第5話 霊感少女、カンニングを自白す? 後編

 あっ、そう言うことか。

 祖父ちゃんに説教されたから、カンニングを自白したってことか。

 まあ、祖父ちゃんの説教はうるせえからな。

 あれに耐えきるのは、いかに大伴と言えども無理だ。

 俺も、何度説教されて、枕を涙で濡らしたことか……。


 見ろっ……。

 村上先生、おろおろしてるじゃねーか。


「と、とにかく、一緒に職員室に来なさい」

「……、……」

先生、大丈夫だぞ、キョロキョロ周りを見回さなくったって。

 大伴の声はぼそぼそしてるし、皆、試験を返されて自分のことに夢中だからさ。

 前の席の田中はさっさと帰ったしな。

 俺だけしか聞いてない。


 村上先生は、大伴の肩を抱くような格好で、教室を出て行った。


 去り際に、大伴が俺の方をチラッと見たような気がする。

 涙をいっぱいに溜めた目で……。





「結城君……、花は?」

「長谷川……」

「鞄が残っているから、まだ帰ってないわよね?」

「……、……」

「一緒に帰ろうと思ったんだけど、何処にもいないのよね」

「……、……」

いつも思うんだが、長谷川が男女を問わず人気があるの分かるような気がするよ。

 結構、大雑把なように見えて、細かいところに良く気がつくし……。


 それに、誰にでも優しいんだよな。

 さっき、俺と一緒に赤点を取った牧田を、慰めていただろう?

 一緒に追試のための勉強もしようって、言っていたみたいだしさ。

 牧田、顔を真っ赤にしていたな。

 あれは惚れたな、一瞬で……。


 確か、長谷川は、牧田とは普段何の繋がりもないはずだ。

 普通、女子は男子に気軽に話しかけないもんなんだが、長谷川にはそんなこと関係ないようだし。

 だけど、牧田にしてみれば、凹んでるところに話しかけてくれるんだから、そりゃあ好きにもなろうってもんさ。

 このショートカットが似合う整った顔で言われちゃ、俺だってどうなるか分からねえ。

 ……って、俺も赤点取ったんだけど、何故、牧田にだけ?


 なのに、俺には大伴のことを聞くのか?

 俺はただ単に隣に座っているだけなのに。

 それに、何て言って説明すりゃあ良いんだ?

 カンニングをしたから、村上先生に連れて行かれたとでも言えば良いのか?


 俺、ちょっと引っ掛かってるんだよな……、実は。

 大伴って、超変な奴だけど、不正とか凄く嫌う奴なんだよ。

 祖父ちゃんみたいなんだ、そう言うとこ。

 それなのに、カンニングをするなんて……。

 魔がさしたのかもしれないけど、どうも俺のイメージとは違うかな……、ってさ。


 うん……。

 そう言えば、カンニングをしたのは数学って言っていたな?

 あれっ?

 それって、やたらと大伴の鼻息が荒かったときだな。


 俺、覚えてるぞ。

 あいつの鼻息がやたらと荒いんで、気になってチラ見してたんだ。

 うん……、大伴はカンニングなんてしてなかった。

 試験開始十分で解答を書き上げた俺が言うんだから、間違いないぜ。


 だけど……。

 だったら、どうして自白したんだ?

 別に、誰からも疑いなんてかけられてもいなかったのにさ。





「ねえ……、結城君。私と一緒に職員室に行って、花がカンニングをしてなかったことを先生に言ってくれない?」

「それは良いけど……。だけどよお、大伴は自分でカンニングをしたって言ったんだぜ?」

俺は、長谷川に全部話した。

 鼻息が荒かったこともな。

 いくら変な奴で、俺の暴露ばっかしてる大伴でも、やってもいないことで罰せられでもしたら可哀想だからさ。


「それはきっと、花にしか分からない事情があるのよ。あの子、結城君も知っての通り、ちょっと変わったところがあるから……」

「ああ……、俺は構わないよ、先生に話しても。だが、大伴の説得は長谷川がしろよ。あいつのことは俺には分からねーからな」

「分かったわ。じゃあ、来てっ!」

「……、……」

長谷川はそう言うと、俺の手を握って走り出した。


 ……って、長谷川の指、細いけど柔らけーな。

 何だか、暖かいし……。


 俺、今、ちょっとドキッとしたぞ。

 牧田……。

 もしかして、おまえもこんな気持ちだったのか?


