第2話 天才と呼ばれて(その2)


 ずっと「天才」という言葉が嫌いだった。

 そう呼ばれたことで大切なものを失ったから――大好きだった父と母。それから、私の人生。


 父と母にはたくさんのことを教わった。

 決して難しいことではなく、ごく当たり前のこと。もう少し言えば、当たり前であって当たり前でないこと。


 食卓を囲んだとき。ピクニックへ出掛けたとき。寝る前にベッドで本を読んでもらったとき――いつも二人は大切なことを話してくれた。

 何のストレスを感じることもなく、私はそれを受け入れることができた。たとえるなら、乾いた砂地に水が染み込むように、それは自然に私の身体の一部となった。


 幼い頃「天才予備軍」に指定された。両親から引き離され、党の教育施設に収容された。国中から集められた同年代の子供とともに、朝から晩まで様々な教育を受け、知識や思想を植え付けられた。


 二ヶ月が過ぎると、どの子の顔からも笑顔が消え、子供らしさが感じられなくなった。私が自分を見失わずにいられたのは、父と母の教えが心にしっかりと根付いていたから。二人が私を守ってくれていたから。


 天才予備軍はあくまでであって、その数は年々減少していく。当初百人以上いた子供は最終的に私を含めて四人となった。それが、私の年代において天才と認められた者の数。


 ただ、認められたことに対し、喜びもなければ誇りもなかった。あるのは、深い哀しみとやり場のない怒りだけ。

 それは、ゴム風船に空気を入れるようにどんどん膨れ上がり、あるとき、大きな音を立てて破裂した。


 天才という言葉を耳にするたび、決して思い出したくない、過去の記憶がむくむくと首をもたげて私を苦しめる。

 私は改めて実感した。「どんな環境に置かれても私は天才であって、生きている限り、その呪縛から逃れることはできないのだ」と。


 長い時間、私は天才として

 私自身が望んだことでもあり、望まなかったことでもある。


 自分が必要とされているのはわかった。しかし、自分が誰かの役に立ち、誰かを幸せにしているという実感はなかった。


 そんな私の前に「彼」が現れた。彼もまた「天才」と呼ばれる者だった。

 初めて言葉を交わしたとき、不思議な感覚を抱いた。自分と同じ何かを感じた。哀しみを背負っているところは私も彼も同じ。しかし、どこか違った。

 彼には、前に進もうという気概が見て取れた。大切なものを守ろうとする、揺るがぬ意志が伝わってきた。


 彼は私の呪われた、悪しき過去を欲した。 

 人を幸せにするために無くてはならないものだと言ってくれた。


 私は「天才」という言葉が好きではない。しかし、嫌いではなくなった。

 自分が天才と呼ばれたことで、彼と出会うことができたのだから。

 

 そんな彼の思いを後押しできたこと、私は心からうれしく思う。



 つづく

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