第43話 姿無き巨影

 謎過ぎるマジカルロッドの正体に気付いたはいいが、今度は新たな疑問が沸き起こる。即ち、何故ラトリアが“古代遺物アーティファクト”と言う特殊な物、それもこれだけ強力な武器となりうる物を持っているのかだ。


「ラトリア、古代遺物アーティファクトって物がどういう物か知ってるか?」

「ううん……知らない」


 マジかよ。となると、自分の扱ってる得物の事を良く知らないまま今まで使ってたのか……正直言って、宜しくない。

 武器は自分の命を預ける物。それに勝手を知らない部分が多いと言うのは、余りにもリスクが高いからだ。


古代遺物アーティファクトってのはな……えー……リーリエ、パス!!」

「はい……えっとね、ラトリアちゃん。古代遺物アーティファクトって言うのは――」


 咄嗟にスラスラと説明出来なかった時点で、俺の口から詳しい話をするのはいかんと判断し全てリーリエに丸投げした。決して、思い出せなかったとかそういうのでは無いッ!!

 リーリエがラトリアに古代遺物アーティファクトが何であるかを説明している間、手持無沙汰な俺はコトハに声を掛けた。


「すまんな、コトハ。リーリエと飯作ってる最中だったろ?」

「ええよ、もう粗方作り終えとったっから……にしても、ラトリアはん自身の事に加えて武器の事に関しても謎が増えてしもたなぁ」

「だな。金重かねしげも同じ古代遺物アーティファクトだが、あそこまで複雑な機構は流石に組み込まれてないぞ……」


 古代の失われた技術ロストテクノロジーって奴なんだろうが、ぶっちゃけあんな武器を作る技術があったのに滅んだ古代文明さんサイドが謎過ぎる。

 俺は一度こういう気になる事が出来ると、自分の手で調べずにはいられない性質タチだ。今度、司書さんにバスケット返しに行った時にでも調べてみっか。


「それもそうやけど、うちはあの武器がラトリアはんの手に渡った経緯が気になるなぁ。古代遺物アーティファクトって、基本的にはギルドで管理されとる筈やん?」

「あー、確かに」


 コトハの言う事は、確かに気掛かりではある。仮にギルドが譲渡するにしても、果たしてスレイヤーでも何でもなかったラトリアに渡すもの何だろうか?


「……ま、何にせよ次からはもう少し慎重に行動するよ。今日みたいな事がまたあったら敵わん」

「うん、そうして。リーリエはんも言うとったけど、次からはうち等も付き添うから」

「おう。さて……コトハ、今俺に何か手伝える事とかある?」

「あ、せやったら料理の乗った食器をテーブルの上に並べてくれはる?」

「うーっす」


 リーリエ達の方も大体話が終わったっぽかったので、改めて俺達は昼食に戻る事にした。謎が謎を呼ぶ結果になったが、今は待つしかあるまいよ。


 ◇◆


≪ビルケ大森林≫での鉤竜ガプテル討伐と、その後の食事を終えた俺達は足早にフィールドを後にした。

 別段長居する理由も無かったので、馬宿に戻った後は直ぐに馬車の手配をして帰路に就いた訳だが……。


「…………」


 夕日を浴びながら街道を進む馬車の車内で、俺達は口を開く事なくじっと黙りこくっていた。と言うのも、馬車に乗ってからずっとラトリアが考え事をしていたからだ。

 いつもの様子とは違い、こちらの言葉が届かない程に深くどっぷりと思考の海に潜っていたので、自然と俺等はそれを邪魔しない様に口を閉ざしたのだった。

 何となくだが、恐らくラトリアは今何か重要な決断を下そうとしている。その正体は掴めないが、少なくとも聞き逃していい様な物では無いだろう。


「……きめた」


 そう呟き、ふっと視線を上げたラトリアが俺達の顔を見る。一種の強い覚悟の色が滲んだその顔を見て、自然と俺達も背筋を伸ばした。


「ムサシ達には……話す。ラトリアの、


 ひゅっ、とラトリアの隣に座っていたリーリエが息を呑むのが分かった。俺はそれを聞いて、ゆっくりと口を開く。


「いいのか?」

「ん……もう、これ以上隠し事は、したくない。ムサシ達は……ラトリアにとって大切な“仲間”で、初めてで出来た……“友達”でもあるから」


 そう言って少し恥ずかしそうに視線を逸らしたラトリアを前に、俺達三人は顔を見合わせる。そして誰ともなく表情を崩した。


「よし……ラトリアがそう決めたのなら、俺達はそれを全部聞くよ。しかし成程、友達か……そう思って貰えていたのなら、こっちとしても嬉しい限りだ」


 そう言って、俺はラトリアの頭をガシガシと撫でる。どうやら、俺達は漸くラトリアの信頼を勝ち取る事が出来た様だ。


(しかし……“外”で出来た、か)


