たとえ化け物であろうとも

@asadada

プロローグ:破滅の芽

 2046年、この世界は終わった……一人の少女によって。


「私は……化け物の子……死にたい、でも……」


 君は死ねない、僕がそうしてしまったんだ。

 君の涙は僕の心に傷を刻み、それはカサブタにすらならず永遠に残り続けるだろう。


「……」


 終焉を迎えた世界の真ん中で、一人の少女は泣いていた。

 それを見た僕は彼女にこう言ったんだ。


「新しい世界で、また会おう」


 2028年、僕と彼女は再び出会った。でも僕は彼女のことを覚えていなかった。



 学校にいるとき彼女の視線を感じる。なぜ僕を見ている? 君は誰だ? 

 彼女の名前を知ったのはつい最近。思い出したかのように頭に浮かんできた名前は「孤野葉(このは)」。姓であるのか名であるのかは定かではない。

 気が付いたら君はそこにいて、僕に視線を向ける。そしてみんなから君は「化け物の子」と呼ばれるんだ。


「うわ、化け物の子だ……」

「話しかけるなよ……化け物になっちまうぞ」

「バカ、聞こえたらどうするんだ……! また世界が終わるぞ」


 また、か……。なぜ孤野葉というこの少女がそんなことを言われるのだろう。世界が終わったって……その話が僕には分からない。

 なぜだかいつも彼女は僕の近くにいる。世界を終わらせた少女なんかと友達だと思われたら僕の学園生活が先に終わってしまう。

 移動教室の時だ。一足遅れて物理教室へ向かう廊下……前を歩くのは孤野葉。

 なんで君も遅れてるんだよ。最後に二人で教室に入ったらまるで一緒に来たみたいじゃないか。

 トイレにでも入って時間を潰すか? いや、そんなことしてる時間はない。

 ああ、最悪だ。

 物理教室手前、扉が開けっぱなしの教室からは中でざわつくクラスメイト達の声が聞こえてくる。入った瞬間の注目の静けさがシミュレートできた。


「ん?」


 僕は足を止めた、彼女が止まったから。

 早く入ってくれないかな。君が入った後に時間をあけて入らないと勘違いされるからさ。それにこの状況……君のせいで僕が立ち止まっているというこの状況。まるで僕が君を意識しているみたいじゃないか。……ある意味意識してるんだけど。

 その長い黒髪の後ろ姿の裏でどんな表情の彼女がいるかなんて僕には想像もできない。したくもない。どんな顔をしてるのかは分からないけど、僕を待っている? まさかね。

 彼女は躊躇なく振り返る。


「っ……」


 慌てて目をそらそうと思うが遅い。これだとあまりにもあざとすぎた。

 気のせいなんかじゃない、しっかりと目が合っている。


「……」


 長い。

 どうしてそんな興味無さげな目で人を見つめていられるんだ? こういう時、どうすればいい? 声をかけたらいいのか、それとも気付かないフリをして通りすがればいいのか。

 声をかける……そういえば、彼女は声をかけられたことがあるのかな。声をかけられるってよりは、浴びせられてるって感じだ。

 化け物の子だってさ。

 僕は彼女が化け物の子だと確証づける何かがあって納得しているわけではない。皆がそういうから、そうなんだ、って勝手に納得しているだけ。

 でもそれは本当か? 皆がそう言っているからそれは事実になるのか? 価値観とはなんだ? ひとつのそれが集まって「皆」っていうのが作り出したただの「勝手な納得」じゃないのか?

 孤野葉……君はそれでいいのか?

 そんな無表情で、文字通り情け無い顔して……。

 話しかけたら化け物になっちまうってそりゃ……アホか。

 また世界が終わる? 一度でも終わったことがあったかよ。

 何でもっと早く気が付かなかった? ただのいじめだということに。

 普通に考えたらありえないじゃないか、化け物の子って……彼女のどこら辺が化け物なんだ? 

 流されていた、誘導されていた、洗脳されていたんだ……「皆」に。


「……」


 これほど目が合い続けてるってことはただ見られてるだけじゃない。

 もしかして声をかけてもらいたいのか? 人気のないところだからチャンスだと思っている? 


――話しかけるなよ、化け物になっちまうぞ――


 え? 君はまさか、仲間を……。


「違うよな!?」


 言ってしまった。ふと価値観に流されて浮かんだ思考に首を振ったはいいが、その罪悪感で、勢いで僕の柔らかい口は開いてしまった。

 彼女の瞳が、まるで僕の目と今まであっていなかったかのように動いた気がした。もしかして彼女はまだ僕を見ていないのかもしれない。

だから呼んだ。


「――孤野葉!!」

「っ……」


 目が合ったと確信できる。

 無表情だったその目は大きく見開かれ、驚いたように口を開けていた。


「え?」


 逃げられた。彼女が物理教室に入った瞬間チャイムが鳴り響き、僕は慌てて彼女に続いた。

 あまりにも慣れないことをしてしまったせいか、教室に入った後の注目の静けさなど気にならなかった。

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