結果、全員、言語らしき物では意思疎通をしていない事が分かっている。


 ファンタジー世界に迷い込むと、使ってる言語が違い言葉が通じないはずなのに、何故か通じるというお約束なのかな?などとあいまいに考えていたが、その前提が違うんじゃないか?


 GPを使って、このエルフの少女に言語の知識を与えた時に、ステータスの載っていた神語という技能の数値が1から10に増えた。


 この神語という技能は、皆が何故かランク1だけ習得している技能だ。

 だが、俺が地上に降臨するまで、ウア達はそんな技能は持っていなかった気がする。

 となると、この技能を皆が習得したのは、俺が言葉で話しかけたからか?


 この神語って技能は、一体何なんだ?――と疑問を頭の中で浮かべたら、答えも頭の中に浮かんできた。


『神語:魔力を使用し、発した言葉と共に、その言葉に付随する情報と感情を、解読と理解させる能力とを統合して相手に伝える技能』


 ヘルプ機能みたいな物が、いきなり頭の中で働いてびっくりした。


 しかし、なるほど。


 皆が神語を習得した原因は、解読と理解させる能力という部分のせいっぽいな。


 俺が言葉を発するのに必要な器官を持つ体を持っていなかったせいか、無意識か自動で神語を使用し話をして、その神語を皆は聞いて習得はしたが、ランク1程度だと聞き取る程度までの事しか出来ないのだろう。


 だがエルフの少女にはGPを使い、ランク10まで上げてしまった。


 そして、その神語を使って話す為に、魔力の消費が起きているという訳か……


 この問題の解決法は、彼女に神語ではなく、普通に発声のみで話せる方法を使える様になってもらうしかないか。


 しかしGPがまだ1しかない……


 仕方ない、地道に教える事にしよう……


 やはりGPを人に対して行使するのは、正確かつ慎重に行わなければならないみたいだな。


 安易に使うとこうなるという失敗として胸に刻んでおこう。

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