第22話 VS. 赤晶鉱殻竜カルブクルス(後編)

 リーリエが的確に発動させた【拘束バインド】により、こちらの考えとは真逆の頓珍漢な方向に逃げようとしたカルブクルスの巨躯が大きく躓き、顎からしたたかに地面へと倒れ込んだ。

 うむ、最早言葉を交わさずともこうして連携が取れる様になって来た辺り、俺達のパーティーとしての練度はかなり上がって来たと言えるだろう。

 と言っても、あらゆる状況を想定して【念信テレパス】で常に連絡が出来る体制を維持する必要はあるがな。


「グッ……ガッッ!!」


 己の脚を捉える忌々しい鎖を引き千切ろうともがくカルブクルス。俺とコトハは素早くその前方へと回り込んで、本来誘導しようとしていた方向へ向かわせる為に攻撃を再開した。


「オルアッ! 起きろォ!!」


 地に伏したままの顎に向かって、俺は金重かねしげをクロスさせる形で下から振り上げる。地面をながら疾走した斬撃が標的を捉えた時、カルブクルスの頭が夥しい火花を発生させながら大きくカチ上がった。


「ガアッ!?」

「フッ!」


 跳ね上げられた頭に引っ張られる形で身体も天に向かって仰け反った所へ、間髪入れずに俺の背後から跳び上がったコトハが突貫する。

 雷を迸らせながら空中に躍り出たコトハは、体勢を立て直す為に仰け反りから復帰しようとしたカルブクルスの頭部に肉薄し、金色の刃を帯びた雷桜らいおうを横薙ぎに一閃させた。

参式さんしき雷装武御雷らいそうたけみかづち】により施された肉体強化、それにプラスしてリーリエの【腕力強化アムフォース】を受けたコトハの一撃はとてつもなく重い。

 その重撃をもろに横っ面に食らったカルブクルスは、金属質の赤い外殻にバリンと雷を通しながら、その深緑の双眸からを散らせて、今度は横に大きく仰け反った。

 たまらずといった様子で、カルブクルスはかぶりを振り俺とコトハに背を向ける。そのタイミングを見計らったかの様にリーリエの【拘束バインド】が解除され、晴れてカルブクルスは身を縛る戒めから解放されて俺達の狙った方向へと遁走を始めた。


「よし、一先ずはこれでオッケー……しっかし、っったい上に重いなコイツは!」

「ほんまに……手がびりびりするわ」


 逃げるカルブクルスを背後から追い立てながら俺は悪態を吐き、コトハは手を軽く振って攻撃によって生じた痺れを取る。

 外殻が強固なのは分っていた。金属に近いその性質から、相当な重量を擁しているであろう事も……それにしたって重い!


巨重竜アルティトーラとどっちが重いかね」

「単純なウェイトなら、流石にに軍配が上がるんとちゃうかな。そもそも体積が比較にならへんし」

「やっぱそうかねぇ……コトハ、

「りょーかい!」


 雑談も程々にして、俺達は最後の追い込みに入る。さっきまで居た場所は、比較的壁に近い位置だった。あの状態で無理に未知の威力を持つラトリアの魔法を叩き込めば、下手すりゃ壁の崩落が起こる。それは宜しくない。

 なので、俺とコトハはカルブクルスを壁とは正反対――掘削地の中心部へと向けて誘導する事にしたのだ。ここは採掘範囲が広いので、その中心地なら周りに十分なスペースを確保出来る。

 ただ……雲を引き裂く程の魔法、この程度の距離の取り方で大丈夫なのか? と言う不安はある。しかし、そのまま壁に直撃させるよりかは幾分かマシだ。

 万が一、この鉱山に深刻なダメージを与えると判断したら、その時は俺の金重かねしげを大剣形態にして何とか空中にさせてやる。こういう時の為の、対魔法アンチマジック性能でしょ。


「グアアアッ!!」


 後ろから追いかけて来る忌々しい二人の人間の姿にカルブクルスは憤慨するが、その足を止めようとはしない。

 既に、俺達の事は自分の手に負えない相手だと認識しているのだろう。こういう時は、碧鋭殻竜ヴェルドラの様な余程好戦的な性格のドラゴンで無い限り、大概は躊躇無く逃げの一手を選ぶ。

