第3章 魔"炮"少女、来たる

Prologue…砂上でフィッシング!

 暖かな陽光――では無く、身を焼く様なギラギラとした日差しが、容赦無く辺りを照り付けていた。

 俺が着込んでいる黒金の大鎧は、もう表面がやべぇ事になっている。加熱され過ぎて、目玉焼きが焼けるレベルだ。

 しかし、灼熱地獄と化した表面とは裏腹に、内側は快適その物である。全天候対応型防具とは、まさにこの事か。

 だが相変わらず兜は無いので、顔は直射日光をモロに受けてるけどな!


「あー……あっちぃなぁー……」

「ですねー……」


 胡坐を組んで座り込む俺の隣で、日射病にならない様にフードを被り、同じ様に体育座りで腰を下ろして水筒に口を付けているリーリエがげんなりした様子で相槌を打つ。


 俺達が今居る場所は、≪ガリェーチ砂漠≫と言う名のフィールドである。岩山地帯に囲まれた広大な砂丘を要し、僅かな植物と地下水路のみがある荒涼とした大地だ。

 昼は熱く、夜は寒い。寒暖差が激しいので、環境変化への耐久性を上げる薬の類の持ち込みは必須だ。俺は気合で我慢してるけど。


「身体的ダメージは無ぇけど、精神的にキツイわー……」

「それはムサシさんだけです……普通はどっちもキツイです……」

「そっかー……」


 身の無い会話をしながら、俺は手に握った太いロープを弄繰り回す。遠くまで伸びたその先には、骨付きのドラゴンの肉が括りつけてあった。

 砂漠のど真ん中でこんな訳の分からない事をやって、遂に頭でもやられたかと言われそうだが、別にこれはふざけている訳じゃあない。ちゃんとした理由があるのだ。

 これは、言ってしまえば砂上で行う釣り。但し、相手は魚では無く……ドラゴンだがな。


 ――【砂泳竜さえいりゅう】アルバハル。砂漠地帯に生息する、中型種のドラゴンだ。

 二つ名が示す通り、コイツは砂中を動いて移動する。身体の造りも特殊で、その辺りに居る様な二足型や四足型のドラゴンとは違い、手も足も持たない。

 その代わりに、鰐の様な胴体にエイの様なヒレを身体の側面に持っている。そのヒレは、片側だけで胴体の全長に匹敵する大きさで、それを波打たせて砂の中を高速で泳ぐのだ。

 そのヒレも含めて、全身は鮫肌の様な黄土色の鱗でびっしりと覆われており、注意して触らないと手を怪我する。

 食性は肉食で、主に砂上を行き来する生物を襲って捕食する。食欲は旺盛で、相手が獣だろうがドラゴンだろうが、獲物から伝わる振動やニオイを鋭敏に感知し、イケると判断したら本物の鰐よりも長く発達した顎で食らい付くそうだ。

 このアルバハルに関わらず、こう言った過酷な環境下で生きる生物は皆食欲が強い。何せ、ただでさえ餌が少ない場所に、自分以外の生物だって棲んでいるのだ。数少ない食い物の奪い合いは熾烈を極める。


 で、今俺達がやっているこの釣りモドキは、その貪欲な食い意地を利用した作戦という訳だ。

 砂の中に居る状態のアルバハルには手が出しづらい。加えて、これだけ広大な砂丘が広がっているのだ。その中を移動するアルバハルを歩いて探すなんざ効率が悪いったらありゃしない。

 なので、こうして待ちの体勢を取っている訳だ。俺は予め、≪ミーティン≫の市場でアルバハルの肉を買って、そのニオイを覚えておいた。

 そして、≪ガリェーチ砂漠≫に着いてから微かに砂中から漂うアルバハルのニオイから大体の遊泳ルートを見つけ出し、そこに買ったアルバハルの肉を括りつけた太いロープを放り投げて、今に至る。

 針は必要無い。一度食らい付いたら、まず離さないらしいからな。てか、アルバハルを討伐する手順としてはこれが一番ポピュラーなんだとか。

 ただ、普通は予め遊泳ルートになっているであろう場所を地図から絞り込んでおいて、そこでガン待ちするらしい。ロープは近くにアンカーか何かを打ち込んで、それに縛り付けて持っていかれない様にするんだと。

