大森へ

 私達は南の壁を越えて、森の中を走っていた。

 どれだけ害獣が蔓延はびこっていても、森には鹿や猪などが通る獣道というものが必ず存在する。それを利用すれば、比較的速やかに目的地まで辿り着くことができる……と、元一から教えてもらった。

 当初は私がりりのと元一の二人を連れて空を飛んで行こうかと考えていた。しかし、魔力の消耗や隠密性を考えれば、地上を進んだ方が都合がいい。

 元一を先頭に、彼の案内に従って森の中を走り抜ける。


「定期的に駆除してるおかげで、ほとんど戦わなくて済むのはありがたいね」

「……うん」


 私が話しかけても、りりのの表情は固いままだ。

 緊張と、わずかな恐れ。

 これならむしろ、害獣と戦って無理矢理にでも気分を変えられた方が良かったかも知れないと思った。


 害獣はどれだけ狩っても減ることはない。

 正確には、殺せばしばらくの間は数が減る。しかし、早くて一日、遅くとも一週間も経てば、駆除した分と同じだけの数が復活する。

 とはいえ実際に害獣が生き返るところを見た者はいない。死体をいくら観察していても、それが起き上がるなどということは決してない。しかし、時が経てば、いつの間にかその数は戻っている。

 つまり、復活というよりは、補充されているのだ。

 害獣は雪美さんが人類を滅ぼすためだけに作り出した獣。

 ならば、彼女は今もその魔法で、害獣を補充し続けているのだろうか。

 私には、この世界で幻想の魔法使いと呼ばれている彼女の姿と、害獣を生み出し続ける『災厄の魔法使い』の姿が、どうにも一致しないような気がして仕方がなかった。


「……そろそろ森を抜ける」

「早いね。元一が一緒に来てくれて良かったよ」


 ふと、地面の質が変わったことに気が付いた。

 先程まで踏みしめていた柔らかい土ではない。石の上に苔が生え、その上に枯れ葉が堆積たいせきしたような固い感触だ。

 進んでいくうちに、違いは明らかに目に見えるようになってきた。

 ゴツゴツとした石がそこら中に転がり、それらを木の根が絡みとるようにしている。辺り一面に敷き詰められた、大量の石……いや、これは瓦礫だ。明らかに人工物の破片が混じっている。

