第9話 銃撃者、トリックキラー

 

         ★


 遂にこの時がやってきてしまった。手元に携えている愛刀の手触りを感じながら、私は少々の興奮や緊張と共に、それらの心の隙間を覆い尽くしてしまう程の覚悟を胸の内に秘めていた。


 正面には、まだ幼さを感じる華奢な身体をした少年が、今か今かと楽しそうな様子でこちらの挙動を観察している様子が窺える。


 その例えを実際に映像として映し出してしまえば、私の説明にまるで言葉が足りていない事が、この場に居合わせた人達には理解出来るだろう。


 少年の髪色はこの辺りの同年代の若者と比べれば明らかに浮いた存在感を放っている銀髪であり、今こうして私と視線を合わせている瞳には、ひと言で邪悪と呼んで差し支えないほどの悪意と殺意が共存していた。


 少年の姿形をそのまま彼の『姿』と断定するには、その瞳から感じる強烈な圧迫感はあまりにも大人びており、私はこの戦いのルール上可能な『』を疑ってしまう。


「どうした? かかってこいよ、女」

「…………」


 少年からの発破をかけるような物言いに、私は無言のまま思考を切り替える。敵がどのような偽装を行っていようと、実戦となれば一切の意味を持ちはしないのだから。


 問題とするべきは、少年の所持している拳銃だろう。放たれた弾丸が身体に直撃すれば、そのまま致命傷になり兼ねない恐ろしい凶器である。


 一撃を貰えば実質アウトな状況、となれば短期決戦に持ち込むのが望ましい。まずは、『後ろの彼』から離れないと――


 私は利き足に力を込めてコンクリートを蹴り出すと、一直線の方向へと走り出した。狙いとするのは少年の懐、その一点を目掛けて突撃する。


 唐突な接近に対して少年の反応が遅れることは無く、即座に拳銃の銃口を突き出すと、躊躇いも無く同時に引き金を弾いた。


 鍛え上げた動体視力が、高速に飛んでくる弾丸の存在を捉える。常人には反応する事さえ不可能、しかし私の肉眼には、はっきりと弾の軌道を捉えることが出来た。


 右腕で青龍刀を横薙ぎに振るう。少年の放った弾丸は、サイレンサーの付いていない銃声が空しく響いただけで、私の身体に命中する事は無かった。


 しかし銃撃された場所に向かって前進しつつ見極めと切る動作を同時にこなすのは困難だったため、一度足を止めざるを得なかった。再び追撃を仕掛けようと思った瞬間、少年の姿が既に私の視界から消失している事実に気が付く。


「やるな、さっきのはマグレじゃ無かったってことか」

「……速い」 


 振り返った瞬間、既に少年の姿は建物入り口の塀上へと場所を移していた。今の攻防の一瞬を突いて、私の身体を飛び越えたとでもいうのだろうか。あの身のこなしは、只者では無い事が見てとれる。


「ついてこいよ、女。広いトコでやる方が面白え」

「……ちっ」


 相手の誘いに乗るのは気乗りしなかったものの、私は舌打ちを鳴らしながら後を追う。その際に、すっかり疲弊し切っていた榊原修かれの姿を通りすがらチラっと確認して、ひとまずの目的は果たせたと安心した。




 私たちが入り込んだ場所は、どうやら『本当に』廃工場の跡地だったらしく、外壁が錆びている建造物があちこちにそびえ立っていた。


 雑草が生い茂っている地面も多く、移動に少々の不便さを感じる。また、遮蔽物となる物が多いだけに身を隠しやすい。それは決して、私の望む展開にはならないかもしれない、という意味でもあった。


 でも、これで後ろを気にせずに戦う事が出来る。慎重に歩みを進めている先に、銃口を右肩に乗せて待ち構えていた少年の姿を見つけた。よう、とぶっきらぼうな声を掛けられた。