 非常に喜ばしい話ではあるのだが、そのワンフレーズに俺は少し引っ掛かるモノを感じた……ま、全部って言ったって事は、その辺りに関しても話すつもりなんだろうから、今はそこまで深く考えずともいいだろう。


「ああ、でもアレだ。話すのは帰ってからな? ここにはアリアが居ないからよ」

「ん……もちろん」


 俺の言葉に頭を撫でられたままラトリアが小さく頷いた、その時だった。



 ――ズズズズッ――



 突如、和やかな空気を吹き飛ばす様に体に伝わって来た振動。突然の異常事態に馬の嘶きと御者の驚愕の声が響き渡り、馬車が乱暴に停止する。

 バッと俺達の間に緊張が走り、皆一様にピタリと体の動きを止めた。


「地震、ですかね?」

「ちゃうね。多分やけど、≪ジェリゾ鉱山≫であった“地鳴り”やと思うわ」

「っ……」


 びくりと肩を跳ねさせたラトリアをリーリエはギュッと抱きしめ、コトハは視線を鋭く耳をピンと欹てた。

 俺はラトリアの頭から手を離し、代わりに車内の床にピタリと手を付けて瞳を閉じる。そのまま神経を研ぎ澄ませ、瞬く間に広がっていく感覚網を辿って音源を探った。


「……近いな」


 その一言と共にパチリと目を開き、俺はすっと腰を上げる。そのまま馬車後部の幌を上げて、外へと顔を出した。そして黄昏色が支配するその世界で、俺の感覚が探り当てた方角を注視する。

 しかし……その先には、何も居なかった。広がるのはなだらかな丘陵地帯と、その奥に霞んで見える山々や森だけ。

 それに、俺は強烈な違和感を覚える。……今まで体験した事の無い感覚だ。

 そうしている内、徐々に地鳴りは小さくなっていき……やがて、消えた。辺りに静寂が戻ると、おっかなびっくりと言った様子で再び馬車が動き出した。


「ムサシはん、おった?」

「いんや、分からん。姿は見えなかったが、居なかったとは断言出来ないのが正直な所だ」


 ガリガリと頭を掻いて座り直した俺に、ラトリアが恐る恐る今の地鳴りについて尋ねてきた。


「ムサシ……今のが、赤晶鉱殻竜カルブクルスを倒したあとにあった、地鳴り?」

「ん? ああ、そうか。あの時ラトリアは魔力枯渇で朦朧としてたから、ハッキリと体験するのは今回が初か」

「うん……こんな事が出来るドラゴンが、いるんだね……地岳巨竜アドヴェルーサ、だっけ?」


 ラトリアの問いに、俺は頷く。

 俺が図書館で調べた事と、アリーシャさんが齎してくれた情報に関しては、既に共有済みである。と言っても、現時点で分かっている情報はあまりにも少ないが。


「【地岳巨竜ちがくきょりゅう】アドヴェルーサねぇ……とりまこっちで分かってんのは名前と最終目撃情報、後は滅茶苦茶デカくてとんでもなく長生きしてるって事ぐらいか。見た目とかは、全然分からんかったからなぁ……しっかし、実際に見られたのが三百年前とかいうドラゴンがポンと現れるもんかね」

「どうでしょう……少なくとも、“死んだ”と言う情報は得られなかった訳ですから生きてはいるのではないでしょうか。ムサシさんのにも引っ掛かった訳ですし」

「せやね」

「相変わらず君等の俺の勘への信頼は凄いな」


 そう言って俺は苦笑し、空いたままだった幌から見える外の風景へと目を遣る。

 正直、姿の見えない相手について今の段階でこれ以上考えても仕方がない。実際に何らかの形になって俺達の前に姿を現すまでは、待ちの状態になるだろう。

 その時が来たらどうするのか――それを決めるのは、後でいい。今は、ラトリアと一歩進んだ関係になれた事を喜ぼう。


 確かな嵐の予感を感じながらも、俺はそう結論付けて思考の渦から地岳巨竜アドヴェルーサの事を追い出し、不安そうなラトリアの頭にポンと手を置いた。

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