第24話 酒宴と残された謎
村に帰ってこれたのは、昼の十二時に差し掛かろうとした時だった。ゾイロスさんに宣言した通り、午前中に片をつける事が出来たのは上出来。ラトリアの体を張った活躍のお陰だな。
そんなこんなで無事に村に戻った俺達だったが、予期せぬ事態に遭遇する。何と、村の入り口に沢山の鉱夫達が集まって来ていたのだ。
「おおっ、戻ったか! 鉱山の方角から突然光の柱が伸びたもんだから、何かあったんじゃないかと心配したぞ……で、ドラゴンは!?」
捲し立てる様にそう言って、馬車から降りた俺の体をバシバシと叩くのはゾイロスさんその人だ。後ろに控える他の鉱夫達は、どこか不安げな顔だ。
恐らく、自分達の仕事場がどうなったか気になるのだろう。なら、その懸念は俺が吹き飛ばしてやる。
「ええ、無事討伐できましたよ。鉱山へのダメージもほぼゼロ――」
『ウオオオオオオオオオオオッッ!!!!』
「うわっ!」
俺が全部言い切るよりも早く、鉱夫達からワッと歓声が上がる。空気を奮わせる程の大音量、周りに植えられていた樹木等にとまっていた鳥が驚いて一斉に飛び立っていった。
その怒号ともとれる沢山の人々の声に、後ろに立っていたリーリエ達が思わずびくっと肩を竦めるのが分かった。
しかし、こんな状況でも動じる事無く俺の背中でぐったりしている者が一人……はい、ラトリアです。
「そうか、そうか! 討伐してくれたのか!! 後ろに居るのはムサシの仲間の方々だな、本当にありがとう!!」
「は、はい!」
クワッと目を見開いたゾイロスさんが、リーリエとコトハの手を握ってブンブンと腕を振って豪快に握手をする。
初対面でこの豪快さ。リーリエは気圧されながらもしっかりと言葉を返し、コトハは苦笑を浮かべながら手を握り返していた。
腕もげたりしないだろうな……何て事を考えていたら、二人から手を離したゾイロスさんが不意に俺の背中へと視線を移した。
「所でムサシよ、その背中に乗っかってる子供は何だ? お前の連れ子か?」
「いや全く似てないでしょ! こいつもうちのパーティーの一員ですよ。名前はラトリア……今回のクエストの、一番の功労者です」
「何ィ!? するってぇとアレか、あの光の柱はこの嬢ちゃんが使った魔法か何かって事か!?」
その問いに、俺は思わず返答に詰まる。
今までの会話から、ゾイロスさんがそう考えるのは自然な事だ。しかし、あの魔法を使ったのがラトリアだと断言していい物か……迷った末、俺は口を開いた。
「えぇ、そうです。ただ、ラトリアはうちの
俺がそう言うと、ゾイロスさんは一瞬ぽかんとした顔になる。後ろからは、リーリエとコトハの「アチャー」と言った風の気配が漂ってきた。
しょうがねぇだろ! 下手に誤魔化して怪しまれても困るし、ラトリアが
俺は恐る恐るゾイロスさんの次の言葉を待つ。頼む、どうか納得してくれ――!
「……成程、そう言う事だったのか! そりゃ確かに秘密にせにゃならんな!!」
(っしゃオラァッ!!)
腕を組んで大きく頷いたゾイロスさんを見て、俺は心の中でガッツポーズをとる。勝ち申したわ!
どうだ、俺の話術も捨てたもんじゃないだろう? と後ろを振り返れば、そこには呆れた様な表情のリーリエとコトハの姿があった。なんでや!!
「兎にも角にも、無事あのドラゴンは居なくなったって事だな。なら、村の住人も全員呼んで今日は宴だ! 勿論おれの奢りだ、でもって明日から仕事再開!!」
『ヨッシャアアアアアアアアアア!!!!』
ゾイロスさんの宣言で、またしても湧き上がる歓声。なんつーか、この人の人徳が伺える光景だな……よきかなよきかな。
「そうだ、出来ればムサシ達にも参加して貰いたいんだが……直ぐに帰る予定か?」
「いえ、そこまでカツカツの日程では無いです。ってか、今からやるんですか?」
「おうともよ! まだ日は高いが、そんなの関係ねぇ! あ、でも村の連中が出てくるのは夜からかもな!!」
「さいですか……皆、折角だから参加させて貰うか?」
俺がそう尋ねると、リーリエとコトハは小さく笑いながら頷いた。よっしゃ、だったら今日は羽目を外して……と、その前に。
「あ、ゾイロスさん。酒の前に飯食ってもいいですかね? ラトリア、今は空腹で動けなくて俺がおぶってる状態なんで」
「そうだったのか、なら酒場の女将にたんと料理を出してくれる様におれから頼んでやるよ!」
「あざっす!」
がっはっはと笑うゾイロスさんに礼を言って、俺は少し背中を揺らしてラトリアに話しかける。
「よかったなラトリア、腹一杯飯が食えるってよ」
「……! ごはん!!」
飯――その一言に反応したラトリアががばりと身を起こすが、いきなりの動きに抗議するかの様に鳴り響いた腹の音で、再びがっくりと俺の首筋に顔を
「……随分と、食わせがいがありそうな嬢ちゃんだなぁ」
一部始終を見ていたゾイロスさんが、腕を組んでしみじみと感想を漏らす。大丈夫っすよゾイロスさん、そのイメージは間違っていませんから。
◇◆
酒場に着いてからは、正しくどんちゃん騒ぎであった。村の住人達も入り混じって、飲めや歌えやの大騒ぎ。ってか、殆どの村人が仕事やら店やら臨時休業して駆けつけて来るとは思わなかった。
こう言うのは、規模が小さくフットワークが軽いからこそ出来る事だよなぁ。≪ミーティン≫みたいなデカい街だと中々難しいだろう。それこそ、予め“この日は祭りがあるよ!”的なお触れがなきゃな。
少し羨ましいなと思いながら、俺は
因みに、リーリエ達の姿は酒場の中心にあった。一つの丸テーブルを村のご婦人方や、鉱山で事務作業等を請け負っている女性職員の人達と共に囲んで、酒を飲みながらワイワイと話に花を咲かせていた。
「にしても、ラトリアちゃんはよく食べるわねぇ。おばちゃんの焼き魚も食べるかい?」
「たべる!」
「ほら、あたしのもあげるよ」
「むぐむぐ……ありが、とう」
小動物の様にせっせこ食べ物を口に運ぶラトリアの姿を見て、女性陣の頬は緩み切っていた。やっぱあれか、母性を刺激されているのか。
リーリエとコトハはと言えば、他の女性達から質問攻めにあっていた……主に、俺との関係について。隠し通すつもりだったのに速攻バレてて乾いた笑いしか出ませんよ!