 い、いや、違うぞ。

 俺は牧田とは違うんだからな。

 触り慣れないものに触って、ちょっとビックリしただけだからな。





「先生っ! 花はカンニングなんてしていませんっ! 結城君が見ていたって……」

「長谷川……、落ち着け。先生も、大伴がそんなことをするとは思っていないぞ」

「だったらすぐに解放してあげて下さいっ!」

「だがなあ……、大伴自身がやったって言ってるんだ。それに、大伴は先生が言っても何も事情を教えてくれんのだ」

ちょ、ちょっと待て、長谷川……。

 気持ちは分かるが、そんなにエキサイトしちゃ、先生だって困るだろ。


 ほらっ、他の先生が見ているぞ。

 職員室では静かにするってルールもあるしな。


「ねえ……、花? あなたどうして、そんなやってもないことをやったって言うのよ」

「……、……」

「結城君が見ていたそうよ。数学の試験のとき、花の鼻息が荒いので、気になっていたんだって?」

「……、……」

「何か事情があるんでしょう? 花がカンニングなんてしないこと、皆、ちゃんと分かっているわよ」

「……、……」

そうだぞ、大伴……。

 俺はおまえの鼻息が気になって寝られなかったんだ。

 あれさえなけりゃ、たっぷりと三十分は寝られたんだからな。


「ほらっ、大伴……。長谷川がこんなに心配してくれているじゃないか。結城もちゃんと見ていたそうだぞ」

「……、……」

「んっ? 結城、おまえこそカンニングしてないだろうな、大伴のを」

「先生っ! そりゃあないぜ。さっき、俺の答案を返したばっかだろう? 立派な赤点だったのは、先生が一番良く知ってるじゃないか」

「あっ、いや……。そうだったな、悪かった。結城はそんなことしないな。だが、追試は頑張れよ。22点じゃ、あと8点も足りないからな」

「ちょ、ちょっと……。今は俺のことじゃないっしょ。先生、大伴のことだろ」

まったく、村上先生まで、何を言っちゃってるんだか……。

 ……ったく、とんだとばっちりだぜ。


「大伴……。先生、おまえがそんな卑怯な奴じゃないの分かっているんだぞ。教師生活二十年で、それくらいの分別はあるつもりなんだ」

「……、……」

「なあ、こうしていても仕方がない。長谷川も結城もこうやって心配してくれてるんだ。素直に事情を話してみろ。先生、大伴がどんなことを言っても受け止めてやる。もしかして、誰かにそう言えって言われたのか? 嫌がらせにでも遭っているのか?」

「……、……」

村上先生は、椅子に座って向かい合った大伴を、本当に心配しているようだった。

 だが、大伴は、先ほどとは違い、いつものように無表情のままそれを聞き流しているだけだ。


 大伴……。

 さっきの泣き出しそうな顔は何だったんだ?

 それに、俺、チラッと見られたとき胸が苦しくなったよ。

 何て言うか、その……。

 護ってあげたいと言うか、俺のことを頼りにしてくれているようで、嬉しかったと言うか……。





「先生……」

「んっ? どうした、大伴」

先生や俺、長谷川が見守る中、ようやく大伴は話し出した。


 たっぷり時間をかけやがって……。

 まだ、試験期間中だぞ。

 家に帰って勉強しなきゃいけない奴が困るから、さっさと喋れよ。


「村上先生が初めてこの学校に赴任してきたときに、沢木隆史君って人がクラスにいましたよね?」

「なっ、なんだ、急に……。沢木か……、懐かしいな。あいつは学校始まって以来の天才と言われててな。高校もしっかり私立の有名進学校に入ったぞ。数学が特に得意で、授業も食い入るように受けていたよ」