「大方、あのクソ野郎を気にしてたんだろうが安心しな。既にオレの興味はテメエに移ってるからよ」

「随分と余裕があるのね」

「テメエの動きがあんまりにも遅すぎたんでな」

「そう、じゃあ――」


 これならどう? 私は不安定な地面を駆け抜ける。その速度は、多少足を取られた影響を感じさせない。むしろ、更に疾走感を増していた。


 私の接近を阻止しようと少年の銃撃が再び襲ってくる、二回戦開始の挨拶のように。その回数に掛けた訳でもないだろうけど、今度の放たれた弾丸は二発だった。


 切り払いの難易度は上昇したが、ようやく意識を敵にのみ集中できる恩恵は大きかった。私は余裕を持って対処する。足は止めても、少年の移動先を今の私は見逃さない。


 右方向、老朽化している倉庫らしき建物の影に逃げ込もうと移動している少年の姿を捉えた。逃がさない――


「おっと!」


 私の視線に気が付いたのか、ただの勘なのか。お互いの死角に飛び込もうとする直前、少年は振り向き様に再び銃を連射してきた。雑な撃ち方のようで、照準だけは正確なのが小賢しいと感じる。


 一瞬の処理作業が一瞬の隙を作り、死角へと逃げ込まれてしまう。おそらくは弾薬の補給をするのだろう。拳銃を扱った経験は無かったけど、弾数に限りがあることは知っている。


 代行者同士の戦いに銃火器を選択する事には、そういう『リスク』も存在する。複数の『転送武器ウェポン』を所持することは出来ないからだ。可能ならば、私だって拳銃の一丁程度を隠し持っている。


 銃持ちの代行者は、リロード時間との折り合いをつけながら戦闘に臨む必要がある。銃持ち同士の戦闘ならば、当然より速いリロード技術を所持している方が有利なのだから。


 そして、私のように『近接武器』で銃撃の対処が可能ならば、少年の抱えているリスクは更に大きな弱点として顕在化するだろう。既にこの戦いは、私が如何にして接近戦に持ち込む事が出来るか、それが焦点となって――


 その瞬間、私の予想を超える速度で新たな銃撃が襲って来た。まさか、もうリロードを終えたのだろうか。狙いを付けるまでも無く、少年は死角から飛び出すと同時に正確な一撃を放ってきた。動きは派手だけど、実力が本物なのは理解した。


 多少の不意は突かれても、切り払う動作に淀みは無い。しかし何か違和感がある。先程までとは違う手応えが微妙に感じられた、これは一体……?


「女、着いてこいよ。そら!!」


 間髪入れずに少年の取った行動は、人間離れした跳躍から始まった。今しがた隠れていた建物、おおよそ十メートル近い高さがあるであろう屋根の上。それだけの高さを一足飛びで登ってしまう。だけど――


「はあっ!!」


 私にだって、それぐらいの芸当は出来るのだ。

 少年の飛び乗った屋根に向かって跳躍する。


「――よっと」


 着地の時を狙って撃ってくるかと思い警戒していたけど、少年は屋根の対岸で待ち構えていた。着地した屋根は当然老朽化が進んでいたものの、意外と足場はしっかりしており、傾斜も緩かったためかバランスを取る分には難しくない。


 まるで、私の力量を測っているかのような印象を少年の行動から受けつつ、再び私たちは静止して互いの顔を見合わせた。


「テメエも案外やるじゃねえか、見直したよ」

「一体、なにを考えているのかしら」

「なにって?」

「せっかく遮蔽物の多い場所まで誘導しておいて、これでは意味が無いじゃない」

「ククク、本当にそう思ってんのか?」


 ……どういうこと? わざわざ誘導をかけたという事は、何かしらの意味があるはず。しかし、その目論見を看破することが出来なかった。


「直線的な移動速度は大したモンだ、それは認めてやるよ。だがな――」


 こういうのはどうだ? そう言って再び少年は跳躍し、同時に拳銃のマガジンを抜いた。空になった弾倉が金属製の屋根に落ちて、カランカランと耳触りの良くない音が響く。気を取られて少年を視界から逃すような真似はしない。


 しかしその雑音が、思わず反応が遅れて立ち止まってしまう程度の効力を発揮したのも事実だった。跳躍方向は左上の上空、少年は同時に予備のマガジンを取り出すと、何と空中でそれを装填してしまった。


