第41話 スティーレという名の街へ

 手のひらに乗せていた頭がガクッと滑り落ちると、ようやくミレノアールは目を覚ました。

 気付けば太陽はすっかり傾き、辺り一面を夕焼け色に染めていた。

 「夕方までには街に着きたい」と言った自分の言葉を思い出し、慌ててルーシーを探したがその姿が見つからない。


「ったく。あいつ、またどっかいきやがっ――」

「――わっ!!」

「うわっ!」


 突然、目の前にルーシーが現れたことでミレノアールは思わず尻もちをついた。


「あははははっ」


 ルーシーはそれを見て大笑いしている。


「お前……どこにいたんだよ!」

「空だよ。ずっと飛んでたの」


 ルーシーはそう言うと、ホウキに乗ったまま空中でクルクルと回転して見せた。


「もしかして……もうそれだけ飛べるようになったのか?」

「うん!」

「お前……本当は800歳の魔女……とかじゃないだろうな? 実は魔法で子供のフリをして、俺をからかっている……とかじゃないよな?」

「何言ってんの? 師匠?? それより見てて、こんなに高く上がれるんだから!」


 信じられないという表情のミレノアールをよそに、ルーシーは勢いよく風を切り、空高く舞い上がった。

 

 居眠りしてたと言っても4時間程度。その間にもうここまで飛べるようになるなんて、ミレノアールにとっては考えられないような出来事だった。

 それはたった10歳の少女であること、そして魔法を覚えたのがほんの昨日のことであるからだ。

 例えるなら――――生まれたばかりの赤子が、覚えたばかりの言葉を使ってペラペラと普通に会話しているような――――それほどの驚きなのだ。


 だが驚いてばかりもいられない。日が暮れるまでには街に着かねば。


「おーい! ルーシー! そのまま街まで、ひとっ飛びするぞー!」

「わかったー!」


 ミレノアールは右手の指をパチンと鳴らして自分のホウキを出すと、すぐさまそれに跨ってルーシーの位置まで飛び上がった。


「まだ飛べそうか?」

「うん! 全然平気だよ」

「よし、じゃあ行くぞ。お前の速度に合わせるから、俺は後ろから付いてくよ。方向はわかるか?」

「うん。あっちー」


 ルーシーの指差す方向に体を向けると、二人はその速度を合わせて街へと飛んだ。

 しかしルーシーの飛ぶ速度はやはりまだまだ遅く、街が見えた頃にはすっかり日も暮れていた。

 

「あの街が『スティーレ』だよ」


 3日前とは大きく変わったルーシーの背中の向こうに、3日前と変わりない街の姿がそこにはあった。

 

 アルバノン王国最北に位置するこの街は、大陸の最北でもあるため北側には大きな港とそれに面した海が広がっている。 

 そして街の外れ、南西に位置する丘には3日前まで小さな城が立っていた。

 そうミレノアールが長らく幽閉されていた場所だ。

 もちろん今は瓦礫の山と化しているのだが。


 空から見るその街は、さほど大きくもなく、かと言って小さいわけでもない、ごく普通の広さの街に見えた。

 外周をぐるりと囲む高い塀は、未だ世界では戦争が続いているということの表れなのだろう。


 街の大きさからすれば、5000世帯ほどが暮らしているだろうか。

 しかしその街の灯りはとぼしく、ポツポツと5分の1ほどにしか光はない。

 ミレノアールは、その少なすぎる灯りに大きなを覚えた。

 

 ようやく街のすぐ手前まで来たが、ルーシーは速度を緩める気配がない。


「ルーシー、街の中までは飛んで行けないぞ」


 ミレノアールは、街の中央に向かおうとするルーシーを呼び止めた。


「どうして? 孤児院に行くんなら街の真ん中だよ」

「魔法使いや魔女にもルールってもんがあってな。街へは飛んだまま入ってはいけないんだ。ちゃんとその街の正門から歩いて入らなければいけない」

「えー。正門からだと歩いて1時間以上はかかるよ」

「そういう規則みたいなもんがあるんだよ。大きな街にもなると結界が張ってあることもあるし。まあ、門から中に入れば魔法も使っていいんだけどな」

「わかった。私も一人前の魔女になるにはルールも守らないとね!」


 ミレノアールとルーシーは、そのまま街の南側にある正門の前に降り立った。

 その門の前には二人の衛兵が直立不動の姿勢で警備をしている。


 ミレノアールは二人分のホウキを仕舞うと、ルーシーの耳元で小さく呟いた。


「もし、衛兵に止められたら俺に話を合わせるんだぞ」


 その言葉に小さく頷くルーシー。

 歩いて正門を抜けようとすると案の定、衛兵に呼び止められた。


「空から来られるのが見えましたが、この街にはどんなご用で?」


 左に立つ衛兵がミレノアールに話しかけた。


「ああ、この子が迷子になってたんで連れてきたんだ。この街の孤児院らしいんだが、なあルーシー」

「うん、そうだよ。この人が助けてくれたの」


 ルーシーもミレノアールの話に合わせて答えた。


「そうですか。それは大変失礼しました。では一応、『魔力を持つ血統ウィザーズ・ブラッド』の証明書をご提示願います。街にお迎えするときの規則のようなものですので、どうかお気を悪くなさらずに」

「証明書? ああ、どこやったかな……」


 ミレノアールは慌てて探すふりをするが、証明書などうの昔に無くしている。

 いや、無くしたんじゃなくて100年前に没収されたんだっけか。

 どう誤魔化そうかと考えている時だった。右にいた衛兵が小走りにやって来て、左の衛兵を咎めた。


「おい! この方の胸の紋章を見ろ! 王国直属の魔法騎士団の紋章だぞ」

「ほんとだ! これは失礼いたしました。どうぞお通りください」


 深々と頭をさげる二人の衛兵。

 

 確かにミレノアールの着ているローブの胸元にはその紋章がある。

 二重線で引かれた六角形の中に守りを表す盾、その手前には×の形に魔法を表す二本の杖、さらにその手前に騎士を表す剣が垂直に描かれている。

 六角形の中に三つの絵が重なり合って描かれているこの紋章こそが、アルバノン王国直属・魔法騎士団の紋章なのであった。

 しかしミレノアールのローブは経年劣化により紋章も擦れていた。

 近くで見ないとわからないほどだ。右にいた衛兵は、よほど目がいいのだろう。


 横を通り過ぎる間際、その右にいた衛兵が話かけてきた。


「そう言えば魔法使い様。3日ほど前になりますが、街のはずれにある城で大きな爆発がありまして、そこで囚われていた魔法使いが逃げ出したという噂があります。お気を付けください」

「お、お、おう。それなー、もう捕まったらしいよ。安心していいから」

「あ、そうでありましたか。さすがは魔法騎士団の方々。ご苦労様です!」


 二人の衛兵はそう言うとミレノアールに敬礼をした。

 ルーシーは口を押えて笑いをこらえている。


「師匠、まほうきしだんって何?」

「国を守る軍隊みたいなもんだな」

「師匠もそこにいたの?」

「ああ、ずっと昔のことだけどな。今さらこの紋章が役に立つとは思わなかったよ」


 こうして二人は、ルーシーの育った街『スティーレ』に歩み入ったのだった。

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