第12話 空中戦、ポイントオブビュー
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『無血の虐殺者』
オレがこうして今現在、敵味方の関係として相対している存在。その通り名は、極々一部の人間達の界隈でのみ知られている。
極々一部って言うのは、まあ例えるなら『人殺し』を食い扶持にあてている連中の事だ。その内の一人である自分が言うのもなんだが、どいつもこいつもロクな人間じゃねえさ。人殺しなんて行為は、頭のどこかのネジが外れてなきゃ中々出来る事じゃねえからな。
で、これはオレの勝手な意見なんだが、人殺しに名付けられた『通り名』ってのは存在する事実そのものがダセえ場合の方が多いと思っている。例えるなら、かの有名な『切り裂きジャック』辺りだな。そいつは少人数を対象として手に掛けているのに、目撃されてるようじゃ話にならねえ。
ん、切り裂きジャックの場合は自ら犯行予告してたのだから知られて当然だって? それこそ知らねえよ、たまたま頭に浮かんだ名前だっただけだ。オレが言いたいのは、人の道を踏み外して他人を殺すなら目撃者なんか残すんじゃねえって話だ。
じゃねえと、オレのような人間に好き勝手言われたり、他人の好きなような解釈でキャラクター扱いされるのが関の山になるからな。
ま、目立ちたいって願望を持ってるのならそれもアリなのかも知れねえが、そういう人間は例外無く実力に欠けてる場合が多いんだよな。
『能ある鷹は爪を隠す』って言葉がこの国にはあるらしいが、これは人殺しにも通じる言葉だと思うぜ。結局切り裂きジャックは捕まらなかったらしいが、それは『犯罪者として』上手くやっても、『人殺しとして』上手くやったのとは違うって感想だ。
こんな事を言っておいて、実際に対面してみればオレ以上の実力の持ち主だった、なんて話になればとんだ笑い話になっちまうが、流石に『この世界』を含めても一生会うことはねえだろ。だからこそ、好き勝手言えるんだ。
逆にオレの立場で好き勝手言われるぐらいなら、そいつら全員ブッ殺した方がいい。やっぱり通り名なんか欲しくもねえな。
だが、そんな通り名にも『例外』は付き物だったりする。
人殺しの規模が『大人数』だった場合だ。そういう状況になると、もう隠し通すのは不可能だ。第三者の誰か彼かが気付いちまう。仮に一つの街の住人が全員殺されたとなればどうなる。
それはもう、誰もが認める重大事件になるだろうな。そんなコトになれば、その街の名前を引っ掛けた通り名が付けられるのがオチだ。
そういう意味じゃ、通り名に目撃者が居るとか居ないとか、人殺しが上手いとか下手とかは関係ねえのかもしれねえ。だが、間違いなく同業者にとっての『脅威』にはなる。自分の出来る範疇を越えるような殺しをする存在ってのは、一目置かれる以上の対象として見られるんだよ。
無血の虐殺者、奴がこれまでに殺した人数が何人かなんて想像も付かねえさ。何しろ――民族紛争に一個人で介入するような馬鹿げた男だ。その癖、ただの一度もテメエの血を流したコトが無いらしい。
どこまで眉唾かは知らねえが……只者じゃ無いのは間違いねえだろうさ。
オレと奴がほぼ同時に跳躍し、繰り広げられたのは文字通りの空中戦だった。
上空二十メートル程の高さまで跳躍した後、オレは空中での弾薬補充――リロードを迅速に行った。あの女との戦いでも散々披露した『
というより、やる利点が少ないと言った方が正しいのかもしれねえ。早い話が、銃って武器その物が何発も撃ち込んで敵を倒す代物じゃねえしな。一発撃ち込んでしまえば、そのまま優位に決着が着く場合が大勢を占めてる。一発だけで事足りるなら、障害物を壁にして行うリロードの方が理にかなってるのも事実だ。
