第16話 16

「ヘカテーさん!?」

シューが悲惨な光景を目の当たりにして叫ぶ。

「クスッ。人間のあなたの方が私の心配をしてくれるのね。お礼にいいことを教えてあげるわ。天使エクレアの魂は冥界にはいない。」

「なんだって!?」

シューは死んだエクレアの魂が死者の来る冥界にいないことに驚く。

「ということは、エクレアさんは死んでいないのか!? それとも他の死人の世界にいるということなのか!?」

シューはエクレアの生死に希望と絶望を抱く。

「教えて下さい! ヘカテーさん! エクレアさんはどこにいるんですか?」

「エクレアの魂がいるのは・・・ギャア!?」

ヘカテーの血を吸っているアダイブ・シエルの牙が、さらにヘカテーの首筋に突き刺さる。

「ヘカテーさん!?」

「そんなに簡単に探し人が見つかったら面白くないだろう?」

「アダイブ!?」

エクレアの居場所をヘカテーから聞き出そうとしたシューだがアダイブ・シエルに邪魔される。

「さようなら・・・ハーデース様・・・クスッ。」

ヘカテーはアダイブに血を吸われ、力尽きてしまう。

「ヘカテーさん~!!!」

シューは涙を流しながら死の女神の名前を叫ぶ。

「ヘカテー。」

ハーデースはヘカテーを眺めるが、特に表情が変わることもなかった。

「ふっふっふ。これで俺は冥界の女王ペルセポネーの血と死の女神ヘカテーの血を手に入れた。シュー、おまえが冥王ハーデースの血を手に入れていようが、俺様の敵ではない!」

