第7話 剣戟

「二人とも~終わったよ~」


 コトハが雷桜らいおうを背中に戻して、こちらに手を振る。どれ、したらば俺達も下りるか。


「リーリエ、跳んで行くからカモンカモン」

「あ、はい」


 リーリエが立ち上がるのを確認して、俺はその体を抱きかかえて眼下に居るコトハの元へと跳躍した。


「いよいしょっ!」


 ズン、と着地した後リーリエを下ろす。そのままコトハの方へ歩いて行けば、コトハもこちらへと駆け寄って来た。


「どうやった? うちの戦い」

「素直に感服したよ。得物からは想像出来ないメチャクチャ丁寧な戦い方で驚いた」

「それに凄く綺麗でした!」


 俺達の感想を聞いて、コトハは得意気に笑って尻尾をバサバサと揺らす。掴み所が無い様に見えて、意外と分かり易いんだな……。


「でも凄いですね……一つの属性をあそこまで昇華させるなんて」

「うちは雷属性しか使えへんからね、手札を増やすにはああするしかないんよ」


 軽く言ってるが、その手札を増やす為に固有魔法オリジナルまで作っちまってる当たり相当な時間と努力をした筈だ。

 ……だが、気になる点がある。そうまでして戦闘能力を高めている理由について何だが……ただ単にドラゴンを圧倒する為とは思えないんだよな。多分、そこらへんはコトハが言った“目的”が絡んで来るんだろうが……。


