第7話 霊感少女、いじめをす? 中編
追試は、近藤のおかげで71点も取れた。
俺、もしかして、ちゃんと勉強すればそこそこなのかもしれない。
……で、普通なら追試を無事終えて気持ち良くなっていると思うだろう?
だけど、そうじゃない。
牧田の件が気になっていて、何か面白くないんだよ。
昨日、牧田と一緒に追試を受けて、帰りに話をしたんだ。
だけど、牧田の奴、俺が新田のことを聞くと迷惑そうな顔をするんだよ。
「新田と話をつければ良いんだろう? だったら、俺に任せておけよ」
「……、……」
「何だよ、まさか、本当に金をあげたとか言わないよな?」
「……、……」
お節介だとは俺も思ったさ。
だけど、これって明らかにいじめだろう?
長谷川が、前に言っていたんだよな。
「いじめは、いじめてる人がもちろん悪いけど、いじめられているのを知っていて見過ごしにする人も、いじめているのと同じなのよ」
ってさ。
これ、俺も同感なんだ。
だから、俺は牧田を見過ごしにはしない。
お節介と思われても、知らん顔するよりはマシだからな。
「なあ……、どうして黙ってるんだよ。そんなに俺のことが信用ならないのか?」
「……、……」
「俺達、あんま話したことがないけど、一応クラスメートじゃないか。それに、追試だって一緒に受けた仲だろう?」
「……、……」
「もし、どうしても牧田が迷惑だと言うのなら、俺も引き下がるよ。だけど、それなら理由くらい教えてくれ。何か理由があるんだろう?」
「……、……うん」
牧田は、渋々って感じで、うなずいたよ。
「前に、長谷川さんが村上先生に相談してくれたんだ」
「……、……」
「僕が、新田にいじめられてる……、って」
「それで?」
「先生は、新田に注意してくれたんだ。新田の親にも言ったらしい」
「……、……」
「だけど、今度は陰でもっとキツイ暴力をされて……」
「……、……」
「新田って、柔道部だろう? 僕なんかじゃ、力では相手にならないんだよ。その内、お金を要求されるようになってさ……」
「……、……」
「お金を渡しておけば殴られはしないんだ。だから、クラス替えまで、我慢しようかな……、って」
「……、……」
「長谷川さんや結城君の気持ちは有り難いんだ。だけど、それじゃあ、何も解決しないんだよ」
「そうは言っても、おまえ、悔しくないのか?」
「悔しいけど仕方がないよ。僕、弱いから……」
「……、……」
「結城君が強いのは知っているけど、いつも僕を守ってくれるわけじゃないよね。本当に、気持ちは嬉しいんだけど……」
「……、……」
牧田は、そう言って笑ったよ。
その笑いは、弱い自分自身に向けて、諦めるしかないって言い聞かせているみたいだった。
牧田と別れてからも、俺はずっとそのことばかりを考えていたよ。
何とかいじめられないように出来ないか……、ってさ。
たとえば、俺が新田をつけねらったらどうかな……、とか。
クラスの皆に呼びかけて、新田をシカトしたらどうかな……、とか。
だけど、そんなことやってみても、俺がちょっと気持ち良くなるだけで、牧田が本当にいじめられなくなるかなんか分からないんだよな。
いや、もしかすると、やればやるほど牧田は辛い想いをしそうな気がするんだ。
牧田も言っていたけど、ずっと見張っているわけにはいかないんだからさ。
大体、先生だって、結局、解決出来なかったことだから、俺の力で簡単に何とか出来るはずはない。
それは分かっているんだ。
でも……。
それじゃあ、俺は何のために剣道をやっているんだろう?
