第17話 聞き込み
その酒場は、村のほぼ中心地にあった。
まるで西部劇に出て来る様な外観をしており、その酒場を中心にこの村の主要施設が立ち並んでいた。
食品店、雑貨屋、金物店、それに武具屋。規模は小さいながらも、それぞれの店構えはしっかりとしている。武具屋に関しては、恐らくこの村に駐屯、若しくは訪れるスレイヤー向けだろうな。
ただ、それ等の店は全て明かりが消えており、もう営業時間は過ぎている様だった。≪ミーティン≫の様に夜遅くまで営業しているのは、酒場だけかな……ま、今用事があるのはその酒場な訳だから俺としては無問題だが。
そんな事を考えつつ、俺は酒場の観音開きの扉へと手を掛けた。木製のそれを押すと、年季相応のギギッと言う木が軋む音と共に奥へと開く。
頭がぶつからない様にして中に入れば、そこには村の規模に合わない数の人間と、それに見合うだけの喧騒が溢れかえっていた。
その大多数は、出で立ちからして恐らく鉱夫だろう。ヒト、エルフ、ドワーフ、獣人……そこに種族の垣根は無く、みな一様にワイワイと騒ぎながら酒を呷っている。心なしかやけ酒にも見える原因は、十中八九カルブクルスにあるんだろうな。
そんな活気が溢れていた酒場内だったが……俺が店内に入った瞬間、それまでの騒々しさがウソの様にしんと静まり返った。
……うん、予想はしてたけどそりゃこうなるよねぇ! でもここまで来ちまった手前、今更回れ右をする訳にもいかない。
俺は腹を括ると、酒場をぐるりと見まわして口を開いた。
「あー……すんません、今回カルブクルスの討伐クエストを受けた者ですけど、この中に≪ジェリゾ鉱山≫の責任者の方とかって居ますかね? ちょい、話聞きたいんですけど」
出来るだけ怖がらせない様に、しかしちゃんと全体に届く声でそう言うと、静寂に包まれていた酒場内がにわかに喧噪を取り戻す。
これは、居るって事でいいのだろうか……俺が頭を軽く掻いた時、不意にそのザワザワとした中から太い声が上がった。
「――おーい、こっちだ!」
数多の声を蹴散らす大声量。そちらへと視線を向ければ、そこにはカウンターに腰を掛け、でけぇジョッキを片手に俺に手招きをしている豊かな髭を蓄えたがっしりとした体格のドワーフのおっちゃんの姿があった。
ドワーフにしては中々の
「えっと、貴方は?」
「おう! おれが≪ジェリゾ鉱山≫で採掘業やってる連中を纏めてるゾイロスだ、よろしくな兄ちゃん!」
「あ、どうも。俺はスレイヤーのムサシです」
差し出された俺に負けず劣らずのゴツイ手を握ると、ガッチリと握り返しブンブンとゾイロスさんは腕を振る。見た目に違わず、豪快な人の様だ。
「ムサシだな、まあ座れや!」
「じゃあお言葉に甘え……あ、やっぱ俺立ったままでいいです」
「ん? 何でだ?」
「初めて来た場所でいきなり
そう言って苦笑しながら、俺はゾイロスさんの隣にあったカウンターに備え付けの椅子を動かして見せる。ギィギィと音を立てるそれを見て、ゾイロスさんは納得がいったという様に頷いた。
「なるほど、確かにそんだけ体がデカいあんたが座ったら壊れちまいそうだな!」
「まぁそう言う事ですね……すんません、
俺がカウンターの奥に注文を飛ばすと、「はいよ!」と威勢のいい声が聞こえて来る。さほど時間を置かずに、奥から恰幅の良いおばちゃんが出て来て、俺の前に
「んじゃあ、早速ですけど――」
「待て待て待て! 先ずは乾杯が先だろ!」
俺が口を開こうとしたのを、ゾイロスさんはジョッキを差し出す事で遮る。あぁ、確かにちょっと気が逸ったかも知れないな。
「そうですね。じゃあ……乾杯!」
「乾杯!」
ガコッ! と互いのジョッキがぶつかる子気味の良い音が響き渡る。何に対する乾杯かとかは、まぁ深く考えなくても良いだろう。強いて言えばこの出会いに乾杯か?