しかし、人間って存在は基本的に縦方向に対する反応が横方向より鈍いってのも一つの事実だったりする。遠くから声を掛けられたら、誰だって最初は周囲を見回すだろうさ。それが、上方向からの物だと気が付かない限りはな。
空中は、オレにとっての『安全地帯』のような場所に近かった。流石に敵も銃持ちの場合は、飛ぶ方向や速度をある程度は調整する必要があるんだが。しかし、そういう敵ほどまた隙が生まれやすい。
個人対個人の銃撃戦ってのは大体が地形を利用した不意打ちが基本になってくる、場所に限らずな。だがオレは、その基本概念から外れた動きを得意としていた。
地形を利用出来る場所ってのは、逆に言えばそれ以外の選択肢が思い付きにくい。つまりは認識の外――死角を突けるってコトになる訳だ。
当然、空中から敵に対して狙いを定めるのにはそれ相応の技術が必要になってくる。しかし、それは相手も同様だ。空中で静止している場合ならまだしも、空中を動く標的を狙い撃つのは、その落下速度を想定する必要があるからな。そこからは、練度の差がモノを言うようになる感じだ。
オレはそれが出来るから敵を殺せるし。
大概の敵はそれが出来ないからオレを殺せない。
結局、自分の戦術に引きずり込んだ側が有利ってコトだ。別にオレ自身が無敵って訳じゃないぜ。この戦術を使える人間が少ねえから初見の人間は大概嵌ってくれる、それだけの話だ。
ま、そういう意味じゃ奴は『例外』だったんだろうな。リロードを終えたオレの視界に、追従して突っ込んで来た奴の姿があった。
『安全地帯』だったはずの空中は――『戦場』になった。
「……いい度胸だ」
オレは動揺した素振りを見せる事なく、間髪入れずに銃撃を放った。こちらに向かって飛んで来るのならば、奴はそれを全て切り払う以外に躱す手段を持たない。しかし危険と勝機は隣り合わせの関係だ、奴もそれを分かっている。逆に考えれば、このまま距離を詰められてしまえばオレ自身が刃の餌食になり兼ねない状況とも言えた。
しかし――通じない。
自らに対して向かってくる数発の銃撃を、奴はことごとく処理していく。
まるで近寄って来た虫を払うかの如く、一切を切り捨てる。
「――ちっ!」
分かっていたコトだが、あの女とはまるで次元が違う。
剣を振るう点に置いての、実力差が有り過ぎる。
あの女も銃撃を躱す技術は持っていた、それはそれで確かに人間離れしたモノだがな。しかし奴の場合は、その技術を特別な行為だとは捉えていない。日常の一つに組み込んでしまっている。
足で歩く行為と剣で銃撃を躱す行為を、同等の存在として扱っているような熟練さだ。それは銃を手にしているオレですら、明確に差を感じ取れる物だった。
だが――『面白え』
来いよ、無血の虐殺者。お望み通りの接近戦をしてやる。オレは挑発するように両腕を開いて見せると、奴の接近を待ち構える姿勢を取った。
「…………」
反撃の姿勢を見せない敵に対し、奴もそれなりに疑問を抱いている様子だった。
だが、それでいい……警戒すればする程に、やりやすい。奴は剣を腰の辺りに構える、いつでも抜けるようにする為だろう。そのまま間合いに踏み込む寸前にまで距離を詰めた所で――オレは動いた。
至近距離からの銃撃。
奴が攻撃に移る瞬間、つまり最も『防御の意識』が薄れるタイミング。
その隙間を縫うように、先手の一撃をブッ放す。
それでも、奴は反応した。腰の位置から切り上げるように銃撃を躱す。
この至近距離だ。考えるよりも先に身体が動いたのかもしれねえ。