 兎にも角にも生存を最優先させる。一部を除き不変的なそのスタンスは、ある種の美徳とも言えるだろう。しかし、今目の前にいるカルブクルスは自分がに追い込まれている事に気が付いていない。


「悪いな、恐らく苦しみを味わう事は無ぇ筈だからよ……リーリエッッッッ!!」


 目的の場所まで誘導した所で、俺は大声を張り上げてその時が来たのをリーリエに伝える。しまった、念話で知らせるつもりだったんだが……まぁ俺の意図する所は通じているようだから、結果オーライって事で。

 遠方に見えるリーリエの魔導杖ワンドが一際力強い黒の輝きを放ったのを見て、俺はカルブクルスの真後ろに付いた。


「【重力グラビティ】・【加算アディション】、【拘束バインド】・【加算アディション】ッ!」


 ピンッと辺りに響き渡る声でリーリエが魔法を発動させる。瞬間、カルブクルスの巨体に強化された超重力が降り注ぎ、続け様に表れた八本の鎖が赤い外殻の上からその体を雁字搦めにした。

 たちまちカルブクルスの動きが止まったのを見て、間髪入れず俺はコトハに言葉を飛ばす。


「コトハ、リーリエとラトリアの所に行ってくれ! 俺はここでカバーの態勢に入る!」

「ッ、気をつけてな!」

「あたぼうよ、そっちもな!」


 互いに言葉を交わすと、コトハは地を疾駆し後衛の二人の元へと向かった。

 今、俺とカルブクルスが居る場所はリーリエとラトリアが立っていた場所とほぼ同じ高さまで登った所。場が整った以上、リーリエ達が上から見下ろし続ける必要は無い。

 それに、同じ高さにしないと地面を大きく抉っちまう可能性が高いしな。まだまだ鉱物が埋蔵されている訳だから、下手に風穴を開ける訳にもいくまい。

 ギギギ、と自由の効かない身体を強引に動かして、カルブクルスはその場から逃れようとする。流石は大型種、やられるつもり等毛頭無いと言わんばかりの強烈な抵抗だ。

 相手が大型種のドラゴンと言う事に加え、魔力残量と言うリミットがある以上例えリーリエでも長時間の拘束は不可能だ。

 しかし、ラトリアがブチかます時間は十分に確保出来る筈。さぁ、ここが見せ場だぞラトリア!


『ラトリア、俺の事は気にすんな! 何かあった時にはここできっちりカバーすっから――だから、やっちまえ!!』

『っ、わかった!!』


 俺が飛ばした念話にラトリアは素早く反応し、腰だめに構えていたマジカルロッドをがっちりと構える。その小さな体から光が漏れ始めるのを見て、俺は金重かねしげを大剣形態にしていつでも動ける様な体勢を取った。



「――第参拘束式サードリミット解除レリース



 ふっ、と吹き抜けた風に乗ってラトリアの声が聞こえた。しかし何だ……これは、

 微かに湧き上がる疑問。その間も、ラトリアの詠唱らしきものは続いた。


魔力充填マナチャージ開始セットアップ


 ラトリアが紡ぐ言葉に合わせて、手にしていたマジカルロッドのがガキンとその口を開けた。

 、と光が集まり始めるそれを見て思う――ラトリアよ、それ絶対ぇにマジカルロッドなんて生易しいもんじゃ無いだろ!!


トゥリアズィオエナ……魔力充填マナチャージ完了コンプリート


 普段とは打って変わり厳かに紡がれるやたらとカッコいい単語の数々。ラトリアの右眼に、あの望遠機能を持っていると思わしき魔法陣が出現した。

 俺の視力がそれを確認した時――、と嫌な予感が背筋を駆け巡った。ちょっと待て、アレをそのまま撃たせるのは……不味い!!


『ッ、リーリエ! 大至急固有魔法オリジナルをくれ!』


 俺がその念話を飛ばした時、リーリエの顔が驚愕に包まれたのが分かった。そりゃそうだ、あの魔法を使えばリーリエは今行使している全ての魔法をキャンセルしなければならないのだから。

 当然、カルブクルスの拘束も外れる。しかし、今はそんな事を気にしている余裕は無い。ラトリアに構築中の魔法を下手に中断させて、魔力測定の時みたいな事が起きたら一大事だ!

 リーリエの躊躇は一瞬だった。パチン、と言う感覚と共に俺の体から強化魔法が外れる。同時に、カルブクルスの身体にも自由が戻った。


「グオオッ!」


 勝ち誇ったような咆哮は無視して、俺はリーリエの魔法に備えた。そして――。


「――【全能覚醒強化フルオーバードライヴ】ッ!!」


 久方ぶりに紡がれた詠唱。同時に、俺の体を凄まじい負荷が襲う……だが、これでいい。

 爆発的に全身に力が漲るのと同時に、俺は金重かねしげ動いた。

 輝く光輪を背負い、一足でカルブクルスの真下に入り込む。そのまま深く腰を落として、大地が陥没する位に地面を踏み締めた。

 そして……跳ぶッ!


「どォりゃっせェいッッッッ!!!!」


 溜めに溜めた脚力。それを以って撃ち出された俺の体は、音速を軽々と突破し――カルブクルスの腹部に、


「コヒュッ」


 外殻を粉微塵に砕く俺の超速頭突き。それを食らった瞬間、カルブクルスの口からドラゴンの物とは思えない位にか弱い鳴き声が漏れ……遥か天高く、その身体が

 凄まじい速度で上昇して行く赤い巨影。よく見たら白目向いてる……あれは気絶してますねぇ。

 兎にも角にも、この場からアイツを弾き出せたのを確認し、俺は即座にラトリアへと大声を上げて――。



「――【六華六葬六獄カタストロフィー】……点火イグニッション



 そのを以って、ラトリアの魔法が完成したのが分かった。周囲の空気を巻き込んで、急速に光を増すマジカルロッド。

 その先端は、きちんと俺が打ち上げたカルブクルスの身体を追っていた。しかし……が足りねぇ!!

 このままでは露天掘りで作られた階段、その一部を間違いなく吹き飛ばす――そう予感した瞬間だった。


「ラトリアはんっ、ごめん!!」


 大魔法が放たれようとした瞬間、稲妻の速さでラトリア目掛けて一直線に滑り込んだコトハが、その銀に煌めくグリーブを装備した脚で、マジカルロッドの砲身の下に潜り込みながら思いきり下から蹴り上げた。

 ぐん、と一気に上を向くマジカルロッド。その射角は――だ。

 超ファインプレーをやり遂げたコトハが、スライディングの勢いそのままにラトリアの足元をすり抜ける。そして傍らに居たリーリエの体を抱き抱えると、ラトリアの後方へと我武者羅に飛び退いた。



 ――次の瞬間。六つの光を纏った、暴力的とも言える極彩色の轟砲が天に向かって放たれた。



 それは、余りに強烈な一撃。こうして間近で見た事で俺は確信する……アレは耐えられない。グッバイ、カルブクルス。

 気絶したまま空を駆け上がっていたカルブクルスの身体を、ラトリアの魔法が一瞬で。そのままほぼ真上に昇って行く光の奔流は、≪ガリェーチ砂漠≫で初めて遠巻きに目にした時の様に雲に大穴を開け、その先に広がる青空に吸い込まれて行った。

 その光景に俺達三人はあんぐりと大口を開けて、ひたすらぼーっとしていた。そうしている内、徐々に光線は細くなっていき――やがて、跡形も無く消えた。

 残されたのは、巨大な風穴を開けられた雲のみ。カルブクルスの身体は……どこにも無い。文字通り、してしまった。


「これは……“魔法少女”なんて可愛らしいもんじゃねぇなぁ……」


 俺がポツリと呟くと同時。リーリエ達の居る方向から、とさりと人が倒れ込む音がした。

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