第35話 大馬鹿野郎の覚悟と選択
アリアは遠い日を懐かしむ様に、静かに言葉を口にしていく。
「ムサシさん、覚えていますか? 祝勝会のあったあの日、ワタシと一緒に夜のミーティンの空を飛んだ時の事を……ワタシ、あの時にムサシさんの事、好きになっちゃったんです。勿論、一人の男性として」
「――!」
ガツンと、頭を殴られたような衝撃が俺の脳内に響いた。
「初恋だったんですよ? ワタシの心にあった後悔を、優しく解きほぐしてくれて……その上、笑ってる顔の方がずっと可愛いなんて言われて……あの時のムサシさん、すごく優しい顔をしていました」
「そうだった、かな」
「そうでした。たった一晩の出来事でしたけど……その時にワタシは、あなたに心を奪われてしまったんです。勝手な言い分ですけどね」
そう言ってクスリと笑うアリアに、俺は言葉を返す事が出来ない。
「でも、そんなワタシよりもずっと前からムサシさんに想いを寄せていた人がいたんです」
「……リーリエ、か」
「はい。……リーリエは、ワタシの大切な友人です。だからあの日、ワタシは二人の事を応援する事を伝えようとしました……でも、出来ませんでした。頭では、自分の抱いているモノが横恋慕だと自覚していたのに……身を引かなければいけないと、分かっていたのに。ワタシは、自分の想いを捨てる事が出来なかった」
アリアの口から紡ぎだされる赤裸々な告白を聞けば聞く程、俺の中に得も知れぬ感情が表れてくる。心臓の動悸が……ドラゴンと戦っている時よりも、遥かに早くなってきていた。
「……それでも、初めてリーリエの口からムサシさんへの思いの丈を聞いた時、ワタシは強引に自分の気持ちに蓋をしようとしたんです。でも、それは失敗しました……他ならぬリーリエの言葉で、です」
そこで一旦言葉を区切ると、アリアはふぅと息を一つ吐き出した。
「そこからは、散々でしたよ。せっかく閉じ込めてしまおうと思った心が溢れ出てしまって、年甲斐もなく沢山泣いてしまって……でも、それでも何とか自分の気持ちを押し殺そうとしました。その時、リーリエが言ったんです。『どうして、アリアさんがそこまでしなくちゃいけないんですか?』って。それを聞いた時、ワタシは自分の心が軽くなるのを感じました。……その後、リーリエがなんて言ったと思います?」
「……分からないな」
「『ムサシさんには、私達二人とも愛して貰う』って言ったんです。それを聞いた時は、本当にびっくりしました。予想だにしない言葉でしたから……でも、リーリエは本気でした。自分の想いを諦める事が出来なかったワタシにとって……それは、魔法の言葉でした。ワタシは、自分の愛したい、愛されたいという気持ちを捨てなくていいんだって、思えましたから」
アリアの体にキュッと力が入るのが見て取れた。強い眼差しの瞳に、微かな不安が混じる。俺は、それを見逃さなかった。
「リーリエもワタシも、自分達が酷く身勝手な事は分かっています。ワタシ達の話の中に、ムサシさんの意思は無かった訳ですから……だから、ワタシ達は待ちます。ムサシさんが出す答えを……そしてそれが、どんな選択だったとしても、ムサシさんを責めたりしません。これは、リーリエとワタシの総意です。……でも、いつか必ず、その答えを聞かせて下さい! 聞かせて貰えないと……ワタシ達は、自分の想いに別れを告げる事すら、出来ません……」
そう言って、アリアは頭を下げた。リーリエは、口を噤んだまま俯いている。……二人の体は、震えていた。
「……ごめんなさい、ワタシとリーリエは失礼させて貰います。今日は、これ以上――」
「待ってくれ。リーリエもアリアも、俺の話を聞いてくれ」
別れの言葉を遮るように、俺は口を開く。ここで二人を帰しちゃ駄目だ……もし帰してしまったら、取り返しがつかない気がする。俺の勘……いや、俺の心がそう告げていた。
「ムサシ、さん?」
告白の時から口を開いていなかったリーリエがか細い声を上げながら俺を見上げ、アリアは揺れる瞳で俺を見つめている。
……俺はクソ野郎だ。とんでもない、クソ野郎だ。その気も無いくせに、無自覚に二人の心に踏み込んだ挙句、その心を奪った事に気付きもしなかった……否、気付こうとしなかった。そのせいで、二人にこんな顔をさせて……苦しませてしまった。
身勝手だと? んな訳ねぇだろ……愛して貰いたいという気持ちの、どこが身勝手だっていうんだ。俺が想いを察せぬまま、ちんたらちんたらしてたモンだから、二人は自分達で答えを出して、それを俺に伝えるしか出来なかったんだろうが!!