見事な対応だが、所詮は間合いの外の出来事。オレには当たらない。切り上げた剣先が、オレの顔面の僅か手前の辺りで虚しく空を切る。結果、敵を眼前にしながらも無防備な姿を奴は晒すことになる。狙い通りの展開だった。
オレは『本命』である二撃目を頭に打ち込もうと、引き金に手を掛けた。
「――なにっ!?」
しかし『本命』は奴の身体には当たらず、左肩の微かに上を通過した。何故ならば、奴は右手で剣を切り上げるタイミングに合わせて左手を動かしていたのだ。オレの行動を予測していたのか、拳銃を持った右手を拳で横に叩くようにして――ズラした。
放たれた弾丸の軌道では無い。
銃口の向きを動かす事で銃撃を回避した。
それは、近距離戦における予想外な盲点だった。
「――ちっ!」
咄嗟に、全身を右側に捻るように逃がした。そのままの位置では、奴と身体を衝突し兼ねなかったからだ。しかし奴の身体は衝突する寸前に上昇速度を落とし、身体をこちら側に向けながらオレの身体を横切ると――そのまま『静止』した。
果たして『偶然』か、オレの跳躍もその活動を停止していた。
空中で暗闇の地表を背にした男。
月明かりの差し込んだ夜空を背にした男。
二人の代行者が、上空二十メートルの世界で視線を合わせた。その瞬間、オレは敵の思惑に気が付く。こうして奴が空中戦を仕掛けて来たのは、この『好位置』の獲得を睨んでの行為だったのではないか、と。
奴自身がどの程度の攻防を想定していたのかは分からねえが、間違いなくオレの跳躍した高さや角度を読んでいた。その上で、自分がどの程度の強弱や角度で飛べば、現在のポジションを獲得出来るかを考えていたはずだ。偶然の一言で片付けるにしては、この位置関係の形成は出来過ぎだろう。
ここから先は、互いに地上へと落下するだけだ。しかしその前に奴は、オレに一太刀浴びせようとしてくるはずだ。間合いは既に詰められており、空中であるが故に身体を満足に動かせない。
だが、危険と勝機は隣り合わせの関係だってのはさっきも言ったよな?
オレは、隠し持っていた『もう一つの拳銃』を取り出した。
とっておきの再利用は主義じゃ無かったが、仕方が無い。
それは、拾った拳銃に込められた最後の一発だった。
「――っ!」
「――へっ」
咄嗟に剣の軌道を変える事で、奴はその一撃を躱してみせた。読んでいたのか、あるいは反応出来たのかは知らないが。しかしそのお陰で剣撃がオレの身体を斬るコトは無かった。
――ま、使い古しにしては上出来じゃねえか。
自身の窮地を救い、最後の役目を終えた拳銃を地面へと投げ捨てた。
その後、重力に吸い寄せられるがままに、落下行動が始まった。オレは地上を背にしながらもリロードを行い、反撃を試みる。だが、空中とは言え所詮は真正面からの安直な攻撃だ。今更、通用するとは思っちゃいない。
当然奴は、全ての反撃を物ともしなかった。
着地に備えて、体勢の立て直しを始める。無論そのまま着地してしまえば、立て続けに落下するであろう奴の餌食になるのは必然。着地すると同時に、その地点からすかさず離れる必要があった。
「――っ!」
着地の衝撃が無かった訳じゃないが、あのまま斬り殺されるよりはマシだった。オレは追撃を警戒して後ろ向きに、反動を付けた跳躍を行う。高さも何もない、ただ出来る限り早く後ろへ飛んだだけだった。
その警戒は、今考えれば正解だったと言えるかもしれないが。
「――来るか」
コンマ数秒の時間差で地上へと帰還した奴は、間髪入れずに追撃して来た。空中戦の終わりは地上戦の始まりだ、とでも言いたいかのように。着地と同時に右足を折り曲げ、反動を付けて一直線にオレに向かって飛んで来る。
それは奴が初めて見せた――突きによる一撃だった。