 それに気付いた時、背筋が寒くなるような感覚を覚えた。

 ここは既に、大森の街の中なのだ。

 敷き詰められた瓦礫は、恐らく壁だったもの。あるいは建物の残骸か。

 恐ろしいのは、大森の街が害獣に滅ぼされてから、まだ十年も経っていないということだった。僅か十年足らずで、こんなにも森が侵食している。

 人がいなくなれば、全ては森に還るのだろう。しかしこれは……あまりにも早すぎる。


 元一の言う通り、それから少し進むと森はすぐに終わった。

 目の前には瓦礫がどこまでも広がっている。害獣が破壊したものだけではない。魔法の痕跡もある。

 もしかしたら、すみれちゃんが害獣を狩り続けているからこそ、この大森の街は未だにこの程度の侵食で済んでいるのかも知れない。


「……りりの、大丈夫?」


 元一の後ろに続いて歩きながら、私はりりのに声をかけずにはいられなかった。

 かつて自分が住んでいた街の惨状を見て、彼女はどう思っただろう。


「アタシ、ここに来れば何か分かるかも知れないって……思ってた」


 少しの困惑と喪失感の入り混じった声は、それでも取り乱すことなく落ち着いていた。


「でも……ここに住んでいたっていう実感が全然湧かないんだ。初めて来る場所みたい。ここがどこなのか、アタシの家がどこにあったのかも、もう分からない」

「これだけまっさらだと、さすがにね……」

「もう、何もないんだ」


 ここにはもう何もない。

 守るべきものは何も残っていない。

 それでもなお、この街に近付く害獣を狩り続けている魔法使いがいる。

 彼女は何を思い、そうすることを選んだのだろう。


 しばらく歩くと、遠くに魔力の反応を感じた。

 害獣ではない。魔法使いのものだ。


「……元一とりりのは、ここで待ってて」


 元一は静かに頷いたが、りりのはあからさまに不満げな表情をしていた。


「見つけたの?」

「うん」

「なら、アタシも行く」

「りりのは……シールの魔法使いに会って、どうしたいの?」

「……この街がこんなことになった理由を聞く。どうして害獣に襲撃されるまでこの街を放ったらかしにしたのか……本人から直接聞かなきゃ、気が済まない」

「そっか。それなら、彼女ときちんと会話できる状態じゃなきゃ駄目だよね」

「そりゃまあ……」

「りりのも見てたから分かると思うけど、今の彼女は多分、まともに話ができる状態じゃないよ。何らかの魔法で雪美さんに洗脳されているんだと思う」

「洗脳って……そんなの、どうするの?」

「フーコならどうにかできるかも知れない。だから、まずはすみれちゃんを戸越まで連れて行かなきゃ」

「おとなしく言うことを聞くとは思えないけど」

「うん。だから多分、力ずくで……ってことになると思う。魔法使い同士の戦いは危険だから、りりのと元一にはここで待っていて欲しいんだ」

「……わかった。けど」

「けど?」

「悔しい」


 そう言ってりりのは、私に背を向けた。

 悔しい、というのはきっと、私から遠回しに足手まといだと言われたことに対する感情だろう。

 確かに魔法使いと眷属の間には絶対的な力の差がある。魔力の総量の桁が違う。

 しかし、彼女たちは気付いているだろうか。

 例えば、この世界に来た時に私の体をむしばんでいたりりのの毒は、フーコにも雪美さんにも治すことはできなかった。

 例えば元一の姿を消す魔法は、恐らく私以外の魔法使いには見破ることができない。

 眷属たちが使うオリジナルの魔法は、この世界を守る魔法使いたちが長い時間をかけて研鑽けんさんしてきた固有魔法と何一つ変わらないものなのだ。

 むしろ眷属の方が、最初から魔法を『正しく』使えていると言ってもいい。

 つまりそれは……扱い方によっては、魔法使いを刺す刃にもなり得るということ。

 ……今のりりのにそれを教えると危なそうだから、言わないけど。


 魔力を感じる方向へ、ゆっくりと足を進める。

 相手が魔法使いなら気付かれるほどの距離まで来たが、動きはない。罠の可能性が高まる。より慎重に進む。

 しかしどれだけ進んでも、雪美さんが現れることも、害獣の襲撃を受けることもなく、私はその魔法使いの少女を肉眼で確認できる所まで来てしまった。


 瓦礫や木材、錆の浮いた鉄板などが積み重なるその上に、少女は腰掛けていた。

 黒いギンガムチェックのワンピースに、ゆるく結ばれた二本の三つ編み。一面に広がる廃墟に小学生の女の子がポツンと座っているその光景は、とても残酷な組み合わせに見えた。

 彼女はまだこちらに気付いていない。私は少し逡巡しゅんじゅんしてから変身を解除した。

 説得が成功する可能性は低いだろうけど、少しでも馴染みのある姿で接した方がいいだろうと思ったからだ。


「すみれちゃん」


 私が声を掛けると、少女の首がゆっくりと回った。

 呼びかけに対して反射的に動いただけの、機械的な仕草。それを見ただけで、彼女の意識が未だどこかに囚われていることが分かってしまった。


「あなたは……」

「ショウだよ。昔、君を助けて……ついこの間、久しぶりに再会したんだけど。覚えてない?」

「……ちがう。あなたは魔法使い様じゃない。あのひとは記憶をなくしてる」


 彼女の舌足らずな言葉が、今はひどく無機質なものに思えた。

 その瞳は確かに私を捉えているはずなのに、どこか遠くを見ているようにも感じられる。


「記憶は……色々あって思い出したんだ。説明すると長くなるんだけど……だから、ゆっくりお話するために、一緒に戸越まで来てくれないかな?」

「嘘。うそだよ。あのひとにはわたしが魔法を使ってあげないと。わたしだけが、封印を解いてあげられる。そうじゃなきゃだめなの。だから……だからあなたはあのひとじゃない。偽者。わたしを騙そうとしている偽者……!」


 パッと赤い光が燃え上がった。

 蛇のようにのたうつ炎が踊るようにこちらに向かってくる。

 予想してはいたが、説得は失敗だ。不本意だけど戦わなければならない。ただし、命までは奪わないように。

 迫りくる火の魔法に水の魔法をぶつけると、そこから生じた猛烈な水蒸気が一瞬にして辺りを白く染めた。私の水の魔法は火を打ち消した勢いですみれちゃんに襲いかかる。が、次の瞬間には地面からせり上がった土の壁に阻まれた。ならばと間髪入れずに壁に魔力を撃ち込む。土壁の内側から植物が急激に成長して食い破り、そのつるは敵を絡め取らんと踊りかかった。次は相手の電撃、あるいは金属の刃によって蔓が切り裂かれるだろうと予想していたが、意外にも次に彼女が使ったのは火の魔法だった。