強くなっても、何の意味もないじゃないか。
一生懸命、稽古をしたって、いじめられてるクラスメイト一人も助けられないなんて……。
こういうとき、祖父ちゃんならどうするんだろうな。
曲がったことの嫌いな祖父ちゃんなら、多分、俺の気持ちは分かってくれる。
それに、きっと、一刀両断にするような方法を考えつくような気がするんだ。
俺、中間試験でもこんなに頭を使わなかったのに、信じられないくらい考えたよ。
あまり考えすぎて、いつの間にか寝ちまったけどな。
そんなわけで、今日は4時に目が覚めちまった。
昨日、夕飯も食べないで寝たからさ。
俺の分の夕飯が、テーブルの上に丸々残されていたっけ。
それを、早朝に食べる俺は、ちょっと間抜けだったよ。
炊飯器で保温されていた白米以外、全部冷たかったしな。
夕飯みたいな朝食を食べて、俺は素振りをしたよ。
気の晴れないときは、いつもそうするんだ。
だけど、今日はいくら素振りをしてみても、気持ちは重いままだった。
だから、朝日が昇ったのを見て、学校に行くつもりになったんだ。
まあ、学校に行ってもどうにもならないけど、とにかく一人で考えていたくなかったんだ。
グランドからは、軟式野球部がランニングをしているかけ声が聞こえる。
時刻はまだ、7時10分……。
当然、教室には誰もいないと思っていたんだ。
だけど、扉を開けたら、ポツンと一人、置物みたいに座っている奴がいた。
何を考えているのか分からないけど、目を宙にさまよわせて……。
それは、大伴花だった。
相変わらず無表情のまま、そこに昨日からずっと座っていたみたいに……。
「おはよう……」
「……、……」
いつものように返事もなく、ちょっとだけ俺の方を向いて、かすかに首を縦に動かすだけだ。
もう、さすがに馴れてきたが、これが大伴の挨拶だ。
ただ、今日の大伴は、ここからがいつもと違っていた。
俺の方を見たまま、ピクリとも動かなくなったのだ。
ああ、こいつ、今、祖父ちゃんと話をしているな。
俺は、直感的にそう思ったね。
よく見ると、大伴の目が微妙に揺れているんだ。
そう、俺を見ているようでそうじゃない。
大伴が見ているのは他のものだ。
俺には感じられないけど、いるんだろう、祖父ちゃん?
教えてくれよ、俺がどうすれば良いかを……。
「花ちゃん、結城君、おはよう……」
「……、……」
どれくらい大伴はそうしていただろう。
近藤に話しかけられるまで、ずっと俺の方を見つめたままだった。
俺も大伴の顔を見ながら、昨日と同じように考えていたよ。
だから、近藤から挨拶されたのに、大伴と同じように、ちょっと首を縦に動かしただけで済ましちまった。
近藤は強張った顔をしていたが、それ以上何も言わず通り過ぎて行った。
ごめん……。
今日の俺、どうかしてるんだ。
本当なら、追試の結果でも話して、近藤に感謝の気持ちを伝えなきゃいけないのにな。
いや、今からでも遅くない。
ちゃんと言ってこよう。
牧田のことに近藤は関係ないしな。
「近藤……」
「結城君……?」
「追試、71点だったよ。ありがとう、おかげで今までで一番点数が良かった」
「そ、そう……」
ああ……。
近藤の強張った顔はそのままだ。
どう見ても、朝一で言うべきだったよ。
「ノートなんだけど、見やすくて助かったよ。俺の汚い字とは大違いだ」
「……、……」
「悪いけど、次は、試験の前に見せてもらっても良いかな? やっぱ、ちゃんと勉強しなきゃ、ダメだよな」
「結城君は、やればすぐに出来る人よ。説明したら、すぐに分かったじゃない」
「いや……、あれは、近藤の教え方が良かっただけだよ。俺一人で勉強したって、どうにもならないよ」
「ううん、そんなことない。私、愛美と違って教えるの旨くないから……。でも、結城君が良いなら、次も一緒に勉強しよう。私、今度はもっと一生懸命勉強しておくね」
くーっ、近藤って、本当に良い奴だな。
そう、そのちょっと恥ずかしそうに笑うところが良いよ。
本当は、俺と勉強なんてしたくないだろうに……。
それを、さも嬉しそうにOKしてくれるなんてな。
俺、何だか今まで憂鬱だったのが嘘みたいだよ。
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