「はあ!!」

 そのまま空中からの銃撃が、文字通り飛来して来る。


「――っ!!」

 呆気に取られつつも、対処方法は変わらない。


 しかし――少年の跳躍は更に続いた。着地すると同時に、そこから屋根の対岸へと再跳躍する。その都度に一発の弾丸を置き土産にしながら、少年はこれを繰り返した。


 ……狙いが読めてきた、これでは身動きが取れない。


 私が空中へ跳躍するまでには数秒の準備姿勢を取る必要があるのに対して、少年はまるで身体にバネが仕込まれているかのように、殆ど予備動作を無しにした跳躍を行っていた。


 直線的な移動速度に関しては、私の方が有利かもしれない。しかし、ここまで機敏な動作で立体的に動き回る事は不可能だった。


 銃撃の処理をした直後には、少年の姿は視界から一度外れている。跳躍した方向から、着地地点を予想出来なくもなかったけど、こちらから先回りする程の余裕は持てそうにない。


 ただでさえ少年の所持している武器には細心の注意を払わなくてはいけない上に、この屋根の地形だ。直線的な移動で追いつこうと思っても、地上に比べれば更に速度が制限されてしまう。


 常に空中を動き回る相手の動きを捉えつつ、更に一撃必殺になり兼ねない攻撃に備えなければならない。いつの間にか戦況は、持久戦へともつれ込みつつあった。


「――はあっ!!」


 既に十発は余裕で超えただろうか。一発も貰ってはならないという緊張感、敵がいつまでこの持久戦を続けてくるのか、あるいは私の疲労を待っているのか。常に行動の変化に気を張っていなくてはならない状況に、私の集中力は乱れ始めていた。


「どうした? 動きがニブくなって来てるぜ」


 少年の方は、相変わらず汗ひとつかかずに軽快な跳躍を続けている。その姿には、どこか余裕すら感じられた。このままじゃ……


「――くそっ!!」

 埒が明かない。そう思い、初めてこちらから動いた。


 少年が私の視点からは真正面にあたる場所へと着地して、再び左方向に跳躍した瞬間。次の着地地点ではなく――今しがた飛んだ跳躍地点に向かって走り出した。


 その場所へ向かう事自体に、さしたる意味は無かった。重要なのは、この持久戦の状況を覆す事。そのために、私は危険を承知で少年の姿を一度視線から外す選択を取ったのだ。立ち止まれば、一瞬で銃撃の的になり兼ねない状態で屋根の上を駆け抜ける。


「やっと動いたかよ、だがなあ!!」


 少年も持久戦の終わりを想定していたのか、私の取った行動に動揺の色は見られない。こちらの予想を裏切るように、銃撃すら飛んで来ない。


 何事も起きずに対岸の跳躍地点へとたどり着いた私は、声の聞こえた方向から大体の着地地点を予想すると、まさにそこに少年が空中から姿を現した。


 その瞬間だった。


 着地と同時に、再び少年は飛び上がった。パターン化された攻め方にすっかり慣れてしまった私自身が――思わず驚いてしまう程に。


「――えっ!?」


 それは、これまで見ていた跳躍よりも遥かに高く、飛翔したと言っていい程の大跳躍だった。これまでの防戦でおおよその目測を固定されてしまっていた私は、意図せずして少年の姿を見失ってしまう。


「こっちだっての!!」


 後ろから声が聞こえた。

 手玉に取られていると感じる。

 それでも、反応して振り向かざるを得ない。


 その先に、空中で身体を上下逆さにした射撃体勢を取っている少年の姿があった。アクロバティック、なんて綺麗な言葉を使いたくは無かったけど、重力を無視したその動きを例える言葉が私の中では他に見つからなかったのだ。


 ――これは捌ききれない、そう直感した。


 これまでに無い攻撃パターン、虚を突かれてしまったこの状況。即決した私は、幾分スペースに余裕があった左方向へ飛び込んだ。


「へっ、避けやがった」


 少年はそのまま空中で身体を一回転させると、隣の倉庫の屋根に飛び移る。


 放たれた銃撃は、私の身体を数ミリほど掠めるほどの距離まで迫っていたものの、なんとか避ける事に成功する。目標を見失ったそれは、老朽化した屋根を容易く貫いていた。


 ……正直、運が良かったと思う。右手に武器を携えている以上、右方向よりは左方向に飛ぶ方が受け身が取りやすい。それは、そのまま攻撃を避ける速度に直結する。スペースが空いていたのは偶然でしか無い。


「来いよ、そんなトコに居てもいい的になるだけだぜ?」


 確かにその通りだ。どれだけ翻弄されようとも、私に出来る事は愚直に前へと出る事しかないのだから。しかしこのまま屋根の上での戦いを続けるのは危険で、明らかに相手の術中に嵌りつつあるのも事実だった。


 どうすればいいの……?