 木の魔法に対する火の魔法は決して悪い選択肢ではない。しかし、一瞬が勝負を分ける戦闘の中では悠長と言わざるを得ない。現に火は蔓を焼き尽くせずにいる。私はそこにすかさず水の魔法を撃ち込んだ。水は再び相手の火を消し去り、さらに蔓は水によって成長を促され、ついにすみれちゃんの手足を縛り上げた。


「さて……申し訳ないけどこのまま戸越まで運ばせてもらうから、大人しくしててね」


 自分で言いながら、なんだか悪役みたいなセリフだなと思った。

 しかも絵面が最悪だ。小学生の女の子を縛り上げて持ち帰ろうとしているのだから、これはもう事情を知らない人が見たら間違いなく誘拐事件だろう。目撃者が誰もいなくてよかった。


「まだ……」

「え?」

「まだまけてない」


 ふと、彼女の手に、先程まではなかったはずの黒い紙片が見えた。

 私は直感的に走り出した。アレはまずいと、脳が全力で警告を発している。その紙片が彼女の手のひらに溶け込む寸前、私はなんとかそれを奪い取ることに成功した。

 ほっと息をついた刹那、私は自分の体の中に、痛みを伴いながら凄まじい熱量が流れ込んでくるのを感じた。

 奪い取った紙片は、既に溶けて消えてしまっていた。そこに封じられていた忌まわしい力は私の体内に入り込み、全てを染めようと奥深くまで侵入してくる。

 私の脳裏に、前の世界で元一と戦った時のことが浮かんだ。体は害獣となり、強烈な怒りと破壊衝動に我を忘れて、大切な人を躊躇なくこの手に掛ける。今の私の状態は、まさにあの時の様子を再現しているようだった。

 また、繰り返すのか? また私は、取り返しのつかないことを、なかったことにするのだろうか?

 ……駄目だ!

 この廃墟にはまだ、りりのと元一がいる。彼女たちを無事に帰すまでは、意識を手放す訳にはいかない。

 そして何より、大切な人との約束がある。必ず無事に帰るのだ。すみれちゃんも、私自身も。


 黒く染まりつつある自我の底で、私はほとんど無意識に、獣を生成する魔法を使っていた。

 眷属となった私が初めて使った魔法。記憶を封印されても心の奥底に刻みつけられていた、人類を滅ぼすための雪美さんの魔法。

 私の固有魔法は、他者の魔法を再現する。ただし、それは正確なコピーではない。私が感じ、私が思ったように、魔法は歪んで再現される。

 私が生成する獣は人間の影からは生まれない。人間を襲うことはない。命が尽きれば即座に死体は消え去る。これはもう、魔法の原理からして異なる、見た目が似ているだけの全く別の魔法と言っていいだろう。

 だから私には、今まさに私自身を蝕みつつあるこの黒い魔力を、獣を生み出すための魔力として利用することができるのだ。

 獣の外見や性質は、魔力自身が教えてくれる。私はただそれに従って、体の中に入り込んだ魔力を残らず全て絞り出すだけだ。

 塗り潰されそうになっていた意識が、次第に明確になっていく。体から大量の魔力が抜け出ていくのを感じる。どうやら黒い魔力に引っ張られるようにして、自前の魔力もいくらか持っていかれたようだった。


 魔法の工程が完了する。

 ずん、と腹の底に響くような振動とともに、目の前に巨大な獣が姿を現した。

 熊のような剛毛に包まれた太い胴を、ぐるりと取り囲むようにして生えた無数の昆虫の脚が支えている。獣の腕はなく、首があるべき場所からはつるりとした人間の体のようなものが生えており、その人間の腕があるべき場所から三つい、計六本の長い触手が伸び、うごめいている。人間の顔の部分はまるで花のように裂けていて、そこから恐ろしげな音とともに炎が絶え間なく吹き上げられている。

 ゆらりと触手の一本が閃くと、ボン、と地面が爆ぜるようにして燃え上がった。無差別爆撃のように、触手が次々と辺り一面を攻撃し始めた。

 私の魔法によって生まれたものではあるが、当然のように制御は効かなかった。体内に入り込んできた黒い魔力を使ったせいだ。あのおぞましい感覚は、間違いなく普通の害獣のものではなかった。

