第9話 大乱闘の果てに
「――手ぇ出さんといてッッ!!」
俺が
おいおい……幾らなんでも、それは一緒に行動してた仲間に向ける殺気じゃねぇぞ。ありゃかなり追い詰められてるな。
「こ、コトハ……さん……?」
コトハの一喝で完全に気圧されたリーリエの口が、震える声で名を呼ぶ。その震えは、あのドラゴンが与えた物では無い。
一体何故そこまで気が立っているのか。恐らく“目的”に基づいた深い理由があるんだろうが……状況はコトハの望みを、許してはくれないらしい。
ギョロリと、ドラゴンの視線が俺達……正確には俺のみを見据える。四つの瞳……いや、右側の一つは潰れてるな。それ以外の三つの朱色の眼光が、淀み無く俺へと向けられていた。
その時点で、俺はコトハの言葉を無視してマジックポーチから
「コイツは、うちの獲物や! 手出しは無用――」
その言葉を遮る様に、ドラゴンの長過ぎる角がコトハの体を横薙ぎに吹き飛ばした。
アホか! この状況であのドラゴンから目を離す奴が……ああ、でも直前でガードしたみたいだな。ドラゴンの方も刃じゃなくて面で払ったみたいだから、真っ二つにはなっていない。不幸中の幸いと言うべきか。
だが、このままだとコトハが死ぬ。取り敢えず間に――。
俺がそう考えて動くよりも先に、ドラゴンの方が動いた。
その外殻の下に強靭な筋肉を備えた脚で地面を蹴り、一直線にこちらへと突っ込んできたのだ。
「ぬっ!? どおっせいッッ!」
弾丸の様に突っ込んできつつ、俺を頭から真っ二つにせんと振るわれたその刃を、ほぼ反射的に振り上げた右手の
ギィンッ! という甲高い音と共に凄まじい量の火花が散った。おいおい……クラークスの外殻ぶった斬ろうとした時だってここまでの火花は出なかったぞ。
俺の中で、あの頭角は完全に刀剣として認識された。ただの刀剣じゃない、ドラゴンの膂力を以って振るわれる、佐々木小次郎が使っていた物干し竿も真っ青なリーチを誇る刀剣である。
「――ッ、リーリエ、距離を取れ! 絶対俺の後ろから出んなよ、あと自分に【
「はっ、はい!」
俺の言葉で、リーリエが弾かれた様に後方へと下がる。
今回ばかりは、リーリエを背中に隠さない訳にはいかない。何故ならコイツの斬撃を弾いた時、俺の体に鋭い衝撃波が奔ったからだ。
「こンのっ、斬撃波なんて初めて見たぞゴラァ!」
俺は鎧に付いた一筋の傷を一瞥して、悪態を吐く。
信じ難い事に、コイツの繰り出す斬撃は切断力をもった衝撃波まで生み出す様だ。弾く分には大丈夫だが、直接刃とぶち当たると斬撃波が飛ぶ。アホみたいなリーチ故に、それが届く範囲も広い。
この状態でリーリエを隣には置けない。出来るだけ横から弾く方向で行きたいが、かなり厳しいっすよ!