 しかし、俺にはこの嗅覚があるので、現地で追っても大丈夫やろって事になったのだ。ロープの固定に関しても、俺の膂力でどうにでもなる。


「はぁ……コトハは、今何してんのかなぁ」

「多分、ベースエリアでご飯の準備をしながら待ってくれているんじゃないでしょうか……」


 リーリエの話を聞いたら、俺の腹が若干鳴った。

 今回のクエストには、以前のハガネダチの一件を経て正式にうちのパーティーに加入したコトハも同行している。今日に至るまで既に何回も一緒にクエストをこなし、連携にも磨きをかけて来た。

 但し、今この場にコトハの姿は無い。何故かと言えば、それは俺達が受けているクエストの特殊性ゆえだ。


「あぁ、これがじゃなけりゃなぁ……バリバリ手伝って貰う所なんだが」

「仕方ありませんよ。コトハさんは青等級で、私達は黄等級……等級が上の者が、下の者の昇級試験に手を貸すのはルール違反ですから」


 そう。今俺とリーリエは、黄等級から赤等級に上がる為の昇級試験の真っただ中。このアルバハル討伐を二人で成功させれば、晴れて下位の一番上の等級になれるのだ。


「ああ、クソ。アルバハルを討伐したらコトハの飯をこれでもかって位ガッツリ食って……ん?」


 俺がコトハが用意しているであろう昼飯に想いを馳せたその時。くいくいと手元で動かして肉にそれっぽい振動を与えていたロープに、微かな引っ掛かりを感じた。

 これは……間違い無い、アルバハルのだ!


「リーリエ、スタンバイよろ」

「……!」


 ロープを握り締めたまま、静かに腰を上げた俺の言葉で、リーリエはハッとした表情になった後、素早く魔導杖ワンドを構えていつでも魔法を発動させられる体勢に入った。

 プランとしては、食いついたアルバハルを一本釣りの要領で引っ張り出したら、すかさずリーリエが【拘束バインド】で動きを拘束。その間に俺がサクッと仕留めるって感じで行くつもりだが……さて、どうなるやら。

 くん、くんと動かし続けるロープには、相変わらずつつく様な感触がある。食え、食え、食えッ!


「――! どォりゃっせいッ!!」


 手元に掛かる振動が、グイン! と大きな物に変わった瞬間、俺は勢い良くロープを引っこ抜いた。

 瞬間、前方にで砂が爆ぜる光景が見える。舞い上がった砂の中に見えたシルエットは……アルバハルだ!


「ッシャオラァ! 絶対逃がさねぇ!!」

「ファイトですムサシさん!」

「もっと言って!」

「!? が、がんばれっ、がんばれっ!」

「Fooooooooooo!!」


 リーリエの応援により、俺の筋肉がいつもの倍のスペックを発揮する。不安定な足元だが、踏ん張れ無い程では無い。

 俺は腰を落として全身に力を入れると――カツオの一本釣りの如く、一気にアルバハルを地中から引きずり出した。

 俺の膂力で引き揚げられたアルバハルの身体が天高く舞い上がる……が!


 ――ブチッ――


「「あっ」」


 俺とリーリエが、目の前で起きた光景に思わずハモる。

 ……俺達が使っているロープは、中型種のアルバハルを地面から引っ張り出せるくらいの強度を持つ頑丈な物だ。

 しかし、それを引っ張っているのは何を隠そうゴリラな事に定評のある俺な訳で……その俺が全力で引っ張ったら、そりゃ切れますよね。

 しかも運が悪い事に、空中で自由落下に入ったアルバハルは真っ直ぐに俺達の方へとぶっ飛んで来た!


「やっべ、やっちまった!」

「ば、【拘束バインド】っ!」


 見る見るうちに迫って来たアルバハルに、リーリエが慌てて【拘束バインド】を掛ける。

 間一髪、空中で縛り上げられたアルバハルの身体は急速に速度を失い……俺達の目と鼻の先で、宙吊りの状態になった。


「……次は、もう少し力加減に注意するわ」

「そうして下さい……」


 はぁ、と溜息を吐いたリーリエに頭を下げつつ、俺は地面に突き立ててあった金重かねしげを引き抜き、ジタバタともがくアルバハルの頸を叩き斬った。

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