 恐らくあの紙片には、名付きと呼ばれる特殊な害獣の魔力の一部が封じられていたのだろう。

 つまり目の前にいる獣は、その名付きの姿を再現したものということになる。


 六本の触手はそれぞれバラバラに振り乱され、絶え間なく周囲を攻撃している。

 触手によって砕かれた地面は一瞬で融解し、そこから炎が吹き上がる。

 そんな触手の一本が、すみれちゃんの元へと振り下ろされた。彼女は私の魔法の蔓に拘束されたまま、身動きを取れずにいる。

 私は彼女の前に立ちはだかり、フーコの魔法を再現した見えざる手で触手を迎え撃った。

 熱い。強烈な衝撃とともに、恐ろしいまでの熱が辺りを包み込む。地面の水分が一瞬で蒸発し、触手から降り注ぐ敵の魔力が一斉に発火する。

 どうにか触手の一本を相殺することはできた。しかし私の再現する見えざる手は、あまりにも魔力を消耗し過ぎる。獣を作る際に自前の魔力ごと持っていかれた今の状態では、連続して使うことはできない。

 幸い、今の熱ですみれちゃんを拘束していた蔓はほとんど焼き切れていた。第二、第三波の触手が迫りつつあるが、後退すれば十分にやり過ごせる。しかし――


「すみれちゃん! 下がって!」

「……」


 何故か彼女は、ぼんやりと私の顔を見つめたまま動こうとしなかった。

 やむなく私は彼女を押し倒すようにして転がり、かろうじて次の攻撃から逃れた。

 一瞬前まで私達がいた場所を触手が切り裂き、炎が燃え上がる。顔を上げると、次の触手がすぐ目の前まで迫っていた。これは――まずい、避けられない。見えざる手の再現も間に合わない。

 その時、体が急激に後ろに引っ張られた。

 触手が地面を叩く勢いを利用するようにして転がると、敵との距離がぐっと開いた。


「ギリギリだったな……!」

「元一!」


 間一髪のところで私を助けてくれたのは元一だった。見ると、すみれちゃんはりりのが抱えて同じように助けてくれたらしい。


「二人とも、どうしてここに……」

「煙が上がるのが見えたんだ。やっぱり、友達が戦っている間ただ待っているなんて俺にはできない」

「まったく、最初からアタシたちを連れてくればよかったのよ、バカ」


 遺憾なことに、二人を危険に晒さないようにと思って行動していたにもかかわらず逆に助けられてしまった。何も言い返すことができない。


「いやー……本当は安全な場所で待ってて欲しかったんだけど……今のは二人が来てくれなかったら危なかった。助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして。ていうか、この子と戦ってたワケじゃないのね」


 放心したような様子のすみれちゃんを地面に座らせながら、りりのが呟く。

 状況が状況だけに、今は複雑な感情を抑えてくれているようだ。


「ああ、うん。戦ってはいたんだけど、今は違うというか……」

「……? ていうか一体なんなの? あのでっかいやつ」

「あれは名付き……害獣の変異種だと思う」

「名付きって、え、ヤバいやつじゃん。魔法使い様たちが何人かがかりでやっと倒せるっていう……どうしてそんなのがここにいるのよ?」


 敵の移動速度が思っていた以上に遅いため、落ち着いて会話するだけの余裕がある。

 敵はどうやらこちらの位置を把握してはいるようだけど、びっしりと生えた昆虫の脚はあまり統率が取れていないらしく、わしゃわしゃと非効率的に蠢いているだけなので、そのぶん歩みはかなり遅い。


「あー、説明するとちょっとややこしいから……」

「まずはあいつをなんとかするのが先ってことね。って言っても、さすがにあの化物相手だとアタシたちじゃ力になれないか」

「とりあえず、距離があるうちに色々試してみるよ」


 火は水に弱い、というのは自明の理だ。ということで水の魔法を飛ばしてみる。が、ことごとく触手によって打ち払われてしまった。あの触手、適当に振り回しているように見えて、自分に向かってくる攻撃にはかなり敏感に反応するらしい。

 そしてよく見ると、今しがた見えざる手で相殺した一本が既に再生していることが分かった。これでヒットアンドアウェイで触手を少しずつ削っていくという戦法は封じられてしまった。


「動きは鈍いみたいだから、一旦逃げるのも手じゃないか?」

「いっそ海まで誘導してさあ、沈めちゃうっていうのはどう?」

「どっちも悪くない案だけど、あれが森に入ったら大規模な森林火災になっちゃうと思うんだよね……できれば今ここで仕留めたい」


 経緯はともかく、あれは私が生み出したものだ。私が責任を持って片付けなければならない。

 ではどうやって倒すか?