ぐっとジョッキを呷り、その一口で俺は中身を半分ほど飲み干……やべ、うっかり空にしちまった。
「ムサシ……お前、やるなぁ!」
一息で中身を全部飲んだ俺を見て、ゾイロスさんは感心した様に笑いながら自分の
オイオイ、大丈夫か? どう見ても酒に弱そうな人では無いが……飲みがメインになりそうな勢いだぞ。それはそれで楽しそうではあるが、今日の目的は違う。ま、程々にだな。
「ふぅ……で? 聞きたいのは≪ジェリゾ鉱山≫に現れたカルブクルスの事だったか」
「そうですね。カルブクルス自体の事は知ってるんで、出来れば鉱山の状況とクエストを出すに至った経緯とか聞かせて貰えれば」
「よしよし。なら、何処から話したもんかな……取り敢えず、あのクソドラゴンが現れたのは今から二週間近く前の事だ」
げぷっ、と二杯目の
「あん時は少し曇ってたんだがな……おれ達がせっせこ採掘業に勤しんでたら、いきなりアイツが上から降って来やがった」
「降って来た?」
「ああ。≪ジェリゾ鉱山≫は露天掘り方式で採掘が進められてる鉱山なんだが、その上の縁から突然降りて来やがったのよ! 全く、あの時の忌々しい咆哮は忘れられねぇぜ!!」
ダンッ! とジョッキをカウンターに叩き付け、ゾイロスさんは唸り声を上げる。こりゃ、相当頭に来てんなぁ……当然と言えば当然だが。
「そりゃ災難でしたね。怪我人とかは?」
「幸い、いなかった。野郎が露出していた鉱物群に突っ込んで行った時はひやひやしたが、何とか全員で逃げ出せたからな」
「成程、不幸中の幸いって訳ですか……その後は、鉱山を放棄して真っ直ぐこの村に避難してっ来たって感じですか?」
「大体はそうだ。だが、おれと一部の幹部連中は残ったよ。おれ等の中には警備役のスレイヤーも居たからな。あいつ等がおれ等の食い扶持を守る為に戦ってくれてるのに、一人も残らない訳にはいくめぇよ!」
ガハハ、と笑いながらゾイロスさんは更にジョッキを呷る。中々、人情にも厚い人の様だ。こういう人がトップだと、仕事もやりやすいだろうなぁ。
「だが、結局討伐には至らなかったな。スレイヤーの連中はまだ戦えるって言ってたが、おれが止めた。あのクソドラゴンの頑丈さと来たら、頭に来るを通り越して呆れるレベルだったからな……体力も消耗しちまってたから、やむを得ずこの村まで避難してきたんだ」
「それが正しい選択でしょう。カルブクルスは、真正面から戦うと面倒くさい事この上ないドラゴンみたいですからね。飯食ってる間は大人しいとは言え、大型種は大型種。不慮の事故が起こらないとは限らない訳ですから」
「おう……で、この村に戻ってからここに常駐してるスレイヤーも含めて協議をしたんだが、現状戦力じゃ追い払うのが厳しいって話になってな。結果、あんた等が居る≪ミーティン≫までクエストの依頼を出したって訳よ!」
「了解、大体は把握しました。カルブクルス以外のドラゴンは?」
「いねぇな。元々岩ばっかで碌に餌も無い場所だ、カルブクルスみてぇな石食ってるような奴以外は近寄らんさね……なぁ、ムサシよ」
「何です?」
今までの話を統合しながら明日の行動を考えていた俺に、ゾイロスさんが声のトーンを落として神妙な面持ちで聞いて来る。
「クエストを受けてここまで来て貰っといてアレだが……やれんのか? いや、別にあんたの実力を疑ってる訳じゃねぇ。ただ、あの野郎は本当にタフな奴だからよ。斬っても叩いても、魔法をぶっ放してもビクともしやがらねぇんだ……」
「あぁ、その辺は心配しなくても大丈夫ですよ。俺達、今までカルブクルスよりもよっぽどヤベェ連中を相手にしてきましたから。居場所もはっきりしてるんで、明日の午前中には片付けられます」
「……本当か!?」
「え、えぇ」
ガタリと席を立ち、俺の防具の首元を両手で掴んでがくがくと揺さぶって来るゾイロスさんに返事を返す。ああ、そんなに頭を揺さぶんないでチョーダイ。
「そうか……そうか。なら、頼む。おれ達の生活がかかってるんだ」
手を離したゾイロスさんは、そう言って俺に頭を下げて来る。俺はその頭を上げさせて、ニッと笑って見せた。
「任せて下さい。俺達はスレイヤーとしての仕事を果たしに来た訳ですから、きっちりやり遂げますよ。でも、そうですね……討伐が終わったら、またここで飲みましょうか。うちのパーティーメンバーも連れて来るんで」
「あぁ、そうだな! そん時はおれが奢るから、是非連れて来てくれ!」
「了解です。じゃあ、俺はこの辺で失礼しますね。明日の朝一で向かいますんで」
「分かった……あ、ちょっと待て!」
俺がジョッキを空にし、ゾイロスさんの分の酒代も置いて酒場を後にしようとした時、思い出した様にゾイロスさんが俺を呼び止める。
「どうしました?」
「いや、一つ伝えて置かなきゃいけない事があった……最近この辺りで頻発している、
ゾイロスさんのその言葉を聞いた時、俺の頭を“ピリッ”とした正体不明の嫌な予感が駆け抜けていった。
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