16-3.カワイイ顔して男前




 週末にランチに誘うと、由希ちゃんは喜んで出てきてくれた。

 奢るつもりでオープンしたばかりのカフェレストランで話題のシカゴピザを食べたのに、

「無職の人にお金出してもらいたくないです」

 と逆にご馳走になってしまった。カワイイ顔して男前なのだ、この子は。


「あの銀行の人、来るたび紗紀子さんのこと聞いてくるんですよ。口止めされてるから私も社長も何も教えたりしませんけど」

「うん、ありがとね」

「もてる女は大変ですね」


 そういうことじゃあ、ないだろう。「あんな置手紙ひとつで消えるとか何考えてる」とか「指輪が無駄になる。どうしてくれる」とか。

 言われそうなことの見当はつく。決して私を口説きたいわけではないはずだ。


「そんなに佐藤は頻繁に来る?」

「はい。しょっちゅう何か資料を持って来ては社長とコソコソやってますよ。林さんとも話してるときあるし。個人のローンの話をする人もいるから、林さんもそうかもしれませんけど」


 社長は支社を出す考えがあると言っていた。あのオヤジの辞書には熟慮の文字はない。思い立ったら突っ走るはずだ。

 ヤツはまた大盤振る舞いで融資を取り付けるのだろうな。


 住宅ローンでも企業融資でも、安い保証金で審査が通るかは担当の腕にかかっている部分もある。何かと使い勝手のいい奴が戻ってきたことは社長にとっては渡りに船だったろうな。

 ヤツにしても復帰早々大仕事にありつけたわけで、持ちつ持たれつのウィンウィンな関係というやつだ。こういう機会に恵まれるからこそ、あのふたりは成功者なんだろう。


 幸運の女神様には後ろ髪がないっていう。多くの人間は過ぎ去ってからチャンスだったことに気がつく。

 わかってても怯んで手が出せない。決断できない。即決して行動できる人間がチャンスを掴む。


 それは。ビジネスでも恋愛でも同じなんだろうな。ましてや結婚ともなれば、尻込みしてるようじゃとても決断できない。

 思ってしまってから「ん?」となった。いやいや、ワタシ結婚したいとか思ってないし。


「何、百面相してんですかあ?」

 じとっと由希ちゃんに見られる。

「いやいや、なんでも。弥生さんは? 元気?」

「特に変わりなくですよー。また飲みに行こうって言ってました」

「そうだね」

 笑って私はコーヒーを飲む。


 窓の外はいい天気だ。窓際の席からは隣の公園の遊歩道が見える。

「食後の運動に少し歩こうか?」

「いいですね!」

 由希ちゃんは実にノリ良く賛成してくれた。

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