一度仰け反った後も、ヤツはすぐさま体勢を整えて斬りかかって来た。今度は一撃で斬り飛ばすという様な感じでは無く、手数重視で立て続けに斬りつけてくる。
それを俺は、双剣形態の
スピードは互角。パワーは俺が勝るが、斬撃の精度等は圧倒的に向こうが上だ。ドラゴンに負ける俺の剣術って……。
「――いや、コイツがおかしいだけか」
幾重にも火花を散らす中で、俺の思考はどんどん冷えて、冴え渡っていく。
コイツの繰り出す斬撃の鋭さは異常だ。一切のブレ無く、的確に人間の急所を狙うドラゴンなんざ聞いた事が無ぇ。
恐ろしいのは、その斬撃をこの速度で休み無く連続で繰り出せるという事。このリーチで頭の先端から伸びてんだから、取り回しなんて相当悪い筈なのに……コイツは、首と全身の動きを器用に組み合わせて鮮やかな連撃を作り出している。
そして、
「リーリエ、俺を強化する余裕はあるか!?」
「はいっ! 行けます!」
後ろを一瞥して声を張り上げれば、【
「長引かせたくない、一撃で仕留める!」
「はい! 【
その時、突如一つの影が凄まじい殺気と怒気を伴って俺とドラゴンの間に突っ込んで来た。
「うおっ!」
「グルルッ!」
「ムサシさん!?」
俺もドラゴンも、瞬時にその場から飛び退く。次の瞬間、今まで俺達がカチ合っていた場所に雷を伴った強烈な一撃が叩き込まれた。
その衝撃で地面が割れ、辺りに放射状に電撃が流れる。その中心に立っていたのは、白い髪を翻して全身からどす黒い感情を撒き散らす一人の獣人。
「コトハッ! おま、俺毎ぶった斬る気かよ!?」
「ガアアアアアアッッ!!」
「ちょっ!」
俺の抗議などまるで聞かずに、コトハはその身をドラゴンへと向けて疾駆させる。叫び声がケモノのそれになっちまってるじゃねーか!
全身から夥しい雷を迸らせ、コトハはドラゴンへと襲い掛かった。対するドラゴンは、体勢を立て直してそれを迎撃する。
……不味いな、アレは。怒りと憎悪で完全に我を忘れてる。犬歯を剥き出しにして、本能の赴くままに戦ってるって感じだ。
瞳には、もう光が無い。代わりにあるのは、煌々と揺らめく負の炎。繰り出される攻撃に、ヴラフォスを討伐した時の様な鮮やかさは欠片も無い。魔法で強化された筋力と、足元の雷から得られる推進力を以ってただひたすらに
だが、アレでは駄目だ。過度な憎悪によって剣閃は鈍り、動きも単調になっている。幾ら速度を上げても、それじゃ一太刀も入れられない!
対するドラゴンの方は、その朱色の瞳に明らかな侮蔑の色を浮かべていた。突っかかってくる駄犬を見下ろす様な視線をコトハに向け、乱雑な攻撃を丁寧に捌いている。オイオイ、本当にドラゴンかアイツ……中に人間の魂でも入ってるんじゃねえの?
「悠長にしている暇は無ぇな……リーリエ、アイツの動きを止められるか?」
「やってみます」
後ろを振り返って告げると、リーリエが
「【
その声が響くと同時にドラゴンの足元に黒い魔方陣が出現し、超重力の檻が出来上がる。
「ガアッ!?」
突然自分の身を襲った圧力に、ヤツの動きが鈍った。その隙を見逃さなかったのか、コトハが瞬時に加速してその喉元へと迫る。いけるか――?
「グルアッ!」
だが、異変を感じ取ったドラゴンは思いがけぬ行動を取る。動きが制限されている中で、自分の足元にある魔方陣に向かって己の刀剣を叩き付けたのだ。
そして――その一撃で魔方陣は真っ二つに斬り裂かれて、拘束効果と共に消滅した。
「ハアッ!?」
「そんなっ!」
目の前で起きた出来事に、俺とリーリエは思わず叫び声を上げてしまった。魔方陣をぶった斬るとか無茶苦茶な事しよるな!
だが、即座に俺の視線はコトハへと移る。【
「シイィッ!!」
「グルッ!」
止まる事無く突っ込んだコトハが放った一撃、それを動きが戻ったドラゴンの斬撃が迎え撃つ。
雷の刃と竜の剣がぶつかり合い、激しい音を辺り一帯に響かせた。
――ピシッ
小さな、本当に小さな音だった。だが、それを背筋に走る嫌な予感と共に俺は確かに聞き取った。
「グルアッ!!」
「うッ!」
返す刀で斬り付けてきたドラゴンの一撃を、コトハは体をそれに合わせて回転させる事で凌ぐ。
ピッ、と一筋の血がコトハの首から飛ぶ。どうやら、薄皮一枚で躱せた様だ。
が、コトハは引く事無く再び飛び掛かる様にしてドラゴンへと斬りかかった。だからそれじゃ駄目だっつーのに!
