第6話 観察と本能

 果物の詰め合わせセットの様な、様々な果物の供物を皆から受け取り、GPの残り少ない残高問題も希望が見えた。


 一応、皆に供物の礼と安全宣言を出しておくか。


「皆が集めて来てくれた供物、たしかに受け取った。

ありがとう。

それと当面の危機は去った。

皆はいつもの生活に戻って大丈夫だ。

だが、私の張った結界の外は未だに危険なので、遠くに行かない様にしなさい」


 安全になった事とお外は危険だよと伝えると、わかったとの意思表示か、それぞれ頷いてから周辺に散って行った。



 さて、緊急事態も一応は解決したし、少し他の事も考えよう。


 残ってる問題は、彼等との意思疎通の方法の確立と……

 今後、また天変地異などが起きても対処できるように、あの草原のパソコンで出来る事と、GPで出来る事の把握だ。


 あの透明な壁みたいな『聖域』だったか?

 あれも何時まで持つのかも分からないしな。


 この不思議パワーなGP。


 たしかGod Pointだったはずだが、色々な事象の変更や物体の生成に使う事が出来ると書かれていたよな?


 用途が広すぎるのと、制限がないのが逆に困りものだ。

 いや、所持量という制限があるか。


 たしかに、この力が有れば神にも悪魔にもなれる気がするが、どんな事に、どの程度の量のGPが必要なのか、それに保持量の上限も分からない。


 皆から供物を受け取った時に感じたのは、何か心の力みたいな物を受け取っているという感覚だった。

 今も、かなり少量ではあるが、皆からその力が流れ込んでいるのを感じる。


 これは……人口が増えれば、流れてくる量も増えるのだろうか?


 先程、供物を吸収?らしき事をした時は、今よりも流れ込んできた力の量が多かった気がするし……

 もしかすると、供物をバンバン貰った方が速いかもしれん。


 ちょっと、試してみるか。


 ウアに頼んで供物になりそうな物を持ってきてもらおう。


 えーっと、ウアは……

 ……水辺の方でアーウとイチャついてるな。


 てか、あの夫婦ともに七十歳を超えてるんだよね?

 まだ子供作る気なのか?

 というか出来るのか?


 二人とも七十二歳にしては若々しいとは思うが……


 仕方ない。

 他の者に頼むか。


 そう思い、暇そうな者を探して周りを見渡してみたが、皆忙しいという程では無いが何かしらしていた。

 そういえば地上に降りてきてから、まだ皆の生活や活動をじっくりと見てなかったな。


 ふむ、少し観察してみようか。


 そんなこんなで、のんびりと皆の観察をしてみると、特に時間や場所に縛られず、自由に生活している様だ。


 なかなかのどかな光景だとは思う。

 だが、一つ気が付いた点が有った。


 それは――


 全員すっぽんぽんなんだよなぁ。


 今まで、緊急事態やらなんやらで、テンパっていたので気にしてなかったが、冷静に見てみると凄い光景だな。


 目の前に繰り広げられてる様子は、深夜アニメや少年誌とかだったら、それはもう謎の光や謎の闇が満載な絵になるだろう。

 そんな状態だ。


 そりゃそうか、未だ生まれてから50年ほどなんだ、文明のぶの字さえ知らない状況なのは当たり前か。

 気温も高くも無く低くも無く丁度良い温度に感じるし、何も羽織らなくても問題ない気候なのだろう。


 などと考えながら、皆の裸を眺めていたら、もう一つ気が付いた事があった。


 なんか、自分自身の性欲が無くなってね……?


 こんな煽情的な光景を見ても、何も感じないのだ。


 あれ……? 嘘だろおい!?

 俺ってば、こんなに枯れてたっけ?


 記憶が無いというかあやふやだが、もしや老衰で死んだとかで不思議世界に転生した所為で、目の前の桃源郷を見ても賢者モードで居られるのか?


 いや、今現在宿っている、この体のせいか?

