7 初陣6
「カウンターを狙ったつもりが……逆にやられるとは……不覚でやんす」
カラオくんの腹部に
どうやら撃ち込まれた魔力が爆発する寸前、カラオくんは自らの魔力と筋力とで無理やり傷口を抑え込んだらしい。呆れるほどの力技だ。
しかし、傷の具合に比べて容態は
間違いなく中毒症状を起こしている。
赤黒の人型がやられたのと同じように、魔力と一緒に毒を撃ち込まれていたのだろう。
上空を見上げると、蜂は傷を負った頭の部分からウネウネと
不思議と、絶望的な気分にはならなかった。頭に浮かぶのは次の一手について。
まずはあの突撃をどうやって止めるか。
止めるだけでは意味がない。捕らえて、殺すためにはどうするか。
それと同時にカラオくんの全身を蝕む毒をなんとかしなければならない。
全てをいっぺんに行う。一つのミスも許されない。
「りりの! こっちに合流して!」
「……分かった!」
私の意思を感じ取ってくれたのか、りりのは何も聞かずに動いてくれた。
彼女が抜けた穴は私がなんとかするしかないが、幸い周りを取り囲む人型の多くは毒の魔法で動きが鈍くなっている。少しの時間は稼げそうだ。
「りりのはカラオくんが受けた毒を調べて、それを無毒化する薬を作って」
「ちょっと、アタシの魔法はそんなこと」
「できる。りりの、魔法って私たちが思っているよりずっとデタラメなものなんだよ。魔法の力は願いの力。願えばそれを叶えてくれる。だからりりの、できるんだよ。毒を作れるなら、薬も作れる!」
我ながらめちゃくちゃなことを言っているという自覚はあった。
しかし、今はそのめちゃくちゃな理論に賭けるしかないのだ。
カラオくんは願いによって自分の武器を変えてみせた。私は武器という概念に囚われない武器を生み出した。だからきっとできる。心の底から願えば、きっと。
「ん~~~ッもう! やるしかないんでしょ! やってやるわよ!」
「ありがと! 任せたよ!」
そう、問答をしている暇などない。できるかどうかではなく、やるしかないのだ。
そして、それは私自身にも言えること。
私は決意を固めて立ち上がると、今望む全てを込めて、三体目の獣を作り出した。
ドクンと心臓がおかしな動きをしたような気がする。頭から血の気が引くような感覚がある。
だがそれらは全て無視した。今はそんなことはどうでもいい。
そうして目の前に現れたモノは……あろうことか、蟲の形をしていた。
空にいる蜂の害獣と同じくらいの大きさのワラジムシが、でんと地面に鎮座していたのだ。
体色はやはり赤黒く、触角が存在しないのでどちらが頭なのか分からない。
パッと見た限りでは特筆すべき点はないように思えた。
だが、体の下で
ザワザワと蠢く数百もの手が、救いを求めるように地面を引っ掻いている。
唐突に、そのワラジムシの背が、セミの幼虫が脱皮する時のように縦に割れた。
中から蝶でも出て来るのかな……などと考えていると、予想に反してそこから飛び出したのは数え切れないほどの触手だった。
ビャッと一斉に広がった触手は迫り来る人型の害獣を次々と絡め取り、転倒させ、身動きを封じていく。
後から後から生み出される触手の数は尽きることを知らない。周囲の人型をあらかた縛り終えた触手は、更なる獲物を求めて空へと伸びていき、蜂の害獣を取り囲んだ。
超スピードで羽ばたいている翅に触れた触手はあっけなく切断されてしまうが、次から次へと数の暴力で
大顎に切り裂かれ、翅に弾かれ、ぼとりぼとりと肉片の雨を降らせながら、ついに触手は蜂の体をがっちりと拘束した。
ひとまず人型と蜂の両方を封じることに成功し、ほっとため息をつく。
「りりの、そっちはどう?」
「毒の種類は分かった」
見ると、りりのはカラオくんの傷口に指を突っ込んでいた。
確かに毒の種類を魔法で調べるには直接触れてみるしかないのだろうけど、なかなか衝撃的な光景だ。
私はこんな時なのに、胸の鼓動が高まるのを感じていた。
真っ赤に染まるりりのの手が、ひどく美しいもののように見える。
「まさか某の初めてがりりの殿に奪われてしまうとは……いやはや光栄……」
「ちょっとカラオくん!?」
「意識の混濁が始まってる。急がないと。複数の毒が混合されて……これを打ち消すには……」
下ネタを言えるほど回復したのかと思ったが、むしろ危険な状態らしい。
しかし、りりのはきちんと容態を把握している。きっと上手くやってくれるだろう。
……と、安心したのも束の間。
生木を引き裂くような嫌な音が辺りに響いた。
振り返って見ると、触手で敵を拘束している赤黒の蟲型が、引っ張られるようにして宙に浮いていた。
当然と言えば当然なのだが、あの蜂の害獣が大人しく捕まったままでいるはずもない。上空でブンブンと力の限り暴れ回ってくれているおかげで、私の可愛いワラジムシは人型の害獣と蜂の害獣に大岡裁きのごとく引っ張られ、今にも裂けそうになっていた。
ベキベキと音を立て、見たくもない体の裏側を見せ付けながら、悲鳴一つ上げずに赤黒の蟲は壊れていく。
敵の害獣と違って、私が作り出す獣たちは死ねば即座に消えてしまう。つまり死体が残らないのだ。もしも今この蟲型が死んだら、拘束している人型は一斉に動き出し、上空にいる蜂は今度こそ私たちを貫くだろう。
首尾よくカラオくんの毒が解毒されたとしても、すぐに戦線に復帰できる訳ではないだろうし、私も魔力の残りが少ない今となってはあと何回攻撃を防げるか分からない。
つまり、チャンスは今しかないのだ。
あの蜂を殺せるのは、今、この時を置いて他にない。
そのためにはあと一手。
足りないはずの一手を作り出すしかない。
こうして覚悟を決めるのは何度目になるだろうか……初めての実戦のはずなのに、なんだかずっと前から戦い続けているような気さえしてきた。
意識の中に没入し、既に枯渇しそうになっている魔力を無理やり掻き集めていく。
頭が焼き切れそうになるほどの集中のためか、周囲の音が消えた。
体がずしりと重くなる。皮膚の感覚が鈍くなったような気がする。指先が痺れ、体温が低下していくのを感じる。
まるで魂の一部を持っていかれたかのようだ。
だが、手応えはあった。
自分でも何を作り出したのか分からないが、確かに今、何かが産声を上げた。
それは天高く、蜂の害獣が飛んでいる場所よりも高い所から落ちてきた。
赤黒い色をした、大人が数人掛かりでやっと抱えられるほどの太さと、雲を突き抜けるほどの長さの、柱だ。
柱は轟音と共に地面を揺るがせながら次々と落下してくる。そのうちの一柱が、暴れ回っている蜂に直撃した。
一度落ちた柱はしばらくすると再び空に戻っていき、再度別の場所に落ちてくる。
柱を空の上まで辿って見てみると、全ての柱が集結する場所に、一体の象がいた。
正確には、象に似た何かだ。
長い鼻と大きな耳は、確かに象によく似ている。しかし、その体の半分はむき出しの骨でできていた。
黒い何かで満たされた肋骨の隙間から、昆虫の脚のように何本も細く長く伸びているのが、
爆撃の如く終わらない象の脚による蹂躙は、周囲の害獣も私が生み出した獣たちもまとめて叩き潰し、蹴り砕き、破壊し尽くした。
最後にそれらの脚が根本から切り離され、巨大な象の本体が落下してきたところで、私の意識は途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます