第19話 垣間見えた異能

 朝一で出発した事、出発地点がそもそも≪ジェリゾ鉱山≫に近い村だったと言う事もあり、俺達が馬車の中で作戦会議を終える頃には鉱山直ぐ傍の馬宿に到着出来た。

 馬車を降りて準備を整えると、休憩もそこそこに俺達は≪ジェリゾ鉱山≫へと続く道を進んだ。ラトリアの体力を気にかけつつ、樹木一本生えていないその緩やかな坂道を登って行く。


「現役の鉱山だけあって、道もちゃんと整備されてるな」

「鉱物の運搬を行うアケロス車等も頻繁に行き来しますからね。安定した輸送の為にも、道の整備は不可欠です」

「ここって、元々こんなに木々の少ない場所だったん?」

「そうですね。元が岩山地帯ですから、そもそも緑が少なかったみたいです」


 リーリエがコトハの質問に受け答えしていた時、俺は隣をちょこちょこ付いて来ているラトリアがやけに静かな事に気が付く。いや、元々そんなに騒ぐタイプではないが、それでもちょっと気になった。


「どうした、ラトリア。疲れたか?」

「ううん……ラトリアは、へいき」

「そうか、無理はすんなよ。現場に着くまでに体力が無くなったらエライ事だからな」

「む……そこまで、ラトリアは貧弱じゃ、ない」

「すまんち!」


 ぷくっと頬を膨らますラトリアの頭を、俺は謝罪の意味も込めてポンポンと撫でる。この動作も、すっかり板に付いてきたな。

 ま、今まで一人旅をしてきたんだ。そりゃ、この程度で根を上げるような体と心じゃないだろう。


「でもどうだ、少しは肩の力が抜けたか?」

「あ……うん、抜けた」

「そりゃ結構。力が入り過ぎると碌な事にならんからな……おっ」


 じゃりじゃりと地面を踏み締めながら歩いていた俺達の足が、ピタリと止まった。

 緩やかな斜面が徐々に平坦になり、視界の様子が変わる。それまではただ横に広い道を歩いているだけだったが、目の前に現れた光景がその行軍の終わりを告げた。


「着きましたね……」

「あぁ。成程、確かにこの規模の鉱山がストップしたら鉱物の流通も鈍るわな」


 眼前に広がっている光景に、俺は思わず感嘆の息を漏らす。

 それは、リーリエと出会って間もない頃に調査で訪れた≪ネーベル鉱山≫の跡地とは比べ物にならない規模の採掘場だった。

 そもそも、鉱山の形状が違う。≪ネーベル鉱山≫が山に坑道を掘ってそこから採掘する形式だったのに対し、目の前に広がっている≪ジェリゾ鉱山≫は、ゾイロスさんが言っていた通り擂鉢状……露天掘り方式を採用している採掘場だった。

 階段式に、どんどん下へ下へと続くその地形の巨大さには圧倒される。これは自然が作り出した風景では無い、人間の営みが作り出したのだ。

 だが、こりゃ環境過激派エコテロリストが見たら憤死しそうな光景だな……この世界にそんな奴等が居るかは分からないけど。


「これだけ大きいと、鉱毒問題とかも出てきそうやけど……あらへんのよね?」

「はい。この規模で採掘を行う上、近隣には幾つか村もありますからその辺りの事には細心の注意を払っているそうです」

「だろうな。周りの村からすれば、ここを訪れる連中は自分達の村に金を落としてってくれる存在でもあるから、鉱害さえ発生しなけりゃウェルカムって感じだろ」


 一度止めた足を動かして、俺は階段式に掘られた道の縁に立って、遥か下を見下ろす。シュッと視界が狭まり、伸びていく視線の先に今回の標的が映った。


「――っけた」


 俺たちが今居る場所から、程下方。採掘の最前線たるその場所に、赤い外殻と巨躯を有するドラゴン――カルブクルスの姿があった。


「三人とも、一番下を見てみろ」

「……いますね。あの赤い点ですよね?」

「せやね。ここからだと遠過ぎるから、正確な大きさは分らんけど……」

「あぁ、それなら――」



「二十三メートル」



 俺が解を伝えるよりも早く、ラトリアがヤツのサイズを伝えて来た。マジかよ、あそこまで滅茶苦茶距離があるのに、俺と同じ答えを出しおったわ。


「すげぇなラトリア、よく……おい、どうしたその目」


 賞賛の言葉を贈ろうとラトリアの方に視線を向けた時、俺はラトリアの状態にギョッとした。そして驚いたのは、リーリエとコトハも同じだった。


「ら、ラトリアちゃん……それは」

「……?」


 俺達の視線が集まった先。そこにあったのはラトリアの顔……正確に言えば、眼だ。

 それは、まるでだった。右眼の上に三つ、間隔を置いて直径八センチ程の極小魔法陣が展開されていた。

 キュイキュイとそれぞれが小刻みに動いているそれは、カメラの焦点を合わせているかの様だ……恐らく、効果もそれと同様。

 ラトリアは、何気なくそのの様な物を使っているが、俺達がそれを見たのは初めてだ。当然、疑問も出て来る。


「あ……えっと、これは」


 初めて、俺達の視線が自分に向けられている事に気付いたのか。ラトリアは慌ててその魔法陣三つを消して、そのまま俯いてしまう。それを見て、俺とリーリエとコトハは顔を見合わせた。


「ラトリア、これだけ聞かせてくれ。お前が使える魔法は……一つじゃないのか?」


 俺は片膝をついて、ラトリアへ向けて声をかける。

 それぞれの戦力の把握。これは、パーティーで活動するなら非常に重要な事である。現時点で俺達がラトリアの能力について知っている事は、リスキーな大魔法を一つ使えるという点のみだった。

 しかし、今ラトリアが持つ別の力を見た……この場合だと、と言った方が良いのか。何故なら、その力を曝したラトリアは明らかにやってしまったという顔をしているからだ。


「……ひとつ、だよ?」


 嘘だ。俺にその程度の誤魔化しは通用しない――だが、の様だ。それが、更に謎を呼ぶ。

 ラトリアがわざと嘘と本当を織り交ぜている様には見えない。だが、俺が自分の感覚を信じるなら……あーもうっ! こんがらがるぜぇ!!


「ラトリアちゃん」


 俺が頭をガシガシ掻いてどうしたもんかと考えていた時、リーリエが静かに、言い聞かせるようにしながらラトリアの前に膝を付き、その顔を上げさせた。


「私達は、同じパーティーの仲間だよね。だから、あまり隠し事はしたくないの」

「……っ! ご、ごめ――」

「でも」


 ラトリアの言葉を遮って、リーリエはその手をラトリアの顔へと伸ばす。その両頬に優しく手を添え、ふっと優しい笑みを作った。


「ラトリアちゃんにとって、私達に全部を全部打ち明けるのはなんだよね?」


 リーリエのその言葉に、ラトリアは目を見開く。どうやら、今のリーリエの言葉はラトリアの核心に近い部分に触れたらしい。

 “怖い”。何故ラトリアがそう感じるのか、俺には分からない……ラトリアについて、まだ知らない事が多過ぎるからだ。

 だが、リーリエが見抜いたその恐怖心。それが、恐らくラトリアが一歩踏み出すのを邪魔している。ギルドで魔力測定を嫌がったのも、自分が“六曜を宿せし者エクサルファー”だと知れるのが怖かったからだ。

 なぜ自分の事を他の人に教えるのにそこまで躊躇するのか……この辺は、ラトリアの来歴とかが関わってくるのかね。


「ラトリアちゃん、これだけは約束して。今じゃなくてもいいから……いつか必ず、ラトリアちゃんの事をちゃんと教えて。これは私から……私達からの、


 ゆっくりと、しかしピンと芯の通った声でリーリエがラトリアに語り掛ける。その言葉に、ラトリアは暫し考えた末――しっかりと頷いた。


「わかった……約束、する。リーリエたちは、仲間だから……」

「そっか……ありがとう。少しづつでいいからね」

「……うん」


 そこで、リーリエは腰を上げて膝に付着していた砂をパッパと払った。


「二人とも、ごめんなさい。勝手に話を進めちゃって……」

「いや、気にすんな。俺が言いたい事を全部言ってくれたのは有難い」

「うちも、ええと思うよ。何もラトリアはんが隠し事をしているからって、今日で関係を打ち切るつもり何てさらさらあらへん訳やしね」


 うむ、コトハの言う通りだ。仕事をする上では如何な物かと思われるかもしれんが、俺達には俺達のやり方があるんじゃい。外野に文句なんかつけさせるか。


「ま、ラトリアのそれは何かしらの能力の一つって事で今はいいだろ……さて」


 俺はそこで思考を切り替え、ぐっぐっとその場で屈伸をする。この高さだ、念の為はしっかりやらないとな。


「む、ムサシさん……もしかして」

「はぁ……ラトリアはん、高いところは大丈夫かな?」

「え……? 大丈夫、だと思う」


 俺の動きと、リーリエ達のどこか諦めた様な反応にラトリアが困惑する。そりゃあ、そうだろうな。だが、これから先俺達と行動するならこの程度の事には慣れて貰わんと。

 俺は背負っていた金重かねしげを何時もの様にマジックポーチへと放り込み、ニヤリと笑った。



「よし……全員得物仕舞ってくれ。カルブクルスの所まで、

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