「それで、それで? 街のど真ん中でのプロポーズの後、どうなったの!?」
「その後はで
「コトハちゃんはどんな風に口説かれたんだい?」
「そうどすなぁ。うちの時は、人気の無い夜中に……」
ああ、畜生。これ場が落ち着くまであそこには近寄れんぞ……てかリーリエが酔った勢いでとんでもない事を口走りそうで怖い! いや別にやましい事はしてないから――したな。ここに来る途中で、しこたましたなぁ!!
それ以前に、複数の女性と付き合ってる時点で白い目で見られてもしゃーない気がする。しかし、リーリエ達以外の女性はその辺の事はさして気にした様子も無い……あれか、色恋話なら何でもオッケーってスタンスか。それなら有難いが。
「随分とまぁ楽しく話してんなぁ……なぁ色男」
「色男は勘弁して下さいよ……」
ニヤニヤとしながら、隣に座っていたゾイロスさんが声をかけて来る。俺はそれに、肩を竦めて返す事しか出来なかった。
俺とゾイロスさんは、最初に出会った時に酒を酌み交わした席で遠巻きに喧騒を眺めていた。酒場の賑わいを一望出来るこの場所が、なんだかんだ言って一番の特等席なのかもな。
「えらくキレイ所ばっかだと思ったが、まさか全員お前さんの
「まぁ、はい。全員、俺にとっては勿体ない位のいい女ですよ」
「謙遜しやがって……しかしムサシよ。リーリエちゃんとコトハちゃんは兎も角、成人しているとは言えラトリアちゃんみたいな小さな娘にまで手を出すのは正直どうなんだ?」
「ブフッ!? ら、ラトリアは違いますよ! リーリエとコトハ、後は≪ミーティン≫に残してきたアリアだけです!」
「なに!? もう一人いるのか!!?」
あ、ヤベ。思わず口が滑っちまった……まぁいいか。どうせ俺が隠してもリーリエ達経由でバレるに決まってるし。
「ハァーお前……別にいいとは思うけどよ、刺されねえようにだけしろよ?」
「大丈夫です、鍛えてるんで」
「いや物理的防御力の話じゃねぇよ……」
頓珍漢な俺の返答に、やれやれと言った様子でゾイロスさんは自分のジョッキをグイと呷る。口元に着いた酒をその太い腕で拭った時、不意に真面目なトーンで俺に話し掛けてきた。
「そういや……戦ってる時に、地鳴りはあったか?」
……そうだ、俺もそれについて聞きたかったんだ。ゾイロスさんが話を振ってくれたおかげで、忘れずに済んだ。
「ありましたね。戦闘中じゃなくて、討伐が終わった後でしたが」
「そうか、やっぱりあったか」
「ええ。ゾイロスさんが言った通り、確かにアレは“気味が悪い”です」
「お前もそう思うか……ほんと、何なんだろうなぁ。今の所あれが原因の事故なんかは一つも起こってないからいいけどよ、不気味ったらありゃしないぜ」
「でしょうね……治まった時の感覚も妙でした。まるで――
「……お前も、そう思ったか」
俺の感想を聞いて、ゾイロスさんは大きく息を吐いて再度ジョッキを呷り、残っていた酒を飲み干した。
「正体が掴めない以上、こっちとしても対策の立てようが無いんだよな……その内、自然に収まってくれりゃいいんだが」
「それがベストでしょうね。でも、個人的にはその正体ってヤツかなりが気になるんで、街に戻ってから色々と調べてみようとは思いますが」
「そうか……うん、お前はスレイヤーだもんな。人間の生活に差し障るような事があるとすれば、調査しようとするのは当然か」
「そんな所です。ま、今はこのひと時を楽しませて貰いますよ」
「そうしてくれ」
暗雲が立ち込め始めた空気を払拭する様に、俺とゾイロスさんは笑い合って追加の
様々な疑問や謎を残したままではあったが、ラトリアとの初めてのクエストはこうして幕を閉じたのだった。
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