第15話 男女平等制裁

 その言葉を発した瞬間、周囲の温度が一気に下がった。

 ……ここまで不愉快な気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれない。その位、今の俺の心の中は荒れ狂っていた。


「ッ!?」

「な、何よ? 事実を言っただけ――」

「黙れっつったろ。それ以上その臭ぇ口を開くんじゃねえ、吐き気がする」

「なっ、ボクの仲間のへの無礼は――」


 クソモヤシが口を挟もうとしたが、その言葉を続ける事は出来なかった。

 何故なら、俺の放った瞬速の拳がヤツの顎を薄皮一枚で掠め、その意識を刈り取ったからだ。

 まぁ、この場にいる人間でそれを視認出来た奴は居ないだろうがな。


 無様に崩れ落ちて白目を向くクソモヤシを見下した後、俺は再度視線をクソ女共へと向ける。


「おい、アバズレクソビッチ共。今すぐに跪いてリーリエに頭を下げろ」

「!? い、嫌よ! 何でよりにもよって“能無し”に――」


「跪け」


 俺の言葉と共に、バカ女共が一斉にその場に崩れ落ちた。ガチガチと歯を鳴らすもの、涙を流しながら地べたに這いつくばりこちらを見上げるもの。反応は様々だったが、その顔には一様に恐怖の表情が浮かんでいる。

 どうやら、俺から放たれる重圧プレッシャーと怒気に耐えられなかったようだ。


「……お前等はリーリエの事を“能無し”と呼んだが、一緒に戦った事もねぇ癖に何でそんな事が言える? 光魔法と闇魔法しか使えないから何なんだ? 上っ面の事しか知らねえのに、他人様の事を”能無し”なんて呼ぶテメエ等は一体何様なんだ? なぁ、教えてくれよ」


 俺がそう言いながら、バカ女共の方に歩を進めようとした時、後ろから腕を掴まれた。


「……リーリエ?」

「ありがとう御座います、ムサシさん。私のために怒ってくれたんですよね? でも、。こんな人達のせいでムサシさんが汚れたら、私は耐えられないです」


 そう言って俺の腕を掴むリーリエは、真っ直ぐに俺の眼を見つめてくる。

 ……まいったな、そんな風に見られたら怒りを収めるしかないじゃないか。


「……分かったよ、リーリエがそう言うなら俺はこれ以上何もしねぇ」

「そうして下さい。せっかくこれから二人で初めてのクエストに行くんですから」


 さっきの真剣な表情から一転、ホッとした様に柔らかな笑顔を浮かべたリーリエを見て、俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。


「――おい、リーリエに感謝しろよ? お前等が五体満足でこの場を離れられるのはリーリエが俺を止めてくれたからだからな。それとそのクソモヤシに『次は無い』と言っておけ」