 水の魔法は通じなかった。見えざる手では攻撃を一回防ぐのがやっとだし、下手に近付けば触手が六方向から襲ってくる。元一とりりのの魔法も今回は相性が悪い。すみれちゃんは……

 ちらりと振り返ると、彼女は未だにぼんやりと中空を見つめていた。元々不安定だった精神が完全にフリーズしてしまったのだろうか。とてもではないが戦えるような状態ではない。まあ、さっきのように敵対されて状況がややこしくなるよりはずっとマシだけど……。

 ともかく、今戦えるのは私しかいないということが分かった。そして私が使える魔法のほとんどはあの敵には通じない。

 こうして考えると絶望的な状況のように思えるが、幸い、まだ時間はある。

 時間の許す限り考え続けることを止めてはならない。他に使える魔法はないだろうか?

 雪美さんの世界を転移する魔法……いや、まず魔力が足りないし、敵を転移させる方法など分からない。自分が逃げるなどもってのほかだ。

 すみれちゃんのシールの魔法……私が再現できるのは自分の記憶をコピーして取り出すことだけだ。今この場ではどうしようもない。

 他に使えるのは……五行の魔法か。


 地面から金属の粒子を巻き起こし、空中で擦り合わせることで電撃を発生させる金魔法を試してみる。

 眩しい閃光が敵の胴体を貫くと、バン、と小気味良い音が響いた。

 ……攻撃自体は通っているように見えるが、ダメージは一切ない様子だ。五行的には金は火に弱いから、まあ無理だろうとは思っていたけど。

 木魔法はすみれちゃんを拘束していた蔓がボロボロになっていたことから無効だと分かるし、土魔法で落とし穴を掘っても絶対這い出てくるだろうし……。

 と、そこで私の頭の中に一つの閃きが舞い降りた。


「……やれるかも知れない。ひとまずギリギリまで距離を取ろう」

「何か思いついたのね。……ていうかこの子、ぐにゃぐにゃの人形みたいで自分で立ってくれないんですけど!」

「あー……分かった。すみれちゃんは僕が背負っていくよ」


 街の外れまで移動して、元一とりりの、それにすみれちゃんを森の中へ隠れさせる。もしも作戦が失敗した時は真っ先に逃げてもらうためだ。

 私は魔力を集中させて、土の魔法を発動した。

 ゆっくりと近付いてくる敵に向かって穴を掘る。大きな穴である必要はない。ここから敵の方へと伸びるトンネルのようなイメージで、しかし深さはしっかりと確保する。

 ある程度掘り進んだ所で、今度は垂直に地表に向かって掘る。あと少しで地面に出口がぽっかりと空く、というところで掘削くっさくを止める。

 続いて獣を生成し、穴の中を進ませる。

 生成したのはハエ型だ。それも一体ではない。魔力が続く限り、できるだけ大量に生み出す。同じ獣を何体も生み出すというのは初めての試みだったため、予想はしていたけれど、かなり時間を食ってしまった。敵から大きく距離を取ったのは、これにかかる時間を稼ぐのが目的だった。

 蝿の大群が穴の末端にたどり着く頃、ちょうど敵の獣が穴の真上に差し掛かった。

 どうやら間に合ったようだ。


 あの敵の弱点は昆虫のような脚だ。巨体を支えているためか動きが鈍く、統一性がない。

 足回りが不器用だから攻撃は触手に頼らざるを得ず、その触手も振り回すか叩きつけるだけで、手のように自由に動かせる性質のものではないようだ。

 それらを総合して考えると――身体の真下、脚の下からの攻撃に対しては、回避も反撃もできないということになる。


 穴の真上に敵の身体が来たタイミングを見計らって出口を開き、一斉に蝿型を突入させた。

 思いがけず、体の下にはどう見ても無駄と思えるほどにびっしりと脚が生えていた。頭の中に蝿型から送られてくる複数のグロテスクな映像を映し出され、ちょっと気持ちが悪くなる。

 いくつかの蝿型は脚に潰されてしまったが、残った個体はそれぞれ脚の根本に取り付くことに成功した。

 この蝿型は他のタイプと違って直接攻撃することはできないが、取り付いた敵の魔力や体液を吸い取ることができる。

 元々遅かった敵の動きがさらに鈍くなり、やがて完全に停止した。

 その魔力を完全に吸い尽くすまで、さほど時間はかからなかった。

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