その速度は、あの女が見せた突撃とは比べるべくもなかった。視界に収めた瞬間には、剣先が対象を貫き始めるであろう位置にまで攻撃の動作が完了しようとしている程の迅速さを感じさせる。
しかし、本来なら既に身体を貫かれ始めて然るべきだったオレの身体は未だ健在で、そこに一つの疑問点が浮かぶ。
間合いが、僅かに足りていない。
咄嗟の出来事ではあったが、そう認識した。
剣先は、予想通りオレの喉元の一歩手前辺りで停止した。一瞬、時間の流れが止まってしまったかのように、互いの身体が動きを止める。オレは奴の一撃を凌いだコト以上に、どうして奴の様な使い手が間合いを見誤ってしまったのか。その一点に疑問を抱かざるを得なかった。
「……所詮は借り物か」
「ああん?」
間の抜けた声が出ちまった。
体勢を戻し、剣先を膝下へと引っ込めながら奴はこう告げた。
「剣先が思っていたよりも短かった、感覚の違いだな」
「……ああ、そういうコトかよ」
唐突に奴が喋り始めた理由に合点がいった。
奴が『本来使っていた剣』は、女の『青龍刀』よりも長尺だった。所詮は借り物、奴が言った通りの感覚の違いが距離感の見誤りを生んだ。
本来の剣ならば、仕留められるだけの間合いだったんだろう。しかし……ここに来てそんな文句を言われても困るんだがな。
「悪いが、仕切り直しだ。問題無い、おおよその感覚は掴めた」
「いや、その必要はねえよ」
「……どういう事だ?」
オレはここらを潮時と踏んで、奴に『提案』を試みるコトにした。
「こっちは既に弾切れ寸前だ。流石にここまで弾薬を消耗するとは思って無かったんでな。要するに、ここらで手打ちって訳にはいかねえか?」
「……それで、俺が見逃すとでも思っているのか」
「見逃すさ。少なくともテメエは、尻尾巻いて逃げるような相手に斬り掛かるような性格はしてねえよ。『そういう』認識だったんだがな?」
「…………」
弾切れ寸前だったのは、確かな事実だ。あの女が予想以上に粘っていた影響がここで来てしまったらしい。正直、空中戦を終えた辺りでこの提案をする機会を伺っていたぐらいだ。尻尾巻いて逃げるなんて行為を拒むようなプライドは、オレには無かった。
勝ち目の無い戦いを逃げ続けて、最後に勝ちを得る。
それで充分だ、命を張るコトにプライドは必要ねえよ。
目撃者を残すような人間を散々と馬鹿にした手前で格好は付かねえ所だが――新しい目的が浮かんだからな、多少の恥は掻き捨てるさ。
「……わかった。だが、再び俺と戦えるなどと思わない方がいい」
「へっ、そりゃあどういうコトだ?」
「俺の存在が、こうして表に現れる事が出来たのは偶然と言っていい。あの男が自らの存在を知ってしまえば、再戦は難しいだろう」
すっかり毒気を抜かれてしまったのか、奴は不満そうな顔を浮かべている。確かに懸念材料は残ってるがな。しかし、『仕掛け』は読めた。
「……ま、そうなるかもしれねえし、そうならないかもしれねえ」
「……?」
「その辺は、上手い事やるんだな。テメエはオレの手でブッ殺してやるからよ」
「貴様も、それまで精々生き延びるんだな」
「ちっ、うるせえよ」
悪態をつきながらオレは拳銃を仕舞い、奴に対して背を向ける。また弾薬を集めるのは手間だな、と考え無しに乱発し過ぎた行動を後悔する。
オレは最後に、思い出したかのように振り向いて、捨て台詞を投げつけてやった。再戦を約束した、敵の名前を添えながらな。
「今回の借りは、いつか返してやるよ――『シュウ』」
――これでいい。今後の楽しみが増えた。
思惑を胸の内に秘めたまま、この戦場を後にした。
無意識だったが、オレの表情は笑っていたらしい。
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