アダイブ・シエルは冥界の権力者の血を2人も手に入れて、自分に絶対の自信を持っている。

「エクレア少年、油断するな!」

「はい!」

「血を吸って強くなる・・・模造品のクセに厄介な。」

血を吸い進化していくアダイブ・シエルに脅威を感じるハーデース。

「僕もハーデースの血をブラッディソードに吸わせて、確かに強くなっている。それなのに、それなのにアダイブの方が、さらに強くなっているというのか!?」

シューもアダイブにペルセポネーとヘカテーを感じ、アダイブ・シエルの存在を大きなものに感じている。

「フッ、ハーデースの血は吸えなかったが、ペルセポネーとヘカテーの血が吸えれば十分だ。もう冥界に用はない。」

アダイブ・シエルは目的を達成して満足そうだった。

「ハーデースよ、天界の神に歯向かうことなく、血液不足の妻の看病でも大人しくしているんだな。」

アダイブ・シエルは冥界を立ち去ろうと上空に舞い上がっていく。

「アダイブめ!?」

ハーデースは重症のペルセポネーを抱きしめているので、今はアダイブと戦うことができない。

「だが・・・人間ごときで俺様に歯向かった、シュー。おまえだけは許せんな。俺様の新たに手に入れた力で冥界の底の世界に落としてやろう。」

「なに!?」

アダイブ・シエルはシューを地獄の苦しみに葬り去るつもりだ。

「まさか!? タルタロスか!?」

ハーデースはアダイブ・シエルの言葉からアダイブがしようとすることを予測する。

「人間ごときが神が作りし俺様に楯突いたことを後悔するがいい! 落ちろ! 奈落の底に!!!」

アダイブに冥界の女王と死の女神の気配が見える。

「うわあ!?」

シューは奈落に落とされてしまう。

「エクレア少年!?」

自分もシューの剣を受け手傷を追っているハーデースにはシューを救う力は残っていなかった。

「ハッハッハ! さらばだ!」

アダイブ・シエルは天界に舞い上がって去って行った。


「ここはどこだ?」

冥界から、さらに底の世界に落とされたと思われるシューは目を覚まして周囲を見渡した。

「ここはエリュシオンだ。」

声がした方へ、シューは振り返ると、そこに一人の男がいた。

「アダイブ!?」

その男は白い天使の容姿をしていたので、シューにはアダイブだと一瞬で分かった。

「私はアダイブ・シャンゼリゼ。」

「アダイブ・シャンゼリゼ!?」

シャンゼリゼはエリュシオンを指す言葉らしい。

「ここエリュシオンは、生前に良い行いをした死者が住む死後の楽園とされている。」

白いポプラが咲き誇っている楽園である。

「死後の楽園!?」

「そうだ。元々は冥界の審判官ラダマンテュスが支配していた世界だった。」

「・・・だった?」

シューはアダイブ・シャンゼリゼの言葉に違和感を感じた。

「冥界にはラダマンテュス、ミーノース、アイアコスの三人の審判官がいて、場合によっては神の争いも調停に乗り出すほどの実力者だったと聞いていたが・・・神が創造した俺の前では相手にもならなかった。」

「まさか!?」

「そのまさか。三人の血は俺が頂いた。」

冥界の審判官たちはアダイブ・シャンゼリゼに血を吸われて倒されていた。

「なんて酷いことを!?」

「所詮、この世は弱肉強食。弱い奴が悪いのだ。おかげで、このきれいなエリュシオンは俺のものになった。」

アダイブ・シャンゼリゼは説明を終えると審判官の顔を見せる。

「これより生身の分際で死後の楽園エリュシオンを汚した人間を裁く。」

「なに!?」

「それではシュー、おまえに判決を言い渡す。エリュシオンを汚した罪は死では温過ぎる。おまえは奈落の底で永遠に彷徨い続けるがいい! ヘル・ドロップ!」

アダイブ・シャンゼリゼの判決に次元の入り口が開き、シューを呑み込む。

「うわあ!?」

今度こそ、シューは奈落の底タルタロスに落ちていく。

「もう、会うことも無い。」

アダイブ・シャンゼリゼはエリュシオンに去って行く。


「真っ暗だ。ここが奈落の底なのか!?」

シューは暗闇の世界に落とされてしまった。

「何とかして、ここから抜け出さなければ!」

シューは闇の中でも諦めていなかった。

「地上ではエリザさんが待っているんだ! こんなところでグズグズしていられない!」

シューは暗闇の中を方向も分からずに進んで行く。

「クソ!? いったい出口はどこにあるんだ!?」

「出口は無い。」

その時、暗闇から不思議な声が聞こえた。

「だ、誰だ!? 誰かいるのか!?」

しかし、シューが周囲を見回しても暗闇の中では声の主の姿は見えない。

「私はタルタロス。奈落の神だ。」

「奈落の神!? 教えてくれ! タルタロス! この暗闇の出口を!」

シューは何とか奈落からの脱出を考える。

「それは無理だ。奈落は霧が立ち込め暗闇に覆われ、神々ですら忌み嫌う澱んだ空間だ。この暗闇の周りを海王ポセイドーンが青銅の門で奈落を囲み、何人も逃げ出すことは不可能である。諦めよ、生身の人間よ。」

奈落の神タルタロスは絶対に脱出することはできないという。

「それじゃあ困るんだ! 僕の帰りを待っている人も地上にいるし! 僕が会わなければいけない人を探さなきゃいけないんだ! こんな暗闇で時間を無駄にしている訳にはいかない!」

タルタロスにシューは純粋な想いをぶつける。

「この絶望の奈落を彷徨っても、希望を捨てないのか?」

「僕は絶望を知っている。愛する人、一番大切な人を、この手で剣に刺して失ったことに比べれば、奈落なんか怖いくない! これのどこが絶望だ!!!」

シューの中から光が満ち溢れ、暗闇の霧に覆われた奈落の底を照らす。

「おお! 私を覆う暗闇が晴れていく!」

タルタロスは奈落神として、光の当たらない生き方を余儀なくされてきた。そんなタルタロスにも光の温もりが伝わる。

「なんだ!? 光が人の形に変わっていく!? この姿は!? まさか!?」

奈落の底を照らした光は人、いや、背中に羽のある姿を形成していく。

「エクレアさん!?」

シューの心から輝き奈落を照らした光は、シューの一番会いたい人の姿になった。


つづく。

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