 そう言い残して、俺達は踵を返してその場を離れる。その時だった。


「……ふん。アンタみたいな野蛮人なんか、どうせその女のに釣られただけでしょ」


 小さな呟きだったが、確かにその言葉は聞こえた。


「この野郎――」


 再び火が付きかけた俺だが、隣にいたリーリエがくるりと振り返りつかつかと歩いていく。その先には恐らくさっきの言葉を発したと思われる気の強そうな女が座り込んでいた。


 ――パァン!――


 辺り一帯に、乾いた音が響き渡った。女の前に立ったリーリエが、渾身の力でビンタをかましたのだ。


「……私の事を言うのは構いません。今まで誰にもパーティーを組んでもらえなかったのは事実ですから。でも――」


 ぶたれた頬に手を置き、呆然とする女の胸ぐらをガッツリ掴んだリーリエが静かに……しかし強い怒気をはらませながら言う。


「――ムサシさんを侮辱するのは許しません。誰であっても、です」


 そう言って、胸ぐらを掴んだままじっとその女の瞳を見つめる。やがて女がぎこちなく首を縦に振ると、リーリエはその手を離し、こちらへと戻ってきた。


「さ、行きましょうムサシさん」

「お、おう」


 先へ行こうとするリーリエの後を追うように、俺はその場を後にする。

 残されたのは、街中で醜態を晒した哀れなスレイヤー達だけだった。


 ◇◆


「いや、しかし驚いたわ」

「何がですか?」

「リーリエがあんな風に怒った事だよ」


 クエストに必要なものを買い集めながら、俺は素直に思った事を口にしていた。


「……私だって、怒る時は怒りますよ。あっ、迷惑でしたか?」

「んな訳ないだろ、むしろ感嘆かんたんしたんだよ。まさか俺の為にあそこまでしてくれるとは思わなかったからな」

「それを言ったら私だってムサシさんがあそこまで怒ってくれるなんて思いませんでしたよ」

「いや、あれはキレるわ。仲間をあそこまで侮辱されたんだ、怒髪天だったぜ。……しかし、アレだな。また悪目立ちしちまったなぁ、主に俺のせいで」

「今更ですか? 私はもう気にしないようにしました」

「そ、そうか」


 しれっと言うリーリエを見て、俺は思った。

 ……リーリエさんや、初めに会った時に比べて大分、いやかなり肝が据わってきてませんか? いや、いい傾向だとは思うんだけどね。


「ムサシさんの隣を歩くなら、もうこの位の事でいちいちビクビクしてられませんから」


 そう言い切ったリーリエは、それはもう惚れ惚れする位いい笑顔を浮かべていた。


「……思ったんだけどさぁ、リーリエってすごくイイ女だよな」

「――ッ!? い、いい女って何ですか!? どういう意味なんですか!?」

「言葉通りの意味だよ。美人だけど、それを鼻にかけず、それでいて芯がしっかりとしてる。あそこに居たバカ女共より二兆倍くらい魅力的だよ」

「そ、そんな風に言われたら私……」


「きっとこの先、その魅力に魅せられた男共が沢山出てくるんだろうなぁ……おっさんちょっと寂しいけど、将来リーリエがこの人! と決めた奴が現れたらちゃんと祝福すっからな」


「…………」

「痛ッ! ちょっ、何でいきなり無言で蹴ってくるの!? やめて!」

「五月蠅いです、このまま蹴られてて下さい」

「そんな酷い!」


 ヤダこの子、アグレッシブになりすぎてない? 


「と、取り敢えず! アイテムの買い出しはこんなもんでいいだろ? 馬車に行こうぜ!」

「……そうですね、今はそうしましょうか」


 今はって何!? 後からまた蹴られるんすか俺!?


「あっ、ごめんリーリエ。こんなタイミングだけどとんでもない事思い出したわ」

「えっ? 何ですか?」

「……俺、≪竜の尾ドラゴンテイル≫行った時、ゴードンさんに防具の話してなかったわ。だからマジックポーチの中もヴェルドラの素材で溢れ返っとる」

「…………」

「イタイッシュ! ゴ、ゴードンさんの所にダッシュで行ってくるんで、ケツを抓るのはやめて!」

「……はぁ。色々と心配なので、私も一緒に行きますよ」


 溜息を吐くとともに、リーリエの手がパッと離れる。

 おお女神よ、慈悲をありがとう御座います。


「――あっ」

「ん? どうした?」

「ム、ムサシさんの話を聞いて、今マジックポーチの中を確認してたんですけど……大量の薬草が、入っていまして。それで、その……ムサシさんと出会った時に受けてた薬草採取のクエスト、まだ完了報告してなかったなーって……」

「…………」


 さっきまでとのイイ女の気配はどこへやら……うん、今目の前にいるのはいつものリーリエだな!

 俺は微笑みながらその両頬に優しく手を手を伸ばした。


い、いひゃいれふい、痛いです! ふぉふぉを頬をしゅままないれ抓まないでくらしゃい下さい!」

「まぁまぁ、お互い様って事で。しかしリーリエはお餅みたいなほっぺしてんな」


 みょーんと引っ張りながら、俺は優しく語り掛ける。


 ……前途多難そうだが、まぁ何とかなるだろう。

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