「ま、屋根の上がイヤって言うんなら地上でやってやってもいいぜ?」

「……ふざけないで。手心を加えてもらうのは、はっきり言って不愉快よ」

「手心ね。まあどの道、テメエはオレに着いてくるしかねえんだよ。オレもいい加減、金魚のフンみてえな相手をするのに飽きてきたしな。決着けりをつけてやる」


 そう言い残して、少年は振り向き様に跳躍した。二人の立っている倉庫は合わせて二棟しか並んでいなかったため、奥側に飛べばそこには地上しかない。本当に屋根の下で決着をつけようというのか。


「……後悔させてやる」


 少年の見下したような台詞に少し腹を立てつつも、私は後を追う。先程まで少年が立っていた地点に着地し、二回目の跳躍ですぐさま倉庫を越える。降り立った先に少年の姿は――何故か見当たらない。その代わりに、跳躍中の私のから人の気配がした。


「……甘いんだよ」

「――え!?」


 手心など加えていなかった。わざわざ挑発をかけて、再び地上に降りたのは計算の内だったらしい。少年は地上へ飛んでから着地した後、私が跳躍するまでの数秒の合間に、再び倉庫に向かって移動していたのだ。


 壁に背中を預けて、地上へ落下移動を始めようとしている状態の私を撃ち抜こうと、射撃姿勢を取っている。それを見て、私は――空中での切り払いを決意する。


 空の上で銃撃を避ける、ましてや捌くなどやったことが無い。しかし少年の照準技術を考慮すれば、ここは覚悟を決めるしかない。防御姿勢を取った瞬間、少年は引き金を弾いた。


 重力に引っ張られるように、視界が下方向へ揺れ動く。


 私が追うべきなのは、少年の姿じゃない。

 視界に入って来た弾丸の存在を捉える事。

 それだけに、その事だけに、神経を集中させる。


「……見えた!!」


 支えとなる足場は無い、右腕一本に力を込めて愛刀を振るう。我ながら出来るかは半信半疑だったけど、銃撃を退く事に成功した。しかし、落下姿勢を取る余裕が無かっ――


「――きゃあ!!」

 全身を地面に打ち付けた。


 私に出来たのは、ひたすら身体を丸めて衝撃を少しでも軽くしようとする事だけだった。背中から落ちた痛みが、身体全体を襲う。


 幸いだったのは、落ちた地点がアスファルトの上ではなく土の地面で、そこら中に雑草が生い茂っている場所だった。つくづく運が良い。


「無様な格好だが、サーカスの団員としちゃ悪く無かったぜ」

「……くっ」


 体制を立て直していると、またもや私を挑発しつつ数メートル先の地点まで歩いて来る、少年の姿が見えた。先程までに比べて声のトーンが低く、まるで私と戦うことの興味を失いかけているような様子だった。


 これも作戦のひとつなのだろうか……? そんなことを考えながら、痛みを堪えて身体を奮い立たせる。


「……それじゃあな」


 止めを刺そうとしたのか、少年は初めてその拳銃の引き金を、三回続けて引いた。これまでには無かった三連射。今の私にはこれは躱せないと、そう睨んでいたのか。


 しかし痛みさえ我慢出来れば、私に出来ない事なんてない。自分を、信じるんだ。全身の神経を集中させた。


 一発目、青龍刀を居合抜きの要領で切り上げる。直ぐに二発目が飛んでくる、今度は最初の剣の動きを右から左へ流すように……ここまでは大丈夫。問題の三発目。


 ――これは、今の私には『捌けない』

 ――でも、『避けること』は出来る


 二発目を捌いた瞬間、本来なら身体を支えるための左足を意図的に浮かせた。バランスを崩した身体の重心を右側に傾ける、銃撃が胴体を狙っているのなら……その幅を狭くすればいい。不格好になりながらも、倒れ込むように。私は見事、三連射の攻撃を全て躱し切ることに成功した。