 今、人間じゃなくて木になってるもんな。


 この状態だと反応を示す器官が無いからで、たぶん、あの草原の人間状態になれば俺の俺は復活するはずだ!


 というわけで。


 再度、焦ってパソコンのある謎草原に戻ってくる事になりました。


 急いで画面の視点操作をして、地上の皆の光景を見て確認してみる。


 いや、これは、変な目的じゃないんだよ?

 仮に変な目的だとしても必要な事なんだよ!


 などと言い訳を考えつつ、地上の皆に視点移動をすると――


 ――皆、3頭身くらいのドット絵だった……


 えーっと……

 何しに戻って来たんだったかな……


 あっ! そうそう。

 この不思議なパソコンの機能と出来る事の確認だった。


 まずはパソコン本体の機能からだな。


 どうやらOSは一時代を席巻した大衆向けの物と同じみたいだ。

 性能に関しては、CPUやメモリなどのデータを見ても、何も書かれていない。

 分解して見るのは怖いからやめておこう。

 工具も無いしな。


 基本的なソフトは一通り揃ってるし、表計算やメモ帳などは後々役に立ちそうだが……


 あ、ネットは?

 ネットは繋がるのか?


 そう思い、ブラウザを開いてみると、どうやら繋がってはいるみたいだ。

 だが、憶えている有名な検索サイト先生などのアドレスを入力しても『見つかりません』の表示が出るだけで、何処も見る事は出来なかった。


 ネットの情報を使えれば色々と楽になったのになぁ、と少しだけ残念に思ってブラウザを閉じた時に、ふと画面の壁紙が目に入った。


 その壁紙画像には、綺麗な緑色のなだらかな丘と草原、そして澄み渡る青い空が映し出されていた。


 これだ、この不思議空間の景色は……


 初めに此処で目覚めた時に感じた既視感、それはこの大ヒットしたOSの最初の標準状態で表示されていた、この壁紙を見た事が有ったからだったのか。


 この壁紙を元に、ここの不思議な草原の空間は再現されてるって事か?


 試しに、他に入っている壁紙に変更してみると、幾何学模様みたいな壁紙は辺り一面が幾何学模様に、真っ白な壁紙にすると全てが真っ白の空間に変化する。

 海の中や空の上の様な景色の物は怖くて試せなかったが、パソコンの壁紙を変えれば、周囲の空間もそれに合わせて変化するという事が判明した。


 唯一変わらない物は、パソコン一式とちゃぶ台だけだ。

 これだけは景色を変えてもそのまま其処に有り続けた。


 この場所の謎が1つだけ解けたが……


 此処が何処なのか?

 このパソコンは一体何なのか?


 という残された疑問の方が、より一層強くなってしまったな。


 それに、現代社会や元の世界に帰れる気がしなくなってきた。


 ここまで色々と手が込んていて、はっきりと感じる事も出来る世界となると、もう夢という認識が出来ない。

 夢を見ているのだとしても、昏睡状態とかで意識が完全に外部と遮断されているのだろう。


 あとは、ずっと頭の片隅で考えていた事ではあるが……


 ……異世界


 そんな、まさか、ファンタジーやメルヘンじゃないんですからと断言できない場所に居る感じがひしひしとする。


 まぁ、記憶が乱雑としているので帰る場所や時代も不明だし。

 帰らなきゃいけないとかの焦燥感も薄い。

 なので、そこまでショックでもないのだが……ないよ?


 とりあえず壁紙を草原に戻そう。

 真っ白な空間とか幾何学模様が一杯の景色じゃ落ち着かないからな。


 シックな雰囲気の部屋や1LDKの室内の写真でも手に入れば、それに変更してもっと快適にすごせるのに……


 お絵かきソフトで自分で描いてみるか?