介入しようにも、今のコトハに言葉は通じねえし……どうすっかなコレ!!
そこで、俺はある異変に気付く。先程まで稲妻の如き速度で連撃を繰り出していたコトハの動きが、明らかに鈍ってきていたのだ。
(魔力切れ? いや、あれはそう言う動きじゃない。まるで、いきなり鉛を背負わされたみてぇな)
よく見れば、瞳の闘志は失われていないが表情は悪い。何だか青褪めていると言うか……。
そこまで考えた所で、俺の頭の中で警鐘が鳴る。さっきの“ピシッ”って音、今のコトハの状態……。
「――不味いッ!」
俺は一も二も無く、その場から全力で跳んだ。向かうは、コトハの元。
これは、もううだうだ考えてる暇は無ぇッ!! 俺の予想が正しいのなら、今のコトハは――!
しかし、俺が飛び出すと同時にコトハは鈍った身体を魔法で強引に動かし天高く跳躍した。そのまま、体を回転させながらドラゴンの脳天目掛けて
「あ、こらっ! そこで跳ぶ奴があるかァッ!!」
俺の叫びも空しく、空から襲い掛かるコトハをドラゴンが迎え撃つ。
あの頭角は片刃――峰で打つつもりか?
だが、俺の予想は外れる事になる。ドラゴンはその頭部を
お前はフクロウかッ――! 俺が心の中でそう叫ぶと同時に、
――バキンッッツ!!――
金属が破断する残酷な音と共に、真っ向からぶつかった
(クソッ、あの音はやっぱり亀裂が入った音だったか!)
酷くゆっくりと時間が流れている様に感じられる中、呆然とした表情で落下するコトハの姿が俺の目に映る。そこへ無情にもドラゴンの凶刃が肉薄し、コトハの体を――。
「させるかァッッ!!」
あらん限りの力で地面を脚でブチ抜き、俺は撃ち出された弾丸の如くコトハの元へと飛び――その体を、しっかりと抱き締めた。
が、そこで気付く。何とかコトハは回収出来たが、今俺達の下にはあのドラゴンが居る訳で……。
ちらりと視線を遣ると、俺の乱入で一撃目を躱されたドラゴンが二撃目の体勢に入っている。逆さのその貌は、口角を釣り上げて……確かに、嗤っていた。
「やばっ――」
「【
俺がどうやって切り抜けようか考えると同時に、力強い詠唱が降りしきる雨音を蹴散らして辺り一帯に響く。
リーリエが発動させた【
「へっ?」
「うおおおおおりゃああああっ!」
随分とまあ可愛らしい雄叫びと共に、俺達の体に巻き付いた鎖が勢い良くリーリエの元へと引き戻される。
見れば、【
「そんな使い方が出来るんかああああああ!!」
「やってみたら出来ましたあああああああ!!」
咄嗟にやったのか! でもナイスだリーリエ、お陰でぶった斬られずに済んだぞォ!
「いよっとぉ!」
引っ張られるままにリーリエの元へと吸い寄せられた俺は、空中で体勢を立て直してコトハを抱きかかえたまま地面へと着地する。同時に【
「ムサシさん、コトハさん!」
「ファインプレーだリーリエ! これで――」
反撃に移れる。そう言おうとした俺の背中に、突き刺さる様な殺気が飛んで来る。
反射的に後ろを振り向けば、その長い頭角を振りかぶったドラゴンが目と鼻の先まで迫っていた。
「チィッ!」
瞬時に俺はリーリエの体も抱え上げ、後方へと大きく跳躍した。
たらりと冷や汗が流れ落ちるのを感じながら、俺は後ろへと視線を遣る。そこに……地面は無かった。
「――やっちまったあああああああ!!」
「きゃああああああああっ!!?」
このエリアに来る時に昇った岩壁がどんどん遠ざかっていくのを見ながら、俺達は真っ逆さまに下へと落ちていった。
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