 頭でそんな考えをしていた時、ポタリと頬に雫が降って来た。そしてそれは、徐々に数を増やして俺達へと降りかかり始める。


「げっ、雨降って来た!」

「あらら、雷様がやって来てしもうたみたいやね」

「う……空が暗い」


 マズい、こりゃ本降りになるまであんまり時間がねぇぞ。


「ゆっくりはしてられんな、土砂降りになる前に解体バラしてさっさとズラかろうぜ」

「はい!」

「りょーかい」


 俺達はそれぞれ解体用の道具を持ち、急いでヴラフォスの解体へと取り掛かった。


 ◇◆


≪カルボーネ高地≫は、その標高故に非常に天気が変わりやすい。それを俺達は身を以て体験しながら、馬宿に向かっていた。


「あーもう結局ビショビショかよ……二人とも、寒くないか?」

「私は大丈夫です」

「うちも平気。お天道様は完全に隠れてしもたなぁ」


 雨が体を打ち付ける中、足早に道を進む。水溜まりを踏みつける音と、雨が降り注ぐ音が響き渡っている……その時だった。


 ――シャリン、シャリン――


「ん?」


 水音に混じって、俺の耳が微かな音を捉える。普通なら特に気にせずスルーする所だが、その音が少し異質だった為、俺は思わず足を止めた。


「ムサシさん、どうしたんですか?」

「…………」


 後ろを振り返ると、頭にはてなマークを浮かべたリーリエと、じっと耳を研ぎ澄ませながら音が聞こえてくる方向を見据えるコトハの姿があった。


「いや、何か変な音が聞こえたんだが……コトハ、一体どうした」


 俺がコトハに声を掛けたのには理由がある。何故なら、遠くを見据える緋色の瞳にあるモノを見たから。

 瞳の中に浮かぶ色……それは、言うなれば負の感情の色だ。憎悪、怨嗟、憤怒……この音の先に、不俱戴天の怨敵でも居るのかと思わせる程の強烈な色。

 朗らかに笑っていた姿は既に無く、今目の前に居るのは一人の修羅そのものだった。


「こ、コトハ……さん?」


 リーリエもコトハが纏う異様な雰囲気に気付き、恐る恐ると言った風に声を掛ける。それには答えず、コトハはゆっくりと雷桜らいおうを手に取った。


「……二人とも。悪いけど、うちはここで抜けるわ――【参式さんしき雷装武御雷らいそうたけみかづち】」

「え?」

「おいッ、コトハ!!」


 俺達が動くよりも早く、コトハは詠唱と共に姿を消した。

 何だ……凄ぇ嫌な予感がする。このまま一人で行かせると取り返しがつかなくなる様な……。


「――ッ、リーリエ! 追いかけるぞ!」

「!? は、はい!」


 俺が手早く金重かねしげをマジックポーチにぶち込んで背を向けると、慌ててリーリエが俺の背中に飛び乗る。


「リーリエ、おぶさりながらでも俺に【加速アクセル】掛けられるか?」

「いけます! ――【加速アクセル】!」


 俺の頭の横からにゅっと魔導杖ワンドが伸びて来て、その先端が白く光る。

 同時に、足元に白い魔方陣が出現して俺に強化を施した。


「助かる。どうにも嫌な予感がする……可能な限り早く追いつけるようにするが、異常事態イレギュラーを想定して出来るだけ魔力は温存してくれ。他の強化はいらんから」

「っ、分かりました」

「よし、行くぞ!」


 しっかりとリーリエの脚を固定した所で、俺は地面を蹴る。瞬時にトップスピードまで加速した俺は、コトハが消えた方角へと疾風の如く駆け抜けていった。


 ◇◆


「……ムサシさん」

「どうした?」


 雨に打たれながら高地の中を疾駆する俺に、リーリエが不安げな声を掛ける。


「コトハさん、一体どうしちゃったんでしょう……あの時、凄く怖い顔をしていました」

「ああ。ありゃ、普通の人間が見せる顔じゃねえ。凄まじい憎悪だ」

「凄まじい、憎悪……」


 俺の首に回されたリーリエの左腕に、きゅっと力が入った。そりゃそんな単語聞いたら不安な気持ちにもなるわな……。


「ここに来る前、リーリエが馬車の中で気絶してた時があったろ?」

「はい」

「あの時、コトハと色々話してたんだが……コトハは、五年前に故郷を出て旅をしながらミーティンまで来たらしいんだ。確か、≪皇之都スメラギノミヤコ≫って都市の出身だったか」

「≪皇之都スメラギノミヤコ≫……って、海を渡ってこの大陸に来たって事ですか?」

「おう。何やら“目的”があってわざわざ海を渡ったそうなんだが……恐らく、その“目的”が今回の事に関わってる」


 そう話している内に、徐々にコトハの言う“目的”とやらの内側が見えてきた。

 ――コトハは、何かを探している。それは、身動きが取り辛くなるって理由で紫等級を蹴ってまで探し出そうとするほどの執念を注ぐモノ。


「それに“牙を研いだ”とも言っていた……つまり、その目的の為にはあのレベルまで強くなる必要があった」

「もしかして……目的と言うのは、ドラゴンの討伐?」

「そう考えるのが自然だな。ただ、何故故郷を捨てて海を越えてまでそのドラゴンを探すのかって話になるが……それはコトハに直接聞かんと何とも言えん」


 だが、あの肌がピリピリする程の憎悪……どうにも、深い因縁がある相手って気がしてならない。


 ――ギィンッ!――


「……っ! ムサシさん、今の音!」

「間違い無く戦闘音だな。しかも、剣と剣がぶつかり合う様な音だ……リーリエ、現場に着いたらいつでも魔法を使えるようにスタンバっといてくれ」

「分かりました」


 そうこう話している間にも、剣戟の音は徐々に大きくなってくる。どうやらかなり激しく切り結んでいるらしいが、一体何と戦ってる?


「この壁の上か……リーリエ、跳ぶぞ!」

「はいっ!」


 目の前に現れた岩壁。その上の方から音が聞こえてくるのを確認し、俺は地面を蹴って一気に空へ躍り出たした。

 壁の所々から出っ張っている岩を足場として跳躍を繰り返し、天辺へと向かう。聞こえてくる音は、最早五月蠅い位の大きさだ。それが、この先で起きている戦闘の激しさを伝えてくる。


「上に出るぞ、リーリエ!」


 俺がそう言うと同時に、一番上へと辿り着いた。

 そこに広がる光景は、ほぼ予想していた物と合致している。つまり、コトハがドラゴンと戦闘を繰り広げていた訳だが……。


「えぇ、何あのドラゴン……」


 俺の目に映ったコトハが戦っていた相手は、今まで目にした事の無いドラゴンだった。

 骨格は二足型。紫の鋭利な外殻に全身を覆われており、サイズはヴェルドラ位。特徴は、先端が鋭く尖っている長い尻尾と、頭部の外殻から伸びる様にして生えた一本の角……と言っていいのか、アレは?


「ギイヤオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 異常に発達したそれには、刃があり、反りがある。言うなれば、クソデカい日本刀。

 胴体よりも長さがあるそれのせいで、全長だけはあのディスペランサすら上回っている。全体的に見れば、かなり歪な体型だと言えるだろう。

 しかし普通なら邪魔でしかないその頭角をドラゴンは器用に扱っている。そして、それが振るわれている相手は――。


「コトハさん!?」


 リーリエの悲鳴が、辺りに木霊する。


 そのドラゴンと対峙していたコトハは、憎悪で塗り潰された瞳でドラゴンを睨みつけ、雷を纏いながら荒い息を吐いている。負傷こそしていないものの、明らかに劣勢だった。


「迷ってる暇は、無さそうだな」


 俺はリーリエを背中から降ろすと、金重かねしげが入っているマジックポーチに手を突っ込んだ。

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