 いや無理だな。

 俺には絵心は無かった気がするし、このPCに入ってる標準ソフトじゃ良い感じの絵を描くのも難しい。

 このソフトで凄い絵を描く人の作品をネットで見た事がある気がするが、あの職人などと呼ばれる人達は凄いよなぁ……


 気を取り直して、次はワールドエディターの方を調べる事にした。


 こんなソフトが標準で入っていた様な記憶は無いので、パソコンにあるソフトの中で、これだけが特別であり異質な物なのだ。


 用意されていた説明文書は必要最低限のシンプルな物だったが、操作自体は直感的で分かりやすく出来ているから、そこまで困る事は無い。

 しかし、何かしらの事を実行しようとするとGPを消費するみたいで、現在の残りGPとの兼ね合いで試せないというジレンマが起こる。

 結局、今できる事は地上の大まかな監視とデータなどの参照だけか。


 少し意気消沈ぎみにログを見てみると、ログ内容にずらっと供物を受け取ったとの表示が大量に書かれている事に気が付いた。


 細かな内容は、受け取った日時と物品と、それを捧げた者の名前だった。

 まだ名前が無い者も多く空欄の所もあったが、その空欄をクリックすると捧げた者のステータスが表示されるようだ。


 これを記録しておけば、誰から何を貰ったかなどを忘れる事も無いんだけど、出来ないのかな?

 とログの表示されている枠に付いてるアイコンをクリックしてみると、保存という項目が有ったので、それを選択し保存しておいた。


 他に何かできる事はないかと画面を眺めていると、画面の右上にあった箱の様なマークの上に「!」マークが付いているのに気が付いた。


 前はこんなマークは付いて無かったはずだが……


 とりあえずクリックしてみる。

 するとリストの様な画面が表示され、そこに様々な果物を模した小さなアイコンと、その果物の名前が表示された。


 なんだこれ?

 受け取った供物のリストか?


 でもログの記録を保存出来るんだし、さして意味の無い機能のような――と、考えながら、その中にあった桃の絵のアイコンをクリックする。

 すると、そのアイテムの名前と説明文、それに『取出し』『破棄』『保存』の3つのボタンが表示された。

 アイテム名は「桃」となっており、説明文には「世界樹の加護を受けて育った桃」と書かれていた。


 3つのボタンだが、破棄は分かる。

 たぶんそのまま捨てるんだろう。


 取出しと保存、これは何だろう?

 GPを消費しない操作なら試してみるか?


 たぶんGPを消費する操作の場合は、クリックした後に消費するGPの量とかOKかNOの表示が出るはずだ。


 というわけで『取出し』のボタンをクリック――


 すると、自分の頭上から淡い光を感じ、見上げてみると手を伸ばすと届く位置に桃が浮かんでいた。


「おぉ!?」


 びっくりして声を上げてしまったが、それどころではない。


 まじか!

 リアルに取り出せるのか!

 ……りあると言っても、ここが現実世界かは不明だけども。


 そんな事はどうでもいいか。

 これ触っても大丈夫なのか?


 おっかなびっくりで、宙に浮く桃にそーっと触れてみると、触ったとたん桃が自重を取り戻し落ちてきた。


 慌ててキャッチし、手の中に納まった桃をまじまじと見てみると、まさしく桃である。

 触感といい香りといい、良い感じに熟していて美味しそうだ。


 これ食べても大丈夫なのか?

 お腹が空いてるわけでもないので、今すぐ食べる必要も無いのだが――


 ヒャッハー!我慢できねぇ!いただきます!


 さっそく皮をむいてっと――


 別にお腹が空いていたモグッ、わけでは無いモグモグ、無いのだがモグッ、この凄く美味しそうなモグモグ、桃を目の前にしてモグ、我慢できようか?

 いやモグモグ、無理だ!


 あっという間に食べ終えてしまった……


 ここで目覚めてから、体感時間でも何日か経過しているのを感じてはいたが、その間、空腹や喉の渇きを感じた事が無かったのを、薄々ではあるが疑問に思っていた。


 もしかして、ここでは飲食などが必要なくて、出来もしないのではないかと不安だったのだ。


 だか、こうして食べ物を手に入れる方法があり、それを食す事ができて、お腹が膨れる以上に心が満たされるのを感じた。


 これなら他の本能的な欲求も大丈夫そうだな。と、俺はほっとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る