「ちっ、面倒クセえな……ああん?」


 少年がカチッカチッと、拳銃を空撃ちしている音が聞こえた。おそらくは弾切れになったのだろう……チャンスだった。先程の口調の変化から感じていた……少年の殺意は薄れている。私の実力を甘く見て、油断しているのだろうと思った。


 私は体勢を素早く立て直すと、最高速度の一撃を加えようと、少年に向かって――これが最後になるであろう突撃を開始した。





「……な、なん……で?」


 拳銃の残弾は確かに尽きていた。再装填をさせる時間も無い程の速度で斬りかかった。そのはずだったのに。


 どうして、私の身体は血を流しているの……?


「……だから甘いって言ったんだよ」


 使えないはずの拳銃の硝煙を一息で吹き消し、淡々とした様子で少年は言い放った。


「代行者が複数の『転送武器』を持ち込むことは出来ねえ、それを知っていたテメエは考えた。つまり、オレが弾切れを起こした瞬間こそが最大のチャンスだってな」


 その通りだった、けど何故…? 貫かれた右肩から激痛が走る。それは、先程の着地の痛みとは比べるべくも無かった。堪えきれずに、私は右手に携えていた青龍刀を地面に落としてしまう。


「単純な話だ。要するに、『』銃を用意しちまえばいい」


 少年は私の青龍刀を拾い上げると、明後日の方向に向かって投げ捨てた。私はその時、ようやく少年の戦略に気が付いた。


 銃が違う……あれは最初に持っていた黒い拳銃じゃない。


 最初の銃とは明らかに形状が異なっていた。少しサイズが小さめで、弾倉が丸っこい形をしている。黒い拳銃の方は、既に少年の手を離れて足元に転がっていた。


「雑学だ、覚えておけよ。オレ達が今戦ってる『名結市めいけつし』ってトコには警察があるんだ。元々は弾薬を集めるついでだったんだが、そこから盗んできたのがこのリボルバー式の拳銃ってワケだ」


 つまり、少年の戦略はこうだ。敵が最初から弾切れを狙っているのならば、それを利用してしまおうと。事実、私はそれを見逃さないように常に意識を傾けながら戦闘していた。でも、まさか『転送武器』以外の武器を使う敵がいるなんて……


「一応ヒントは出しといたんだぜ? オレが、最初に倉庫の影に隠れてから直ぐに反撃した時にな」


 そうか、あのどこか手応えが違った銃撃。それが私の右肩を貫いた拳銃だったのだ。なによそれ……つまり、コイツは最初っから――


「私を……舐めていたって……ことでしょ?」

 私はとうとう身体を支えきれなくなって、少年の目の前で崩れ落ちた。


「ま、そういうことだ。本来ならこいつはとっておきだったんだけどな。テメエが思った以上に粘りやがってたから、ついつい本気になっちまった。そういう意味じゃ、テメエも大したモンだったよ」


 少年はしゃがみ込んで、これ以上無いほど痛快な笑みを浮かべていた。まんまと術中に嵌った私を嘲笑うかのように。その健闘を、滑稽だと笑い捨てたのだ。


 駄目……剣を振るう右肩を貫かれたのはあまりにも痛過ぎた。その剣も、既に手元から離れた場所まで投げ捨てられてしまっている。とてもじゃないけど、反撃出来るだけの余力は残されていない。


「……それじゃ、最後は代行者らしく『ルール』は守らないとな」


 少年は黒い拳銃を拾い上げてから立ち上がり、新しいマガジンを装填した。今度こそ、止めを刺すつもりだろう。しかしどうしようもなかった。敵の顔を見ることさえ諦めた。


 お母様……ごめん……なさい。

 大事な人への、最後の言葉を零した瞬間だった。


「――なんだっ!?」


 突然、少年の口から慌てたような台詞が聞こえてきた。それは、私との戦闘では一度も聞けなかったような、驚きの声だった。

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