「……、……」

「それがどうした? 大伴は沢木と知り合いか?」

「一昨日、数学の試験の直前に、その沢木さんが私に話しかけてきまして……」

「何っ? 一昨日だと。学校に来たなら、どうして先生に会いに来てくれなかったかな? あいつ、みずくさいじゃないか」

「一生懸命話しかけたようですが、先生はお気づきになられなかったのです」

「んっ、どういうことだ?」

「沢木さんは、三年前、大学受験の当日に亡くなっておられます」

「なっ、何だとっ! どうして死んだんだ?」

「試験会場に行くときに、交通事故に遭いました」

「こ、交通事故……」

ちょ、ちょっと待て。

 な、何だよ、この突然ヘビーな展開はっ!


 それに、いきなり霊になって会いに来たなんて言われたら、先生だって動揺するに決まってるだろうが。

 まったく、この霊感少女はタチが悪いぜ。

 いつも唐突に現実の境界を越えるんだからさ。


「沢木さんは、ちょうど試験期間中に訪れたので、どうしても試験を受けてみたくなったようです。大学受験と言う本番で自身の力を試せなかった無念が、未だに沢木さんの意志を支配していましたから……」

「さ、沢木……」

「それで、身体をちょっと貸してくれと仰られて、私の身体で試験をお受けになられました」

「だ、だから、大伴が実質カンニングしたことになったってことか?」

「はい」

「……、……」

せ、先生……。

 泣いているのか?

 沢木って生徒は、そんなに思い出深い奴だったってことか?


 だけどよお……。

 どうせなら俺の身体を使ってくれれば良いのにな。


 い、いや、違うぞっ!

 俺が良い点を取りたいからじゃなく、沢木さんが試験を受けて追試をしなきゃいけないなら、俺の身体なら二度手間にならないで済むからだぞ。


「大伴……。沢木は、今どうしているんだ? もしかして、まだ学校にいるのか?」

「いえ……。試験が100点だったことに満足して、先ほど成仏なさりました」

「そうか……」

「村上先生、ありがとう……、と最期に仰られて……」

うっ……。

 俺まで泣けてきたよ。

 や、やべえ、マジで涙がこぼれる。


 長谷川なんて、もう、涙で顔がくしゃくしゃじゃないか。

 でも、満足出来て良かったな。

 沢木さん、ようやく悔いなく往けたってことだよな。





「結城君……」

「んっ? なんだ、長谷川」

ひとしきりしんみりしたあと、大伴と長谷川、そして俺は、ようやく下校したよ。

 三人並んで……。

 もう、他の生徒は残っていなくて、校内はガランとしていたなあ。


 そう言えば、大伴は、皆が泣いているのに、顔色一つ変えていなかった。

 もしかすると、話すと決めたときには、すべて心の整理がついていたのかな?


「花が最近、よく結城君のお祖父さんの話をしてるけど、あれ、花には悪気はないのね」

「……、……」

「亡くなった方の想いが強いと、こらえきれなくなって口に出てしまうらしいの」

「……、……」

「花は、沢木さんや結城君のお祖父さんみたいな、沢山の亡くなった方の意志を聞いているの。それは、もう、毎日、何人も何人もね」

「……、……」

「それって、私達には分からないけど、非常に辛いことらしいわ。花の気持ちにも、時間も場所も関係なく一方的に語りかけられるのだから……」

「……、……」

「だから、結城君も頭に来ることがあるかもしれないけど、花を許してあげてね」

「えっ?」

お、おいっ、長谷川……。

 言いたいことは分かるけど、それはチョット受け入れられないぞ。

 じゃあ、俺はこのまま大伴の犠牲になりっぱなしか?


 いくらなんでも、そりゃあないぜ。

 なあ、長谷川……。

 おいっ、大伴、おまえ、笑ってんじゃねーよ。

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