唐突だとか、経験が無いからとか、心の準備がなんて言ってられない。俺は男として、この場で答えを出さなくてはいけないんだ。
――俺は、二人の事が嫌いか?――
(嫌いな訳あるか、むしろ大好きだ。じゃなきゃ、あんな恋人同士みたいなマネをされて嬉しいと感じたりしない)
――俺にとって、リーリエとはどんな人間だ?――
(この世界で初めて出会った人。俺に新しい世界を見せてくれて、一緒にパーティー組んで、一緒にクエスト行って……俺の為に困難な道を進むと言ってくれた子で、俺が本気でその身を案じる位に大切な子。許されるなら、この先もずっと一緒に歩きたいと思う女の子)
――俺にとって、アリアとはどんな人間だ?――
(物怖じせず俺に話し掛けてくれる人。目の前で俺に弱音を見せた時、無条件でその不安を取り除いてあげたいと思った人。その時心を奪った俺に文句も言わず、その想いを友人の為にしまい込もうとした優しい人。その優しさを失わないように、守ってあげたいと思う女性)
――俺は、どちらがより大切なんだ?――
(どっちかなんて選べねぇ。そりゃ話を聞く限り、順番的にはリーリエを一番とするべきなんだろうが……無理だ。理屈じゃねぇ、俺にとっては二人ともイチバンだ)
――つまる所、俺の二人に対する想いはなんだ?――
(そんなの決まってんだろ……優柔不断極まりないが、自分でも気付かない内に俺は二人とも愛していたんだ)
刹那の自問自答の末に、俺はようやく答えに辿り着いた。全くもって腹立たしい自分勝手な俺だが、どうしようもねぇ。自分の本心に気付いたんだ……覚悟決めろ、鏑木武蔵。腐っても
「……俺は、大した人間じゃない。ただ
そう口にしながら、俺は二人の前で片膝をつく。それはまるで、許しを請うような姿だった。
「そんな俺を、お前達は愛していると、愛したいと言ってくれた。……情けねぇ話だが、二人の言葉を聞くまで俺は、自分に向けられている好意が異性に対するそれだとは気付かなかった」
俺の言葉を、二人は黙って聞き続けている。さぁ、こっからが正念場……どう転んでも、一発勝負だ。
「二人のどちらかだけを愛する事は出来ない……俺は、二人とも好きで、愛していると気付いたからだ。こんな俺に想いを寄せてくれたリーリエとアリア、どちらも欲しいと思ってしまったからだ」
自分が望む全てを欲する傲慢さを持っている俺は、きっと死んだら地獄に落ちるだろう。だが、構いやしねぇ。二人を手に入れられるなら、閻魔の首だって斬り飛ばしてやる。
「不誠実、不道徳だと罵ってくれても構わない。それでも……俺の手を取ってくれないか? 俺の全てを差し出すから、リーリエとアリアの愛を、俺にくれ」
二人を見つめたまま、俺は右手を差し出す。一瞬の静寂の
「……罵ったりなんか、しません。一方的に愛を欲した私達に、そんな資格はありませんから」
リーリエの手に、ゆっくりと力が入る。その顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「その通りです。それに、ワタシもリーリエも……ムサシさんがこの選択肢を取ってくれるのを、望んでいましたから。文句の付けようなんてありません」
アリアの手が、優しく俺の手を撫でる。その顔には、慈しむ様な笑顔が浮かんでいた。
「私の全てを、貴方に捧げます」
「ワタシの全てを、あなたに捧げます」
「「
二人の言葉が重なった時、俺はそっと手を抜き取りながら立ち上がり――その両手で、二人の体を抱きしめた。
「二人の全部、俺が貰う。俺の全てで――二人を、愛させてくれ」
「「っ、はい!」」
リーリエとアリアの涙が入り混じった声が響くと同時に、辺り一帯に轟く大歓声が上がった。
……しまったァアアアアアアアッ! ここ、天下の往来じゃねぇかァアアアアアアアアアッッ!!
「あっ、ああっ!」
「見られてしまいましたね、ワタシ達のやり取り」
「なんでそんなに冷静なんですかアリアさん!?」
「慌てても、もうどうしようもないからですよリーリエ。ここまで来たら、開き直るしかありません」
「あうぅ……」
俺の腕の中で、リーリエは顔を真っ赤にし、アリアは平静を装いつつもその頬は赤く染まっている。ああもう全く! 可愛いなコンチクショウ!
「しっかしまぁ、二人ともよくこんな難儀な性格の男を好きになったもんだなぁ……言っとくけど、俺独占欲強いぞ?」
「その難儀な所も含めて、好きになったんですよムサシさん。独占欲が強いのは大歓迎です!」
ほほう。なら精々、二人の事は俺が独り占めにさせて貰おう。
「リーリエの言う通りです……あっ、ワタシ達はムサシさんの女誑しな部分はもう
「は、え?」
「そうですね。ムサシさんの事ですから、どうせこれからも沢山の女の人を無自覚に誑し込むでしょうし……」
「何人連れて来てもいいですが、ちゃんとワタシ達の事もずっと愛して下さいね?」
「ちょちょちょちょちょちょい待ち! 二人とも一体俺を何だと思ってんの!?」
「女誑し」
「唐変木」
「鈍感男」
「恋泥棒」
「ぐへぇ! 碌でも無かった! だ、だが俺が自分の性分を直せば――」
「「直せるんですか?」」
「…………な、直せ」
「はいアウト。即答出来なかった時点でダメですよね、アリアさん?」
「全くです。……ムサシさんのその性分は、悪い所であると同時に良い所でもあるんですから、そのままでいいんですよ」
「そ、それでも……控えるようには、します」
項垂れながら絞り出すように宣言した俺の顔を見て、二人は堪えきれなくなったのか小さな声で笑い始める。
至る所から上がり続けている黄色い歓声と怒号……それはまるで、天使の祝福の様に俺達へと降り注いでいた。
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